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第32話 描く女と描かれる男

「ふわ~あ」


「仙道さん」


「はーい、すみませーん」



 放課後の美術室。8人の美術部員の中でひと際背の高い女子が出した気の抜けた欠伸。美術部顧問北條に睨まれ、ショートカットで薄く青みがかった髪をぽりぽりと掻きながら謝るのは2年9組の女子、仙道瀬那。


 175センチの長身故に運動部や冒険者部でもひっぱりだこの彼女だが、天は彼女に二物も三物も与え、美術においても才能を発揮する。


(才能はあるんだけどね……本人のやる気が問題か……)


 基本的に熱しやすく冷めやすい瀬那であったため、北條は瀬那のモチベーション維持に苦戦していた。


 瀬那自身も自分のこの冷めやすい性格はなんとかしたいという思いがあった。

 だが、その思いも冷めやすく、定期的に少し熱を持っては冷め、瀬那自身が自分にがっかりするという繰り返しであった。


「あ、先生。もう時間なので失礼します」



 そう告げると、瀬那が立ち上がり、北條を見下ろす形で頭を下げ、帰りの準備をテキパキと始める。


「あ、ちょっと! 仙道さん! そろそろコンクールに出す作品を決めておきなさいよ!」


 足早に出た美術室から聞こえる声に瀬那は眉間に皺をつくる。


 美術が嫌いなわけではない。運動や冒険に比べ楽しい気持ちはある。

 だが、どこかで真剣になれない自分が居る。


 廊下の窓ガラスに映った瀬那の薄くなった青髪を見つめる。真っ青な髪にした時はクラスも盛り上がったし、瀬那自身もとてもワクワクしていた。それがいつの間にか冷めてしまった。眠そうな冷めた目で自分を見つめる自分。


 瀬那は、この深い心の海に沈んでいく感情をどう引き上げればいいのか。窓ガラスの透けた自分がどんどん薄くなっていく気がして、瀬那は考えることをやめ、無心で歩き始めた。


 瀬那の身長は幼い頃から同世代のみんなよりも高かった。

 2000年災害の影響か、昔のように男の方が大きいという事はなく、瀬那は学校で自分より背の高い子に会うことがなかった。見下ろす彼女たちはとても幼く見え、瀬那は瀬那の視点で物事を見続けた。そして、どこか達観視しているようになってしまった。


 そんな瀬那に新たな熱を与えたのは、彼女と同じ目線に立つ男の子だった。


「はじめまして! オレの名前は厳島一刀です!」


 田舎からやってきた男の子。学園の男子達にはない何かをもっている男の子。


 体つきも細いがしっかりと鍛えられた筋肉を感じさせ、ひとつひとつの動きも洗練されているように見え、瀬那は自分の中で何かが熱くなるのを感じていた。


 そして、慌てて着替えようとする時に見えた一刀の裸、ダンジョンでの立ち振る舞い。


 そのすべてが瀬那には新鮮で、心震える衝撃の出会いだった。


 彫刻のように美しい身体。彫刻の身体は芸術家が『つくった』もの。

 だが、一刀の身体は自分自身と環境で作り上げ、リアルな命が宿っている。素晴らしい芸術作品には命が宿ると言われ、瀬那自身も感動した覚えがある。だが、生きた美術品のような身体に出会ってしまった瀬那は1つの思いに駆られる。


(この身体を『うみたい』!)


 一刀の身体を目に焼き付けた瀬那は、ダンジョン研修が終わった後、一心不乱にノートに一刀の身体を描き続けた。あらゆる角度で。想像を交え。時には平面的に、時には誇張させ。だが、瀬那はたどり着くことが出来なかった。自分の技術の未熟さに腹が立った。


「ごめん、今日、やっぱり美術部にいくわ」



 瀬那は友人たちにそう告げると美術室で足早に向かう。


「わ、分かった! あの、せなちん! この一刀くんの身体描いたヤツみんなで分け合っていい」


「いいよ!」



 一刀の身体を表現しきれていない未熟な作品に瀬那は興味がなかった。つくりたい、ただその思いで瀬那はズル休みするつもりだった美術部にやってくる。瀬那は決まって、2日に一回しか行かない。だから、『定休日』にやってきた瀬那を見て、北條は目を丸くする。


「せ、仙道さん? どうして……」


「先生、私、もっとうまくなりたい……!」



 目に涙を浮かべながら熱のもったまなざしを北條に向ける瀬那。ただ、一刀の裸(上半身)を描きたい。その一心が瀬那に熱いものを与えてくれた。北條にアドバイスを求めながら、自分の脳裏に焼き付いた一刀の身体を描く。その描かれた身体は動き出すのではないかという程の迫力を持っており、美術部員全員がぽーっと見つめるほどだった。


「じゅる……じゃなくて! せ、仙道さん! すごいわ! この躍動感! 素晴らしい!」


「……がう」


「え?」


「ちっがーう!!!」



 小刻みに身体を震わせていた瀬那が急に自分の作品を睨みつけ真っ二つに破ってしまう。その衝撃に生徒の中には悲鳴をあげるものもおり、美術室は阿鼻叫喚。


「仙道さぁああああああん!?」


「違う。これじゃない、神の身体はもっと……美しいぃいい!」


「せ、仙道さぁあああああんん!」



 瀬那は狂気の宿る目で二つになった一刀もどきの身体を描いた作品をビリビリに切り裂き宙に舞わせる。その破片を必死にとんで集め、とてつもない難度のパズルを始める涙目の美術部員たち。


 おろおろと戸惑う北條を尻目に、瀬那は再びキャンバスに向かう。


 その時の様子を呆然と見上げ続けていた女子部員たちは、まるで修羅のようだったと後に語った。

 それから瀬那は毎日美術室に通い、時間を見ては北條に教わった技術向上の為のトレーニングを続けた。だが、時間が経てば経つほど一刀の内面や凄さが明らかになり、瀬那の目指すものがどんどんと高みに昇っていく。作っては絶望し作っては絶望した。

 ちなみに、作った作品は美術部員達によって破壊は免れ、じゃんけん大会が行われた。


 ある日、一刀の悪い噂が流れているとクラスのLIMEで流れてくる。


「は? そんなはずないだろ」



 瀬那は自身の生涯を描けて完成を目指そうとしている一刀が不当に貶められていることがたまらなく許せなかった。


 その夜、能面のような顔で瀬那は描き続ける。

 次の日の朝、いち早く学園に向かった瀬那。今まで一番遅く登校していた瀬那が既に教室に来ており、クラスメイト達は漏れなく驚く。だが、その様子に構わず瀬那は一枚の紙を出会ったクラスメイト達に渡していく。そして、一言。


「神を信じなさい」



 完全に目がいっていたが、そんな瀬那を見ることなく女子たちは手渡された紙をじっと見つめる。それは、瀬那の描いたやさしい微笑を浮かべる一刀。何故か一刀は布切れ一枚を巻いているだけ。悪い噂とは真逆の善の心しか感じられないその絵を受け取ると皆同じように口を開く。


「神を信じます」



 そうして、一刀と一緒に来た守護女子たち以外のほとんどは瀬那の描いた神に魅せられる。

 その後、本物の一刀を見た瀬那達は正気に戻り、余計なことをしたのではと顔を赤くさせ、話しかけるタイミングをはかる。


(あああああああああ! なんであたしはあんな未熟なものを!)


 怒りのあまり我を忘れてしまっていた自分に後悔する瀬那。そして、くしゃくしゃになった薄い青髪頭を抱えながら瀬那は自分に対して冷たい感情を持ち始めていることに気づく。


(ああ……やっぱり、あたしは……)


 ひんやりと冷たい机に突っ伏してしまおう。そう思った時だった。


 ばしん!


 背中を叩かれた瀬那が飛び起きると、クラスメイトの何人かが瀬那を囲んでいた。


 そして、瀬那に向かって彼女が描いた絵を差し出す。一心不乱に一刀を思って描いた絵。あれだけ怒り狂っていたのに繊細でやさしいタッチで描いていたその絵は間違いなく、血が熱が通っているように見えた。そして、目の前のクラスメイト達にも、いや、自分自身にも熱があることを感じ、瀬那は自分の手をじっと見る。


 鉛筆や絵の具の汚れがうっすらと残っている手。


 一刀の深い優しさを表現しようと使ったコバルトブルーが手の皺に。青く熱い。

 瀬那はその青をぎゅっと握りしめると立ち上がる。


 信じられない程熱い自分に瀬那は驚く。


 そして、後ろにはクラスメイト達。自分が前に立つなんてことがあるなんて瀬那自身思っていなかった。だが、ここだけは譲りたくなかった。一刀に、目指すべき存在に近づいていく度に心臓が高鳴る。


 伝えたい。


 その思いが瀬那の中で溢れる。


 そして、一刀の元にたどり着いた瀬那は湧き上がる熱を持ったまま口を開く。


「……あ、あたしたちも、厳島君の味方だからね! 忘れないでよね!」



 自分からこんな言葉が出るとは思わなかった。

 自分でも嘘みたいだと思った言葉。だが、一刀は喜んでくれた。

 受け入れてくれた。 


 伝わった。


 それだけでよかった。


 その日、一刀と初めて言葉を交わした瀬那は、その声を音を絵に込めた。


 そして完成し『神』と名付けられたその絵は、瀬那にとって最高傑作だった。


 その時の。


 瀬那はじっとを手を見てぎゅっと握る。

 まだ熱は残っている。

 瀬那は再びキャンバスに向かう。


 自分の中で彼がくれた熱で燃え上がった青い炎を絶やさぬように瀬那はまっすぐに向かい合う。



 そんな瀬那の背中を美術部員は熱いまなざしで見つめていた。新作を美術準備室につくった神棚に飾る為に。

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