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第21話 大きな男と小さな男

「おおー、つ、つかれた~」

「お疲れ様、一刀君」


 特別魔法学の授業を終え、机につっぷす一刀をねぎらう環奈。

 一刀がここまで疲れたのは、何かと絡んでくる雷夏先生と、それに対し圧をかける女子生徒たちという空気のせい。しかも、授業自体が専門的なものだったのでついていくのでやっとだった。


「しっかし、『固有魔法』か……」


 今日の授業のメインは『固有魔法』。基本的に魔力を持っている女性は、向き不向きはあれど、基礎的な魔法は使える。

 固有魔法は、人それぞれで違う魔法が使えたり、基礎魔法でも人並外れた威力が出せるようになるというもの。固有魔法の発現は、12~18歳頃に多く、2年9組でもほとんどの女子生徒が発現させていた。


 また、雷夏の話によると、どんな固有魔法が使えるようになるかは、その人の血縁、環境、体験などが大きく関わってくるということで、同じ固有魔法、例えば、雷でも雷を落とす魔法と、雷を纏う魔法などの違いがある。どういう条件でどういう固有魔法を発現させたかを各大学が調べ続けており、徐々に解明されつつあるということを一刀はほぼ目の前で雷夏に説明され続け、ずっと汗が止まらなかった。


「ま、まあ、来迎先生は、あの見た目の通り、非常に変わった方ですから。あまりに気になされない方がいいかと」


「そうだね……ところで、赤城さんは、体調大丈夫? すぐに教室に戻ってきちゃったけど」


「にゃあ!? だ、大丈夫に決まってるでしょー! だ、大体、アタシは一刀の守護女子なんだから寝てる場合じゃないっての! あははははー」



 じいっとタブレットをのぞき込んでいる様子だった杏理が急に一刀に呼ばれ慌てて振り返るが、目が合うと顔を真っ赤にさせタブレットに視線を落とす。


(だ、ダメだ! 目が合うと、朝のお姫様だっこを思い出しちゃう!)


「あ、赤城さん! タブレット近すぎない!? それ、見えてないんじゃない!?」



 あまりの顔の熱さと恥ずかしさでタブレットに顔をくっつけてしまった杏理に一刀がツッコむと、静かにタブレットを下ろし、横目でちらっと一刀を見る。

 そのかわいらしい仕草に一刀はどきっとし、同じく顔を赤くして目を逸らすが、その甘ったるい空気に嫌な予感がした環奈と玖須美が動き出す。


「い、一刀くん、それよりさっきの授業で分からなかったことない?」


「ええ、ええ! お昼に入りましたし、もし何かありましたらお昼を食べながら解説を!」


「あ、あー。分からなかったことは無いんだけど、その、みんなの固有魔法って聞いてもいい?」



 環奈たちがお弁当を取り出すと、ずっと俯いていた杏理も静かに鞄からお弁当を取り出し、みんなで昼食の準備を始める。一刀もお弁当を取り出しながら、素朴な疑問をみんなに投げかけると、環奈と玖須美は目を輝かせる。


「わたくしは【金属操作】ですわ。元々、九十九里家は金属を取り扱っている家だったので、血筋から発現したのではないかと思いますが」


「あ、私は、【雷魔法】だね。この学年では1人だけだし、学園でも2人しか使えないレア魔法なんだよ。発現理由はちょっとわかんないんだけどね」


「へ、へー、赤城さんは?」



 一刀が二人の圧に押されながら、杏理に問いかけると、杏理は身体をぷるぷるとチワワを思わせるような雰囲気で震えだす。


「まだ……発現してない……」


「あ、なるほど……」



 固有魔法の発現は、自身の力を格段に上げてくれる。逆に言えば、発現してないというのは力が劣っていると捉えられたり、お子様扱いされたりする。大人っぽい杏理にとって、固有魔法発現していないことがかなりのコンプレックスにはなっていて、それを一刀に伝えることは杏理にとっては耐え難い恥だった。


「じゃあ、赤城さんは今もすごい強いのに、もっともっと強くなれるんだね」


「え……?」



 思わず上げた顔。視線の先には一刀の笑顔が。


 杏理は、自分の中でコンプレックスになっていたモノによって一刀の笑顔が見れ、あっさり大好きになってしまい、自分でも単純だなと笑ってしまう。

 それにしても、と一度視線を落とし笑っていた顔を杏理が再び上げるときょとんとしている一刀。


 何をどうすればこんなに気の利くことをすんなり言えるのか。杏理にとっては不思議だった。


 世の男は、ほとんどが怯えるか暴れるか、とにかく女性を褒めるとか、気を使うということをしない。だが、一刀は一つ一つの発言・行動に思いやりが籠っている。

 それは、一刀のばあちゃんたちの教育の賜物なのだが、それを知らない杏理にとっては、一刀が男の概念を壊していく未知の生き物にしか見えない。


(それに……遅刻しそうなアタシを置いていかずに、お、お、お姫様だっこしてくれて……)



 思い出し恥ずかしで再び赤面する杏理。


「あ、赤城さん? 大丈夫? 保健室行く?」


「お、お姫様抱っこは二人きりの時にぃいいい!」



 そう告げて去っていく杏理。その背中をぽかーんと見つめる一刀。

 そして、貼り付けた笑顔でその二人を見つめる環奈と玖須美。


「あ、一刀くん、ご飯食べよっか」


「そうですわね、赤城さんも冷静さを取り戻せば帰って来るでしょうし」


「……いや、ちょっと待って。あの、教室の入り口に」



 食事を促す二人に話しかける一刀。一刀の指さした先には、栗色の、前髪でほとんど目が隠れている小柄な男子が、女子たちに囲まれながら一刀たちの方を見ていた。


「あれって……4組の。こっち見てるけど、一刀君に何か用かしら?」



 環奈が、小柄な男の一番側にいる、黒髪のショートヘアーの女の子に手を振ると、女の子はぺこりと一度頭を下げ、一刀に視線を送り、頷く。


 自分に用があると分かった一刀は環奈たちと一緒に教室の入り口に歩いていく。金曜日に続いて男子の邂逅となり、ざわつく教室。


 学年に3人しかいない男子の内の二人が向かい合うと、小柄な男の子は何かを言いかけてうつむくを繰り返す。その様子を見た小柄な男の子よりも背の高いショートヘアーの女の子は、優しい声で話しかける。


「二宮くん、あなたが会いたがっていた転校生よ。ほら、挨拶しないと」


「う、うん! あ、あのー、に、2年4組の、にゃ、二宮! 二宮仁虎にのみや・にこと言います。よろしくおねがいしまっしゅ!」



 前回の中馬先輩に比べ、あまりにも低姿勢な男の子、二宮仁虎の全力の挨拶で呆気にとられる一刀。


「あ、ああ……2年9組に転校してきた厳島一刀です。よろしくお願いします……」



 中馬先輩の時にしたせいか、思わず手を差し出す一刀に、隠しきれずはみ出している大きな瞳を更に大きく開き、何度も手と顔を往復させた後に、恐る恐る一刀の手を両手で握る仁虎。

 その手の感触に再び目を見開いた仁虎は興味深そうに一刀の手を撫で、まじまじと見つめる。



「うわあ……男の人の手だぁあ」


「二宮くん。そういう事をそういう顔で言うと、そういう人に思われるわよ」


「??? そういうひとって? 台上だいのうえさん?」



 仁虎が細くて美しい髪の毛を垂らしながら首を傾げると、台上と呼ばれた女子生徒が小さくため息を吐き仁虎の方に笑顔で向き直る。


「……男の人が好きなんじゃないかって」


「!!! ち、ちがうよ! あー、ち、違わないかもしれないけど、その恋愛的な意味は全くないから! ね!?」



 先ほどの杏理に負けず劣らずの真っ赤さに染まる仁虎の顔。女の子のような顔立ちの仁虎が真っ赤な照れ顔で迫ってくるため、一刀は思わずのけぞってしまう。


「あ、ああ……うん、だ、大丈夫大丈夫。それで、二宮、くんはなんで俺に会いに」


「あ、えーと、台上さんから2年9組の男の子は、いい人そうだから会ってみたらって言われて」



 仁虎がそう告げると、隣にいたショートヘアーの女子が小さく手を挙げ、一刀に微笑みかける。


「あ、私が台上です。台上舞だいのうえ・まい。以後宜しくお願いいたします。ちなみに、演劇部に所属していますので、もし興味おありでしたら、いつでもお声がけください。きっと貴方なら……スターになれますよ」


「「!!!!」」



 金曜日にチャンスを逃してしまった部活動勧誘を、他クラスの女子に先にやられ殺気立つクラス。台上はそのクラスの様子を面白そうに眺めた上で一刀にウィンクまでしたものだからクラス内の雰囲気は戦場と化した。

 後ろから感じる冷たい視線に震える一刀は唇も震わせながらなんとか答える。



「あ、あはは……あんま演劇とかしたことないから、スターはちょっと難しいと思うけど……うん、折角声を掛けてもらったし、近々お邪魔するよ」



 一刀が小さく手を振ると、残念そうな顔をしながらも面白そうに笑う舞。その肩を握って急に顔を出してきたのは、金髪を環奈よりも高い位置のポニーテールでまとめた少女。


「あー! 舞ちゃんだけずるーい! はいはーい! 二宮くんの守護女子をやってます! 2年4組新聞部所属! 多聞天たもん・そらって言いまーす☆ 新聞部も、女子が口を滑らせることが出来そうな厳島君の入部お待ちしてますっ☆ 厳島君の熱愛スクープは注目度100パー確定なので、是非教えてね☆ 必要とあらば、わたしが恋人になるからねっ! よろしくっ☆」


「よ、よろしく……」



 クラス内の気温がどんどん下がっているのを感じる一刀。仁虎はそのあたりは鈍感なのか、自分の守護女子と一刀が仲良くなっているように見え、ニコニコと無邪気な笑顔で頭を揺らす。そして、1人控えめに後ろの方にいた黒髪お下げの少女が音もなく近づいてくる。


「じゃ、じゃあ……私も。えっと、9組の卯ノ花さんと同じ、文芸部に入っています、2年4組千一夜せん・ひとよと申します。文芸部はちょっと……男性にはおすすめ出来ないかな、と思うので……。あ、で、でも……二宮くんとは是非仲良くなってほしいので、よく会うことになるとは思います」


「そっか。うん、俺も二宮くんとはなかよくしたいと思っているから。よろしく」



 小さく手を挙げ挨拶をしたつもりの一刀の手をがっと握り、血走った目で一刀を見つめてくる一夜。にちゃあと笑いこっちを見る一夜の瞳に、自分の知らない世界が映っている気がして、一刀は全身を震わせる。


「本当に、本当に二宮くんとしっかり絡んでくださいね。よろしくお願いしますねえ……!」


「わあ! あ、ありがとう! 厳島君! ぼ、ぼく! 男の人の友達出来たことなくて……」



 小さな子どものように両手を挙げて喜ぶ仁虎。その言葉にえっと振り向く一刀。


「え? そうなの?」


「男の人って、ぼくと同じように引っ込み思案で外に出てこない子多いし、外に出る子は大体乱暴な感じの子が多いから……」


「あー……なるほど……」



 一刀が思い浮かべたのは、金曜日のうるさい来客。中馬先輩はかなりヒステリックな性格で、東雲先輩から注意を受けただけで我を忘れ怒り散らしていたな、と思い出す。それに比べ、仁虎は大人しそうだし、箱入り息子だったのだろうか、非常に澄んだ瞳をしており交換が持てる。


「うん、じゃあ、よろしくな、二宮くん」


「うん! うん! よろしくね、厳島君! えへへ」


「さ、あんまり長居をすると8組が怖いから行きましょう、二宮くん」



 台上に促されながら教室に帰っていく仁虎だったが、ずっと笑顔で一刀に手を振り続けており、一刀はその様子に微笑みながらも、ちょっと焦っていた。


(くわああああ! なんやあのかわいらしい男子は!? 廊下の女子たちも手を振る二宮くんの姿を見て、気絶しよったし、く……いいヤツだけど、アイツもライバルだ……!)



「もしもーし☆」


「どわあ!? た、多聞さん!?」



 てっきり仁虎と一緒に帰っていたかと思った天が背後にいて驚く一刀。そんな一刀をニコニコしながら興味深げに見つめる天が一刀に手招きをする。


「ねえねえ、厳島君☆」


「な、なに? 多聞さん?」

 


 一刀に屈むよう指示した手を口元に添え、一刀の耳に天がささやく。

ふわりと甘いお菓子のような匂いと同時に、かわいらしい声が耳の奥で響く。


「……中馬先輩には気を付けてね★ 結構目を付けられちゃってるみたいよ、あの人器がちっさいから★」



 そう告げて去っていく天の背中を見ながら、一刀はこっちに来てやたら囁かれる耳に手を当てた。

お読みくださりありがとうございます。

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