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第16話 焦る男と焦らせる女達

 一刀がそのコメントを見たのは、コメント返しをしてダンジョン攻略を再開し、黒蜘蛛の群れに出会ってそれを全て撃退した後のことだった。


〈女は?〉


「え……? お、女?」


 一刀は予想外のコメントに驚き、思わず立ち止まってしまう。

 立ち止まってコメント欄を見ているワンソードマンが画面に映ると女達は一斉にコメントを打ち出す。


〈女は?〉

〈女なんていらねーだろ! 男がいればヨシ!〉

〈女は?〉

〈女言うのやめてもろて、山賊かよ〉

〈女は?〉

〈bot乙 帰ってヨシ!〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉

〈女は?〉


「ひ、ひぃいいいい! ご、ごめんなさい!」



 流れるコメントには、男性だけ映っていればよいというコメントも十分あるのだが、何度もシンプルな3文字コメントが大量に流れていく方が目に留まりやすい為、一刀は女性を求めるコメントの濁流に戦慄する。


(お、俺が、あまりにダサいから、女の人を見せろいう事やろか? それとも、やっぱりチームで来た方が良かったんかなあ!)



 同接数は2万を超えて、その時間の日本トップ10に入っており、女を求めるコメントを送っていたのはほんの0.001%以下。

 だが、そのわずかな人間達が驚くべき速さでコメント欄を埋め尽くしていた。その正体は……


「こりゃあ! 一刀、お前嫁はどうした!?」


「なんで、隣に女がおらんのじゃ!」


「まったく、嘆かわしい。あたし達はこんな軟弱な男に鍛えた覚えはないというのに」


「一刀ちゃん……もう一度教育し直す必要があるのかしら」


「一刀……女を、ダンジョン配信に連れてこんかぁあああ!」



 田舎のばあちゃん達だった。


 男女比1:99貞操逆転世界の都会に行けば、自慢の孫であれば一日あれば虜にして、嫁候補を連れてダンジョン配信をするであろうと思っていたばあちゃん達は激怒した。そして、『一刀が連れている』女を求めた。


 だが、ばあちゃん達のハンドルネームを知ることもなく、その上コメント欄のスピードについていけない一刀がそれに気づくはずはなく、ただただ怯える。


「あ、あー、なんかすみません。そ、そろそろいい時間なので、ダンジョンを出ようかなーと思います」


『まあ、待て』



 その声は、深く脳に響く声だった。


 一刀が慌てて振り返ると、黒い木の上に人が立っていた。

 真っ黒な重鎧とフルフェイス兜を身につけ、左手には一刀の短剣より何倍も大きな長剣。

 右肩の上でふわふわと黒い蝙蝠のような羽がついた目玉が浮かんでいる。


〈人型モンスター!?〉

〈黒狼の森での目撃例なんてないよな? レア種?〉

〈ていうか、人型はヤバいやろ! 逃げて、ワンソードマン!〉


 一般的に人型モンスターは知能を持ち、魔法を使ったり、策を練っていたりするので普通のモンスターよりも数段上と考えるようにダンジョン研修では教えられる。


 そんなコメントを見る隙も与えず、黒い風を起こし、黒い剣士は一刀に迫る。


「ぐっ……は、やっ……!」


『ふふふ……久しぶりに黒狼の森に立ち寄ったら、男と出会えるとはな……!』



 剣士が笑ったような声を出すが、兜の中身はつばぜり合いの形で接近しても魔法のせいか影に覆われて見ることが出来ない。


(これは……視覚・聴覚の認識阻害魔法か!? 声も違和感が凄い! ていうか、こっちの感覚を狂わせる効果だな、これ!)


 一刀は自身の身体がうまく動かせないことに気づき、慌てて距離を取り、大きく頭を振る。


『ほう、まだそこまで影響は出てないだろうに気付いたのか。随分敏感だな』


 一刀はいつものルーティーンで気を溜める。


 8の字に短剣を振り、三度深呼吸。


 すぅううううううう……はぁああああああああああ……


 すぅうううううう、はぁああああああ


 すぅうう……


「ふっ……!」


『ぬう!?』




 瞬間、一刀が足に力を込め、飛び出す。

 一刀のルーティーンを興味深げに眺めていた黒騎士は虚をつかれ、飛び込んでくる短剣を防ぐので精一杯。一刀は逆の手の小盾で剣の腹を殴り飛ばすとその勢いのまま体を回転させ、逆手に持ち替えた短剣で黒騎士の兜と鎧の隙間を狙う。


『んばああああ!』


「うおっ!?」



 長剣を切り返していては間に合わないと判断した黒騎士は、兜にかかった魔法を利用した『咆哮』を放つ。

 黒い霧のような魔力が一刀を襲い、防御したものの黒い霧に押されて先程の位置まで戻される。腰を落とし踏ん張る一刀に黒騎士がすぐさま詰め寄る。


 一刀とは同じくらいの身長ではあるが、重鎧や長剣の重さか黒い風魔法の威力か、一刀が押され続け、黒い木の幹に背中と頭を強か打ち付ける。


「が、はっ……!」



 再び剣を打ちあった状態で接近した二人。だが、一刀は背中を打ち、呼吸がままならず、黒騎士の剣を短剣と小盾の両手で必死に抑える事しか出来ない。


〈ヤバい! ヤバい! ヤバい!〉

〈救助隊とか出てないの!? ワンソードマンがしんじゃう!〉

〈おい! 黒いの! お前あたしのワンソードマンころしたらおぼえておけよ!〉



 魔動ドローンは一刀の撮影とコメントを表示することしか出来ず、ふよふよと黒騎士の左肩付近で浮かんでいる。右肩には相変わらず蝙蝠目玉がぱたぱた飛んでじっと一刀を見つめており、攻撃する様子がないのを一刀は確認すると、黒騎士に隙がないかを必死で探す。


(俺が今の時点でコイツに勝っているのは手数。ただ、コイツが硬すぎて普通に斬る事は出来ない。隙を突こうにも咆哮がある以上、なんとか背後に回るか、兜の隙間を狙うか……だ、けど……!)


 黒騎士が重量を活かし、一刀を木に押し付ける。左右に動こうにも前からの圧が強く挟まれた状態では抜け出せずただただ長剣で潰されないように耐え続ける事しか出来ない。


(ま、ほう……俺にも神原さん達みたいな魔法、が……あれば……)


 兜の魔法と木で打ったせいで頭がふらつく一刀。マスクを付けている事もあり、頭が大きく揺れ始める。


 ぼーっとし始めた意識のまま、前を見つめる。黒騎士は余裕を見せ始め、先程から一定の力でじわじわと押してくるのみ。何かないかと視線を動かした一刀が見たのは、魔動ドローンが映したコメント。


〈がんばれ!〉


「…………!」



 一刀はある日から田舎のダンジョンに一人で潜り始めた。ばあちゃん達が心配だったから。


 だけど、寂しい気持ちもあった。その気持ちをごまかすようにダンジョンを駆け、モンスターを倒して回り、魔石を集め続けた。そして、出来るだけ早くばあちゃん達に会えるように。


 ばあちゃん達は一刀の無事を喜び、労わってくれた。


 だけど、一刀もまだ10代の男の子。


 誰かに、見てほしかった。


 応援してほしかった。


 がんばっている自分を。



 そのコメントが目に入ったのは偶然だった。

 だが、そのコメントが一刀にとって力になったのは当然だった。


 一刀は、頑張る為に、ばあちゃん達に教えられた通りに細く長く糸を吞むように息を吸う。


 すぅぅぅぅぅぅぅぅう……


 改めてしっかり吸ってみると、ダンジョンの空気は、外の空気とは違うなと一刀は思っていた。息苦しさと力強さを感じさせる独特の空気。


 魔素というものがダンジョンには充満しているという意見もある。

 確かに、ダンジョン内では魔法の威力が上がると教科書にも書いてあった。


 ともかく、吸ってもおかしくならない以上は酸素も含まれている。酸素を吸えば身体に力が回っていく。脳に冷静さが戻ってくる。

 そして、がんばれというコメントを見せてくれた魔動ドローンと自分の間にいる黒騎士がたまらなく邪魔に感じてくる。一刀の胸に宿ったのは冷たい感情。


「お前……邪魔だよ」



 その時、短剣を持つ右の手の平から冷気が溢れた。

 そして、その冷気は氷を生み出し一刀の短剣とぶつかり合っていた黒騎士の長剣も氷で包んでいく。


『なにっ!?』



 慌てて長剣を放そうとする黒騎士。

 それより早く一刀の放った冷気が長剣と右手をくっつける様に凍らせる。何故かできる気がした。右の頬に冷気と桜の香りを感じ始めた時から。


 そして、一刀は凍らせた黒騎士の手、それを握る長剣と繋がった短剣をぎゅっと握り、黒騎士を引き寄せる。虚をつかれ崩した態勢を直そうと急いで足に力を入れ踏ん張る黒騎士の兜の側面で一刀の低くて冷たい声。


「お前強かったよ。だけど、俺は負けない。みんなに貰った力があるから」



 一刀は引き寄せる為に後ろに引いた右手から短剣を放し、そのまま指をかぎ爪のように折り曲げ魔法で隠れた兜の目鼻部分に思いきり手を突っ込む。


『ああああっ!?』


 右手に纏わせた氷が兜の魔法を凍結させながら奥へと潜り込む。黒騎士の額に一刀の掌が触れるとそのまま五指に力を入れ、頭を掴む。

 一刀が右足を黒騎士の右足後ろに回り込ませ、そのまま上半身を折り曲げ、黒騎士の頭を地面へと叩きつける。


「お、お、おおおおおおおおおおお!」


『きゃ、ああああああああああああ!』



 轟音が黒狼の森に鳴り響き、そして、黒騎士は動かなくなる。


「…………え?」



 一刀は自分の手の感触に驚く。一刀が握った額、肌はつやつやで手首にあたる鼻はすっと通っているがかわいらしい小ささ。そして、魔法が霧散した兜の隙間からはユリのような香りがし、一刀は慌てて自分の右手が掴んでいるものを見つめる。


 そこに居たのは、真っ白な肌、乱れた金髪を口に咥えた、女だった。


「えええぇえええええええええええ!?」

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