第42話 はずされる男とはずす女達
〈小鬼の隠れ家かあ……〉
〈またエグいところ選んだなあ〉
〈今日は長期戦になりそうですね〉
一刀が魔動ドローンの横、コメント欄を見ると比較的ネガティブな意見が並んでいく。
ダンジョン配信において、トラップの多いダンジョンの配信は、進みが遅くあまり好まれない。固有魔法などによるタフさを活かし罠に引っかかることを前提としてお笑い系の配信をする女性芸人などもいるが、基本的には不人気ジャンルと言えた。
だが、現状一刀たちにとって登録者数を増やすことや減ることは問題ではない。むしろ、今現在異常なほどの数である為一刀は恐れおののいていた。
「今日は、僕がまだまだダンジョントラップに対する経験値が低いと思うのでそのあたりを勉強していきたいと思います」
そう告げると一刀は【小鬼の隠れ家】の奥へと進んでいく。
薄暗い上にダンジョン特有のツタ植物が至る所に生えており、視界が悪い為一刀がツタを切り裂きながら慎重に前進する。【穴】から入り、通路を進んでいた一刀たちが最初の部屋にたどり着く。部屋の中もツタがびっしりと生えており一刀は顔を顰める。
「こりゃあ……大変そうだ」
「ねー。これ、全部燃やしちゃダメなの?」
入口で膝を折り曲げ座り込んだ杏理がうんざりそうな表情を浮かべ問いかけると、玖須美が首を振る。
「このダンジョン全体に燃え移って一酸化中毒などになる可能性もありますからね。なので、戦闘でも炎系は避けねばなりません」
「地道にやっていくしかないね。そもそもその為のこのダンジョンなんだから」
地面にもびっしりツタが生えており、罠を仕掛けるには絶好の環境と言えるこの空間に一刀はぞくりと背すじに冷たいものを感じる。
この中にどれだけの罠があるのか、そして、その罠にかかった瞬間を狙う小鬼達がどこかに潜んでいるかもしれない。その恐怖に一刀は身体を強張らせるが、己を奮い立たせ前に出ようとする。
「よし。じゃあ、俺が……」
袖を軽くあげ、前のめりになった一刀を口元だけが見え笑っている環奈が制す。
「あ、ワンソードマンは下がって見ててね。私達が罠解除に挑戦するから」
「え? いや、でも……」
「とりあえず。ここは任せて。ね?」
「は、はい……」
仮面の向こうからしか見えないはずの環奈の目。
だが、その目にはとんでもない圧が込められており、一刀は目の前の空間よりも震えあがり、ちいさく何度も頷く。
3人で頷きあった環奈たちは一刀の持っている魔法鞄から棒を取り出してもらい受け取ると部屋に入り、慎重に罠を探していく。
1.5メートル程度のその棒は、探索棒と呼ばれ罠の多いダンジョンでは使う冒険者が多い。出来るだけ棒を伸ばして、地面を叩いたり空中に振り回す3人。
「あったー! 落とし穴! うわ、なんか気持ち悪い液体がはいってるんですけどー!」
「……っと、こっちの出入り口には首の高さに糸がはられてしましたわ。見えにくい糸を仕込んでおいて出入り口に逃げようとした冒険者を引っかける為といったところでしょうか」
「足元にも転ばせようって罠が結構あるね。上から叩くだけじゃなくて、地面に沿わせながらもチェックしてみてね」
探索棒を使い、罠を探し外していく環奈たち。その姿がどこか楽しそうにも見える。いやそうな表情だった杏理さえも罠を見つけると、お宝を発見したように嬉しそうに発見している。
そんな楽しげな様子を少し頬を膨らませながら遠くで見つめる罠外しチームをはずされた一刀。
〈ワンソードマン、さみしそう…〉
〈どしたん? 話きこか?〉
〈ほっぺたぷくーって、か、かわいい…!〉
「いや……なんか、そうですね。正直、さみしいところがありますよ。チームなのに」
〈まあ、男はね……〉
〈モンスターはともかく、ちゃんと罠外しやっとけば安全な罠にかけさせちゃったら炎上しちゃうだろうし〉
〈こればっかりはねえ〉
素早く流れていくコメント欄にも慣れ始めた一刀を慰める視聴者達。基本的にダンジョンに潜ることのない男だからこそ、罠の解除なんてもってのほかというのが一般的な考え方だった。
だが、昔で言うところのお姫様扱いをされることに不満を示す一刀。そんな一刀の視線を感じながら杏理たちは身体をぷるぷると震わせる。
「か、神原さん……一刀、すねてるんだけど……か、かわいい……」
「だ、ダメだよ。魔動ドローンが一刀くん付だからって。ここでは本名で呼ばないようにしないと……ま、まあ、気持ちは分かるけど」
二人がちらと背後を振り返ると、頬を膨らませ唇をとがらせた一刀が見え、再び背中を向けると口をもにゃもにゃとさせる。
(かわいー! 帰ったらアーカイブ見てスクショとろ!)
(駄目よ! 環奈! 男の子が不満そうな顔にこんな気持ちを抱いちゃ……だめだめ!)
二人笑いをこらえる顔を見合わせていたが、何か気付いた杏理が表情を変え、顔を上げる。
「……! みんな、あっちの方向から! 多分、3,4匹くらい!」
先ほど玖須美が罠を見つけた出入り口ではない方の出入り口を指さした杏理を見て、一刀たちは表情を引き締める。
「罠は!?」
「ほとんど解除できたと思う! 解除できない落とし穴付近は発光塗料つけてるからそれを目印にして!」
環奈に言われ、部屋の中を見回すと警戒色である赤に光るポイントが何個かあり一刀はそれを頭に叩き込むと中に入り、環奈たちとフォーメーションを組む。
現状、一刀たちは前衛で三角形を作り、玖須美がその中で魔法を使うというフォーメーションをとっているが、敵の襲来が分かっているため入り口前に環奈が盾を構え、入口の両側に一刀、杏理が武器を握りしめ待ち構えている。
「みんな! 来るよ!」
環奈が叫ぶと、通路の奥から小鬼達が3匹飛び出してくる。入口から見える環奈一人だと思ったのか一気に襲い掛かる小鬼達。
だが、環奈は3匹がかりの突進を受け止め魔法を発動させる。
「【感電】!」
魔法伝導率の高い盾に環奈の固有魔法である雷が奔り、攻撃を防がれた小鬼達に伝わり音を立て焼いていく。
「ギ、ギャアアア! ガ、ア……!」
身体が痺れているせいか武器を落とす小鬼達の作った隙を一刀たちは見逃さない。環奈が突進を防いだ時に小鬼の大きさ、装備、首の位置などを確かめ、一気に迫り、切り裂く。
「……ち!」
右手の剣で首を斬り、左手の剣で胸を突き刺して完全に絶命させた杏理に対し、一刀の一撃は浅く入ったらしく小鬼が首から血を噴出させながらも武器を振り回す様子を見て舌打ちする一刀。
すぐさま追撃をと思った瞬間、横から魔法によってつくられた氷柱に小鬼が吹き飛ばされ壁に打ち付けられて動かなくなる。一刀はその魔法を放った玖須美に手を挙げ例の言葉を述べる。
「ごめん、助かった」
「いえいえ、まだ完全にものに出来てはいないようですわね。その長剣」
玖須美に言われ、一刀は自分の持っている黒の長剣を見つめる。【黒狼の森】で戦った黒騎士のおいていった長剣を一刀は慣れ親しんだ短剣と交互に使うようにしていた。
それを使うようになったのは単純にその長剣の質がいいものだと冒険者協会の鑑定士に教えられたのもあるが、東京に来てチームプレイとなったことが一番の原因だった。
元々田舎では全ての役割を担う為に、速度重視の装備を好んでいた一刀だったが、東魔学園に入学しチームで役割を果たすためには長剣がいいのではないかと考え始めていた。
短剣は手数も多く、狭いところでは抜群の能力を発揮する。2年9組でも短剣をメインウェポンにしている女子生徒は少なくないが、彼女たちは攻撃力が低いためにサポートに回ることが多く、短剣は自衛の為のものであることが多い。
一方の一刀は攻撃力もありどちらかというと短剣では戦闘力を持て余す感じがいなめなかった。チームであれば、互いにフォローも出来る。それ故に一刀は最終的に長剣への移行を考えていた。
「そうだね……でも、大分なじんできた気はするから、もう少し長い目で見てもらえたら……」
「勿論ですわ。『アレ』もありますが、その時もわたくし達がフォローしますからゆっくりやっていきましょう。そうゆっくり……じっくりと……末長い目で……」
「あー! そういえば、本当にモンスターが来るのをよく分かるよね! すごいや!」
「う、うんうん! 本当にねー!」
「そ、そうでしょー! なんだろ、もしかして固有魔法に目覚めちゃったかなー! あはははは!」
中間テストの話をしているはずの玖須美が徐々に目を妖しく輝かせ、不思議な日本語を使い始めたことに何かを感じ取った一刀が先を促す。環奈と杏理も慌てて同意を示すと、玖須美はくすりと手で口元を隠しながら笑う。
〈末長い?〉
〈気を付けてワンソードマン! そのメギツネはヤバい!〉
〈わたしもワンソードマンと末長い関係になりてええええ!〉
一刀の近くで飛んでいたために玖須美の声をしっかりと拾った視聴者達は阿鼻叫喚。
だが、そんなコメント欄を玖須美は穏やかな瞳で見つめ微笑を浮かべていた。
その後も、暫くの間罠外しチームからはずされたままの一刀だったが、徐々に環奈たちが慣れてきたことにより、少しずつ罠解除に参加し始める。そして、ダンジョンに入って3時間近く経ち始めた頃だった。
「……ん?」
ふと杏理が立ち止まり通路の壁を見つめる。
「どうしたの? 何かあった?」
「ん? ああ、うん……う~ん? なんだろ? この壁、なんか変……」
杏理が首を傾げて見つめる壁を一刀たちも同じように見つめるが特に違和感はない上に触ってみても他の通路の壁との違いが分からない。杏理自身も何が変なのか具体的なことは分かっておらず苦笑いを浮かべる。
「うーん、なんとなくだったから。ま、気にしないでー。それより先に行こう、きゃ……!」
杏理が振り返った瞬間足元でカチッという音が鳴り矢が飛んでくるのが視界に入る。慌てて剣を構えるが、矢の勢いの鋭さと握りが甘かったために剣を弾き飛ばされてしまう杏理。
慌てて剣を拾おうとした時を狙いすましたかのように飛び込んでくる3匹の小鬼。
急いで通路に立ちはだかり行く手を阻もうとする環奈だが、今回に限って、2匹が環奈の盾に突進してきたものの一匹は杏理を狙おうと横に逃げる。その上、2匹の小鬼は環奈の動きを封じるように動き、杏理のフォローにもいけない。
壁に意識を向けていた玖須美も急いで詠唱を始めるが間に合わず眉間に皺を寄せる。
最後列でバックアタックに備えていた一刀も杏理を狙う小鬼に攻撃しようとするが距離が遠い上に玖須美を避けねばならず間に合いそうにもない。
—愚か者めが。伸ばせ。お前にはそれが出来る。
「!! 俺がやる! 避けろ!」
一刀の身体の中で誰かの声が響き渡る。その瞬間、右手が熱くなったような気がして一刀は剣を引き、片手突きの構えをとる。そして、杏理に迫る小鬼に狙いを定めると剣を突き出す。
黒の長剣でも届かない距離。
だが、一刀の中にある【強魔】によって増幅された玖須美の赤銅色の魔力が黒の長剣を伝わり、刀身を一気に伸ばしていく。
そして、探索棒より長くなったその剣はまっすぐに小鬼の身体に伸びていき突き刺さる。串刺しにされた小鬼は悲鳴をあげ少しだけジタバタと動いたかと思うと、すぐにだらりと全身から力が抜けていく。
一気に小鬼の体重がかかり前のめりに倒れそうになる一刀を手前に居た玖須美が抱きしめ支える。
「す、すごー! ワンソードマン! 何今の!? なんで伸びた!?」
「え? あ、ああ……あのなんか、出来た」
〈なんかできたwww〉
〈なんか出来るよね、ワンソードマンなら。わかる〉
〈なんでもできるよワンソードマンなら! 男だし! 最高!〉
湧き上がるコメント欄に苦笑する一刀。だが、すぐに一刀もコメント欄も表情を変える。
その原因は、一刀のおなかから感じるあたたかさと花のような香り。
「ああ……! ワンソードマン様ったら、わたくしの力をもうものにされたのですね。うふふ……ものにされてしまいましたわー。それにしても、硬くて素敵な腹筋……!」
〈うおおおおおお! 敵は腹筋にあり!〉
〈おい! 痴女離れろ!〉
〈もしくはそこ代われ!〉
恍惚とした表情を浮かべる玖須美に敵意をむき出しにするコメント欄。
抱きかかえられた一刀はどうすることも出来ず顔を真っ赤にしながら万歳の態勢をとる。
「うふふ……わたくしたちならきっと『アレ』も楽勝ですわ! おーっほっほっほ!」
マンガのような高笑いだなあと思いながら引きはがそうと迫る環奈と杏理を待つ一刀。
確実によくなっているチームワークに、黒の長剣の可能性、一刀もまた中間テストへの手ごたえを感じていた。
だが、
「厳島、お前、中間テストは別のチームな」
「「「「え?」」」」
玖須美の予感は外れ、一刀はチームから外された。
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