第30話 見られる男と見る女達
「あああああ! は、ハメられたぁあ!」
一刀が取り出したポーションを玖須美と忍が受け取っている時、【粘魔の巣】に再び甲高い声が響き渡る。声の主はもう落とされた指の感覚がマヒしてしまったのか、それとも別の要因かさっきまで泣きわめいていたのが嘘かのように一刀を見て、憎しみの目を向けている。
「よ、よくも! オレの身体を滅茶苦茶にして、操りやがったなあ! オレを悪者にするだなんてぇええ! み、みんな、誤解しないでくれ! これは、あの男と、浮気をしていた女達の罠なんだぁああ!」
悲しそうな表情を浮かべ、同情を買おうと芝居を始めた中馬。その目線はあからさまに魔動ドローンに向いている。ちらりとコメント欄を盗み見る中馬だったが、
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
冷たい声が連なっているのを見て目を見開く。
モンスターのような姿で暴れまわった中馬に対して好意的な人間はいなかった。それに何より、これまでの言動を一刀と中馬、比較すれば言うまでもなく一刀の方が好感度は高い。一部荒らすことが目的のような視聴者もいたが、大半は一刀を支持する姿勢を見せていた。それを見て中馬は再び癇癪を起こし始める。
「くそっ! 所詮無責任なゴミどもには分からねえか! だけどお! 真実は明らかになる! 絶対にぃい!」
「そうだな。私が明らかにしてやろう。上級冒険者として」
物陰から現れたのは、平家だった。眼帯周りを親指でカリカリと搔きながら隠れていない方の目で中馬を見据える。
〈うお!? 影狩りじゃない?〉
〈影狩り? 影狩り平家?〉
〈おおおおおお! ダンジョン配信で久々に見たな!〉
「へ、平家せんせい……なんで……」
上級冒険者である平家でも一刀と同じ速度で走ることは出来ない。なので、学園で一刀に護身用にと持たせるつもりだった魔道具を対中馬用に渡し、その後一刀の影に潜りついてきていた。
そして、中馬の元に一刀が向かう直前で影から飛び出し気配を消して、必要になった時に飛び出す準備をしていた。
学園での状況を知る平家がいたのでは分が悪いと感じたのか、中馬は自分の後ろにいる『中馬の女たち』に視線を向ける。
「ぐっぞお……! おい、お前ら! お、ま、えら……」
誰一人中馬を見ようとするものはいなかった。モンスターのような姿に怯える者、平家の登場に自分の身かわいさに見切った者、一刀の姿に自分を反省するもの、それぞれではあったが共通するのは中馬に最後まで付き添おうとする者はいないということ。
中馬は、自分に策を与え、献身的に尽くしてきた剣崎を見る。だが、剣崎は自分の持っているポーションでいち早く回復したのか、中馬たちのいる部屋の出入り口の1つまで離れていた。
「お前っ、どこに行くんだ!?」
「も、もう付き合い切れません! わ、わたしは……え?」
次の瞬間、剣崎の背後から無数の半透明の触手が飛び出してくる。
「きゃああああ! い、いやあああああ!」
「スライム!?」
そして、あっという間に剣崎を捕らえると暗がりへと引きずり込んでいく。
慌てて追いかけようとする平家だったが、剣崎が連れていかれた出入り口にたどり着いた時にはもう魔力の残滓さえも消えてしまっており、それだけの力を持ったスライムを追うのは危険だと救助隊の到着を待つことにし、一先ず最上級ポーションを中馬の手にかけてやる。
「せ、せんせえ……!」
「勘違いするな、中馬。お前は真面目に勉強していないから知らないだろうが、冒険者法ではお前はこの最上級ポーションを自分の力で稼いで返さなければならない。数百万の品だ。その上、罪を犯したお前では男であったとしても働き口は少ないだろう。まあ、『奉仕』でもすることだな」
奉仕。中馬も詳しくは知らないがそれが男の地獄であることは聞き及んでいた。誰も助けてくれる者もおらず、ただただ地獄へ落ちる。中馬は指がどんどんと生えてくるのを見ながら自分の目の前が真っ暗になるのを感じ断末魔のような悲鳴を上げ倒れ込んだ。
魔動ドローンはそんな中馬の姿を映し続けていた。
そんな中馬の姿をスマホで見ながら、『剣崎だったもの』はくすりと笑う。
「いやあ、ありがとうございますぅ。でも、まさかゲートを開いたらリル様が迎えに来られるなんて感激―!」
【粘魔の巣】の隠し部屋の中、女は後ろにいる黒騎士に笑いかける。
「どういうつもりだ、ソル? あんな小芝居に付き合わせて」
「いえね、もう十分あの男から【魔卵】はとれたのでいいかなと思っていたんですけど、そしたら、おもしろい男が現れちゃったんですよ。だから、スライムに攫われた振りをしてまた折を見て悲劇の美少女復活という筋書きに書き直したんですよ。リル様」
「悪趣味な事だ……それにしても、あの男」
「気になりますよねぇ? 絶対に、いい卵を作り出しますよ。いっと君、思った以上に情熱的でしたし」
「イット、か……ふ、ふん! お、覚えておこう!」
スマホの画面の隅に映る一刀を、黒騎士はじっと見つめていたのをソルと呼んだ女に見られているのに気づき、背を向け、『ゲート』を開き、去ろうとする。ソルはボロボロになった剣崎の服を脱ぎ捨てると、黒騎士の後を追う。その日、大きな地震が起きる。ただし、一刀たちを含め、けが人は出なかった。
数日後。一刀はピンチに陥っていた。
「ねえ、一刀。神原さんは一刀のほっぺにキスして、九十九里ちゃんは一刀からおでこにキスされて……あたしは?」
「え?」
「あたしは?」
「いや、だって……あれは緊急だったから、ねえ?」
目の座った杏理に迫られる一刀。助けを求めるように、他の守護女子に視線を向けるが、
「う、うん……」
「はい……!」
環奈も玖須美も恥じらう乙女のような表情を見せ、もじもじと髪の毛を触るばかりで一刀にはっきりと応えてはくれない。
(いや、何その感じ! え? 照れててめっちゃ可愛いけど、これって脈あ……)
「ねえ、あたしは?」
迫る杏理。
「え? えっと、じゃ、じゃあ、うん。何か俺に出来ることがあれば……するけど」
「ガチ!? ……じゃあ、二人でイチャイチャダンジョン配信ってのは?」
「「ダメです(わ)」」
ようやく正気を取り戻した環奈と玖須美が正気を失い始めた杏理を制す。
杏理の発言に一刀は苦笑いで答える。
「うーん、流石にダンジョンでイチャイチャは危ないかなあ。せめて、お店とか公園とか」
「「「「「「「「「「え!?」」」」」」」」」」
クラスメイト全員の声が綺麗に揃い、一刀がびくりと肩を震わせる。
一瞬早く反応した杏理が顔を真っ赤にさせながら一刀の制服の袖を引く。
「じゃじゃじゃじゃじゃあ、カカカカカフェに行かん? あの、妄想ラブラブ盛りパフェっていうのがあっ……」
「いよーし! 一刀くん、今日は確か、生徒会に来てくれるんだよね。東雲先輩も会いたがってたからって」
「あ、一刀さま。今日はそのあと、お父様にお会いいただく予定でしたわね。車は待たせておりますので、生徒会に立ち寄ったらすぐさま、校門に行きましょうね」
慌てて、環奈と玖須美が一刀の両脇を押さえ連れて行こうとする。それを見て、杏理が涙目で座り込む。
「ねぇええええ! 二人だけズルいってぇええ! じゃあ、あたしもキス……って、あら?」
立ち上がって3人の元に行こうとした杏理だったが、あまりにも慌てていたせいか足を滑らせ、隣の棚に身体をぶつける。運悪くその棚には花瓶が飾られておりぐらぐらと揺れて今にも落ちそうになるのを見て一刀が叫ぶ。
「危ない!」
環奈と玖須美の肩を掴み、少しだけ魔力を貰うと一刀は身体強化魔法で杏理の元に。そして、仰向けに倒れ込んだ杏理をまもろうと覆いかぶさる。だが、
ばしゃあああああ。
棚の中で倒れた花瓶。落ちてきたのは水のみ。
「あ、あ、いっと、あの……」
「えーと、まあ、無事でよかった、かな?」
「ふにゃああああ、御馳走様ですぅ」
ぐるぐると目を回し気絶する杏理。慌てて身体を起こす一刀だったが、身体を起こした拍子に自分の服の冷たさに驚く。
「うわあ、つめた! はよ着替えんと!」
そう言いながら、制服のシャツとアンダーシャツを一瞬でぬぐ一刀。
「「「「「「「「「「あ」」」」」」」」」」
「……あ」
鍛えられた上半身をこれでもかと無意識に見せつける一刀が振り返ると、クラスの女子たちは全員地面に突っ伏していた。
(ああああああああああああ! また気持ち悪いもんみせてしまったんかなあ!)
「いいいいいいいいいっとうくん! あなたって人は!」
「いっとうさま、ご自重ください」
そう言いながらスマホをパシャシャする環奈と玖須美。
教室の入り口から向けられる視線に気づく一刀。
「い、厳島くん! なんて大胆な! か、かっこいい!」
「あれは見習わない方がいいわよ、二宮くん」
「えーと、あれが噂の厳島君です。生徒会長」
「ふふふ、い~い身体をしているなあ、欲しい! あ、生徒会にな、うん、生徒会に」
一刀に向けられる視線。その意味をまだ一刀は完全には理解していない。むしろ勘違いしていた。
(や、やっぱりダンジョン配信で頑張ろう! うん! そんでもっと神原さんと九十九里さん、赤城さんと仲良くなって、いつか、ばあちゃん達によ、嫁として紹介できたらなあ!)
「か、神原さん! 九十九里さん! 赤城さん! あ、あのよかったら明日もダンジョン配信に!」
「「「もちろん!」」」
明日も一刀はダンジョンに潜る。嫁探しの為に。男女比1:99の貞操逆転世界で、努力し続ける男が明日もまたダンジョン配信でとんでもないことを起こすことをまだ誰も知らない。
第一部完
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