第17話 震える男と震わせる女達
(お、女のひとぉおおおお!?)
本人が気絶したせいか認識阻害魔法が解けた兜の隙間から見える長い睫毛や金髪、白い肌、小さくかわいらしい鼻。
女性にしか見えない顔に一刀は動揺し、そして、はっと気づいたように魔動ドローンを見る。
魔動ドローンは操作技術のいるもので、基本的な操作方法しか出来ない一刀は『一定距離をとりながら正面から撮るように』という設定をしていた為、視聴者からは倒れた黒騎士の兜に隠れて素顔は見えない。
だが、それを確かめる術のない一刀。
その上、『男として女性にはやさしくあれ』とばあちゃん達に教え込まれていた為自分のしたことでパニックに陥り、黒騎士の顔を隠そうと黒騎士に覆いかぶさってしまう。
(うわあああああ! お、女の人を気絶させてしまったぁあああ! どどどどどどうしたらいい!? えっとポ、ポーションをかけたらええんかな!?)
黒狼の森の黒ずんだ地面を見つめながら必死で考える一刀だが妙案は思い浮かばず、ただただ時間だけが過ぎていく。
そうしている内に、一刀の腹の下でもぞもぞと動き出すものが。
「ん、んんう……んぶ!? んんー! んんー!」
暫く心地よさそうに呼吸をしてぐねぐね小さく動いていたそれは、突然動きを止めたかと思うと荒い呼吸で暴れ始め、それに合わせて手足も大きくバタバタしだす。
「あ……えっ、あっ! うわあああああ!」
パニックになっていた為に、黒騎士が復活したことに気づくのが遅れた一刀は思いきり上に投げられ情けない声をあげてしまう。
その隙に気が付いた黒騎士は転がり態勢を立て直し、兜の隙間に手を当て認識阻害魔法を再度発動させる。
だが、足元がふらつき膝は地面について手で必死に支えていた。
『く、くそっ……いいにお、じゃない! へ、変なにおいをかがせやがって! この……お、覚えていろ!』
認識阻害が加わった声で捨て台詞を吐いて百合のような香りを残し、去っていく黒騎士。
尻もちをついた一刀は鼻をひくつかせながら黒騎士の去っていった方をぽかーんと眺め続けた。
暫くし、一刀ははっと気づいたように動き出す。
(い、いかんいかん! ぼーっとしとった。まだ俺、ダンジョン配信中だった! ……って何か来る!?)
足音なく近づいてくる気配に気づいた一刀は急いで先程投げた短剣を取り構えようとする。だが、短剣を見て一刀は顔を歪める。
(黒騎士の攻撃で大分やられたな……ボロボロだ)
黒騎士の数度の攻撃を受けただけ。
だが、一刀の短剣は刃こぼれがいくつも見え、ひどく頼りない。代わりの武器といっても一刀が持っているのは牽制用に振り回していた元かえらボロボロだったものくだけ。
(逃げるか……? 相手は恐らく3人。逃げる方がかなり厳しいと思うけど)
戦闘か逃走か思い悩む一刀。
ふと足元を見ると、一刀の短剣をボロボロにした張本人。黒騎士の長剣が戦闘など何もなかったかのような美しい姿のまま転がっていた。
一刀は一瞬思い悩んだ末に短剣を鞘にしまい、黒く輝く長剣を手に取り構える。
(うわ……なんだこれ? 見た目よりずっと軽い……だけど、受けた時は凄い重さを感じた。魔法か何か……使い手は軽く持てるけど敵には重く感じられるような)
自分の短剣よりも軽く感じる長剣を8の字に振り、動かし方を確かめる。そして、短剣との違いをうんうんと頷きながら自分の身体に認識させていく。
気配がすぐそばまで近づいてきたところで、一刀は再び三度深呼吸。
すぅううううううう……はぁあああああああああ
すぅううううう、はぁああああああ
すぅううううはぁあああああ
「ふっ」
最後に短く息を吐き出し、長剣と盾を構え迎え撃つ態勢に。
黒狼三匹であれば先手必勝。両サイドのどちらかを狩って1対2に持ち込むが、明らかに圧が黒狼のそれとは異なるし、その上黒狼とは違い樹上を移動している。相手の正体が分からない以上は、後手に回るしかない。出来るだけ気を溜めておいて、視界に入った瞬間に即断即決、手を決め攻撃する。
がさがさと木の上から聞こえる音がどんどんと近づいてきて、その速度に合わせ腰を深く沈みこませていく。
その気配の正体を視界にとらえ攻撃範囲に入った瞬間、一刀が踏み出す。
「…………!」
が、次の瞬間前に思いきり地面を踏みこみ立ち止まる。
一刀の前に現れたのは、まったく同じ顔の三人の美少女。違うのは、同じ色合いのピンク色の髪を右サイドポニー、ポニーテール、左サイドポニーにそれぞれ纏めている。
「「「ワンソードマン様ですね」」」
三重の声に動揺する一刀。だが、それに構わず少女たちは続ける。
「「「冒険者協会救助隊の者です。品川事務所より救援要請があり、やってきました」」」
「へ? 救援? 俺が? なんで?」
長剣を下ろし、話を聞くと、品川事務所より至急助けてほしいと連絡があったことを真ん中の雪と名乗ったポニーテールの少女から聞く。
月と名乗った右サイドポニー少女は一刀の右手を、花と名乗った左サイドポニー少女は左手を握っており、左右を忙しなく緊張した様子で首を振っていると、雪がくすりと笑い、一刀の正面から飛び込み、耳打ちをする。
「本当に男性なんですね。男性がダンジョンで死んでしまう事、怪我することは冒険者協会でも問題となってしまうんです。なので、申し訳ありませんが今日は一緒にお帰り頂けますか」
忍のひやりと震えるような凛々しい声と違い、甘ったるい溶けてしまいそうな声に一刀は耳を真っ赤にしコクコクと頷く。にやあと笑い、雪が離れると後ろに手を組みくるりと回る。
「ああ、二人は治癒魔法と、魔力譲渡をおこなっていますので暫くそのままで移動させてくださいませ」
じんわりと魔力が流れ込んでくることを一刀は感じていたが、治癒魔法と魔力譲渡であることを知ると大人しく従い、手を引かれるまま移動を始める。
(ばあちゃん達の治癒や魔力譲渡はもっと早かったけど……そ、それより、なんかこれ両手を繋いで歩くってなんか恥ずかしい……!)
両手を塞がれた一刀だったが、移動中の戦闘は雪が全て請け負ってくれた。近寄ってくる黒狼に空気を圧縮したような球をぶつけ、いとも簡単に潰していってしまう。
そして、十匹目を潰した時、ふと立ち止まり振り返る。
「さて、そろそろいいかしら? 月、花?」
「えー、姉さまもう少し」
「花も、もっと触れていたいです」
雪が口を開くと、一刀の両手を握った二人が不満を零す。
だが、雪は首を振り一刀の魔動ドローンを掴んだかと思うと、一刀にどんどんと近づいてくる。そして、一刀に抱き着いたかと思うと再び耳元で囁く。
「空間移動を行います。座標がズレると身体が真っ二つになるかもしれませんからじっとしていてくださいね。うふふ」
その言葉を聞き、ぶるりと身体を震わせた一刀。だが、一向に何も起きず抱き着いたままの雪に視線だけを向け、小さく口を開く。
「あ、あのー……これっていつ……?」
「あん……残念、ここまでのようですね。ごちそうさまでした。では、【転移】」
雪が魔法の名を口に出すと、漸く魔法が発動し、一刀は気付けば、数時間前までいた品川事務所の魔法陣の上に居た。初めての空間移動にぼーっとしていると、突然、
「ふぅー」
「どわあっと!」
雪が耳に息を吹きかけて来て慌てて飛びのくと、けらけらと笑う雪とそんな雪を恨めしそうに見ている月と花の姿が。
「ふふ……救助隊任務完了ですね。またいつでもお呼びくださいね」
ぞくりとするような妖艶な微笑を浮かべる雪に身体を震わせる一刀だったが、それ以上にその後ろで顔面全てから液体を流している受付のお姉さんに一刀は身体を震わせた。
「よがっだあああああああ! おどごぶじぃいい!」
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