第47話 驚く男と驚かす女
「一刀くん! 私が二人の奥にいる青蛇達を焼くから、その間に二人のところに」
「わ、わかった!」
(流石、神原さんや……)
環奈がだらしない笑みを浮かべていたとは知らずに一刀は環奈の判断・指示に感心していた。
ただひたすら片桐と卯ノ花を助ける為に青蛇を撃退することを考え突っ込んだ一刀。一方、環奈は一刀のその動きを見て自分がどう立ち回るか思考し即座に一刀をどう動かすか、そして、その為にどう指示をすべきかを決め行動した。
一刀も人を救助した事は田舎で何度もあったが、あまりにもソロプレイが多く、チームプレイや他人を動かすということに慣れていない。都会に来てそれを感じてはいたが、何度かクラスメイトの命の危機を目の当たりにし、自分の連携の弱さを自覚し一刀の危機感は募るばかりだった。
(俺はどうすれば……)
だが、一刀の答えはすぐには出ない。いや、出せない。その思考の海に潜る前に、青蛇達の、金属を擦るような叫び声の合唱が一刀を現実へと引き戻した。
「「「「「シィギイイイイイ!」」」」」
突然の強敵の襲撃によって、一刀たちの近くにいた青蛇達が警戒の鳴き声を放つ。その声は波のように広がり、付近の青蛇達が全て鳴きだす。耳を押さえる程ではない。だが、
「な、なんですか!?」
「え、え~~~」
「ヒィイイイ! 耳が……! アタマが……!」
突然、周囲の大量の青蛇達が鳴きだしたことで、それぞれ孤立している蝋山、能代、段原の三人が混乱、怯えの表情を浮かべていた。特に感覚が鋭くなっている段原には刺激が強いようで顔をしかめている。
2人を救った。だが、その事で他の3人に危機が迫っている。耳障りな音に顔を顰めながら一刀は一先ず、環奈の指示通り卯ノ花と片桐の元へ向かう。
卯ノ花は茫然としているのか環奈の向かっていった方をずっと見ていたし、片桐は突然叫び始めた青蛇達を見て首をせわしなく動かし震えていた。
「う、卯ノ花さん! 片桐さん! 大丈夫!?」
一刀が声を掛けると、二人ともはっと意識を一刀に向け答えるが、その返事に力はない。
「あ、ぅ、うん……」
「い…いつく、しまくん………」
卯ノ花と片桐は真っ白な顔で答え、まだ戦闘中にもかかわらず膝ががくがく震え立っているのもやっとという状態だった。
「だ、大丈夫?」
一刀は心配し声を掛けるが卯ノ花は混乱しているのか、揺れる瞳で一刀を見つめたかと思うと頭を押さえ俯いてしまう。
隣にいた片桐は卯ノ花を見るとはっとした表情を浮かべ、青ざめた表情ながら応える。
「わ、私達より、能代さん達を……!」
「うん! すぐに行くから!」
一刀は二人が思った以上に肉体的にはダメージを受けてないことを確認すると、能代達の方を見る。先ほどの青蛇の大合唱で心が折れたのか戦況は少し前に見た時よりも明らかに悪くなっていた。
「くっ……そ、まずい!」
能代は青蛇に全身巻き付かれながら身動きが出来ないようになっており、振りほどこうと必死に藻掻いている。段原も腕から出血をしながらも必死で青蛇達の攻撃をかわしてはいるがパニックになっているようだった。そして、一番遠い位置にいる蝋山は他のメンバーのピンチに気づいてはいるが青蛇の波に押され、全く進めず焦りの表情で闇雲に槍を振るっている。
それぞれが遠い位置で戦っており、誰を助けに行くべきか一刀は脚を止めてしまう。
(一番近いのは能代さん……! 怪我をしているのは段原さん……! 数がヤバいのが蝋山さんだけど、一体だれを……!)
眉間に皺を寄せ視線を彷徨わせる一刀。ふと背後に気配を感じ振り返ろうとするとふわりと石鹸のような香りが漂う。小さな顔がちらりと見え、慌てて顔を前に向き直す。
「うううううの卯ノ花さん!?」
さっきまで青蛇相手に戦い続けていたせいか熱を持っている卯ノ花がまさしく目と鼻の先の至近距離にいて、この状況で不謹慎と思いながらも顔を赤くする一刀だったが、卯ノ花はどんどんと顔を近づけてくる。
そして、耳元でふわりと卯ノ花が囁く。
「ぐす……この状況なら能代一択だろ。たーこ」
「……?」
一刀は自分の耳に聞こえた声が本当に卯ノ花の声なのかと首を傾げる。可愛らしい小動物のようでさっきまで涙目だった、いや、今も涙声である卯ノ花に似合わない『たこ』という言葉に驚く一刀。
だが、今の声は、口調に少し違和感はあれど間違いなくあのクラスメイトから守りたい小動物と評される卯ノ花。
一刀から横目でちらりと見えた卯ノ花は、間違いなく涙目ではあったが、別人のような肉食獣の目で青蛇達を睨みながらぎらりと嗤っていた。
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