第12話 おかずを与えられる男とおかずを与える女達
守護女子全員土下座事件。
守護対象である男子のお弁当に対し余りにもあからさまな下心の詰まったお弁当だと思ってしまった守護女子達がお弁当を食べてしまい、土下座した事件として学園の伝説となる。そんな伝説を作ってしまった男子生徒、厳島一刀は今、窮地に立たされていた。
「一刀くん、誰を選ぶの? 私?」
「いっと、アタシだよね?」
「一刀様、わたくしをどうか……」
初めての体験に目を左右に高速移動させて悩む一刀。その瞳に映るのは箸に挟まったおかず達。それぞれ美味しそうな上に、その向こう側の美少女達が見えて一刀は戸惑い続ける。
(こ、こんな状況、俺はどうしたらいいんや! ばあちゃーん!!!)
「「「はい、あ~ん」」」
何故、こうなってしまったのか。一刀は少し前の己の発言を後悔していた。
「本当にごめんなさい、一刀くん」
「い、いやいやいや! 元はと言えばあやしげな感じで弁当を作ったウチの従姉妹が悪いんだし、ね?」
揃って肩を落とす環奈たちを必死で慰める一刀。そして、LOVEのOだけ残った弁当の中のごはんを睨みつける。
(全く、魔凛ねえちゃんと魔愛ちゃんは……! 変な悪戯をして……! 帰ったらしっかり言っておかないと)
従姉妹の過剰な悪戯だと思っている一刀は想像の中の従姉妹たちをじろりとにらんだ後に、環奈たちの方に向き直る。
その動きにさえもびくりと肩を震わせる環奈たち。
どうやら東京では男子のお弁当を食べることは重罪のようだと一刀は理解し、どうしたものかと唸り始める。
「あ~あ~、神原さんたちってば、男子のお弁当食べちゃうなんてほんとにはしたないな~」
そんな状況が余程面白かったのか、剣崎が藪をつつくように挑発的な言い方で口元に手を当てて笑う。一瞬剣崎の言い方に苛立ちを見せる環奈たちだったが、食べてしまった事は事実、はしたないととらえられても仕方ない事は事実。実際、ほぼ嫉妬のような感情で怒りのままに食べてしまったのだから。
そのことを思い出し、再び深く落ち込む環奈たち。
だが、そんな重苦しい空気も一刀の一言によって霧散する。
「あ。じゃあ、食べた分、みんなの弁当を俺がもら、う、ってのは……」
一刀が言いかけて止まる。落ち込んでいた三人の様子が変わり、背後に強大な守護霊のようなものが見えたような気がした。何か言ってはいけないことを言ってしまったのかと一刀は考え、慌てて両手を振る。
「あ、ご、ごめん。そんなに嫌なら……」
「いえ、問題なんて全くないわ。一刀くん。そ、そうよね、一刀くんがおなかいっぱい食べられないのは私達のせいだもんね……!」
「そ、そうね。だったら、アタシらが一刀の為におかずを差し出すのは当たり前のことだよね」
「成程。至極道理……流石、一刀さまですわ」
環奈の後ろに虎、杏理の後ろには鳳凰、玖須美の背後に龍が見えた気がして、一刀は目を擦る。魔力なのか、圧なのか、とにかく恐ろしい程のプレッシャーが三人から放たれる。
その対象は三人にとってはそれぞれ他の守護女子に対してだが、田舎育ち世間知らず女子高生知らず女心の知らずの一刀はただただ戸惑い続けた。その向こうに見えた剣崎も一刀の発言時には信じられないものを見る目で一瞬一刀を見たが、その後は三人の圧に押され腰を抜かしている。
「一刀くん……私が一生懸命努力を重ねて作った自慢のだし巻き卵を食べてくれるかな?」
「一刀、アタシが家族の為に、あ、愛情たっぷりで作った野菜炒めを食べるよね?」
「一刀さま、九十九里家の歴史が詰まったこの筑前煮をお食べ下さい、さあ!」
箸でつまみ、笑顔のまま迫ってくる女子高生たちに一刀はどうすればいいか分からず後ずさり。
だが、転校初日の男子生徒の席は教室の隅。すぐに壁に追い詰められ、環奈たちが迫ってくる。汗が頬を伝い、ごくりと喉を鳴らし、一刀は脳を高速回転させる。
(ど、どうすればいい!? こんな時! ばあちゃん!)
その瞬間、一刀の脳裏に祖母一葉の顔が浮かんできた。そして、頭の中の一葉は笑顔で応えた。
『ファイトじゃ』
(なんの解決方法にもなってねぇええ! ばあちゃんはこういう適当なところが昔っからあるもんなー!)
そんな事を考えている間にも三人のおかずが迫る。
「「「はい、あ~ん」」」
三方向からの同時攻撃を一刀は何度も経験してきた。それはダンジョンでその時は順番を決めて流れるように攻撃を受け止めていきカウンターをかけていた。
だが、今、彼女達に順番を決める事など一刀には出来ない。もし、順番を決められない時はどうするのか。一刀は全く同じ動きをする人形型モンスターの三体同時攻撃を思い出す。
(あの時は……!)
一刀は頭を後ろに上げ壁にくっつく。だが、それも構わず進撃してくるおかずたち。それが一刀の口の前でくっつきかけた瞬間。
「あああああんん!!!」
一気にすべてにかぶりつく。自分の斬撃範囲まで引き付けて一気に切り裂く。
(あの時のダンジョンでの経験がここに生きてくるんやね、ばあちゃんたち)
『違うよ』とどこからか声が聞こえた気がしたが、一刀は無視して、全部を口の中に入れて、しっかりと噛み味わい飲み込む。
「むぐむぐ……んんん、ぷはー、おいしい! ありがとう!」
精一杯の笑顔でお礼を言う一刀。その心に偽りはない。多少、味が混ざってそれぞれをちゃんと味わって食べたいという気持ちはあったが、それよりも同い年の女子達に「あーん」をしてもらうという物語でしか見たことのないシチュエーションに一刀は感動していた。
だが、そんな一刀の思いを込めたお礼に対し、三人は応えない。
一刀が首を傾げ、様子を見ると、無表情の三人がじっと自分の箸を見つめていた。それに気付いた一刀はぶわっと全身から汗を噴き出させる。
「あ、あ、ご、ごめん。みんなの箸にめっちゃ俺の口がついてしまって……」
「一刀くん……謝らないで」
「うん、そうだよ。一刀、謝る必要なんてない……」
「そう、そのとおりですわ……それよりお味はいかがでしたか?」
「お、おいしかったです……」
「ふふ、なんで敬語? おっかしい」
一刀が敬語の理由。
それは無表情な三人があまりに怖かったことと、その無表情なまま三人が箸を箸箱におさめて、割り箸やフォークをバッグから取り出したりクラスメイトから借りたりして使い始めたから。
(あああぁあああ! 絶対怒ってる! 俺の口が触れた箸なんて使えないってことやろぉおおお!)
これもまた一刀の勘違い。
無表情であるのは必死に欲望まみれの顔を押さえこむ為、一刀の口に触れた箸を収めたのは保存する為。
魔力の大きい女は欲も大きいという俗説があるがそれを証明するように一刀によって狂わされた守護女子達は奇行に走り始めていた。
「さ、一刀くん、もひとつどうぞ」
「え? あ、はい……あーん、むぐ美味しいです」
「……そう。あ、もう一つどうかな?」
恐怖に震えながら一刀がおかずのみを的確に咥え、上手く箸に口が当たらないように食べると、一方で微笑み続けている環奈がうまく口が当たらなかったと次のおかずを準備し始める。
そして、妙に冷静になっている杏理と玖須美もおかずを持って待ち構えている。
そもそも「あーん」で食べさせる必要すらなく、明らかに異常な光景なのだがその迫力と『あーん』の羨ましさに購買から急いで戻ってきた2年9組の女子達は全員固唾をのんで見守っていた。
黙々と食べさせてくる3人に対し、食べてはお礼を繰り返す男子生徒。そして、それをじっと見守る女子達の異常な静けさ。
その静けさを破ったのは、男の声。
「おい! 剣崎! 迎えに来てやったぞ!」
「あ、中馬先輩!? も~待ってましたよ~」
腰を抜かしたまま『あーん』スパイラルを見ていた剣崎がはっとして慌てて立ち上がり、猫撫で声で近づいていったのは、細くて小柄なそれでいて目つきの悪い眼鏡の男子。
剣崎が合愛想を振りまきながらやってくると片頬を吊り上げ笑う。後ろにはずらりと女子達が並んでいてじっと教室の中を見つめていた。目つきの悪い男子はマッシュルームヘアーに近い黒髪を掻き上げながら笑う。
「下品な声出すな、剣崎。うるせえ。それより、お前のクラスに入ってきた男子ってのはアイツかあ?」
中馬先輩と呼ばれた男子生徒の鋭い目と一刀の目が合う。蛇のような目だ、と一刀は思った。そして、一方の中馬は一刀を見るとくわと目を見開き叫んだ。
「なんでハムスターみてえにほっぺたパンパンにしてんだよ!」
三人の女子達に『あーん』をされ続けた一刀の口の中は、おかずと恐怖と美味しさでパンパンだった。
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