第27話 まっすぐな男とまっすぐな女
土曜のダンジョン配信を終え、一刀の従姉妹達とのギスギスがあったものの、玖須美は上機嫌で迎えの車でみんなを送った後、1人その余韻を噛みしめていた。
「お嬢様、今日のダンジョン配信拝見しましたが、楽しそうで何よりでした」
「脇さん、そ、そうですか……え、ええ、とても充実したものでした」
そう、玖須美にとってこの数日はたまらなく楽しいものだった。それまでの日々とは雲泥の差で。
玖須美の父、多玖馬は、数少ない2000年流行病で死ななかった一人であった。
18歳の時に、次々と男友達や家族の中の男性が死んでいく様を見て、多玖馬は自分もこうなるのかと恐怖で震え続け自分の中の色んなものが音を立てて壊れていくのを感じていた。
それから数年自暴自棄になり暴れ疲れた頃、『死なない自分は選ばれた人間である』と傲慢になっており、玖須美の母、須磨子を妻の一人として迎えた時も変わらなかった。
だが、玖須美が生まれると須磨子曰く、人が変わったように誠実になりそれ以上妻を増やさず、また女性に対しても丁寧になった。
だから、玖須美はこの世界では珍しい両親の愛情をしっかり注がれて育った女性だった。
そんな玖須美に対して、同じように相手が居てほしい、そして、玖須美のような素晴らしい子を産んでほしいと多玖馬は考えた。
だが、1:99の世界では、結婚相手を探している男を見つけるのが難しかった。そんな中で中馬を選んだのは苦肉の策であり、また、多玖馬と同じく結婚生活の中で変わっていってくれるのではないかという多玖馬の願望だった。
そんな父の思いをなんとなく感じ取っていた玖須美は、中馬が変わっていってくれることを信じ、1年の頃は剣崎たちと同じように中馬に付き従ったが玖須美にとっては苦しい1年だった。
女を物のように扱う中馬。従わないものは力や権力に物を言わせ、見るのはその女性の美や能力の評価だけで、アクセサリー感覚。飽きれば捨てる中馬に飽きられないように必死で縋りつく女性たちが可哀そうで直視できなかった。
そんな中、進級。他の男性と同じクラスになれないかと希望を託したが、運命は非情。女性だけのクラス2年9組になってしまう。中馬の周りにいる女性の中でも一番苦手な剣崎がいることは気になったが、それ以外は仲も良い上に隣のクラスの学級崩壊が起きた時に手を差し伸べ続けた神原達のような人の良い人物たちがいるのは誇らしかった。
だが、その分、人を傷つけることが楽しい中馬という性根の曲がった男が許せなかった。東雲の存在のお陰でなんとかグループ内だけ、しかも、東雲のいない時だけで留められているが、同世代の、身体は大きくなっているにも関わらず小さな子どものような歪んだ男に対して吐き気がした。
そんな時だった。玖須美の前に、新たな男が現れる。
厳島一刀。父のように紳士的で気遣いも出来るが、時折子どものように笑い、うっかりポカもする。
だが、間違いなく女性を大切にして、真っすぐ誠実に向き合ってくれる人。
ダンジョン配信も本当に楽しかった。何より神原達も従姉妹達も一刀の為にみんな一生懸命になれる。それだけの男と肩を並べ一緒に戦えることが嬉しくてたまらなかった。
(……ま、まあ、最後はかなりみっともない姿をお見せしてしまいましたが)
玖須美は一刀が血だらけの服を隠す為と貸してくれた上着を肩にかけ、目を閉じる。お付きである脇が準備してくれた玖須美の好きな檸檬の薫りが車中に広がっているがそれとは別の、一刀の匂いを感じぎゅっと握りしめる。
そして、心に決めた想いを何度も繰り返す。
「脇さん、今日はお父様は何時ごろにお帰りかしら?」
あれだけの男だ。難しいかもしれない。父の思いに答えられないかもしれない。
それでも、自分の気持ちに真っすぐに向き合いたい。
そう考えた玖須美は、進めていた中馬との婚約を破棄することを決心し、父に話すことにした。
多玖馬は驚いていたが、玖須美の心が中馬に向いていないこと、そして、今の自分のように女性を大切にすることの意味に気づいた男の存在に快く頷いてくれた。
中馬側にその申し入れをするとあっさりと受け入れてもらえたと父から聞き、玖須美はほっと胸をなでおろした。しかし、その夜玖須美のスマホに剣崎の番号から電話が。電話に出ると相手は中馬だった。
『婚約破棄は受け入れるからさ、最後にちょっとダンジョン配信を手伝ってくれよ』
厭らしく上擦る中馬の声に、一抹の不安はあったが東雲も来ると言われこれで縁を切れるならと玖須美は承知する。
学園への呼び出しをしてきた平家には家の用事と伝え、ダンジョンへと向かう。自分の我儘に皆を付き合わせるわけにはいかないと脇の送迎も断り、指定されたダンジョンに向かうと、仮面を付けたチームの中でひときわ目立つ金色の衣装を纏った男が。
「よお、約束通り今日はよろしくな、『13号』」
そう言いながら、剣崎に顎で指示をし、玖須美に13と書かれたシールを渡させる。
事前に配信者名で呼び合うことを決めたのだがめんどくさがった中馬は、女子たちに番号を付けることにした。剣崎が2号、東雲は4号、玖須美は13号。13人という大型のチームの中の最後の番号。
「……ええ、最後のお付き合いとなりますが、頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします」
最後となるのであれば、それでいい。玖須美はそう言い聞かせて、下級ダンジョン【粘魔の巣】ダンジョンへと潜っていった。
ダンジョン攻略自体はコスパ度外視の大規模パーティーで臨んだ上に、学園でも実力者である東雲が居た為苦戦することは無かった。だが。
「行くぞ、8号! おい、モンスター、オレの魔法を喰らえ! アレキサンドラファイアー!」
中馬の叫びに合わせて魔法を放つ3年女子の魔法使い。中馬の背後から放たれた【ファイアボール】に弱点の火を浴びせかけられた粘魔〈スライム〉はギィイイという小さな断末魔をあげ溶けていく。
「はっはっは! 無限の魔法を使うサウザンドマジシャン様の敵じゃねえな。なあ、おい!おい!」
煙を上げ小さくなっていくスライムを何度も何度も踏みつける中馬。
中馬が前に出たことを慌ててフォローする前衛と、わざわざ中馬の声に合わせて魔法を放つ後衛。非効率の極みのようなチームプレイに玖須美は疲れ果てていた。
「九十九里さん、大丈夫。はい、ポーション」
「あ、ありがとうございます……剣崎さん。わたくし……」
「いーのいーの! ……ま、わたしとしてはライバルが減ってありがたいからー。あ、東雲先輩、ポーションどうぞー」
中馬へのアピールのつもりか、剣崎も献身的に動き回り、チームのスタミナコントロールに努めていた為、下級ダンジョン【粘魔の巣】の最奥にあっさりとたどり着き、ダンジョン配信が終了、と玖須美が思っていた時だった。
「これで、終了ですわね」
「……いやあ、ここからが本番だよお! 5号! 6号!」
中馬が叫ぶと、女子たちが『九十九里玖須美と東雲忍以外で事前に決めていたフォーメーション』を作り上げ、攻撃を始める。対象は、玖須美と忍。
「こんなことを考えていたとは……【氷壁】」
魔法による一斉射撃を冷静に氷魔法で防いだ忍が、玖須美を庇うように前に出る。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ですが、まさか、ダンジョン配信でこんなことをやるなんて……!」
目の前の氷の壁の向こう。氷のせいか余計に歪んで見える中馬が狂ったように嗤っていた。
「ぎゃはっはっは! さあ、ここからが本番だ! 【浮気クソ女子にお仕置きしてみた】!」
「最低なタイトルですね。浮気の意味を知っていますか?」
「うっるせぇえええ! オレの女にならねえお前らあたおか女子に説教されたくねえんだよ!」
「あたおかの意味を残念ながらわたしは知りませんが、まあ、失礼な言葉であることは分かります。ですが」
忍の目と言葉の冷たさが増すと、それに合わせたように青白い冷気が忍を中心に吹き抜けていき、中馬や女子たちは身を震わせる。それだけで分かる圧倒的な魔力の差。
「学園でもトップクラスの個人戦成績を持つわたしと戦う意味は分かっていますか」
「知らねえよ。てめえがどんなに強くても関係ないね。なあ、2号」
「はい。……ねえええ、4号さん、13号さん、身体の調子はいかが?」
仮面を付けた剣崎が中馬の後ろから現れる。その手にはいつの間にか香炉が。くすんだ黄金色の怪しい模様が刻まれた香炉を剣崎が揺らすと、香炉についていた鈴が鳴る。
しゃらん。
その音が合図となるように、忍と玖須美は自分の身体の異常を感じ始める。
「な……こ、これは……」
「身体が、痺れて、それに、熱く、なって……!」
自分の身体が急激に熱を帯び始め、それと同時にじりじりとした痒みが広がり身体の自由がきかなくなってきたことに気づいた二人は自分の身体を支えるように自分で抱きしめる。
「うふふ、このお香は麻痺の香りなんですが威力は弱いんです。ですが、ポーションに混ぜた薬と合わせると効果が倍増するんです。ああ、あとリーダーのご希望でちょっと興奮しちゃうお薬も少々」
香炉を揺らし、しゃらんしゃらんと音を鳴らすたびに、自分の身体から力が抜けていく気がして忍は慌てて足を叩き剣崎を睨みつける。
「くっ……姑息な……」
「さああ、お前ら……! オレ様に服従すると誓え……! そしたら、お情けをめぐんでやるぞぉお? どうだああ? 4号ちゃんよお」
両側に女子たちを控えさせ、中馬が忍に向かって笑いかける。中馬に構わず両側の女子たちの様子を見て、自分のあずかり知らぬところで話が進んでいたことに確信を持った忍は僅かな可能性にかけ、口を開く。
「……こんな配信をして無事ですむと?」
「うるせええ! そんなことは聞いてねえんだよ! 大体男に従わねえお前らが悪いんだろうが! 悪はお前ら! 男に逆らう! 怒らせる! 不快にさせる! てめえらが悪なんだよおお!」
「まあまあ、リーダー落ち着いてくださいな。……残念ですが東雲先輩。あたしがさっきから魔動ドローンの音声を切っているんですけどお、急に東雲先輩と九十九里さんが『男を喰いたい』って言いだしたからあたしたちは中馬先輩を守らないといけなくてえ、男への強かんは悪質な犯罪ですからね、正当防衛も致し方ないっていうかあ。でも、やさしい中馬先輩ですから土下座して懇願すれば許してくれますよ」
遠目にダンジョン配信を撮影していた魔動ドローンに悔しそうな目を向ける忍。
魔動ドローンに映ったコメントは突然切れた音声に戸惑っているようだった。
〈どした? 仲間割れか〉
〈急に声が切れた。故障?〉
〈もめてるっぽいねー。男を巡っての争いと見た〉
「……ふっ、そういう筋書きですか。ゴミのようなお話ですね。この前聞いた厳島君の美談とは大違いの」
「!!!! アイツの名前を出すんじゃねえええええ! ああああああ! もうキレた! 完全にキレたぜ、オレは! おい、こいつ等痛めつけろ! 徹底的にな! あと、音声も戻せ!」
「はーい」
剣崎がコントローラーのボタンを押し、中馬に目線を送ると、中馬が大声で叫び出す。
「世直し系配信者ぁああ! サウザンドマジシャン様の世直しだぁああ! 今回は、浮気女に制裁制裁制っ裁っ! よぉおおく見てろぉおお! 女ども、そして! ワンソードマンンンンン!!」
「サウザンドマジシャン様がここまで怒るのも当然です。サウザンドマジシャン様に永遠の愛を誓っておきながら、他の男と関係を持ち、その上でサウザンドマジシャン様を襲おうとするだなんて、道を外したケダモノの所業です!」
中馬の耳障りな甲高い叫び声も、剣崎のわざとらしい芝居も飽くまで忍や玖須美の過去や中馬の普段を知っていれば簡単に分かる事。だが、魔動ドローンの向こうの人々の一部はゆがめられた事実を鵜吞みにしてしまう。
〈マジか、クソ女だな〉
〈なんか、二人フーフー言ってキモイんですけどwww〉
〈断罪! 断罪! 断罪!〉
そこからは、一方的な攻撃が続く。思うように身体を動かせない二人は、各学年の成績優秀者とはいえ10人相手では多勢に無勢。防戦一方となる。
玖須美は必死に耐えていた。非道に堕ち嗤う女子たちと中馬、そして、それを分かっていながらも従い続ける女子たちの苦しそうな表情。その歪な気持ち悪さに耐え続けていた。
「さあ~、もう限界じゃないかしら? さっさと、許しを乞えばやさしいサウザンドマジシャン様は助けてくれますよ、どうですか~、13号さん?」
玖須美の身体はもうボロボロな上にずっと続く疼きのせいで気が狂いそうだった。それでも、玖須美は戦う意志を失わず魔力を練り続け、ダンジョンの元来た道を見る。そんな玖須美の様子を見て、中馬は歪んだ笑みで吐き捨てる。
「どうせワンソードマンはお前のことなんか見てねえよ」
一刀は先生に呼び出され学園にいる。配信を見ていない可能性が高い。
その上、学園からかなり距離のあるこのダンジョンまでやってきても手遅れの可能性が高い。それでも、
「違います」
玖須美は信じることにした。いや、もし一刀がこのことを知れば絶対に来てくれると信じていた。
そんな自分の中の真っすぐな一刀を歪めたくなかった。
「あの人は、真っすぐに私達を、女を見てくれます。だから、わたくしはあの方のことを……」
「だまれぇええええ! アバズレがぁああああ!」
いつもの癇癪を起し始めた中馬が地面の石ころを拾い、玖須美に投げつける。
突然の投石に痺れた身体では反応できず思わず目をつぶる玖須美。
その時だった。
バチリという音が聞こえただけで、石は当たらず、玖須美は痛みを感じずにすんだ。
そして、声が聞こえた。あたたかでやさしく、それでいて怒りに満ちた男の低い声。
「おい、もうそれ以上口開くな。お前のせいで『男』の格が落ちる」
男はその怒りを表すかのように体中から金色の雷を身に纏い、バチリバチリと音を立てていた。その一つ一つの音が大気を震わせ、女子たちの身体を震わせた。
「言っておくぞ、サウザンドマジシャン」
その男は知っていた。ダンジョンで戦う意味を。
それは、その土地に住む人々の笑顔を守る為。
「ダンジョンは遊びじゃない」
その男は真っすぐにやってきた。
大切な人たちの笑顔を守るために。
「女性は玩具じゃない」
その女は真っすぐ信じ続けた。
彼は来てくれると、その時はどんなに涙が零れても笑顔で迎えようと。
「男は特別じゃない」
その男は教えられていた。
男として生まれた意味を。
大切な人たちから。
「いや、お前は男じゃない」
『時代錯誤と言われるかもしれないけどね、一刀』
真っすぐな目でばあちゃんは教えてくれた。
『いい男はちゃんと女を守るもんだよ』
何もない田舎のだだっ広い空の下、彼は育った。真っすぐに。
『そしたら、いい女はちゃんと男に応えてくれるんだ』
玖須美は目を開く。声をする方を。ぼやけた視界でもはっきりと彼の姿は分かった。
姿勢を正し涙は拭わずそのまま流し、まっすぐに見つめ、笑う。すると、彼はこちらを見て優しく微笑んでくれた。そして、玖須美を傷つけた存在を真っすぐににらむ。
玖須美は、まっすぐに、だいすきになってしまった男の子のかっこいい姿を目に焼き付ける。
「お前はただのゴミクズだ! 絶対に許さない!」
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