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第19話 噂の男と噂する女達

「はい、はい……ええ、学園側からも彼にはようく言って聞かせますので。はい、では、失礼します……ふう」



 スマホでの通話を終えると、眼帯回りを親指でカリカリと掻きながら平家は居酒屋の椅子の背もたれに深く身体を預ける。


「おつかれー」


「お、お疲れ様でした」



 目の前の、学園とは違い黒髪を下ろしている藤崎と、紫髪をツインテールにしたおよそ教師とは思えない髪の女がお酒の入ったグラスを突き出してくる。平家は掻くのをやめ、手元のビールジョッキを持って、目の前の二つのジョッキに当てていく。


 キンッという爽やかな音を響かせた後、平家はにやりと笑う。



「我々の期待の星、厳島に乾杯だな」


 平家がそう告げると、真っ赤なブラッディメアリーの入ったグラスを持っていた藤崎が顔をゆがめ、おなかを押さえて呻きだす。


「ぐふう……! 平家先生ぇええ……今日は私を労う会じゃないんですかぁあああ?」


「ああ。正確には違う。お前の胃が急激に傷つかないように事前準備をしておく会だ」


「痛むのは前提なんだ!? ああぁああ……いい子なんだけどなあぁああ、厳島君」



 フライドチキンを頬張りながら答える平家の言葉に、力なくへなへなとテーブルに倒れ込む藤崎。

 倒れ込んでも丁寧にブラッディメアリーを置き、つまみの置かれていないテーブルの端に顔を置く『らしさ』に紫髪を揺らしながら腹を抱えて笑っているのを見て藤崎がテーブルに顔を置いたままぎろりと睨む。



「きゃっきゃっきゃ! フミカちゃん、大変だねい。いやはや、それにしても、そのイツクシマ君、オモシロいねい。ヘキルから贈られてきたダンジョン研修の映像を見た時点でオモシロいとは思っていたけど、配信のもオモシロかったあ」


「おい、へきると呼ぶな雷夏」「全然面白くないですよ! 来迎らいごう先生!」


 来迎雷夏らいごう・らいかと呼ばれた女は個室でなければ誰もが振り返るような緑蛍光色のサイバーファッションのブカブカジャケットの袖からちょこんと出した手でグラスを掲げ飲み干すと藤崎に注文を促す。


「フミカちゃん、ライカにもういっぱいバチバチ発光サワー!」


「はいはい、よくそんな奇抜なドリンク飲みますよね」


「フミカちゃん、人生とは冒険だよう、ドキドキスリル満点! 常にチャレンジャーであれい!」



 雷夏の言葉に藤崎は目をひん剥くと、ブラッディメアリーをぐいと飲み干し。空になったグラスを割れないようなセーブした力でどんと置いた。


「私はぁあ! ひっそりと穏やかに過ごしたかったんですぅうう! なのに、厳島君がぁああ! いい子だけど! いい子だけど! なんなんですか!? あのダンジョン研修の雷魔法とか! ダンジョン配信の氷魔法とか! ……私、ブラッディメアリーもう一杯いきますけど、平家先生は?」


 タブレットを軽快に操作しながら平家の方を見ると、平家用に置かれた肉たちやジョッキに入ったビールが綺麗になくなっており座っていた目がぎゅんと見開かれる。


「ビールと米、あと肉。……そうだな。厳島の魔法については魔法研究の専門家様に聞いた方が早いだろ。なあ、雷夏?」


「そうだねい、きゃっきゃっきゃ。勿論推測になるけど、イツクシマ君のアレはへきるの考えた通り『魔力の保存』、そして、『強化』だろうねい」


 再び下の名前を呼ばれ眉を顰める平家だったが、今一番関心のある一刀の話題なので口を噤み雷夏の話に耳を傾ける。同じく色々な意味で興味の対象である担任の生徒の話に藤崎は首を傾げた。


「魔力の保存って……魔力譲渡とは違うんですよね?」


「ちがうねい、魔力譲渡は……そう、この水と同じ」



 雷夏がテーブルに置かれた水の入った瓶を手に持ち、二人の前にどんと置く。澄んだ水越しに多少歪んだ互いが見え、見つめあう。


「なんにでも染まれるように限りなく純度を高めて、相手に送る。そして、送られた相手が自分にあった魔力に変えていく魔法が魔力譲渡。一方、イツクシマ君の魔力の保存はイツクシマ君のグラスに相手の本質を持った魔力をそのまま移していくようなものだねい」


「しかも、わずかに受け取ったソレをまさしくマジックのように増やす、か」



 水を注がれたコップを回しながら呟く平家。雷夏は頷きながら、藤崎のコップにも水を灌ぐ。とくとくという音が店のBGMと共に心地よく流れていく。


「最初の雷魔法は2年唯一の雷魔法の使い手であるカンバラさんだろうねい。ダンジョン配信でのアレは、3年の東雲さん」


「神原さんはともかく、なんで東雲さんの魔力を?」



 左右に忙しく首を振る藤崎と、独特な色のサワーを美味しそうに口に運ぶ雷夏を見ながら、ぴっと平家が一本指を立てる。


「聞いたところによると、中馬千裕が金曜の昼休み、厳島に接触してきたらしい。その際に、東雲と会っている。そして、そこで握手をしたそうだ」


「握手?」


「雷夏、どう思う?」



 ぷはあーと気持ちのよいため息を吐いた雷夏は、パチパチの感触残る口をぐいと拭い、笑う。


「どう思うも何もそう思うしかないよねい。男全員なのかは分からないけれど、『男であるイツクシマイットは身体的接触すると女性の持つ魔力が流れ込み、それを保存することが出来る』。ここからは推測だけど、互いの信頼関係、もしくは、好意がスイッチとなる」


「な、な、なんですかぁあ? そのラブコメエロ漫画みたいな設定はぁああ!?」


「設定というか、そういう体質だということだ。厳島だけなのか男全員なのか……。だが、今までそういった事例が発表されたことはないよな?」



 平家の言うとおり、今まで『男性が女性に身体接触することで魔力が移動するという事例』が発表されたことはなかった。ましてや、信頼関係や好意が関わってくるなど藤崎の言う通り、創作物の中の話のようだと平家自身も思っていた。

 だが、実際に見てしまうとこれがリアルなのだと納得せざるを得ない。


「だから、これはイツクシマ君だけの特性なのかもしれない。個人的な勘だけど、男全員の特徴なんじゃないかなとは思ってるけどねい。色々な事情が重なってその実証が難しいだけで」


 そこで言葉を区切ると、雷夏はサワーのグラスに残っていた氷を口に含み、ガリガリとかみ砕く。


「一つは、調査対象が少なすぎること。男が圧倒的に少ないから、調査研究をする為の根拠がイツクシマ君しかいない。他の男も研究させてくれって言ったら、お偉いさんが渋るだろうねい。4個しかない小籠包の一個がイタリアン風だったので、他も中を開けてみていいですか? って言っても、汁が零れて使い物にならなくなったらどうするって言うのがお偉いさんの保身よお」



 分かりにくい例を挙げながら、テーブルにある至って普通のアツアツの汁が入った小籠包を箸でつまみ、藤崎に差し出す雷夏。


 慌てて口を開き食べた藤崎は、目を白黒させその熱さに悶える。


「あとは、男性の多くが女性に対して、嫌悪・恐怖などの感情を抱いている事。イツクシマ君は確か……サユリちゃんの村出身だよねい。孫かわいがりのおばあちゃんばかりに育てられ、女に襲われることもなく、偏った情報に汚染されているわけでもない彼だからこそちゃんと女性に好意を持てるわけだねい」


「へ……へ……サユリちゃん?」



 ブラッディメアリーくらい顔と舌を真っ赤にした藤崎が尋ねると、冷えたビールを堪能していた平家が説明する。



「東魔大学でも時折講師で来られる日本での魔法研究の第一人者だ。健全な精神に美しい魔力が宿るという事でマナー講師としての方が今は有名だがな。それに、あそこには女傑早川静流先生もいるし、一刀の祖母は、厳島一葉さんだ」


「オオー! 18年前の四国大発生で大活躍したあの? 国からの称号授与を断ったって一時凄く話題になった人だよね」


「ああ、その件もあるし、あの人は冒険者に対しては親切だからな冒険者協会にとっては伝説であり、最重要人物だ。先ほども竜胆本部長に自分の顔を潰さないように一葉さんの孫をしっかり教育し、大切に育てろと念押しされたよ。まあ、竜胆本部長自身であのダンジョン配信のあと、厳島にかなりお説教をしたそうだが」



 次々と明らかになっていく情報に頭とおなかを抑える藤崎。 


「い、厳島君が……どんどん私にとっての危険人物に……! 胃が……胃が……!」


「まあ、頑張れ」


「かるぅううい!」



 テーブル越しに藤崎の肩をぽんと叩く平家に、涙目で訴えかける藤崎。それをけらけらと笑いながら見ている雷夏がちょうどよく冷めたであろう小籠包を口に運ぶ。


「ま、ドキドキワクワクな日々を楽しむのが吉よお。ああ、あと、イツクシマ君の魔力保存・強化……言いにくいなあ、えーと、結局は強化魔法だし、仮に『強魔ごうま』としとこうか、【強魔】が可能な条件として、まあ飽くまで予想なんだけど、イツクシマ君が魔力を保存できるのは、彼の身体が鍛えられていて、サユリちゃん理論でいう所の健全な身体という精神的純度の高い器である事やダンジョンに定期的に潜っているというのがあると思ってるんだよねい」


「健全な肉体を持ち、ダンジョンに発生する魔素と呼ばれるものを定期的に摂取している、そして、互いの好意が重要ということか……」



 自嘲気味に笑う平家。その口に、小籠包を放り込んだ雷夏が、ぴっと箸を立てる。


「ま、飽くまで『何故イツクシマ君が特別なのか』という推論だけどねい。血筋が特別という理由だったら、あまりにも詰まらないから希望的観測な面もある。努力をすれば、誰だって特別になれる方がドキドキワクワクだよねい」


「だけど、その【強魔】の力が手に入るからって、身体を鍛えたり、ダンジョンに潜ろうなんて男の人はいないですよお。ただでさえ男性ってだけで優遇されているんですから」



 涙目でタブレットを操作する藤崎がぼやくように呟くと、平家はジョッキに入ったぬるくなりかけたビールを一気に煽る。そして、大きく息を吐き、小さく笑う。


「……もしかしたら、厳島が今の男性像をぶち壊してくれるかもな」


「そーそー、身体鍛えてて強くて性格もいい男子っていう理想像がリアルで現れたら、怠惰だったり、傲慢な男なんてってなる女も増えてくるだろうからねい。いやー、イツクシマ君にはいっぱい嫁をもらってほしいねい。それが無理なら、せめてその遺伝子を大量に残してほしい」



 タブレットが藤崎から平家に、平家から雷夏に回されていく。それぞれが思い思いのものを注文し、藤崎の元に返ってくるが、雷夏にタブレットを渡された藤崎は真っ赤な顔で口を鯉のようにパクパクさせる。


「い、遺伝子って……」


「ドキドキワクワクの為なら、己の身体も差し出すよお!」



 雷夏が立ち上がったタイミングで注文を持ってきた従業員がぎょっと驚く。慌てて藤崎が雷夏を座らせ、従業員に謝りながら料理を受け取る。

 藤崎は雷夏を睨みつけるが、何も気にせず、藤崎の持っている皿から青色のフライを取って口に運ぶ。そのフライのせいか、それとも別の要素か雷夏の目が興奮に染まり、鼻息は荒い。


「きょ、教師と教え子ですよ!」


「勿論、卒業までは我慢するよお。そっからは自由恋愛でしょお? いや、むしろ研究の為だし多少の身体接触してライカの魔力をイツクシマ君の身体にぶちこんであげるのもまた一興」


「言い方ぁあ! ていうか、た、多少の身体接触ってどこまでする気ですか……?」


「ま、フミカちゃんのどすけべ。それを聞く~? まあ、どれだけ魔力をイツクシマ君の身体に注げるか実験したいからいけるとこまでいっちゃいたいよねえ。自分が無理なら同学年の子達で。イツクシマ君相手ならオッケーだろうから、せめてキスでどのくらいいくかは知りたいねい」



 居酒屋の個室にも関わらずキョロキョロと周りを伺う藤崎。それも気にせずサイバーなジャケットの袖を頬にあて、身体を左右に捻じり頬を赤らめる雷夏に、藤崎は懇願の表情でしがみつく。


「ダ、ダメです! そ、そんなことしたらまた学級崩壊が……!」


「まあ、2年8組の例もあるしな。事は慎重に進めよう。学内が無理なら、学外で見繕って、試してみるのもいいだろう」


「んん~、学園内の方が純粋な恋愛感情を育める気がするんだけどねい。まあ、ライカが相手なのは半分冗談として、生徒の誰かとくっついてくれたらライカの研究も捗るんだけどなあ」



 笑う雷夏。苦笑いを浮かべる平家。苦虫を嚙み潰したような顔の藤崎。


 三者三様の思いで酒を煽る。


 そして、愚痴やら欲望やら混ぜこぜの教師たちの夜が過ぎていく。




 そして、週明け。三人の思いがどう神様に伝わったのか。

 まだ転校して間もない一刀にとって怒涛の一週間が始まる。

お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。


よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。

今まで好きだった話によければ『いいね』頂けると今後の参考になりますのでよろしくお願いします!


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