第23話 信じられない男と信じる女達
ダンジョン配信明けの月曜日、30等分の卵焼きが食べられなかった杏理がとんでもなく落ち込んだのと放課後の予期せぬ来客以外は平和に終わった。
天に言われた中馬への懸念もそう考えなくてもいいのかもしれない、と思った火曜日。事態は動き始めていた。
一刀が守護女子と共に登校していると、一刀たちに多くの視線が向けられる。
当然今までも男というだけで女子たちから視線を向けられていた。
だが、今日の視線には、冷たさや嫌悪の色が混じっており、刺さるような何かが含まれていることに環奈たちがいち早く気付く。
「なんか、今日はやーな感じだね」
「ええ。どこか殺気立っていますわね。2年9組内での殺気とはまた違うもののようですが……」
「うん、一刀くんは大丈夫?」
田舎では感じたことのない女子たちの射貫くような視線に顔をひくつかせる一刀。
ダンジョンでモンスターを物ともしない一刀だが、女子たちの空気には耐え難いものがあり、胃の辺りを押さえる。
「あー、うん。なんか、俺悪いことしちゃったかな、はは」
「早めに教室にいこっか」
環奈がそう告げると、玖須美と杏理も頷き早歩きで教室へと向かう。温暖化の影響か5月の朝だと言うのに生ぬるい空気が一刀の身体に汗を流させ始めていた。
2年9組の教室に入ると、やはり一刀たちに視線が注がれる。
登校時の攻撃的な目ではなく、どこか同情交じりの目。
ただ、やはり昨日までの空気と違う。違和感はあれど、幾分か楽になった一刀は挨拶を交わしながら、そのまま自分の席へと向かう。
環奈たちは頷き合い、玖須美は一刀に、環奈と杏理はそれぞれ仲の良いグループに挨拶へ。玖須美に話しかけられている間も一刀は1つの粘り着くような視線が気になって仕方なかった。
「一刀くん、ちょっといい?」
「今日のこの空気の原因がわかった。一刀をサゲるような噂が飛び交ってる」
環奈や杏理が仲のいいグループから聞いた話の内容はそれぞれ違っていたが、どちらも『転校生・厳島一刀はひどい男だ』というものだった。
女を物扱いや奴隷扱いする、乱暴で殴ったり蹴ったりするなど根も葉もない噂。
田舎では体験したことのないいじめのようなものだった。が、当の一刀は怒ったり、泣いたりする素振りはない。
何故なら、
「噂の出どころ探り当てて、張本人をころす。いや、そんな簡単にころしたらダメだな。拷問という拷問を味合わせてしにたくなるまで苦しめ続けてやるわ……!」
「うううううぅうぅううううううぅう~、うぅぅぅうううぅううう~いっどうぐん~」
「うん、赤城さん物騒すぎるから落ち着いて。で、神原さんも俺は平気だからね、泣き止もうか」
本人よりも怒っている杏理と、泣いている環奈がいたから。自分より怒ったり泣いたりする人がいると冷静になれる。
「あの、一刀さま……何故この状況で笑っていらっしゃるんですか?」
「え……? ああ、うん……あの、確かに嫌な状況だけど、俺の為に、怒ったり泣いたり悔しがったりしてくれる人がいるんだってわかって嬉しくて」
血が出るほどに握りしめている玖須美の手を取り笑う一刀。
一刀には友達がほとんどいなかった。尊敬すべきばあちゃん達はいても同じ視線でいてくれる人がいたのは一刀の記憶の中ではほんのわずかな時間。
だが、今は違う。
一刀の周りには一刀の為に泣いて、怒って、悔しがってくれる友達がいる。それが一刀にとっては何より嬉しかった。
「たった二日しか一緒に過ごしてないのに、こんなに俺を信じてくれて……ありがとう」
「いいいいいいいいいいいいっとうさま、そそそそそそんなの当然ですわ」
「そ、そうだよ! 一刀」
「う、うん! 私も同じ気持ち、当然だよ!」
玖須美の手を握った一刀の両手を、更に包み込む杏理と環奈。
その表情にはもう怒りや悲しみはなく、ただ一刀の手に触れるチャンスという欲望のみ。
しかし、そんなやさしい時間を過ごす4人を囲む者達が現れる。
「み、みんな……? なに? 一刀くんに何か用?」
2年9組のクラスメイト達が真剣な表情で一刀たちを見つめる。その目に思わず、一刀たちは手を放し、身構える。
そして、一刀は少しでも守護女子たちを守ろうと庇うように前に出る。そんな一刀をじっと見つめるクラスメイト達。
その中の一人が、一刀の前にたち、一刀を睨みつけるように見ながら口を開く。
「……あ、あたしたちも、厳島君の味方だからね! 忘れないでよね!」
「…………え?」
一刀の前に立ったのは、仙道瀬那。身長175センチで一刀とほぼ同じ目線の彼女が真っすぐに一刀の目を見て言葉を紡ぐ。
「あたしたちは、杏理や神原さんたち守護女子に比べたら頼りないだろうけど、い、厳島君の力になりたいと思ってるから! 出来ることがあれば、ななな、何でも言って!」
「そうだよ、私達だって力になれるんだからね! 神原さん達に出来ないことが私達に出来ることだってあるんだから!」
「クラスみんなで協力するからね。噂だって嘘ばっかりだって、他のクラスの友達にも言っておくよ!」
「い、厳島君、と、とりあえずおっぱい揉む?」
「もーあんたは! いいいい厳島君、この子のいう事は冗談だと思っていいから。でも、元気出したい時はあたしらも、つ、付き合うからね」
仙道の声が口火を切り、次々とクラスメイト達が一刀たちに声をかけていく。
「み、みんな……ありがとう!」
初めて知った友情の温かさに胸に迫るものがあった一刀は、慌てて頭を下げる。
そして、何度も大きく鼻から空気を取り込み、目から溢れないように必死に自分をコントロールする。
たった二日。学園で過ごした時間で言えば20時間程度。
24時間、一日にも満たない僅かな時間一緒に学園で過ごしただけの自分を信じてくれた彼女達に一刀は感謝し続けた。
たった二日、と一刀は思っていた。
だが、彼女たちにとっては違った。
金曜日朝から始まり、学園で別れた後も彼女たちは一刀の情報をグループで交換し続け、妄想を垂れ流し続けた。
そして、それは土日も続いた。その中で彼女たちはいくつもの人生(妄想)を過ごした。ほとんどが一刀と付き合い甘い学園生活、そして結婚、感動的な死別までの壮大なラブストーリー。
中には、第三者として大恋愛を見守ったり、あえて失恋やWSSを味わう者もいたが、その物語の中心は漏れなく一刀。
そして、その一刀の解像度は高く、10時間×およそ30人=300時間、360度から分析されていた。守護女子たちや先生と交わした一言一句が文字起こしされ、さりげなく椅子を引いてあげた、ほこりを払った、ドアを開けてあげたなど一挙手一投足全ての行動が記録され、一刀の人の良さは2年9組女子全員の知るところとなっていた。
その人の良い一刀と、金土日平均33時間×およそ30人=1000時間近い妄想の中で、一刀が何度も彼女たちを時に支え、時に助け合い、愛を育み合った為に、クラスメイト達は一刀を信じ切っていた。
そんなことをやはり一刀は知ることもなく、
(みんな、あんな卵焼きちょびっとでこんなにしてくれるなんて、本当にいい人達や! ばあちゃん、俺クラスメイトに恵まれたよぉおおお!)
と、相変わらず信じられないほどの、田舎育ち世間知らず天然ボケをかましていた。
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