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第37話 かえしたい男とかえしたい女・後編

「リオさん! 俺が前に出ます!」


「了解! 援護する!」



 ワンソードマンである一刀が重心低く飛び出すと、リオという名前で仮面をつけた織姫が投げナイフを構える。襲い掛かって来るモンスターは、人喰鞄イーターバッグ2体。


 赤茶の革鞄の口に牙を生やし、宙を跳ねながら襲い掛かって来る。


 その不規則な動きをとらえきれない一刀は的を絞らせないように高速で移動しながら距離をとる。一刀が逃げる動きに合わせ、追いかける人喰鞄たち。その『腹』に織姫の投げナイフが突き刺さる。


「ゲギャ!?」



 痛みに立ち止まって生まれた隙を一刀は見逃さない。バックステップから深く脚を折り曲げ、タメをつくると一気に跳躍し縦に切り裂いていく。


「ありがとうございます! リオさん!」


「……分かってはいたけれど、本当に男……なのに、強いのね」



〈これがワンソードマンやで〉

〈知らないのぉおおお?〉

〈おいおいワンソードマン素人が一緒にダンジョン攻略なんて大丈夫か〉


「だ、大丈夫ですけど!? これでもダンジョン経験は豊富なんですから」



〈www〉

〈そういう意味じゃないんですけどw〉

〈ワンソードマンと一緒にいるという意味を理解してない女おりゅぅう?



 コメントに首を傾げながらも一刀に先を促され歩き出す織姫だったが、すぐに一刀が立ち止まり、同じく足を止める。


 目の前には、次の部屋に繋がる出入り口。


「いきますね……」


「まあ、こればっかりはこのダンジョン、【魔物工房】の特性だからね。行こうか」



 一刀は織姫の言葉に頷き、出入り口へと飛び込んでいく。以前【黒狼の森】で助けてくれた雪月花三姉妹の空間転移とは違う浮遊感に襲われ一刀は顔を顰める。


 【魔物工房】。

 石造りで正方形の部屋27部屋で構成される全体としても正方形の建築物と捉えると一応分かりやすい。各部屋は27×27メートル程度の広さ。それだけであれば攻略も容易なダンジョンなのだが、それだけですまないのがダンジョン。


「次の部屋は、【赤の部屋】になったかー」


「【赤の部屋】……あつ。ダンジョン配信で見たことはありましたけど、かなり息苦しいですね」



 一刀は、先程の埃をかぶった薄暗い部屋から一転、床から壁、天井まで真っ赤の酷暑と言えるような暑さを生み出す部屋で汗を拭う。


 【魔物工房】では部屋の出入り口に空間移動魔法がかかっており、どの部屋にたどり着くか分からない。


 だが、一回の探索で同じ部屋に入ることはなく、戻る時は来た順の部屋となっている。その為、戻ることは難しくないのだが、進む際にはあらゆる環境対策をしてのぞまないといけない為対応力の必要なダンジョンとなっている。


 そのダンジョンが何故【魔物工房】と呼ばれているかというと、


「!? ワンソードマン! 出たわよ! 銅の人喰鞄!」



 先ほどの赤茶色とは違う金属の光沢を放つ人喰鞄が一刀たちに襲い掛かる。


 【魔物工房】では、様々な工芸品が襲い掛かってくるためそう呼ばれている。その中でも人喰鞄は冒険者に狙われることが多い。何故なら、金・銀・銅の人喰鞄は上手く核だけを破壊すると見た目よりも多く収納できるマジックバッグとして使えるようになるから。

 冒険者にとって、道具を少しでも多く収納できるマジックバックは垂涎の的となっていた。


 それは一刀にとっても例外ではない。いや、ソロがメインの一刀の方がマジックバッグは必要であり、憧れのアイテムであった。


「行きます!」


「気を付けてね! 核は『鞄の中』よ!」


「はい!」



 織姫の言葉に頷きながら一刀は口を開き噛みつこうとしてくる銅の人喰鞄を見つめる。口の中で濃緑に輝く核が見え、一刀は狙いを定める。だが、人喰鞄の動きは不規則な上にガチガチと牙の当たる音を鳴らしながら開閉させておりタイミングが図れない一刀は一度攻撃を諦め、身体を捻じり攻撃を躱す。


「くっ……!」


「ギャギャギャ!」



 空中で急な方向転換をしてくる人喰鞄を忌々し気に睨みながら一刀は必死に攻撃を躱し続ける。全身のバネをフル活用しながら逃げる一刀を可笑しそうに笑い執拗に追う人喰鞄。


〈あの動きはキツイ。マジで読めなさすぎる〉

〈普通になら倒せるけど、鞄狩りが目的なら難易度が途端に爆上がりやからな〉

〈ワンソードマンがんばれ!〉


「ワンソードマン! 無理しないで! こっちに!」



 織姫の言葉に一刀は悔しそうに歯をギリと鳴らし、織姫の元に駆けていく。織姫は腰に差している片手剣はそのままに、投げナイフを両手に持ち腕を引き待ち続ける。


「すみません! お願いします!」


「……うん!」



 すれ違いざまの一刀の声にぶるりと身体を震わせた織姫は、迫ってくる人喰鞄をじっと見据える。そして、構えたまま、風の魔力を漂わせる。


 気持ちの悪い笑い声で襲い掛かる人喰鞄の一撃をゆらりと風を自分に纏わせ躱す織姫。一撃を外した人喰鞄は再び空中を跳ねて急転換し噛みつこうと飛び掛かるが、織姫は風によって身体をのけぞらせ避ける。

 風が身体を支え、あり得ない態勢を保つことに成功させる。


「ゲギャ!」



 だが、人喰鞄は止まらない。織姫の真上で一瞬止まるとそのまま下に向きを変え、織姫の胴体目掛け落ちてくる。獲物を目の前にし、大口を開けた人喰鞄。


 しかし、その様子を見て投げナイフを持った腕を引き続けていた織姫も笑う。今度は風によって自分の身体と人喰鞄のどちらもズラす。

 そして、人喰鞄の口の中にある核と投げナイフの向きが直線で揃うと、織姫は一気に腕を前に出し、ぱきりと核を砕く。人喰鞄はその瞬間、牙を失いただの鞄に変化し、だらりと織姫の腕に垂れ下がる。


「すげえ……」


「ま、攻撃魔法としてはわたしは使えないんですけどね。身体操作としては結構なものだと思いますよ」



 一刀が感嘆の声をあげると、織姫は照れくさそうに頭を掻きながら元人喰鞄を持ち上げ状態を確認し、一刀に差し出す。


「はい、どうぞ」


「あ、あの……本当にいいんですか?」


「勿論です。この前の御礼ですからね」



 織姫がそう言うと一刀はおずおずと手を伸ばし鞄を受け取る。革の感触に一刀は目を輝かせると鞄を持ち上げくるくると回る。そんな一刀の様子を見ながら織姫は……とても興奮していた。


(ぬわあああああああああああああああ! 何この気持ち! お、男にプレゼントをあげて喜ばれる日が来るなんて! 最高最高最高なんですけどおおおおおおおおおおおお!)


 ほとんどの男は女性からのプレゼントは一旦鑑定士に預けてから受け取る為、訝し気な顔で受け取るのが一般的だと思われていた。機械の盗聴器も魔道具の盗聴器も仕込まれることが多々あるからだ。

 勿論織姫は盗聴器を仕掛けるつもりはないが、こんなにも素直に受け取ってもらえるとは思わず緩む口元を必死で抑える。


(ま、まだまだ……もっともっといい鞄を手に入れないと……! ハンカチの御礼もこんなんじゃ足りないし、いや! こんなにも素敵で嬉しそうな笑顔を見せてもらった恩も返さねば帰れない!)



 一生帰れないループに陥った織姫が勢いよく進み始めると一刀も慌てて追いかける。

 テンションの上がり続ける織姫の快進撃は止まらない。中々、金属人喰鞄は現れないが、現れない分怒りに震える織姫が無双状態に入る。


(くっそう! こんなに一刀さんのお時間を頂いているのに、申し訳なし! 申し訳なし!)


「あの、リオさん……」


「なんでし!? じゃなくて! な、なんですか?」


「俺、ちょっと戦ってみてもいいですか?」



 9番目紺の部屋に辿り着いた時一刀はそう告げると、織姫の前に出る。見させるだけになってしまっていた為気を遣わせてしまったのかと止めようとする織姫だったが、一刀の真剣な眼差しを見て身体を硬直させる。


(はああああああああああああ! かっこ、良!!)


 一刀は記憶を手繰る為に深く潜ろうと三度深呼吸。


 すぅううううううううう、はぁあああああああああ


 すぅううううはぁあああああ


 すぅぅぅぅぅはぁぁぁぁ……


「ふっ……!」



 短剣で8の字に回し構えると一刀は、正しく雄叫びをあげる。


「さ、こぉおおおおおおおおおい!!!!」



 一刀の雄の声に涎を垂らす織姫だったが、次の瞬間青ざめることになる。

現れたのは金の人喰鞄。


 【魔物工房】ダンジョン配信でも滅多に見られないレアモンスターであり、そして、入手されたことは更に滅多にない。答えは実にシンプル。強すぎるのだ。


 大きな口の他に両側に二つの小さな口をガチガチと鳴らし、それぞれの口から炎、氷、土の魔力を高める金人喰鞄。フォローに入らねばと動き出そうとした時、咄嗟に一刀の腕が出てきて肩を抱きかかえるように抑えられる。


「リオさん……俺を信じて待っていてくれませんか?」


「うん……まちゅぅ……」



〈メスボイス〉

〈メス顔〉

〈メス〉



 一刀に抱きかかえられ見せられないよ、な顔をして身体をビクビクとさせる織姫にコメント欄はそれ見た事かと呆れる。だがそれ以上に多いのは一刀への心配の声。


〈流石にワンソードマンでもキツイって!〉

〈金鞄なんて何年ぶりやろヤバすぎるよ!〉

〈ワンソードマンのオススメルで来たんか!? 逃げて!〉


 急激に早く流れ始めるコメント欄に押し出されるように跳躍した一刀。待ち構えて口を開いていた金人喰鞄の手前で急ブレーキをかけ人喰鞄の下を転がる。転がりながらも視線は外さない。

 人喰鞄が一刀の背中を狙うように放った土魔法を盾で弾き、追撃の氷魔法を横っ飛びで躱す。そのまま回り込むように接近し、直前で方向転換。


 だが、相手は人喰鞄。宙を自在に跳ねるそのモンスターは一刀の逃げる方向を察知し正確に追いかけてくる。


〈あああああああ! やばいやばい!〉

〈やめろ〉

〈しなないでえええええええええ!〉


 一刀は人喰鞄が届く直前に地面を蹴ってジャンプ。


 そして、そのまま『風魔法』を人喰鞄に向かって放つ。

 自身が浮いていた為に人喰鞄には致命傷は与えられず、人喰鞄はぎゅっと小さくなって踏ん張り、逆に一刀は後方へとバランスを崩しながら下がっていく。


 その隙を見逃さなかった人喰鞄は、縮こまらせていた身体を反動で大きく広げ一刀に迫る。一刀は後方に下がる自分の身体を止める。


 背中の後ろに大きな風の球を作って。


「さっきまでのリオさんの動きで覚えた。ズラすことがカウンターの肝!」



 人喰鞄の両側の口が魔法を放つよりも、大きな口が締まるよりも早く、背中の風球を爆発させてその威力で前に出た一刀の短剣が金人喰鞄の口に突っ込まれる。


〈なんじゃあああああ、今の〉

〈風魔法を背中にぶちあてて無理矢理前に出た?〉

〈ひぃいいいいい! ワンソードマン様の背中がぁあああ!〉



 コメント欄が嵐となる中、渦中の一人と一匹は静かに終わりを迎える。

 ふわりと浮かんでいた金の鞄が力なく落ちようとしたところで一刀の手で掴まれる。


 その様子をぼーっと眺めていた織姫の元に汗だくふらふらの一刀が近づいてくる。


 そして、


「あの……カウンターのコツが掴めたのはリオさんのおかげなんで……これ、お礼のプレゼントっす」


 そう言って笑って金のマジックバッグをプレゼントとして渡してくる一刀。

 織姫はそれを受け取ると……目と鼻と口から水分を噴き出しながら倒れてしまう。


「お姉さん!? おねえさああああああん!?」


〈あーあ、だからイッタやろ〉

〈ワンソードマンは女殺し〉

〈また犠牲者が一人〉


 ワンソードマンのダンジョン配信では恒例になり始めたメス気絶おちに視聴者たちが呆れたようにコメントを流す。慌てて織姫を抱えダンジョンから帰ろうとする一刀。織姫はそれはそれはいい笑顔で気絶し絶対に鞄を放さず結局キモかったし、翌日職場でウザいしキモかったので早退させたと同僚たちは後に語った。


お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


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