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第10話 学ぶ男と学ぶ女達

「す、すげえ……!」


 一刀は目の前の光景に思わずため息を漏らす。そこには無言のままモンスターの命を刈り取り続ける修羅たちがいた。


 一刀の『パフォーマンス』が終わると、平家の指示で各チームが順番に出てモンスターを倒していく。

 現状、環奈たちのチームを含め8チームが2年9組で作られており、モンスターが現れれば指示のあったチームが前に出て戦闘。それを繰り返していた。


 無言で。


 ただ黙々と真剣にモンスターを倒すことに集中し続ける女子たち。


 普段はこうはならず、年頃の女子たちが集まれば当然きゃあきゃあと大騒ぎでダンジョン研修が行われる。

 そこに辟易していた平家がまた一計。

 女子たちがモンスターと戦う順番決めを始め、もう今日の戦闘訓練はしなくていいと言われた環奈たちと一刀がそれを眺めていた時の事。


『時に厳島。……お前、嫁探しに来たそうだが強い女は好きか?』


 じゃんけんをしながらも女子達の聴覚は平家と一刀の会話に注がれた。


『そ、そうですね……ばあちゃんからは、村を守るためにも強い子を連れて帰れと……』


 その瞬間、女子たちの魔力が溢れ出し、


『もうばあちゃんたち五月蠅くて、強い子産めるような娘連れて帰るんだよお、と』


 その瞬間、女子たちの口から涎が溢れ出し、


『って、あ……す、すみません! なんか、いや、あの、いやらしい意味で言ったわけではなく!』


 一刀がデリカシーのない発言をしたと慌てて女子達を見ると女子たちは全員だらしない顔を隠す為に一刀から顔をそらし、一刀の勘違いが加速する。


(ああー! また俺はあぁあああ! 紳士であれとさゆりばあちゃんによう言われとったのに! またみんなに嫌われたぁああああ!)


 落ち込む一刀は平家に言った言葉をすぐに意識の外に追いやってしまったが、その言葉を取り囲みかぶりついたのが2年9組の女子達である。


厳島一刀は強い女が好き


 それを胸に刻みつけた女子たちが動き出し、黙々とモンスター狩りが開始される。たまに聞こえる会話は戦闘中の指示や戦闘後の反省、戦闘前の確認と真剣そのもの。いつになく効率的な研修が出来たとにやりと笑う平家。自分のセクハラ発言後みんな静かになってしまったと落ち込む一刀。


 一刀の転校初日最初の授業、1・2限ダンジョン研修はこうして幕を閉じた。


 だが、研修終りでダンジョンを後にする一刀さえも平家は利用する。


『時に厳島』


『は、はい?』


『賢い女はいいよなあ』


『そ、そうですね』


『賢い女なら厳島との間に出来た子にしっかりとした教育をしてくれそうだもんなあ』


『ちょ、ちょっと、先生!』




 3限目の魔法学2Bの授業でやってきた藤崎は震えた。


 本来、前の時間でダンジョン研修があった場合は、魔力を放出し身体を動かした女子達のほとんどが船を漕ぎ始め安眠タイムと化す。


 教える側としてもダンジョン研修の後は仕方がないと割り切り、かなり教えるペースを落としており、藤崎もそのつもりだった。


 だが、その日2年9組の女子達は全員、完璧に準備を整え、じっと藤崎がやってくるのを、獲物を狙う肉食獣のように待ち構えていた。普段、授業を聞いているそぶりも見せず、完全に机に突っ伏して眠る赤城杏理さえもとても良い姿勢のまま教室に入った藤崎を見て眼をギラつかせていた。


 狩られる側の草食動物のように震えながら授業を開始した藤崎だったが、元々ペースを落とすつもりだった為、予想だにしていない展開に戸惑うばかり。

 その上、いつもであれば苦笑いを浮かべながらも自分だけでもと姿勢よく真面目に聞いてくれる環奈がいつも以上に姿勢よくいつも以上にクソ真面目に授業を受け、積極的に質問をしてくるものだから、油断していた藤崎の身体中から汗が噴き出る。


(一体みんなの身に何があったの!? 貴方がまた何かやっちゃったの!? 厳島くーん!)


 汗と涙をじんわり浮かばせた藤崎が問題なき問題児、厳島一刀に目を向ける。

 当の一刀は一刀で汗と涙をじんわり浮かばせながら授業を受けていた。


(うわぁあああああ! た、タブレットとかいうんの使い方が分からん! だ、大体、俺、スマホも上京ん時にもらってまだ使いこなせてないのに!)


 一刀は祖母たちから自分たちの暮らしているところは田舎だと教わってきたし、実際田舎ではあった。だが、2030年の日本ではインターネットは必須となっており、一刀の祖母たちも使いこなしていた。

 その上で一刀の武術の師匠であるしずるの『インターネットは毒にもなりうる』という強い意見もあり、一刀にはインターネットも繋がらない田舎だと教え込んできた。

 そして、勉強は、座学の先生であるさゆりに見てもらっていたが、使うのは教科書とノートと鉛筆。

 まずタブレットの使い方授業を受けなければならない一刀だったが、そこは男の子。タブレットも使わなくても分かる! という素振りを見せ必死に、藤崎が映すホワイドボードの内容を頭に叩き込み、問題を頭の中で計算する。


「では、この問題を~」


「はい! 先生!」


「え? い、厳島くん?」


「その魔術式を用いた場合、導き出される魔力数値は42から50だと思います」


「せ、正解です」



(よ、よかった~。さゆりばあちゃんが前に教えてくれてたところだったから、なんとか答えられた~。これでちょっとはみんなに認められたらいいけど)


 そう願いながらちらっと周りの女子達を眺めるとほぼ全員が顔を伏せ震えていて、一刀はぎょっと驚く。


(え? あ! もしかして簡単な問題やった!? 『ぷぷ、あの男、あんな簡単な問題で得意げな顔して、ださー』とか思ってるんか!? や、やらかしたぁあああ!)



 一刀の勘違いは更に加速。


 そう、勘違い。


 女子たちはただ単に、興奮していた。


(マジ!? 一刀くんあの問題あのスピードで分かるの? 男子なのに!?)


(男子って奉仕活動さえすれば、あとは何もしなくても進級できるのに!)


(ていうか、タブレット見ずに暗算でアレが計算できたの凄すぎないか!?)



 田舎で祖母たちに徹底的に鍛えられ、一生懸命努力をしてきた一刀。その『努力してきた男』に驚く女子達。


 一般的に男は『定められた義務』さえ果たせば何もしなくても生活に困ることはない。だから努力をしようという男はごく僅か。そんな情報さえ知ることもなく努力を続けてきた一刀には今の状況も分からない。


 2年9組の変わりように戸惑う藤崎、努力する男に戸惑う女子達、わけがわからず戸惑う一刀。


 大混乱のまま、授業だけは充実した3限魔法学2Bが終わる。

 4限目の国語教師月山は普段と違う2年9組であると藤崎に伝えられていたこともあり集中力の高まり切った女子生徒達や一刀にも冷静に対応し、無難に授業を終えた。


「あ、厳島く~ん。わたしねえ、2年4組の担任なんだけど、よければウチのクラスの二宮君とも仲良くしてあげてね~。学年でたった3人の男子だし~」


 そう告げて去っていく月山に曖昧に頷き、一刀ははっと気づく。


(そうか! 女子が多いとはいえ、男子も少しはいるもんな! ラ、ライバル!? いや、仲良くした方がいいのか……)


 思い悩む一刀に声を掛けたのは環奈。


「どうしたの? 厳島くん、難しい顔して……」


「あ、いや……えーと、ほ、他の男子ってどんな男子なのかなと……」


「ああー……じゃあ、お昼休みご飯食べ終わったら見に行く?」


「え!? いいの! ありがとう! って、い、一緒にごはん!?」


「うん、食堂でもお弁当でも付き合えるように守護女子たちは準備してるから……だ、ダメかな?」


「駄目なわけがない! あ、ありがとう!」



(お、女の子と一緒にお昼を食べるとか最高過ぎる~! ばあちゃん、俺がんばるよ!)


 心の中で祖母たちに誓いを立てる一刀。それ以上に心中騒がしい環奈たちと一緒にお昼休みを過ごす。そして、その後一刀は都会の『男という存在』を初めて知ることになる。

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