第39話 視る女と見る女
「ねいねい~、へきるチャ~ン」
「下の名前で呼ぶな」
「~~~~!」
相変わらずダボダボの袖を振り回しながら追いかけてくる雷夏に対し、平家が呆れたような顔で振り返る。雷夏が平家の頬に向かって突き出していた指を、平家はひらりと躱すと指を掴んでゆっくりと下ろす。
そして、小さくため息を吐くと再び歩きはじめる。
雷夏が頬をぷくーと膨らませ追いかける。
「つまらないな~」
「つまらなくて結構。それより……中馬の件は何か分かったのか?」
サウザンドマジシャン事件の時、一刀の【金属操作】によって落とされた中馬の指はポーションでなんとか再生することが出来た。その後、中馬は、男という特別な立場とはいえ同じ男を殺そうとしたこと、その上で多くの女性を巻き込んだという事で捕まった。
中馬のモンスター化については様々な憶測が飛び交ったが、調査結果は公開されないままで現在まで謎とされている。雷夏も依頼によって中馬への調査に加わっていた為、何か知っているのではないかと平家が問いかけてきたのだ。
「へき……平家チャンも見に行ったんでしょうがい」
「わたしが見たのは一回だけだ。竜胆本部長に魔力の流れを見るように言われてな。その後お前にも伝えられただろうが、異常はなかった。そこで見た時の魔力の流れには、な」
平家が眼帯周りを親指でかりかりと掻くと雷夏はうんうんと頷き、ぴんと指を一本立てる。
「ダンジョン内では違ったってことだねい」
「ああ、【粘獣の巣】で、白魔眼を使って視た時は、身体の丹田あたりから放出された魔力が指に到達すると波打つように広がっていった。異常な量の魔力に増幅されて」
一刀の影に潜りついていった【粘獣の巣】。一刀と中馬が対峙する前に影から抜け出し、様子を伺っていた。中馬がモンスター化した際には、白魔眼で異常な魔力の流れを確認していた。雷夏は何度も聞いたはずの魔力の流れの話に頷き指を立て続ける。
「そう。指、だねい……あの時中馬クンの付けていた指輪。それに刻まれた魔文字と何かしらの力が化学反応……と呼ぶのは正しくはないだろうが、相乗効果によって過剰な魔力によってモンスター化した……というのが研究班の予想だねい」
「何かしらの力、というのはまだ分かっていないか……」
平家は今までとてつもない人数の魔力を視てきた。だが、どの人間の魔力の流れでも中馬のような魔力の流れは見たことがなかった。
(だが、一番近しいのは……)
平家は顔を歪めながら雑にガリガリと眼帯周りを掻く。
中馬の魔力の流れは、モンスターの魔力の流れに近かった。その事も竜胆には伝えたし、指を落とされた後の中馬の魔力の流れは人間のソレに戻っていた事も伝えていた。
「あの時の魔力はあまりにも禍々しい色だった。危険なものに違いない」
「ふうむ……ま、人間にとっては間違いなく危険なものだろうねい。中馬クンはアレ以来、悪夢にうなされているらしいし。ただねい、へきるチャン」
「おい」
「ワレワレ、人間にとって禍々しいものでも他のものからすれば神々しいものである可能性だってあるんだよう?」
「どういうことだ?」
雷夏は立てていた指を平家に向けて笑う。
「人間だってそうだよう。例えば、ワタシの飲み物を見てフミカチャンは顔をしかめるよねい」
「~~~!」
雷夏の発言に平家も顔を顰め答える。
「お前の飲み物は色が独特すぎる」
平家の答えが望んでいたものだったのかぱっと表情を輝かせると指を再び平家に向ける。
その指の先には青白い魔力が漂う。
「そう! だけど、ワタシにとっては美味しそうに見えるのさ。虫の見た目が苦手な人間もあの見た目が大好きな人間もいる。だからねい」
青白い魔力は蝶のような形となり、ふわふわと空を飛び始めると10秒ほどしてゆっくりと身体が散っていき、青い雪のような魔力が降り注ぐ。
「理解しようとする心は失っちゃダメだと思うねい」
雷夏の言葉に、平家は珍しくきょとんとした表情を見せる。そして、くしゃりと笑い、眼帯周りをやさしく掻きはじめる。
「そうか……そうかもな。自分の常識だけで測るのは危険か。アイツみたいな、厳島のような存在もいるわけだし」
「そいうこと。ああ、そうそう。中馬クンに関する仮説がもう1つ。これは完全なワタシ個人の予想だけど、中馬クンは強引に【強魔】の力を発動させられた可能性もあるんじゃないかなと思っている」
「【強魔】の……つまりお前はやはりあの力は男性が共通して持つ力だと」
雷夏が提唱した【強魔】の力。魔力を多く持つことのできない男性が、女性から魔力を受け取りその魔力を増幅させるという一刀が使った『力』。雷夏はこれが一刀の固有魔法ではなく、男性の持つ特徴なのではないかと推測を立てていた。だが、その推測の中で一刀のように身体や精神を鍛えたものでは無ければ使えないのではないかという仮説も立てていた。
「うん、そうなるとへきるチャンが見たっていう体内で増幅する魔力のようなものというのも分かる気がするだよねい。そして、例えば、高密度の魔石のようなものを飲み込まされ魔力が増幅。指輪に刻まれた魔術式によって、それが身体強化に近い魔法として、身体変化のような現象が生まれた、っていうのがワタシとしてはしっくりくるんだけどねい」
だぼだぼの袖に顎を置くと、物思いに耽るような表情を見せる雷夏。その目は真剣そのものでそれを見た平家も表情を強張らせる。
「珍しく歯切れが悪いな」
「中馬クンがあの指輪をいつ手に入れたのか。そして、飲み込んだその魔力源は誰が仕込んだものなのか……本人に聞ければいいんだけど、この話をしだすと決まって発狂しだしてねい」
「何かの呪いだろうか?」
「じゃないかなと思っているんだけどねい。まあ、ちょっと」
そこまで言いかけると雷夏は、足を止める。目の前には粘獣の群れ。
平家も既に短剣を逆手に構え攻撃態勢に入っている。
「現場検証してみて分かればいいんだけどねい」
「モンスターどもがやけに多いな」
「もしかしたら、ここが魔力溜まりになってしまっているのかもしれないねい」
「まあ、いいさ。早くやろうか」
「やれやれ……相当ストレスが溜まっているみたいだねい……ん?」
「~~~!」
「も~、さっきからうるさいねい。どしたの? フミカチャン?」
と、そこで雷夏はようやく藤崎の猿轡を外す。
「ぶはあ! どしたの? は、こっちの台詞ですよ! なんで、私まで【粘獣の巣】に連れていかれてるんですかあ!?」
「そりゃあ、勿論ワタシが観察に回りたいからさ。さ、縄も外してあげるからがんばるんだよう、フミカチャン」
身体に巻かれ身動きを封じていた縄を雷夏にほどかれた藤崎はようやく得た自由と、目の前のモンスターを見た恐怖とで泣き笑いの表情になる。
「ああああああ! もう! なんでこんな事に! 厳島君!? 厳島君のせいかなあ!」
「なんでも厳島のせいにするな、藤崎先生。……それより、近藤のヤツが最近妙な動きを見せているようだからな。気を付けろ」
「え? 近藤先生が? って、ああ! どういうことなんですか?!」
藤崎の質問に答えないままに飛び出した平家は、粘獣達に黒い魔力を帯びた短剣で襲い掛かっていく。
「あああああ! もう! みんなしてもう! これが終わったらちゃんと教えてもらいますからね! ちゃんと使って下さいよ! 【土柱】!」
藤崎の放った土魔法によって生えてきた土の柱が粘獣の身体を貫き、白魔眼をいつの間にか開放していた平家が、盾に足場にと使い粘獣たちを蹂躙していく。
「ふむ……学園内のきなくさい空気も気になるけど……それよりなによりこんな魔力溜まりがいくつも出来始めたら、かなりまずいねい……」
雷夏は真剣な目でじっと戦闘を見守りながら、次の戦いの予兆を感じていた。
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