第53話 笑う男とわらう女達
「さ、じゃあ、赤面女子達はもごもごしてるだけなので、アタシから詳しく紹介するわね」
ずっともじもじし続けてるチームメンバーたちを呆れるような目で見ながらウラ花が一刀に向き直る。
「じゃあ、まずは、ウチの前衛、能代のの。武器は斧ってところまでは知ってるわよね。動きはのろいけど頭の回転はめちゃめちゃ早いから、こっちの意図を直ぐに組んでくれる上に、魔力操作も得意でヘイトコントロールが上手。だから、能代の位置を軸に連携をとっていけばかなりうまくいく」
「あ~~、そう~。ちなみに、わたしの固有魔法は土魔法~。地面の形状を変えて相手の動きを阻害したり~できるの~」
ウラ花からの紹介を聞きいち早く元に戻った能代は、相変わらずのおっとりした口調で話しかけてくる。
だが、話している内容は一刀にとってとてつもなく重要な話。
相手の動きを邪魔し、機動力や攻撃力を落とすのは前衛の大切な役割と言える。
土魔法は、空中に浮かせることが難しい上に魔法消費量の多い魔法だが、攻撃魔法という意識ではなく、形状変化による妨害魔法と考えれば非常に有益な魔法だと一刀は大きく頷く。
そして、前回そこまで詳しく話を聞いておけば、一刀も能代の周りを縦横無尽に動き回ることもなかったと反省。一刀の動きをまだ能代が把握できていなかった為に能代は固有魔法を使い、一刀への誤爆を恐れたのだろう。俯く一刀の頭をウラ花が軽くぺしりと叩く。
「言ったろ。アンタだけのせいじゃない。ちゃんと伝えてなかったアタシらも悪い。そんで、まだ取り返しのつかないことは起きてない。だから、大丈夫」
顔を上げていた一刀だったが、にやりと笑うウラ花の言葉に再び少しだけ伏せ、大きく深呼吸をすると背筋をピンと伸ばし、ウラ花へ微笑みかえすと大きく頷き、能代を見る。
「能代さん! オレもっと能代さんとうまくやりたいから。もっと絡もう!」
「ん~? ん~? ん~?」
忙しなく能代の目が左右に動き続けたかと思うと、ゆっくりと能代の顔が赤く染まっていき、そして、ゆっくりと後ろに倒れていきそうになるのを環奈と魔凛が支える。そして、じとーっと一刀を見つめる。
「一刀くん……もう少し言葉選びを考えようね?」
「そうよ、いっちゃん。頭の回転が速いドすけべJK共は無駄に想像力豊かで自分の都合いい方に解釈するんだから、コイツみたいに」
「誰がどすけべJKですか!?」
真っ赤な顔の環奈に噛みつかれながらニヤニヤ笑う魔凛は、一刀に向かって、あっちへ行くようにと手で合図する。その合図に頷いて一刀はこれまたジト目でこちらを見つめているウラ花に近づく。
「はあ……神原じゃないけどさあ、本当にもう少しボキャブラリーを持った方がいいよ? まあ、それで飾り立てた言葉を使われたら、それはそれで厄介なんだろうけど……まあそれも置いとこう。じゃあ、次はダリアね。段原ダリア」
自分の名を呼ばれピンと背筋を伸ばし、何故か足までつま先立ちになる段原。前回のダンジョン研修で明らかになったがかなり繊細な彼女らしく、何を言われるのかと不安そうにウラ花を見ている。そんな段原を見てウラ花は小さく笑うと脇腹目掛けて人差し指を突き出す。
「あふんっ! エ……?」
「みんなで決めたでしょ。アンタがウチのエースなんだから、自信ありげにしてればいーの」
脇腹を指で突かれ、可愛い声をもらし屈んだ段原の菫のように美しい紫色の髪をウラ花がぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
「あ、あの……でも……」
「いい? 厳島。ダリアはね。ウチのエースなの。前衛の狩人だけどウチの攻撃の要。背後や死角に回っての暗殺者的な立ち回りで、ここぞという時に倒してくれる。経験や相手の身体の動きを読むことも大事だけど、それはきっと後からついてくる。ダリアの『感覚強化』の固有魔法はとんでもない才能なの。だから、ウチではダリアは自由に動かす。コントロールはののとろくろがやってくれるから。信用しなさい」
ウラ花がそこまで言うと後ろに居た段原がじわりと涙を滲ませ、ウラ花の身体にしがみ付き、わあわあと泣き出す。それを見た他のチームメンバーも段原の元に集まり、みんなで段原の背中や頭を撫でたりしながら声をかける。
エースという言葉は、絶対的な強者がやるものだと一刀は思っていた。Aチームではアタッカーとして優秀で自信満々な杏理がエースであり、他のチームも大半は最も火力があり、みんなを引っ張るチームメイトのことをエースと呼んでいた。
だが、Hチームのエースと呼ばれた段原は、みんなに支えられながら必死で戦うエース。
まだ自分の分かっていないことがたくさんあると一刀は苦笑いを浮かべ、もっともっと知る努力をしなければと気合を入れなおす。そして、Hチームに囲まれた段原の頭にみんなと同じように手を置いた。その瞬間だった。
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!? あ? ハ? エ? ノオオオオオオオオオオオオ!」
段原が叫び、暴れ出す。
流石の一刀も自分が段原の頭に触れたせいだと分かるが、だが、そこまで自分は嫌われていたのかと動揺を隠せず、オロオロと戸惑う。
「ご、ごめ……段原さん。オレ、段原さんともっと仲良くなりたくて……」
「低音ボイスゥ……ノォオオ……」
「はい、そこまでー」
くねくねと悶える段原の背後にいつの間にか回っていた魔愛が水色の魔力を段原に纏わせる。すると、段原は血走らせていた目をとろんとさせ、握りこぶしを固めていた手をだらんと下ろす。一刀はその様子を見て慌てて段原を背後から抱いている魔愛に問いかける。
「こ、これは一体……?」
「いっくん。いい? マジで女の子の頭を触る時は気を付けた方がいい。マジで。マジでマジでマジで」
背筋が凍るような青い魔力を溢れさせながらじっと一刀を見つめてくる魔愛の迫力に一刀はこくこくと無言でうなずく。そして、自身の手をじっと見ながら反省する。
「そ、そうよな。男が無神経に女の子の頭を触ったらいかんよね。髪は女の命ってばあちゃんも言ってたし、好きでもない男からそんな髪を触られたら本気でいやよね」
「……まあ、それもマジなんだけど。アタシも好きな人以外に触られたら絶対に半ごろすし。とにかく、いっくんは女子の頭を触るの気を付けて、特にこの子、感覚強化もちで絶対いっくんの手や声をしっかり記憶しただろうから、本当に距離感に気を付けてあげて。じゃないと、中毒者になるから」
「なんの!?」
夢見心地な様子の段原を連れていく魔愛の背中に一刀がツッコむ。だが、誰もその一刀の勘違いを正そうとはしない。むしろ、自分が中毒者に、一刀中毒にならないようにせねばとそれぞれが自分に言い聞かせていた。そして、唯一動じていないウラ花が話を続ける。
「なんか、全員倒れるんじゃないかって気がしてきたけど……とりあえず、次はろくろね。蝋山ろくろ。オリジナリティのある変わり者になりたい普通の子よ」
「え……ひ、ひひひぃい! ななな何を言っているんだい!? ウラ花ちゃん!? わわわわたしが普通なわけないだろう!?」
ウラ花の言葉を聞き、一瞬呆気にとられた後、白メッシュの入った長い黒髪を振り乱しながら変な動きを始める蝋山。ウラ花の言葉とその一連の動きを見た一刀は理解する。
あ、この子真面目そう、と。
そもそも蝋山は変な行動をよくとっているが、節々で隠しきれない真面目ムーブがあった、と一刀も思い出していた。
蝋山ろくろ。中学校時代、彼女は非常にまじめで模範的な生徒だった。だが、その没個性である自分に悩んでしまうのも若さ。いわゆる高校デビューとして、彼女は気持ち程度の白メッシュを入れ、和柄のモノを好み、人にはない趣味を持とうとした。しかし、クラスメイト達は気づいていた。彼女のノートの文字がとてもきれいで決してはみ出すことのない事を、遅刻は絶対にしないし、掃除は真面目、宿題を忘れたこともなければ、忘れ物をしたこともない。『そういう時期』なのだと担任である藤崎は理解していたし、クラスメイト達も不思議ぶっているが真面目な子と思って彼女の変なムーブを受け入れていた。
「まあ、というわけで変なことをして目立ちたいみたいだから受け入れてあげて」
「いや! それ一番なんかはずかしいやつー!」
「危機管理能力が高いから変な動きをしても絶対に危険に陥ることはないから」
「ねえ!」
「で、固有魔法は『全魔法適性』。今までのこの固有魔法持ちのデータを見ると、特化した魔法がなく伸びるのは遅いけど、凄く使い勝手がいい器用貧乏的な力よ」
「はい! 器用貧乏って言ってるー!」
淡々と説明を重ねるウラ花の横で必死になって叫び続ける蝋山。先ほどのピンチ時は恐らく他のチームメイトから青蛇を引き離す為に敢えて離れていったのだろうが、ダンジョン研修時は離れると言ってもすぐに戻ってこれる距離をとっていたような気がするなと一刀は思い出し、蝋山に向かって微笑む。
「わたしの時だけなんか同情を感じる! ねえ、違うんだよ! わたしは変な子なのー! あ、青蛇の群れとかめっちゃ突っ込んじゃうし、ダンジョンとか一人で全裸でいけるし」
「「「「「「「え?」」」」」」」
全員の声が重なり、蝋山を見る。すると、蝋山は人差し指同士を合わせながら視線を中空に彷徨わせ、小さな口を開く。
「あー……その、まあ、ももも物の例えだけどね、うん、そのくらい出来るレベルですよーって。まあ、ダンジョンで全裸になるのは危険だよ、ねえ?」
蝋山の尻すぼみな言葉が静かに響きわたると、一瞬静まり返り、わあっと蝋山以外の全員が笑い出す。
一刀はAチームではなかった空気感に幸せを感じていた。勿論、Aチームの居心地が悪かったわけでなく、Aチームの安心感とはまた別の、弱さを見せ合い揶揄いあう楽しさに自然と笑顔が零れる。
「…………?」
ふと気配に気づき、小さくなっている蝋山の向こうを見ると、玖須美が両手を構え腰を落としていた。
「え……? 九十九里さんは何してんの?」
「いえ……その、蝋山さんも一刀さまにやられて、倒れるかと思い……ずっと待機してました」
そう告げて、小さくなった蝋山の背後で小さくなる玖須美にまたみんなが笑い出す。
(そうか……。こういう感じもあるんやなあ……。そうか……)
一刀はそれぞれの関係性にぼろぼろと目から大量の鱗が落ちていく思いがした。もっともっと田舎では知ることの出来なかったことを学んでいこうと。人を知る喜びをかみしめていた。
「そ、そーいえば! あの、Hチームの皆様は何故ここに? ここはダンジョン研修で来たとは言え、ある程度のランク持ちが冒険者協会の許可が必要では……?」
誤魔化すように声をあげた玖須美の言葉に、Hチームのメンバーは表情を少し曇らせる。
少し微妙な空気となった場で、小さく手を挙げたのは片桐だった。
「あの……先生が……『もっと強くなりたいんだったらワタシが連れて行ってあげるわ』って……」
「先生? 平家先生?」
一刀が質問をなげかけると片桐はふるふると首を振る。そして、次に口を開いたのは、魔愛のお陰か少し落ち着いた様子の段原。
「チガウよ、Rの発音がやな感じのアノ先生」
能代がぽりぽりと頬を掻き蝋山を見ると、蝋山は敢えて白メッシュのところをさっと掻き上げ一刀を見る。
「それはね! 厳島君! 彼女さ! こ、」
「みなさーん!」
蝋山が言い終わる前に遠くから声が響く。そして、一人の紫色のスーツを着た女性が一刀たちのほうに向かって走ってくる。
一刀も彼女のことは知っていた。隣のクラス8組の担任で、一刀のクラスの英語を担当している英語教師。一刀のことをじとっと見てくるので一刀も正直に苦手にしている先生。
「みなさん、無事だったみたいね! ア~ユ~オゥケ~イ?」
近藤こずえ。少し粘っこい発音で問いかけながら全員を見回す彼女の眼鏡の奥から見えた三日月形にわらうその目に一刀は青蛇に似た何かを感じていた。
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