第13話 囁かれる男と囁く女
「で、お前がド田舎から転校してきた田舎クセエいつ……なんだっけぇ?」
「厳島一刀ですよぉ、中馬先輩」
「うるせえ、剣崎! お前には聞いてないんだよ!」
剣崎に向かって怒鳴りつける目つきの悪い先輩、中馬先輩に一刀は自然としかめっ面になり、慌てて顔を笑顔に戻す。
一刀は剣崎のやることに対して苦手意識を持っていた。が、中馬の言動はそれ以上に目に余るものがあった。
『女性には紳士であれ』
座学の先生であるさゆりばあちゃんが一刀に何度も教えてきた言葉。それは今の男女比1:99の世界で生きる都会の人間からすれば化石のような考え方。だが、一刀にとっては沁み付いた大切なルールであり、それを踏みにじるように行動する中馬に苛立ちが募る。
「中馬さん、ここには剣崎さんを迎えに行くついでに、転校生に挨拶をするだけのはずです。あまり騒ぎを起こさないように」
「うるせえ! 東雲! お前はオレの守護女子だろうが!」
「守護女子は奴隷じゃありませんよ」
一刀が漫画でしか見たことのない姫カットと呼ばれる髪型をした涼し気な目元の女子生徒が中馬と剣崎の間に入ってたしなめると中馬はあからさまに不快感を示す。だが、身長165センチ程度の中馬よりも5センチは高い長身から見下ろされた上にじっと見透かすような目線を向けられ思わず中馬は目を逸らしてしまう。
「し、東雲! お前、オレに逆らうつもりか!?」
「逆らうのではなく、注意です。例えあなたが貴重な男性だからと言って何をしてもいいわけではありません」
「守護女子をクビにするぞ!」
「……何回このやりとりをしているかもう覚えていませんが、クビにするのであればご自由に。ですが、わたしは貴方がそのように振舞っている所を目撃すれば生徒会として同じように注意させていただきます」
「う、うぅうう……!」
犬ような唸り声を上げながら頭を掻きむしる中馬に、後ろに控えていた女子達がざわつき、ひそひそと囁き声で相談をし始める。守られていた剣崎も顔を青ざめさせて、環奈たちにSOSの視線を送る。唸り声が段々と不規則に、そして、大きくなっていき、頭を掻いていた手も片手から両手に。せわしくなくぐしゃぐしゃと掻きむしる中馬が一瞬ピタッと止まったと思うと、大声で叫ぶ。
「うるせぇええええ! 忍ぅうううう! お前だけは絶対に許さないからな! 守護女子も辞めさせないし、オレとケッコンさせてくださいって言わせてみせるからなあ、バカがよおう! あ、ああああああ! イライラするぅうう!」
ヒステリックに暴れまわる中馬に、下の名で呼ばれた東雲忍は小さく溜息を吐き、中馬に連れられてやってきた女子達や剣崎はおろおろと慌てていた。そんな様子を少し遠くから見ていた環奈は一刀に耳打ちをする。
「3年の中馬先輩は、女好きというより人を従わせるのが好きな先輩でね。思い通りにいかないと癇癪起こす癖があるの。でも、東雲先輩がおさめてくれるからあんし、ん……一刀くん!?」
環奈が言い終わる前に一刀は中馬の元へ向かっていた。
何を言おうと中馬に近づこうとしていた忍がこちらへ近づいてくる男子に気付き、足を止める。
暴れていた中馬もこちらに近づいてくる忍よりも背の高い男子を見て睨みつける。
だが、その男子、一刀は止まることなく無表情のまま中馬へとまっすぐ歩いていく。
学園で見たことのない男子同士の緊迫した状況に2年9組の女子達は動けず一刀の動向を見守り続ける事しか出来ない。
一刀がどんどん歩みを進めていき近づいてくるほどに、中馬もただ事ではない雰囲気を感じ取ったのか睨みつけていた目がどんどんと力を失っていきあからさまに動揺し始める。
「お、おい! な、なんだよ! なんなんだよ! ひ……!」
177センチの一刀が目の前に迫ると一刀の影に包まれてしまった中馬は忍以上に見上げることになり、恐怖で顔を歪ませる。
忍が割って入るべきかと一刀の顔を見る。一刀がその視線に気づき、ニコリと笑うとその笑顔を中馬に向け、手を差し出す。
「……2年9組に転校してきました、厳島一刀です。田舎育ちなんで失礼があるかもしれませんがナカヨクして下さい。よろしくおねがいします。中馬センパイ」
静かで迫力ある一刀の挨拶。自分が身構えていたことに気付いた中馬は慌てて平静をとりつくろい一刀の手を握る。
「お、おう、3年の中馬だ。よーく覚えておけ、2年んん!」
元々細めな目を更に細くし、見てわかるくらい顔面に力が入っている中馬。顔に入っている力以上が手に込められているのだが一刀は一切表情を変えずふわりと握り続ける。そのうち、腕がぶるぶるし始めると中馬はパッと手を放し、一刀に背を向けて歩き出す。
「に、2年があまり3年に逆らおうとするなよ! この学園でいたいのならな! じゃあな、田舎もん! おい! お前ら特別教室の方に行くぞ!」
甲高い声でそう叫ぶと中馬は剣崎を含めた女子達を連れて去っていく。一人残っていた忍は、一刀の方を見てぺこりと頭を下げる。
「助かりました。それと、すみません。彼はああいう人なので……ご迷惑を」
「あーあー、いいっスよ。それより大変っスね。女子だと難しい事もあると思うのでなんか力になれることがあったら言ってください」
一刀が告げると、忍は目を見開き同じ生徒会である環奈の方に視線を向ける。環奈が困ったような笑顔で頷くと、再び一刀の顔を見る忍。そして、姫カットの黒髪を揺らしながらふわりと笑う。桜のような香りが一刀の鼻をくすぐった。
「はは、ありがとう。私も何か力になれることがあれば言って欲しいな。神原さんと同じ生徒会で書記をしている東雲忍と言う。よろしく、厳島クン」
先ほどまで一切見せていなかった笑顔に戸惑う一刀に手を差し出す忍。
その手に気付き一刀がズボンで手をごしごしさせて忍と握手を交わす。剣崎とは違いひんやりとした手の冷たさとやわらかさに驚く一刀。
(握ったことはないけど、○見大福みたいだ……って、うわ!)
油断していた一刀の手を忍はぎゅっと握り、一刀を引き寄せる。ぶつからないように急いで足に力を入れ踏ん張る一刀の耳元で忍の低くて凛々しい囁き声が聞こえた。
「キミはイイ男だね。もしよければ生徒会にも見学に来てもらえるとうれしい」
踏ん張った際に俯いた一刀の視界に入ったのは顎のすぐそばにある小さな肩と揺れる黒くて艶のある長い髪。桜の匂いはここからするのかと嗅いでしまった自分に気付き一刀は弾けるように離れる。
「あ、え、えーと」
「ぷ……あはは。真っ赤だよ、顔。うんうん、かわいい後輩が学園に来てくれてうれしいよ。じゃあね、厳島クン、神原さん」
2年9組にやってきた時に比べると随分と印象の変わる笑顔で楽し気に去っていく忍。
ぼーっとその背中を見つめていた一刀だったが、自分の赤面を指摘されていたことを思い出し慌てて両手で頬を掴み、熱を下げようとする。だが、左右で熱さの違う手に、右手の方がひんやりとしているはずなのにどんどんと熱くなっていく頬に一刀は下がるようにと祖母から教わったお経を頭の中で唱え始める。
(っていうか、俺が中馬センパイと空気悪くなったのとか東雲先輩にデレデレしてたのみんなに見られて……!)
囁き声が飛び交いざわつく教室の中に一刀が視線を向けると、一気にしーんと静まり返った女子達は一刀を見つめていた。少し青ざめても見える生暖かい笑顔で。
(あぁああああああ! 引かれてるぅううう! や、やらかしたぁああ!)
心の中で今日十何度目かの絶叫。一刀は女子達と同じように一生懸命笑顔を作り慌てて教室の隅、自分の席へと戻っていく。
だが、一刀は感じていた。女子達の自分をじいっと見る刺さるような視線を。
そして、一刀はまた勘違いしていた。女子達のその様子の理由を。
女子達の胸を埋め尽くしていたのは恐怖だった。それも溢れる愛情故の。
癇癪を起した中馬を止めに入った一刀。
それを見て2年9組の女子達は感動に震えた。
たった一人でダンジョンに挑み続け強くなり、勉強も出来る上に、みんなに迷惑を掛けないような方法で困った男子を大人しくさせた一刀のやさしさを持つ、創作物上でしか見たことのない伝説の男と出会えてしまった奇跡。
だが、同時に気付いてしまう。
もし、そんな完璧な男子に嫌われてしまったら。
若い女子高生たちの暴走する妄想は、幸せな学園生活にとどまらず嫌われてしまった場合にまで及びその妄想上の悲劇にぶるぶると震えだし、そして、導き出された結論が『一刀に嫌われないようにすることが最優先事項』というネガティブ思考が生み出してしまった安全優先の逃げ。
とにかく一刀に嫌われないように、一刀の一挙手一投足に気を遣い続ける彼女達が一刀の目には『田舎者で暴れん坊な転校生に引いているクラスメイト』と映ってしまう。
そして、その勘違いを抱えたまま一刀は昼休みを終え、午後の授業を終える。
「い、一刀くん。もしよければ、生徒会とか部活の案内を……」
「あ、ああ……でも、今日は転校初日のせいか、ちょ、ちょっと疲れちゃったから早く帰るよ。それに、今日はおばさんが迎えに来てくれるから。じゃ、じゃあ、みんな、これからよろしく。さ、さよなら」
「「「「「「「「「「さ、さよなら……」」」」」」」」」
飛び出すように教室を出て急いで、ただし、早歩きで迎えの車へと向かう一刀。
外までの見送りさえ忘れてしまうほどに落ち込む守護女子達と教室に残され茫然と一刀の去っていった教室の出入り口を見つめ続ける2年9組の女子達。
(う、わああああああ! 初日から俺はなんかやらかしたぁああああ!)
(((((((((うわああああああ! なんか一刀くんを怒らせたぁあああ!?))))))))))
勘違いを抱えたまま週末を迎えることになる2年9組。
だが、女子達はタフだった。嫌われてしまったのなら想像の中だけでもと、隠し撮りした一刀の写真データをクラスのLIMEで共有しあい、傷口を舐め合って団結力と一刀との幸せな生活の妄想を強くさせ週末を乗り越えようとしていた。
一方それを知らず勘違いしたままの一刀は……。
(クラスの女子達に嫌われてしまったなら、他でアピールしていかんと嫁なんて出来ん……!)
週末、一刀は充填式の魔動ドローンに円柱型にカットされた魔石電池をはめ込み起動させる。そして、ダンジョン内の安全を確認するとドローンに向かって微笑み手を振った。
「ど、どうも~、ワンソードマンです~。今日は、此処……えと、【黒狼の森】からダンジョン動画をお届けしたいと思います~」
ちらちらと手元のカンペを盗み見しながら配信の開始を告げる一刀。そして、この世にも珍しい男性の、しかも、ソロダンジョン配信がさらなる騒ぎを起こし、色んな噂が囁かれてしまう事を初配信の緊張でガチガチの一刀はまだ知らない。
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