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彼も結構好きを隠してた

「しかしだ、今日は帰らないとな」

「え……」

「気持ちは通じ合ったが、こういう事は勢いでするものじゃないだろ?」


 彼は私に、同時に彼自身に言い聞かせるようにした。

 私は思わずそんな殺生な~って眉尻を下げちゃったわ。

 彼は私を宥めるように頭を撫でてくる。大きな手に髪を梳かれてうっとりした。

 ――ってダメダメほだされちゃったじゃない。そうじゃないのに、勢いでって言うのは否定しないけど、このチャンスを逃したくない。

 好きな人に愛されたい。


「誤解しないで下さい、聖騎士様……」

「聖騎士様、じゃない」

「へ?」


 正面から少し不服げに覗き込まれた。


「いつも聖騎士様聖騎士様と言うが、実は君は俺の名前を知らないだろう」


 キョトンとしてしまった。そしてぷふふって噴いた。


「ユリウス様」


 呼んだのに彼はまだ不合格そうにしている。ちょっと考えてもしかして、と思い付く。だけどいいのかな。


「……ユリウス? ふぇ? ――んんっ!」


 大正解だった。

 笑んだ彼から熱烈にキスされた。


「ふぁっ、不意打ちなんて酷いです。ファーストキスだったのに」


 まんまと奪われた。


「えっファースト!?」

「そうですよ! 呪いに負けず死守してきたんですよこれでも! だからもっと雰囲気大事にして、それでしたかったのに……」

「う、そのごめん、つい嬉しくて。……でもファーストキス」


 睨んだら彼は叱られたわんこみたいにしゅんとした。そのくせ尻尾だけは何故かブンブン振っているみたいだけど、何か嬉しいの?


「ライラック、赦してほしい。一方的にして悪かった」


 しょんぼりする彼はまさに潤んだ目で見つめてくる子犬だった。

 え、やだ、可愛い~っ。


「ま、まあ済んだ事ですしもういいですけど」

「本当に? 怒ってない?」

「はい」

「良かった」


 ぎゅっと抱き締められて彼の温もりと入浴後の清潔な匂いに包まれて思考が蕩けそう。


「ユリウス、私は帰らないとダメですか? 呪いの不安もありますし、私としては……もらってほしいです。衝動的とか勢いとか、そんなのは関係なく私はあなたがほしいんです」

「……ホント君はいつも煽ってくれるよな」

「いつも……とは?」

「いや」


 暖炉もあるし互いに風呂上がりでホカホカしているせいで余計に体温を感じてしまって、落ち着くなんて到底できない。


「ライラック、後悔は――」

「――しませんっ! するわけないじゃないですかっ!」


 食い気味に言い張って挑むように見つめた。彼は視線をちゃんと受け止めてくれていて、私達は見つめ合って見つめ合って見つめ合って、どちらからともなくまた唇を重ね合わせた。


 あ、この感じ……幸せ。


 心臓が早鐘を打っていて、密着するどちらのものかわからない。

 唇から始まった熱が頭を鈍くさせて、気付けば椅子に押し倒されていた。見上げる先にはユリウスの赤みのある艶っぽい顔がある。


「ライラックもドキドキしてるんだな。俺もだよ」


 心臓の上に手を置いて私の鼓動を感じている彼は嬉しそうにはにかんだ。その手が胸に移動して私はびっくりして声を上げる。覚悟を決めたとは言え恥ずかしいっ。


「ライラック、隠さないで。俺をこんなにした責任を取って?」


 まるでこっちの反応を試すつもりだったようにさらりとその手を離して覆い被さってきた彼は耳元で懇願してくる。

 私はウェルカムだけど、きっと衝動を我慢しているんだろう彼へと私はハッとした。


 そうだったわ! 最終確認しなくちゃいけないある大事な一点があったじゃない!


 私はそこに思い至って急いで口を開いた。


「あのっ、ユリウス待って下さい!」

「……嫌だった?」

「違いますッて! 違いますけどっ私と契ってしまっては聖なる力が失くなってしまいますよね!? それはまずいんですよね!?」


 彼はポカンとしたようにこっちを見つめた。彼はわんこっぽいなと思ったけど、こうして目を丸くしている様は猫みたい。


「ふっ、ははっ、何だ、そんな事」

「そんな事!? いやいやいやそんな事、で片付けられるものですか!? 違いますよね!」


 彼は何がそれ程可笑しいのかくすくすくすと一頻り肩を震わせた。


「力が無いなら無いで別に構わない。君を好きだと気付いてからは、いつか突然失うならそれでも構わないと、それまでは全力で聖騎士団に尽くそうとそう思って今日までやってきたから」

「えっ聖騎士の誇りとかは……」

「普通騎士でも誇れるよ。普通騎士でも魔物討伐にだって行くし、大して今と変わらないさ。仮に騎士団を放逐されても実家に戻って家を継ぐだけの話だし。無職にはならないから安心してくれ、ライラック」


 あっけらかんとして宣っていたかと思えば不意打ちにも甘い声で呼んでくる。も~っドキドキよ。


「だから俺の方は問題ない。一応最後に聞くが、本当にいいんだな?」


 口ではそう言いつつもまだ控えめな思慮深い彼の目が愛しい。

 私は答えを言う代わりに彼の背に腕を回した。


 私はその夜、狂おしい程の愛撫に身を任せ溺れた。

 耳元で好きだよライラック、と何度も熱く言われて、私も熱く蕩ける唇で愛を囁いた。どんなに想われているのかを身を以て実感した。


 ……ふぅ、予想はしていたけど、聖騎士ってやっぱり体力ある、うん。






 翌朝こっそり何食わぬ顔で伯爵家に戻った私は、聖騎士ユリウスが王宮池に落ちた私を助けてくれたんだと大感激しながら両親に話して聞かせた。

 幸運にも、両親は王宮舞踏会でべろんべろんに酔っ払っていたのと二日酔いだったおかげで、私の偽装工作は全く怪しまれず上手く行った。


 そうして、私のその根回しのおかげで彼を是非我が家の食事に招待しようって両親が張り切ってくれて、彼が伯爵家を訪れる正当な理由ができた。


 これと言った接点もない、聖騎士とは言え未婚の男が未婚の令嬢を訪れるのは一般的には控えるべきとされているから、ゴシップになるのを避ける意味で彼は会わないでいた間、うちに来る事もできなかったのよね。


 沢山心配させて申し訳なかったかな。


 もうさせないけどっ。


 それから、魅了される呪いは徐々に発動しなくなっていったの。具体的に言うと、うん、まあ、その~ごにょごにょ、ユリウスと体を重ねるごとにその影響が薄れていった。きゃっ!


 いつしか例の三大危険物はもう危険じゃなくなるはずね。そうなれば一安心よ。うふふふっどうかヒロインちゃんと宜しくやったって!


 その代わり、特定の一人に三人分を濃縮したのって感じでユリウスには掻き乱されているけどね。


 彼は甘い甘い甘~いってもう満腹ですってなるまで私を甘やかしてきて相手をするのがもう大変。それが婚約期間中ずっと続いた。幸せの代償か、首元とか背中に露出のあるドレスが着れない時もあったから正直ちょっと困りもしたわ。


 そんな私は二十歳になる日、彼ユリウス・エバーグリーンと結婚した。


 本日がまさにその結婚式。


 前方で佇んで私を待っているのは、とてもよく似合う白い華やかなタキシードを身に纏ったユリウス。

 彼から手を差し出される。同伴の父伯爵から手を離し途中でその手を取って二人で明るい赤絨毯のバージンロードを歩き出す。


「愛してる、奥さん」

「私も愛していますよ、旦那様」


 頬にキスを受けた。通り過ぎた参列者達があらあら気の早い夫婦、大変だわねえと呆れた。

 うん、まあ、早いって言うかもうやっちゃうとこまでやっちゃってますけどね。

 でも、大変か。確かにそうかも。婚約中よりももっと溺愛がヤバそうだから、今からしかと覚悟しておくわ。






 結婚後もユリウス・エバーグリーンは淡々と通常任務をこなしている。


 聖騎士として魔物討伐にその聖なる力を惜しげなく発揮しているのだ。


 そう、聖騎士として。


 実はライラックとの一夜後にスッパリ聖騎士を辞めて普通騎士になろうと思っていた彼だが、力が使えた。


 しれっと童貞喪失を告げ、辞表と言うか異勤願いを手に聖騎士団の詰所に来ていたユリウスへと、同僚達からは童貞か否かはどうでもいい、力が使えるなら残ってくれと土下座されたので、仕方なく保留にしたのだ。


 一応は、清い身ではなくなった以上いつ力が消えるかわからない、として。


 ただ、聖騎士がその聖なる力のために童貞必須というのは、完全には成立しない方程式なのだと彼は身を以て証明した。


 ユリウスのような例外もあるのだと。


 しかし、その点は聖騎士団の風紀や士気にも関わるので公には伏せられている。


 それもあり、先日の結婚式も限られた者だけしか招待しなかった。

 ライラックはそれで構わないと受け入れてくれたが、ユリウス的には大々的に彼女は自分の妻だと公言してやりたかったので、思い切り不服だった。

 社交界で彼女に近付こうとする男共がいるのもそのせいだ。


「……特にあの三バカがっ」


 只今魔物と絶賛戦闘中のユリウスは怒りに任せて斬り伏せた。魔物は見事真っ二つになり絶命。仲間から歓声が上がる。


 三バカ。身分的にも厄介かつライラックがずっと避け続けてきた元凶たる三人の男達は、あの池での一件以来どうしてか毛嫌いしていたはずの彼女を気にしているのだ。


 果敢に彼女に話しかけようとするので、いつも公然では夫ではなく同伴者扱いのユリウスは腸が煮えくり返る心地であの手この手で回避していた。


 幸いなのはライラック本人の方もあの三人を嫌がっている事か。

 夫婦力を合わせてやり過ごせる満足感が、ユリウスに三人の暗殺を止まらせていたりもする。


「早いとこ、広めてもいい許可なり特例なりを示してほしいものだよ」


 また一匹魔物が彼の聖なる剣の下に倒された。

 ユリウスが結婚していると世間に知らせるために、今聖騎士団では話し合いが行われている。だが結論はいつになるのやらだ。

 仲間達へは文句しかなかった。だから魔物討伐時は敢えてバレないように手を抜いてコキ使ってやっている。しばらくはそのスタンスで行くつもりだ。

 体力は極力使わず温存しておきたかったのもある。

 家に帰れば可愛い可愛い愛妻が待っているのだ。彼女とのめくるめく時間のためにという不純な動機だが、無論誰も知る由はない。


「当分は実家を継がなくてもよさそうなのは良かった。俺の立場上、ライラックとの関係はまだ公にはできないが、彼女が怒るでも悲しむでもなく、逆に楽しそうなのは驚いたな」


 ――ふふっ、秘密は私達をより親密にしてくれますね!


 そう前向きに微笑んでいた。

 全くどうして最高過ぎる嫁だとユリウスはしかと幸せを噛み締める。

 あの時は「俺の妻は何て尊く可愛いんだっ」とナイフを取り落とし、食事の途中だったのに押し倒したものだった。

 最後の魔物が彼の剣の餌食となった。

 討伐完了だ、とその場は勝利に沸き立った。

 無論ユリウスも。別件で。

 さあ、おうちに帰ろう!






 ユリウス・エバーグリーンは奇跡の(童貞喪失でも力の使える)聖騎士として多くの邪悪な魔物を討伐し人々を救い、定年まで現役を貫いたと言う。

 ユリウスの事例を公表しても、聖騎士団は聖騎士の条件を訂正しようとはせず、相変わらず童貞オンリーと定められた。

 その当時、ユリウス以外は力を失ったからと言われている。

 そして、当のユリウスは他の男が夫人に近付くのを極端に嫌った狭量な愛妻家としても知られた。

 夫の偏執偏愛を当の夫人ライラックは全く知らなかったとも言われている。

 何であれ、たま~に喧嘩もしたが総じて家庭は円満で子沢山、社交界一のおしどり夫婦だったそうだ。







◇◇◇ 余談 ◇◇◇


 時は戻ってある所、とある夜の王宮舞踏会でヒロインが頭を抱えて悲嘆に叫んだ。


「――っかーーーー! 何っで転生先が女なんだよ!!」


 彼女は前世男だった。

 乙女ゲームなどは一度だってプレイした事のない人間でもあったので、この世界のストーリーやキャラクターは全く知らない。

 世間一般的には前世の彼は成功者でルックスにも恵まれモデル顔負けだったので端的に言ってとてもモテた。生涯誰とも結婚はしなかったが大の女好き、欲しい女が見つかれば裕福が故に金に糸目を付けない類いの男だった。


 だからこそ、自身が転生して女だと気付いた瞬間、激しく絶望した。落ちた事のない人生のドン底とすら思った。

 しかし前世、伊達に事業で成功した人間ではない。不利な状況下にあろうと決してただでは起きない。


「こうなりゃここで百合ハーレム作ってやらあっ!」


 周囲は突如乱暴な言葉遣いで話し始めた見た目は可憐な令嬢に、暫し戸惑いの目を向けていた。


 この世界のヒロインは、ヒロインたりえなかった。






 そう言えば、私はヒロインと仲良くなって大の親友にもなったの。

 どうしてか夫ユリウスは私がヒロインと二人で出掛けたりするのを猛烈に嫌がったっけ。

 当然あのメインキャラ三人ともね。

 だけど、私が彼ら三バカと出掛けるなんて有り得ないわ。ほーんと心配性なんだから。

 彼らはゲームのようにヒロインとは仲が良かったけど、何だか三バカから四バカになったみたいに時々見える事があったっけ。つまりは男四人で遊んでいるみたいだったのよね。到底恋仲には見えなかった。

 ユリウスがヒロインを敵視する理由はよくわからなかったけど、まあ一つ言えるのは、ユリウスと結婚したり、まさかまさかでヒロインと親友になったりと、縁って本当に不思議って事かしら。



◇◇◇おしまい◇◇◇

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