第18話 紳士な男と淑女?な女達
「あああああああ! よがっだあ……! よがっだよぉお……!」
「よしよし、先輩。今の先輩めっちゃ全部噴き出ててぶちゃいくちゃんなので、ちょっと一旦下がりましょうか」
雪たちの後ろにいた顔面から水分という水分を垂れ流していた織姫がゾンビのようによろよろと一刀に近づこうとするところを後輩に制され、ゾンビのようによたよたと下がっていく。
それを見て一刀が織姫に何か声を掛けようとすると横から声を掛けられる。
「あ、あの……」
「ああー、あの子はちょっと一旦置いといて。あなた、まだ配信中でしょー? 締めないとずっとあなた撮られ続けてるわよー?」
右を見ると、水色髪を二つ結びにしたかわいらしい女性がニコニコしながら一刀をのぞき込む。女性の指摘に一刀は、雪が離してふらふらと一刀に近づく魔動ドローンに気づく。
「わわっ! す、すみません……あー、結構減っちゃいましたね」
魔動ドローンの横に表示されるディスプレイにはダンジョン内で見た時には2万以上だった視聴者数が1万ちょっとと視聴者数が半分以上減っていた。そのうちの3割程度は、ワンソードマンが強力な魔法を使ったことで、やはり女性だったと思い込み去っていった。
そして、もう2割以上は一刀が落ち込む必要のない別の理由があったのだが、目に見えて数が減っている事で肩を落としかける一刀。
(いや! 自分がふがいないせいや! それに、まだこんなにたくさんの人が見てくれているんだから、しゃきっとせんとばあちゃんに怒られる!)
自分自身に喝を入れ、顔を上げた一刀は魔動ドローンに近づきカメラの向こうの視聴者たちに語り掛ける。
「あのー、今日はこれで配信を終わろうと思います。あの、最後は締まらなくてすみませんでした。こ、これからも頑張るので応援してもらえたら嬉しいです」
〈ワンソードマン応援します!〉
〈今日もすごくかっこよかったよ〉
〈また配信してね!〉
減ったとはいえ、いや、減ったからこそ残った視聴者は好意的にワンソードマンを応援していた者が多い。彼女たちからかけられたやさしい言葉に目頭が熱くなる。
「すん……! あ、あ、あの……ありがとうございます。へへ、うれしいです」
〈泣いてる!?〉
〈かわいい……〉
〈慰めてあげたい。連絡待ってます。電話番号は……〉
「わわ! 個人情報は大切にしてください! あの! また週末にはダンジョン配信しますので、是非見てください。ワンソードマンでした。……あ、あああああ! そうやった! こ、高評価、チャンネル登録、よ、よろしく!」
掌に書いていたカンペに気づき、慌てて言わねばならないことを付け加える一刀。その子どもらしいうっかりさにコメントは盛り上がる。
〈かわいっ!〉
〈ちゃんとカンペ見て言えてえらい!〉
〈大人ぶったよろしく頂きました!〉
「あはは、じゃ、バイバイ」
〈ちょまっ!〉
〈かわいいがすぎんか〉
〈ばいばい!〉
魔動ドローンの撮影終了ボタンを押し、スマホとのリンクを切る。
そこまで終えると、一刀は天を仰ぎ、大きく息を吐く。やはり外の世界の空気は軽いな、と全身にいきわたるように吸い込んでいると、石鹸のような香りに気づき、隣で同じように深呼吸している水色髪の女性に気づく。
「あ! す、すみません!」
「いえ、いいんですよー。ダンジョンから出た後の空気はおいしいですもんねー。……さて、配信も無事終了したことですしー、ちょっとお話しさせていただきましょうかー。わたしは、冒険者協会東京本部の竜胆リリスと申しますー。ワンソードマンさんお時間いいですかー?」
リリスと名乗ったその女性は、髪色に近い青い瞳を輝かせながら、ゆったりとした口調で一刀に話しかける。
だが、ゆったりとした口調とは裏腹にリリスの放つ空気には一刀に有無を言わせぬようなものがあり、一刀は何度も頷く。
「あ、そ、その前にいいですか?」
雪たちを連れて、奥に一刀を案内しようとするリリスを止めて、一刀はその反対側織姫のところに向かう。
織姫は涙と鼻水と涎と汗でぐちゃぐちゃになったまま、後輩に抱き着いて更に泣き続けていたが、自分の視界に一刀が映り、きょとんと眼を何度も瞬かせる。
「ふえ?」
「あ、あの……」
一刀が取り出したのは、ハンカチ。
田舎のさゆりばあちゃんに教えられた『男は常に紳士であれ、そして、女性に優しくあれ』。その為に、ハンカチ・ティッシュ・絆創膏は常備しておくようにと言われていた。
田舎では、ハンカチよりもタオルや手拭いが求められ、ずっと出番がないままにポケットで眠っていたが、ようやく出番が来たと一刀はドキドキしながら差し出す。
「これ、使ってください。あの、お姉さんにいろいろ心配かけてしまったみたいでごめんなさい」
織姫にハンカチを渡すと、マスクを外し、深く頭を下げる一刀。黒狼は敵ではなかったが、そのあとに現れた黒騎士は、あの氷魔法が出なければ危なかったと一刀は反省していた。
(受付のお姉さんは心配してくれたのに、俺は調子に乗りすぎた……! 本当にこんな美人のお姉さんに心配かけるなんて俺はバカヤロウや……!)
上半身を折り曲げたままちらと織姫の方を見る一刀。ハンカチを持ったままこちらをじいっと見ていた織姫と目が合う。
「あ”っ……!」
すると、織姫は顔を真っ赤にし、短く悶えると後ろに倒れる。一刀から渡されたハンカチを上に投げてしまったが、運よくと言えばいいのか、ひらひらと宙を舞い、織姫の顔を隠すように着地した。
「じゃあ、織姫ちゃんもしんだことですしー、奥でお話をー」
「しんだんですか!?」
「冗談ですー。それにしても、本当に男の子一人で潜っていたんですねー」
リリスに覗き込むように見られ、恥ずかしくなった一刀は思わず顔をそらす。
その時に気づいたが、品川事務所の中は閑散としている。東京の事務所と言えば、どこも込み合っているイメージだったし、実際来た時にはそれなりに人がいた。現状に一刀は首を傾げる。ちらっと見えたハンカチを顔に置いたまま、身体をびくつかせている織姫は見ていないことにした。
「あー、今はね、人払いをしているのでー」
「ひとばらい? あ、そ、そういえば、俺、ちゃんとダンジョンから出てないけど大丈夫ですか?」
「ああ、そっちの方が都合よかったんですよ」
リリスの後ろにいた雪が一刀に近づこうとすると、それより早く月と花がスマホを差し出してくる。
「「ほら、これ見て。黒狼の森の『穴』付近の映像」」
二つ差し出された画面のどちらをみればいいか決められない一刀が必死に両方の画面に視線を動かし続ける。忙しくはあったが、状況はすぐにわかった。
「な、な、なんですか? この人だかり」
穴の周りには、物凄い人だかり。スマホを構えている女性もいれば、穴に飛び込もうとしている冒険者らしき集団もいて、冒険者協会から派遣され『穴』に入る冒険者をチェックする職員が必死で押しとどめている。これが配信の2割が減った理由。
「ふふ、みんな、君を見ようとか、助けようとか思って集まった人たちですよー。貴方はどうやら自分の価値をよく分かっていないみたいですねー。なので、ちょっと『お話し』しましょうねー」
リリスの後ろの青いヘビが見えそれに睨まれた気がして、一刀はゆっくりと静かにうなずき、そのまま奥へと去っていく。
その為、月と花が見せた穴付近のカメラ映像をしっかり見ることは無かった。
そして、一方で途中から配信を見る余裕がなかった『彼女達』は……
「おい、アタシらが入るから邪魔すんなって言ってんのが聞こえないの? 一刀を助けるのはアタシらだから、どけよ」
「いっくんは、わたしたちが助けるから、わたしたち従姉妹と違って、貴方たち同級生程度の女はすっこんどいてくれるかなあ……!」
「従姉妹の方が近しいなんて幻想ですわ……大体、あんなはしたないお弁当を作るような方たちに任せたらダンジョン内で何されてしまうか分からないもの」
「はぁあああ? あたしたちは従姉妹なんだからナニからナニまでしてあげるに決まってんでしょぉおお? いっちゃんのパンツも見たことない女どもはさっさと家に帰っていっちゃんがあたしらに寝取られる想像でもして興奮してなー」
「なななななに言ってるんですか! あなた! 一刀くんの教育に悪いから帰って下さい! だ、大体私達だって一刀君の裸(上半身のみ)を見たことあるんですから!」
「「「「「ああああああぁああああああん!?」」」」」
一刀のいない『穴』の前でとんでもない顔でにらみ合っていた。
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