第24話 悪くない男と悪い男
木曜日の昼休み、3年4組の教室では、中馬が大きく足を広げ背もたれに深く体を預け、ニヤついていた。
その周りでは、女子たちが顔色をうかがいながら笑顔を浮かべている。
一人浮かない顔なのは、生徒会役員でもある東雲忍。中馬とそれを取り囲む女子たちの横で席について訝し気に中馬を見ている。
「中馬さん。最近、おかしな噂が流れているそうなんですが、何か知りませんか?」
一刀を誹謗中傷する噂が流れている事は生徒会も把握していた。だが、あまりにも早いスピードで広がっていったために誰から始まったかは特定できないでいた。
だが、様子を見れば一目瞭然。隠すつもりもないような中馬が居る。あからさまに怪しい中馬に疑いをかけるのは当然のこと。
忍が姫カットの髪を耳にかけながら隣の中馬に尋ねると、中馬は鼻を鳴らして笑う。
「おいおい、自分の守護対象を疑うのが生徒会役員様のやり方かぁあ?」
「……そうですね。すみません」
謝罪する忍の様子を見て、中馬は気持ちよさそうに顔を歪ませる。そして、身体を折り曲げて忍をじっと暫く見つめると満足そうにして、傍らの女子に持たせていたジュースを煽る。
「ぶはあ……へっ、まあ許してやるよ。それでえ、剣崎ぃい。2年9組の厳島一刀君は元気なの? 大丈夫なの?」
昼休み、教室に呼び出されやってきた剣崎は、ニタニタ顔の中馬にそう問われ、表情をこわばらせる。勿論、噂を流させたのは中馬であり、流したのは中馬と結婚を望む女子たち。そこからは女子のネットワークがフル活用されあっという間に広がっていった。それにより、一刀が苦しんでいるという答えを同じクラスである剣崎の口から出てくることを待ち構えている。
「そ、それが……」
「んん~? 心配じゃあないか。教えてくれよぉ、包み隠さず俺達に」
椅子に右腕を預けたまま忍の方に片手を広げ、剣崎に報告を促す中馬。女子たちが曖昧に笑い視線を剣崎に集めると、剣崎は髪をくしゃりと触りながらより曖昧な笑顔を浮かべる。
「あの……普通です」
「は?」
「その、クラスメイト達が噂の払しょくをしようと躍起になっており、そんなクラスメイトに守られて、普通に生活しています」
「はあぁああああ!?」
ガタンと大きな音を鳴らし、椅子を倒して立ち上がる中馬。その中馬の叫びに、爆発の危険を感じ身体を緊張させ、目を見合わせる。目をむいた中馬はつかつかと剣崎の元へ行き、肩を強く掴む。貧弱な中馬の握力では痛みを感じることは無い。
だが、怖いのはその後。怯えたような表情を浮かべる剣崎に怒り狂った中馬が迫ろうとする。
「中馬さん、剣崎さんが怖がっています。やめてあげてください」
「うるせえええええええええ! なんでだよ! なんで、普通に学園生活過ごしてんだよ! ていうか、2年9組の女子たちは頭おかしいのか!?」
中馬の言う通り、2年9組の女子たちは確かにおかしい。
そして剣崎の言う通り、2年9組の生徒たちは一刀の悪い噂を、良い情報でかき消そうと口コミやLIMEで拡散していた。
その中には、妄想話もあったが、多くは膨大な時間と情報交換によって2年9組女子一同で作り上げた一刀のさりげない優しさ情報。
その中でも文芸部片桐かたりによる物語調の一刀に関する話は好評を博し、2年のほぼ全体に、1,3年にも広がり、SNSによって緻密な描写の素晴らしい短編ストーリーが拡散された。
男子に対する飢えのある女子たちの需要に応えるかのように供給された一刀のジェントルマンストーリーに『悪くない……』とつぶやく女性たちが続出。悪い噂を上書きする美談に、不良娘が捨て猫を拾う現象が発動し、一刀の学園内での株がとめどなく上昇していた。
「ふ、ふ、ふざけんなあっ! いつくしまぁ……てめえ、ほんとにむかつく奴だなあ! ああああ! あああああああああああ!」
髪を掻きむしり癇癪を起す中馬。それを警戒する目で見ていた忍など構わず暴れる中馬だったので、教室の外から見つめる視線にも当然気付かない。
「くそおお! アイツと同じ目に遭わせてやるからなあ……! 覚悟してろよぉおお! いつくしまああああ!」
力まかせにジュースの缶を床にたたきつける中馬。床に缶の角がぶつかり、見事な縦回転を見せ、中馬の顔から身体にかけて真っ二つに割るようにジュースが振りかかっていく。
そして、そのまま中馬の顔面に。
「あ、ああああああああ!? あ、ぎゅ……いた、いたああああああい! きゅ、きゅ、きゅうきゅうしゃぁあああああああ!」
鼻血を流し始めた中馬は女子たちに保健室へと連れていかれる。その情けない様子は、一刀の美談と共に木曜日の学園内トレンドとなった。
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