第55話 苛立つ男と苛立たせる女・後編
「んん~? どぉしたのぉ? 厳島クン?」
一刀が敵意をむき出しにして割って入ったにも関わらず、眼鏡の奥の瞳を妖しく輝かせて余裕の表情で笑う近藤に一刀は一瞬気圧されそうになる。
(なんで……! この人は!)
どう見てもどう考えてもこの状況は近藤がおかしい。だが、近藤からは不安や恐れは感じられない。
欲や感情に忠実な魔物達とは違う『敵』に一刀は戸惑いを見せる。それでも、Hチームを危険にさらしたこの人を許してはおけない、自分が守らねばという一心で一刀は睨み返す。
「近藤、先生……は、助けを呼びにいったんですよね? その助けはいつ来るんですか?」
「もう少しすれば来るはずよ。ちょっとこの辺りに魔力障害が起きててね。通信魔道具がうまく作用しなくて……」
頬に手を当て困り顔を浮かべる近藤を一瞥すると、ウラ花に視線を向ける。すると、ウラ花は自身の通信魔道具を取り出し頷く。
「それは本当だよ。ういも最初に魔道具を確認したけど、繋がらなかったようだ」
ダンジョン内には魔力を構成する魔素と呼ばれる特殊なエネルギーが漂っており、一般的なスマホや通信機器は使えず、魔力を介して作動する魔道具を使用する。
だが、ダンジョンは二十年以上経ってもまだ未知の要素が大きく、何かしらの条件で通信状態が悪くなることがしばしばある。
なので、近藤の言い分は正しい。それでも、一刀は近藤への疑念は拭えない。抗うように言葉を紡ぐ。
「じゃあ、なんで……! もっと、もっと卯ノ花さん達の安全マージンをとってから離れることが出来たんじゃないですか? だって、先生なら!」
一刀はまだ隣のクラス担任である近藤のことはよく知らない。だが、学園の教師である以上それ相応の実力は持っているはず。それが救助隊を呼ぶことが最善とは言え、もっと何か出来たのではないかという考えを振り払えず一刀は詰め寄る。
すると、近藤は口元に手を当てて、悲しそうに眉を下げる。
「ごめんなさいね……先生、少し前に休職したのだけど、それが恥ずかしい事にメンタルの問題でね。先生、ちょっとパニックになりやすい人で……あまりにたくさんの魔物が現れたから、パニックになっちゃって……ごめんなさいねえ」
自分が立てた爪が刺さる掌の痛みで一刀は自分が強く拳を握っていることに気付く。
ウラ花の方をちらりと見れば、片桐と二人でその話も本当だと頷きながら目で合図をしてくる。休職の話は本当なのだろう。だが、どうしてもパニックになりそうには思えないのだが、この様子では診断書もあるのだろう。であれば、専門外である一刀にそれ以上言えることはない。
理屈は通る。
だが、それでも。
一刀の中で許せない何かがあった。
薄っぺらい。
彼女の、近藤の思いがとんでもなく薄っぺらく感じられる。
揺れる紫色の髪も、眼鏡の向こうの挑発的な目も、甘ったるい香りも、パニックのねばっこい言い方も何もかも腹立たしかった。
強魔の時とは違う熱さが腹の奥底でぐつぐつと湧き上がってくる。
「まあ、でも! みんな無事で本当によかったじゃない! ヴェリーグッドよ、みんな」
死にかけた生徒の前で、チームの最前線を守っていた今もなお暗い表情を浮かべる能代の前で親指を立てて笑う彼女が許せない。
「卯ノ花さぁん? もしケガしてる人がいたらヒールしてあげてね、アナタ、ヒール、得意でしょ」
極度のストレスで別人格に変わってしまうことくらい担当でなくても教師なら伝えられてるはず。そのことに全く気にする素振りもなく振舞う彼女が許せない。
「先生もまあ悪かったけど、みんなも気を付けなきゃ駄目よぉ? こういうことは本格的に冒険者になればあり得るのだからね、オ~ケ~ィ?」
大人なのに、責任逃れをしようとしているような彼女が許せない。
「まったくもう、学園にとっても大切な厳島クンに迷惑掛けちゃ駄目よ」
何度も繰り返して自分を持ち上げようとする彼女が許せない。
「もっと頑張りなさい。クラスのお荷物にはなりたくないでしょ」
許さない。
「あの」
一刀は怒っていた。これほど自分が怒れるのかと驚くほどに。
魔凛と魔愛が怯える程に、一刀は怒っていた。
その一刀の表情を見ても、近藤は何も感じないのか、媚びるような笑顔で一刀を見る。
「なぁに? 厳島クン?」
「みんなは……Hチームのみんなはすごい子達です。そんなこと言わないでください」
普段の教室でこんなことを言われれば、Hチームのメンバーは真っ赤になってバタバタと倒れていくだろう。だが、今は誰も顔を赤くするどころか、青ざめて二人を見つめている。空気が冷たく流れ、Aチームの3人でさえも身動き出来ず固唾を飲んでいる。
それでも、
「ええ~? でもね、厳島クン? キミたちに迷惑をかけちゃったことは事実じゃない? ダメなところは駄目だと認めないといい大人にはなれないわよ?」
近藤は陽気に一刀に話しかける。大げさなジェスチャーを交えながらわらう。
駄目なところは認める。それも正論だ。だけど、今の近藤は違うと一刀は思った。
自分の怒りを、Hチームのすごさを、正しいことを伝えたい。だが、言葉が出て来ず一刀はもどかしい思いをかかえながら必死に言葉を吐き出す。
「でも、でも……! みんなはすごいんです。謝って下さい。みんなを馬鹿にしたことを」
少しでもみんなのことをこの女に認めさせたい。一刀はただそれだけの思いで立ち向かう。
「ええ~? でもね、別に先生は馬鹿にしているわけではないのよ。もっとがんばらなきゃってこと。それに、謝るというのは間違いを認めると言う事。もし、間違っていないのに謝ったら、間違った正義がまかり通ってしまうのよ? そう、簡単に謝るなんて出来ないわ。間違いだったとはっきりしない限り」
近藤の言う事は正論のように聞こえるし、逃げにも聞こえる。
そして、自分にはそれを突く言葉が見つけられない。ただただ、自分が責め立てる悪者になった気分で吐きそうになる。
だけど、もう戦いは始まっている。
どうしても、この大人には負けたくない。一刀は近藤の言葉を思い返し、何か出来ないかと、一矢報いることは出来ないかと考え……顔を上げた。
「……じゃあ、間違っていると分かったら謝ってくれるんですね。だったら」
一刀は自分の声が震えていることに気付く。それは恐怖か不安か、それとも怒りか、勇気か。
「オレが……証明します。今度の中間テストで。Hチームがすごいんだってことを。絶対に」
なおもわらい続け余裕の表情を浮かべる大人に、一刀は絶対に負けたくなかった。
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