第48話 挟まれる男と挟む女達
「ぐす、おい、たーこ。きけ、たーこ」
だが、たたみかけるように卯ノ花が耳元でぼそぼそと喋りかけてくる。
「ぼーっと呆けてんじゃねえぞ。あたしたちを助けてくれたのは感謝してるよ。ありがとう。あとで『この子』がいくらでもお礼してあげるから、とっとと能代達もたすけてくれないかなあ?」
「え? え? え?」
今まで卯ノ花といえば、一刀が話しかけても怯えて隠れるばかり。話し声も他のクラスメイトや先生と話している所しか聞いたことがない。しかも、声が小さいのであまり聞こえない。そんな彼女の声が耳元でしっかりと聞こえていて『こんな声だったのか』と一刀は改めて認識する。だが、その初めてはっきり聞く声が一気に一刀の耳元に流れ込んでくるので一刀は目を白黒させる。
だが、一刀の混乱はそこで終わらない。
そんな卯ノ花の反対側から一刀の耳元に近づいてきたのだ。花のような香りが。
「厳島くん……」
「か、片桐さん!?」
反対側に片桐がやってきて一刀に囁く。THE・可愛らしい声という卯ノ花に対し、静かで優しい声の片桐の囁き声に一刀は小さく身体を震わせる。
2人に両側から耳元で話しかけられているという状況。
頭が混乱し始める一刀だが、それでもこの状況をなんとかしなくてはと頭を回転させる。
(って、集中できるかあああ! なんやこの状況!? なんで片桐さんも!? ていうか、めっちゃいい匂い! きもいって思われるかも! 鼻閉じんと!)
そんな一刀の心知らずの片桐はそのままぼそぼそと一刀の耳元で囁き続ける。
「そ、その、色々混乱してると思うんだけど、今は、『今の』卯ノ花さんの言う事を信じて動いてみてくれないかな」
「わ、わかった!」
片桐自身は自分の小さな声では青蛇の大合唱に負けると判断した故に、耳元で喋っているのだろうが、片桐の小さな手の壁によってやわらかく反響した声とふわと耳をくすぐる感覚、そして、戦闘中の熱をもった身体から発せられる女子達のなにかいいにおいに一刀はむずがゆさと、とてもいけないことをしている気持ちに挟まれ身もだえする。
(う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! うおおおおおおおおおお!)
だが、耐えねばならない。こんな状況の中で妙な高揚感を感じてしまっている自分を気取られるわけにはいかないとぐっと顔面に力を入れ、卯ノ花が喋ってくる左耳に集中する。
「いいか、たこ。よくきけよ。まずは…………」
やわらかくかわいらしい声にも関わらず若干の毒のある喋り方が気になる一刀だったが、それも一瞬。卯ノ花を話を聞けば聞くほど真剣な表情に変わり、卯ノ花が一刀の耳元から離れた時には完全な戦闘モードに変わっていた。
すぅうううううう、はぁああああああ
「いよっし! わかった! ありがとう!」
一刀は、全体を見回し、卯ノ花に指示された『彼女』を見つけ、青蛇達に負けないよう声を張り上げる。
「神崎さん!」
「一刀くん?!」
1人、青蛇達の合唱に動揺せず、片桐と卯ノ花付近にいた青蛇達を倒し続けていた環奈が一刀の声に反応する。力なく飛び込んできた焦げた青蛇を大盾で殴り飛ばすと、一刀の方に顔を半分向ける。
「神原さん! 能代さんに『突撃して』!」
「……! 分かった!」
一瞬だけ戸惑う表情を見せた環奈だったが、すぐにキッと凛々しい表情に戻ると、能代に向かって盾を構え一直線に駆け出す。駆け出しながら環奈は再び雷の魔法を発動させ、盾に雷を纏わせる。バチリバチリと弾けるような音を立てながら能代に近づくと環奈は叫ぶ。
「能代さん! ぶつかるから! 耐えて!」
「……!! わ、かった~ぁあああああ!!!」
「能代は、喋りはとろいけど頭の回転は速いから、相手の行動を受けてそれに対応する行動をとるのは早い。まあ、あの長身グラマラスボディだし、動くのもちょっと遅いけど」
ぼそりと一刀の左耳元で喋る卯ノ花の言葉に動揺しながら頷く一刀は環奈と能代の距離が縮まっていくのを見つめる。
卯ノ花の言う通り、能代は環奈の言葉をすぐに理解したようで、大量の青蛇に巻き付かれながらぐんと腰を落とし身体強化魔法を発動させる。
能代のその様子を見て環奈は盾を強く握りしめ、更にスピードを上げる。そして、能代にぶつかる直前に能代を同じように足で地面を踏みしめ腰を落とす。
「シールドバアアッシュッ!」
大盾は防具だ。相手の攻撃を受け止めるものではあるが、攻撃技も少ないながらある。その一つがシールドバッシュ。盾を突き出したり、盾を持ったまま環奈のように突撃して、相手を吹き飛ばす。剣や槍のような殺傷力はないが、今回はそれが却って重要になる。
雷を帯びた盾を能代の背中に張り付く蛇を潰すように押し出す環奈。
「んぐっ……んぎぃいい~」
能代は背中の蛇を潰す衝撃に一瞬息を詰まらせるが、ギリギリで環奈が立ち止まった事ですぐにふうっと息を吐き再び足を踏ん張らせ身体をねじる。能代の動きを合図に環奈は後ろに跳びさがる。
「う、あああああああ~っ!!」
能代は捩じった身体を全力で戻して、雷で痺れ巻き付く力が弱ってきた青蛇達を振りほどく。
宙を舞う青蛇達を環奈が剣を振るい纏わせた雷の魔力で焼き払っていくことで青蛇の群れは一気に数を減らした。
振り払い切れなかった青蛇達を能代が力づくで引き剥がし投げ捨てる。
環奈の雷の影響で身体に多少の痺れは奔るが少しずつ収まっていき、戻っていく感覚を確かめるように手をぐっぱぐっぱと開いては握りを繰り返す。そして、満足いく握力が戻るとぎゅっと拳を握り顔を上げる。
すると、目の前には黒髪のポニーテールを揺らす環奈が。環奈もまた放出したことで乱れていた魔力を整えるべく、何度か荒く呼吸を繰り返していたが、能代の視線に気づく。
「大丈夫!? 能代さん」
「あ、う、うん~。あたし頑丈だから~平気~。ありがと~、神原さん~」
「うん! よかった! そうだ、一刀、くん……?」
環奈が振り返ると、一刀が両腕の上にクラスの中でも小さい背の順で並べば1,2番目の小柄な二人を乗せ、抱きかかえながら駆け寄っていた。
抱えられながら一刀の耳元で囁いている二人を見て環奈は目を白黒させる。
「え……? どういう状況? それ?」
困惑する環奈。一刀はいろいろな汗を流しながら曖昧に笑う。
「おい、いっとう。今度はダリアだよ。すぐにうごけ、やれるだろ。とろとろすんな。たこたこたこ、すん」
「え、えらいです。流石厳島くんです。すごい通る声、かっこいい声です」
左からは、小動物的な幼さ残る可愛らしい声でも罵倒を含む指示、右からはお淑やかな澄んだ声による過剰な褒め言葉、そして、何より両腕に乗っている二人の小さなお尻の感覚が思春期真っただ中の一刀の情緒を乱れに乱れさせた。
(うああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! は、はよう解放してええええええええええ!!!)
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