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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「万金丹」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/08/01


落語声劇「万金丹(まんきんたん)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約40分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


初五郎(はつごろう):梅吉(うめきち)の兄弟分で、同じく江戸で食い詰(つ)めてしまい、二人で旅を

    続けている。同じく二日も何も食べてない。


梅吉(うめきち):初五郎(はつごろう)と江戸で食い詰(つ)めたため、二人で上方(かみがた)の友人を頼って旅を

   続けていたが、ここ二日は何も食べてない。


和尚(おしょう):二人が空腹の末にたどり着いた山寺(やまでら)の住職。

   二人に寺に残って坊主(ぼうず)として暮らすよう勧める。


檀家(だんか):山寺(やまでら)の檀家(だんか)さん。

   父親の万屋金兵衛(よろずやきんべえ)の訃報(ふほう)をもって寺へ訪ねてくる。


●配役

初五郎:

梅吉:

和尚・檀家・枕・語り:


※語りは作中1つのみです。


枕:行(い)き大名(だいみょう)の帰り乞食(こじき)て言葉がございます。

  旅の初めは懐が温かい、しかし途中で路銀(ろぎん)を使い果たし、

  乞食(こじき)同然の状態で帰り着くという事を端的(たんてき)に表した言葉です。

  昔は東海道(とうかいどう)、中山道(なかせんどう)、甲州街道(こうしゅうかいどう)、奥州街道(おうしゅうかいどう)、日光街道(にっこうかいどう)を総称(そうしょう)した、

  五街道(ごかいどう)は幕府の力もあって整備されていましたが、その他の道は

  山あり川あり谷あり崖(がけ)あり、盗賊猛獣の出没など、常に死と隣り合わ

  せで命がけでした。

  そんな状態ですから、宿を取ったり食料を手に入れる事は困難を極め

  たものです。


初五郎:おぅいどうした、早く来いってんだ、遅れるんじゃねえよ。

    さっきから見てるってぇとだらしのねえ歩き方してやがらあ。

    江戸っ子の名折(なお)れじゃねえか。

    足引きずってよ…どうせ歩くならもっときりきり歩けってんだ。


梅吉:無理言うなよ…。

   一昨日(おととい)から何にも食ってねえんだ。

   腹ぁ減るし目は回るし…川見りゃあ水がぶがぶがぶがぶ飲んでるけ

   ど、水ってやつは腹にたまらねえなぁ…。

   腹ん中がさ、がぼがぼがぼがぼ波立(なみだ)ってんだよう。

   オマケに今日は北風(きたかぜ)で向かいっ風(かぜ)だ。

   俺の腹の中で時化(しけ)が起きてらぁ。


初五郎:何言ってやがんだ、腹の中に時化(しけ)があるかよ。

    しっかり歩けよ、武士は食わねど高楊枝(たかようじ)って言うじゃねえか。

    俺たちゃ江戸っ子だ。腹が減ってたって、減ってねえって顔して

    歩くんだよ。


梅吉:無理だぁ。

   腹が満たされてたって、腹が減ってるって顔して歩く性分(しょうぶん)だからな

   。


初五郎:んな事言ってる場合かよ。

    こんな山ん中でぐずぐずしてると、野宿(のじゅく)しなくちゃならねえんだ

    ぞ。


梅吉:…兄弟に聞くけどよ、野宿(のじゅく)ってな、何だ?


初五郎:野(の)に寝るから野宿(のじゅく)ってんだよ。


梅吉:はぁ、野(の)に寝るから野宿(のじゅく)ね…すると何だな、カラスなんてのは木に

   寝るから枝宿(えだじゅく)だな。

   魚は川で寝るから水宿(みずじゅく)だ。

   俺は枝宿(えだじゅく)だの水宿(みずじゅく)だのは嫌だな。

   どうせ宿(じゅく)するんだったらよ、屋根宿(やねじゅく)で、畳宿(たたみじゅく)で、布団宿(ふとんじゅく)で、

   できりゃあ女宿(おんなじゅく)してえ。


初五郎:何を言ってやがんでぇ、ったく。

    うだうだ言わねえで早くこの山を下(お)りちまおうじゃねえか。

    こんなところでぐずぐずぐずぐずしてっとな、そのうちにお前(め)ぇ

    、うわばみでも出てきたらえれぇ事になるぞ。


梅吉:…兄弟に聞くけどよ、うわばみってなんだ?


初五郎:おめぇは何(なん)にも知らねえ男だな。

    それに腹が減ってるわりにはいろんな事聞くな。

    うわばみってのはな、蛇の大きい奴をうわばみってんだよ。


梅吉:蛇の大きいのかぁ…。

   蛇の大きいのだったら大蛇(だいじゃ)とかなんとか言いそうなもんじゃねえか

   ?

   何だってうわばみって言うんだい?


初五郎:くどい野郎だなおい。

    じゃお前(め)ぇに聞くけどよ、もしも俺たちの目の前に蛇の大きい奴

    が出てきたら、どうする?


梅吉:…驚くな。


初五郎:驚く時ゃ、黙って驚くか?


梅吉:…声を出すな。


初五郎:さらに聞くけどよ、なんて声出す?


梅吉:…うわッ! って言うな。


初五郎:そうだろ。

    うわっ、て言ってる間に、ばみられるんだよ。


梅吉:いや、何だいその、ばみられる、って言うのは。


初五郎:これはな、蛇の方の合言葉(あいことば)でもってよ、人間を食う事をばみる、

    って言うんだ。


梅吉:ほんとかよ…それ…。


初五郎:いいから、んな事はどうでもいいんだよ。

    早(はえ)ぇとここの山を下(お)りちまおうじゃねえか。


梅吉:ま、待ってくれよ兄弟…!


    【二拍】


初五郎:ふぅ、ありがてぇありがてぇ。

    山さえ下(お)りてここまで来りゃあひと安心だ……ん?


    …おい、ちょいと向こうを見ろよ。


梅吉:……え?


初五郎:俺の指の先を見なよ。


梅吉:…爪が生(は)えてんな。


初五郎:いや、爪の先だよ!


梅吉:…垢(あか)がたまってんな。


初五郎:そうじゃねえよ! 向こうの方を見ろってんだよ!

    森がぼーっと見えて、白い塀(へい)がちらちら見えるだろ。


梅吉:…どこだい。


初五郎:…お前(め)ぇなにか、腹が減りすぎて目まで霞(かす)んできたのか?

    向こうの方に見えるじゃねえか、

    森がぼーっと見えて白い塀(へい)がちらちらってよ。


梅吉:…森も白い塀(へい)も見えるんだよ。

   ぼーってのと、ちらちらってのが見えねえんだよ。


初五郎:しまいにゃ張(は)り倒(たお)すぞこの野郎。

    言葉の華(はな)じゃねえか。

    この辺であれだけの大きな家ってのは、きっと庄屋(しょうや)か名主(なぬし)の家に

    ちげえねえ。

    田舎(いなか)の人ってのは親切だ。

    頼み込みゃ、握(にぎ)り飯(めし)の一つや二つは恵(めぐ)んでくれるかもしれねえ。

    行ってみようじゃねえか。


梅吉:あぁ早く行こうや。

   俺ぁもう腹が減りすぎちまって、そろそろへそが背中突き破って

   出てくるんじゃねえかと思うくらいだよ。

            

初五郎:わかったわかった、急いで行こう。


    【二拍】


    近くまで来て見てみりゃあ、こらぁ大きな寺だな。


梅吉:…兄弟の前だけど、寺には坊(ぼう)さんがいるだろうな。


初五郎:あたりめぇだよ。

    寺には坊主(ぼうず)だろ。

    神主(かんぬし)がいたって役に立たねえんだよ。


梅吉:腹ぁ減ってるから、坊(ぼう)さん食っちまおうか。


初五郎:よせよおい、坊(ぼう)さんが食えるわけねえじゃねえか。

    それに聞いた事があるんだ。

    出家(しゅっけ)ってのはな、人を助けるというのもその道だという教えを

    受けてるって言うんだ。

    行(い)き暮(く)れて難儀(なんぎ)をしております。一夜(いちや)の宿をお貸し願いたい、

    って頼んでどうぞお上がりくださいって言われりゃおめぇ、

    飯(めし)の一杯や二杯は恵(めぐ)んでくれるだろうよ。

    だからよ、ちょっと頼み込んでみようじゃねえか。


梅吉:じゃあすまねえけど兄弟、任していいかい?

   俺ぁもう腹が減りすぎて大声が出ねえ。


初五郎:わかったわかった、俺がやるからお前(め)ぇ、ちょいとそこどいてろ

    。

    えぇごめんくだい!

    お頼みもうしやす!!

    えぇごめんくだせぇやし!!


和尚:あ~これはこれは。

   いずれから参られたかな?


初五郎:こらぁどうも。

    実はあっしたち二人は旅の者でございますが、行(い)き暮(く)れて難儀(なんぎ)を

    いたしておりやす。

    一夜(いちや)の宿をお願(ねげ)ぇしてぇと思ったんでございますが。


和尚:おぉそれはお困りじゃろう。

   しかしな、見られる通りの貧乏寺(びんぼうでら)。

   夜具(やぐ)とてろくにないが、それで良かったらこちらへお上がりなさい

   。


初五郎:あぁさようでごぜぇますか!

    こらどうも、ありがとうごぜぇやす!

    おい、和尚(おしょう)さんが遠慮なく上がれって言ってくれたぞ。

    ご厄介(やっかい)になろうじゃねえか。

    じゃ、ちょいとごめんくださいやし!


和尚:山道(やまみち)はまだだいぶ冷えるでの、囲炉裏(いろり)に火が燃えておるから、

   そばに来て体を温めると良いぞ。


初五郎:こらぁありがてぇ、そらもう体の芯(しん)から冷えてたもんで…。

    それじゃ失礼しやして…。


    はぁぁいやぁありがてぇ、助かった助かった。


梅吉:【声を落として】

   おぃ、兄弟…兄弟…。


初五郎:なんだよ。


梅吉:腹減ってるから、何か食わしてくれって催促(さいそく)してみろよ。


初五郎:あのな…いま上がったばかりじゃねえか。

    催促(さいそく)しにくいだろうが。


梅吉:じゃあ催促(さいそく)の独(ひと)り言(ごと)ここで言うから、兄弟は相槌(あいづち)うってくれ。


初五郎:よしわかった。

    じゃ相槌(あいづち)うってやるから、その催促(さいそく)の独(ひと)り言(ごと)ってのを言ってみろ

    。


梅吉:おう。


   【以下、二人ともわざと聞こえよがしに】

   おい、兄弟。


初五郎:どうしたぁ?


梅吉:今日はなんだな、昼メシをちょいと早く食いすぎたな。


初五郎:そんなに早かったかぁ?


梅吉:あぁ、早かった。

   今日の昼メシは一昨日の朝食ったんだからよ。


初五郎:【声を抑えて】

    ば、馬鹿ッ、そう言っちゃまずいだろ!


和尚:ははは…両人(りょうにん)ともだいぶ空腹のようじゃの。


初五郎:あ、あはは…こらどうも、恐れ入ります。

    いえね、もう空腹なんてもんじゃねぇんです。

    くうーってっと、ふくーってどっか行っちゃうくらいでして。

    この野郎なんざ、さっきからへそが背中に出て来ちまうんじゃな

    いかと心配するくらい、腹の中がすっからかんなもんで。


和尚:何もないがな、最前(さいぜん)よりその囲炉裏(いろり)の上で雑炊(ぞうすい)がぐつぐつ煮(に)えてお

   る。それで良かったら、遠慮せずにたんとおあがり。


初五郎:! さようでございやすか!

    いや、こらどうもありがとうごぜえます!

    おい兄弟、和尚(おしょう)さんがな、雑炊(ぞうすい)を食えって言ってくれたぞ。

    遠慮なしにゴチになろうじゃねえか。

    それじゃ和尚(おしょう)さん、いただきやす!


梅吉:はぁぁ、二日ぶりのメシ…メシだぁ…!


初五郎:おいッ、ガツガツすんなってんだよ!

    いま俺がよそってやるから。

    ふたを取って……、

    !どうだい、ふわーーって湯気(ゆげ)が上がってよ、

    うまそうじゃねえか!

    いい色してるぜ!


梅吉:あああ、早く、早く…!


初五郎:だぁからガツガツすんなって!

    じゃ、このお椀(わん)をお借りして…、いやぁありがてぇありがてぇ。

    たんとよそって…、

    ほれ、熱いからな、気を付けろよ。


    いやぁよだれがとまらねえ。

    じゃ、ゴチになりますんで。

    ふーっ、ふーっ、

    ふーっ、ふーっ、

    ずずずーーっ。


    …っ!?

    うっ、ぶーーーッ!! うぇっ!


    ちょ、ちょいと和尚(おしょう)さんにうかがいやすが。


和尚:なんじゃな?


初五郎:この雑炊(ぞうすい)を口の中にいれると妙にじゃりつくんですが、

    いったい何の雑炊(ぞうすい)で?


和尚:ああ、それはな、人間の体に精(せい)をつける赤土(あかつち)の雑炊(ぞうすい)だ。


初五郎:あ、赤土(あかつち)!?

    どうも味噌(みそ)にしちゃ妙な色をしてると思ったよ。

    体に精(せい)をつける為ったって、こっちは万年青(おもと)じゃねえんだから、

    赤土(あかつち)で精(せい)をつけられたんじゃたまらねえや。


梅吉:っ…な、なんだこりゃ…。

   和尚(おしょう)さん、藁(わら)のようなものが出てきましたが。


和尚:ようなもの、ではない。

   藁(わら)だ。


初五郎:藁(わら)ァ!?

    おいおい、藁(わら)と赤土(あかつち)食ったら肚(はら)ん中で荒壁(あらかべ)ができるよ!


梅吉:ひでぇなぁ……ん?

   なんか、黒くて丸いもんが入ってますが?


和尚:出汁(だし)を取るために、おたまじゃくしを入れてある。


初五郎:ぶーーーーッッ!!

    すいやせんけどね、あっし達にはこれぁ食えやせん。


和尚:お前さんがたには食(しょく)せないか。


梅吉:食えやせん!


和尚:無理もない。

   愚僧(ぐそう)も食(しょく)せん。


初五郎:じょ、冗談じゃありやせんよ!

    和尚(おしょう)さんがご自分で食えねえものを、どうしてあっし達に食わせ

    ようってんです!?


和尚:まぁまぁ、話を聞きなさい。

   実は愚僧(ぐそう)の亡くなった先代の師から、出家(しゅっけ)というものは樹下石上(じゅかせきじょう)の

   心得(こころえ)、つまり、山や野原、路傍(ろぼう)に野宿(のじゅく)する修行者(しゅぎょうしゃ)や僧侶(そうりょ)の境遇(きょうぐう)を

   忘れてはいかぬという教えをいただいた。

   それゆえ、師の命日(めいにち)にはそれをこしらえて師の仏前(ぶつぜん)に供え、

   亡き師を偲(しの)んでおる。

   そこへそなた達が泊まり合わせたのも何かの因縁(いんねん)であろう。

   な~むあみだぶな~むあみだぶ。


初五郎:ふーん…人間てな、どこに災難があるかわからねえもんですな。


和尚:良かったら、そっちにばくはんがあるからお上がり。


梅吉:いやいやいや、爆弾なんざ結構です!


和尚:爆弾ではない、ばくはん、麦飯(むぎめし)だ。


初五郎:あ、麦飯(むぎめし)…じゃあ、そっちのほうをゴチになりやす!


和尚:遠慮せずに、たんとおあがりなされ。


梅吉:へ、へいッ!

   はぁぁ、うめぇ、うめぇ…!


   【三拍】


初五郎:はぁぁ…うまかった…。

    どうも和尚(おしょう)さん、ご馳走(ちそう)様でございやした!


和尚:もうよいかな?


梅吉:十分に頂戴(ちょうだい)しやして、やっとへそも元の位置に戻って参りやした。

   ありがとうございやす!


和尚:先ほど、お前さん方は旅の者だと申したが、これから先どちらへ

   行きなさる旅じゃな?


初五郎:…どちらへ行きなさる旅だと改めて聞かれると、ちょいときまり

    が悪いんでございやすが、実はあっし達二人は江戸(えど)のもんでござ

    いやして。


梅吉:わけあって江戸(えど)で食い詰(つ)めまして、上方(かみがた)にいる友達を頼って行く旅

   なんでございやす。


初五郎:まぁ、向こうへ行ってもその友達に会えるかどうか、会えたとし

    てもあっし達に働き口(ぐち)があるかどうかわからねえという、

    実に心細(こころぼそ)い旅を続けなくちゃならねぇところなんでございやす。


和尚:ふーむ……どうじゃな。

   あてのない旅をあちらこちらと続けるよりも、この寺に残って出家(しゅっけ)

   するつもりはないかの?


初五郎:えっ…出家(しゅっけ)ってェとあれですか、二人して坊(ぼう)さんになるんでござ

    いやすか?


    …。

    ちょいと待ってくださいよ。

    これぁあっしの一存(いちぞん)じゃ決めかねますから、友達がいますんで。


    おい、聞いたかい。

    和尚(おしょう)さんがよ、あてのねえ旅をするより寺に残って出家(しゅっけ)したらど

    うだ、坊(ぼう)さんになったらどうだって言うんだが…どうだ?


梅吉:…実は兄弟の前だけどよ、おらぁ考えてたんだ。

   あっちうろうろ、こっちうろうろするよりも、この寺で坊(ぼう)さんにな

   った方が、生涯(しょうがい)食いっぱぐれねえんじゃねえか、って

   そう思ってたんだ。


初五郎:…お前(め)ぇもか。

    実は俺もだ。

    二人してこの寺に腰(こし)ぃ落ち着けるか。頼んでみるか。    


梅吉:ああ、そうしようじゃねえか、兄弟。


初五郎:よし、お前(め)ぇがその気だったら、頼んでみるよ。


    いや、和尚(おしょう)さん。

    兄弟も承知(しょうち)のようでございますんで、どうかひとつ、お願いいた

    しやす!

    昔から三日坊主(みっかぼうず)って言いやすから、三日ばかりご厄介(やっかい)になりてぇ

    んでございやすがーー


和尚;【↑の語尾に被せるように】

   いやそうはいかんぞ。

   ゴホン。

   まぁそれではな、頭を丸める、つまり得度(とくど)を行うのは日を改めるこ

   とにして、まずは名前を付けねばいかんな。

   お前達の名はなんと言う?


初五郎:初五郎(はつごろう)と申しやす。


梅吉:あっしは梅吉(うめきち)で。


和尚:ならばお前達は今日より、初坊(はつぼう)、梅坊(うめぼう)と、そう名乗るがよい。


初五郎:初坊(はつぼう)に梅坊(うめぼう)……。

    おい、聞いたか兄弟。

    今日から俺が初坊(はつぼう)で、おめえが梅坊(うめぼう)だとよ。


梅吉:へへへ…梅坊(うめぼう)ね。

   じゃあ初坊(はつぼう)、二人で本堂(ほんどう)でかくれんぼでもしようじゃねえか。


初五郎:ガキみてえなこと言うんじゃねえよ!

    じゃあ和尚(おしょう)さん、いや和尚(おしょう)様、よろしくお願(ねげ)ぇいたしやす!


語り:というわけで二人は頭を丸めて出家(しゅっけ)の道を歩み始めました。

   最初のうちはだいぶ真面目(まじめ)に勤(つと)めてましたが、そこは能天気(のうてんき)な二人

   でございます。

   わずかばかり経(た)ちますと途端(とたん)に地金(じがね)が現れて参りまして。


初五郎:…。

    梅坊(うめぼう)…おい梅坊(うめぼう)。


梅吉:…なんだい初坊(はつぼう)。


初五郎:どうでもいいけど、なんだな。

    寺ってとこは退屈(てぇくつ)なとこだな。


梅吉:ああ…退屈(てぇくつ)だ。

   なーんにもやることがねえ。

   酒も呑(の)めねえ。

   酒の味なんざ、まるで忘れちまった。


初五郎:呑(の)みてえなあ。

    でも、銭(ぜに)がねえんだ。

    どうだい、ここの和尚(おしょう)はだいぶ小銭(こぜに)を持ってそうだから、

    今晩あたり和尚(おしょう)の銭(ぜに)を盗んで、二人で酒でも呑(の)みに行くか?


梅吉:それもいいなあ。


和尚:【↑の語尾に喰い気味に】

   こらこらこら、お前達はろくな相談をしておらんな!

   わしの銭(ぜに)を盗んで酒を呑(の)みに行くじゃと?

   とんでもない話だ!


初五郎:!!和尚(おしょう)様、そこにいたんですか?


梅吉:き、気にしねえで下さい!

   あっしら江戸っ子は口じゃ言いますけど、肚(はら)の中でも思ってるんで

   。


和尚:なお悪いわい!

   ~~まぁよい、二人ともそこへ座りなさい。

   実はな、京の総本山から手紙が参って、わしはこれからそこへ

   出かけてこねばならぬ。

   わしのいない留守(るす)は、お前達二人でこの寺を立派に守らねばならぬ

   ぞ。


初五郎:えっ、京へお出かけになるんですか?


梅吉:本山(ほんざん)へ行かれるんで?

   それで…お帰りはいつごろになるんです?


和尚:そうさのう…わしのことだから、早くても行って戻ってくるまでに

   は、ひと月はかかるじゃろうな。

   もし、わしのいない間に弔(とむら)いの事などがあったら、山を三つ越えた

   先に木蓮寺(もくれんじ)という寺がある。

   そこに頼めば葬式万端(そうしきばんたん)、みな整えてくれることになっておるでな。

   良いかの?

   

初五郎:へい、わかりました!

    和尚(おしょう)様の帰ってくるまで、あっし達二人が立派にこの寺を守って

    ご覧にいれますんでね!

    どうぞ、ご安心してお出かけくださいやし!


和尚:うむ、では頼んだでの。


初五郎:おう梅坊(うめぼう)!

    和尚(おしょう)様がお出かけになるぞ!

    お見送りしな!


梅吉:どうぞ和尚(おしょう)様、お気をつけて行ってらっしゃいやし!


初五郎:いってらっしゃい!


梅吉:……行ってこい。


初五郎:……帰(けえ)ってこなくていいよ。


    【二拍】


    へへへ、行っちゃった!

    さあ鬼の居(い)ぬ間(ま)に洗濯だ!

    吞(の)もう!


梅吉:いや、吞(の)もうったって、無理な事言うなよ。

   銭(ぜに)がねえよ。


初五郎:なに、賽銭箱(さいせんばこ)をぶち壊してみろよ!

    一升(いっしょう)や二升(にしょう)買うぐれえの賽銭(さいせん)は入ってるだろ。


梅吉:酒の肴(さかな)がねえよ。


初五郎:裏の沼ぁ行ってみろよ。

    鯉(こい)やナマズが泳いでらぁ。


梅吉:すくう網(あみ)がねえじゃねえか。


初五郎:和尚(おしょう)の麻(あさ)の衣(ころも)でもってすくえばいいじゃねえか。

    なあに、洗っときゃ分かりゃしねえって。


梅吉:そんなもんかねえ。


初五郎:梅坊(うめぼう)、お前(め)ぇは賽銭箱(さいせんばこ)の方に取り掛かれ。

    俺ぁ裏の沼行って酒の肴(さかな)ぁ獲(と)ってくる。

    …っと、このままじゃどうも威勢(いせい)がねえな。

    尻をはしょって、手拭(てぬぐ)いで向こうハチマキして…これでよし。


檀家:はぁちょっくらごめんくださいやし。


   【一拍】


   はぁちょっくらごめんくださいやし!


初五郎:おい梅坊(うめぼう)、待ちな!

    表(おもて)に誰か来たぞ。

    これからお楽しみだって時に、野暮(やぼ)な野郎が来やがった。


梅吉:え…どうする初坊(はつぼう)。


初五郎:ちょいと待ってな、俺が行ってみる。

    わけのわかんねえ野郎だったら、追(お)っ払(ぱら)っちまうからよ。


    ったく、冗談じゃねえ。

    これからお楽しみだってのに訪ねて来やがってよう。

    【威勢よく】

    おうッッ!! 何だァ!!?


檀家:!!!

   …えらい威勢のいい坊(ぼう)さまが出てきただな…。

   えー、わしはこの寺の檀家(だんか)、万屋金兵衛(よろずやきんべえ)のところから使いに参ったもので

   ごぜえますが、父の金兵衛(きんべえ)が、死去つかまつりました。


初五郎:ふーん。

    ご苦労様!


檀家:【唖然としている】

   ……。

   …金兵衛(きんべえ)が、おっ死(ち)んだでごぜえます。


初五郎:…おっ死(ち)んだァ…?

    【手を一回叩いて】

    くたばったか!


檀家:く、くたばった…言うことがずいぶん乱暴だぁね…。

   通夜(つや)の真似事(まねごと)をいたしますで、和尚(おしょう)様にお出ましいただきてぇと、

   お願(ねげ)ぇにあがった次第でごぜえますが。


初五郎:そぉかい…そりゃあ、惜(お)しい事をしたなぁ。

    実はうちの和尚(おしょう)は京の本山(ほんざん)へお出かけになって留守(るす)……

    【何かを思いつく】

    ぁいや、京の本山(ほんざん)へ用があってお出かけになられたんだが、

    安心しな。

    入れ違いに江戸からえらーい大僧正(だいそうじょう)様が、うちの寺にお立ち寄り

    になったんだ。

    年は若(わけ)ぇけど、位(くらい)はうちの和尚(おしょう)よりもずっと上だ。

    俺から大僧正(だいそうじょう)様にお願(ねげ)ぇしてな、お前(め)ぇんとこの通夜(つや)に

    行ってもらえるようにしてやるからよ。

    帰(けえ)ってみんなによろしく言いな。


檀家:はあぁ左様(さよう)でごぜえますか。

   それではよろしくどうぞ、お願ぇをいたしますだ。

   では…。


初五郎:大丈夫だよ、まかしときな!


    へへへ、こうしちゃあいらんねぇ。

    おい、梅坊(うめぼう)!


梅吉:? なんだい?


初五郎:すぐに出かけるぜ!


梅吉:お? 喧嘩(けんか)の助(すけ)っ人(と)かい?


初五郎:よせよおい、寺に喧嘩(けんか)の助(すけ)っ人(と)を頼みに来るやつがいるかよ。

    弔(とむら)いだよ、葬式だ。


梅吉:弔い?

   じゃあ和尚(おしょう)が言ってた、山を三つ越えた先の木蓮寺(もくれんじ)にーー


初五郎:なに言ってんだよ!

    そんなところに頼みに行ってみろ、

    儲(もう)けはそっくりむこうに持ってかれちまうじゃねえか!

    今な、お前(め)ぇが江戸の大僧正(だいそうじょう)だって触(ふ)れ込んだんだ。

    お前(め)ぇ江戸の大僧正(だいそうじょう)になったつもりでな、

    向こう行ってお経(きょう)あげろ。


梅吉:えぇ…乱暴な事言うなよ。

   兄弟の前だけどお経(きょう)あげるったってよ、

   俺(おら)ぁまだお経(きょう)のおの字も覚えてねえよ。


初五郎:いいんだよ、お経(きょう)なんざどうだって。

    田舎(いなか)もんばっかりなんだから、口(くち)ん中で端唄(はうた)でも小唄(こうた)でも、

    何でも知ってる唄(うた)ァ並べりゃいいんだよ!

    みじけぇなぁと思ったら、都都逸(どどいつ)の五つ六つずーっと並べときゃ

    大丈夫だって!

    俺が後ろでみーんな指示してやるからよ!

    お前(め)ぇは江戸の大僧正(だいそうじょう)だってツラぁしてな、肚(はら)ァ据(す)えて堂々とや

    れ!

    ほら、支度(したく)しろ支度(したく)!


梅吉:わ、わかったよ…。


   【三拍】


   どうだい、兄弟。

   こんなんでいいかい?


初五郎:おっ、できたか。

    へェなるほどな、馬子(まご)にも衣裳(いしょう)、髪(かみ)かたちてなァうまい事言った

    もんだ。

    どっから見たって大僧正(だいそうじょう)に見えらぁ。

    いいか、お前(め)ぇはあまり口きくなよ。

    俺が後ろで指示してやっからな。


梅吉:わかった。

   じゃあ、出かけようじゃねえか。


   【二拍】


初五郎:たしかここらだったな…お、あの家だな。


    おうッ! ごめんよッ!!

    江戸の大僧正(だいそうじょう)をお連れした!


檀家:! はあぁこれはこれは大僧正(だいそうじょう)様でごぜえますか。

   ありがとうごぜえます。それではご案内をいたしますんで。


初五郎:んッ。

    さ、大僧正(だいそうじょう)、上がろうじゃねえか。

    おうっ、案内してくれ。

    どこだ、どこだどこだどこだどこだーーーいッ!!


檀家:【つぶやく】

   …いやに賑(にぎ)やかな坊(ぼう)さまだな…。


   あちらでごぜえますんで、どうぞよろしくお願(ねげ)ぇいたしますだ。


初五郎:わかったよ。

    【声を落として】

    …大僧正(だいそうじょう)、大僧正(だいそうじょう)!

    お前(め)ぇだよ大僧正(だいそうじょう)ってのは!

    ぼーっとしちゃいけねぇやな。

    向こう行って、お経(きょう)あげてきな。


梅吉:【声を落として】

   えぇぇ…やっぱりお経(きょう)あげなきゃダメかい?


初五郎:【声落として】

    大丈夫だって!俺が指示するからよ!

    さっきも言った通り、俺は江戸の偉ぇ大僧正だ、って心積もりで

    もってやらなきゃいけねえよ。


梅吉:【声を落として】

   わかったよ…。


初五郎:【声を落として】

    じゃ、行ってきな!


    おーい!

    そこの、さっき迎(むか)えに来た奴!!

    こっちこいこっちこい。


檀家:あ、あっしですかい?


初五郎:そうだ、そこに座れ。

    …どうだ、大僧正(だいそうじょう)のお経(きょう)が始まった。

    ありがてぇお経(きょう)だろ?


檀家:けんど、あの和尚(おしょう)様のお経(きょう)をここでじーっと聞いてると、

   「沖(おき)の暗(くれ)ぇのに白帆(しらほ)が見える」

   「あれは紀伊国(きのくに)みかん舟(ぶね)」

   なんだか、かっぽれみてぇなお経(きょう)でごぜえますだな。


初五郎:だからよ、陰気(いんき)なお経(きょう)を陽気なかっぽれみたいに聞かせるとこが

    大僧正(だいそうじょう)の腕なんだ。

    お前(め)ぇに言っておくけどな、あのお経(きょう)でもわかる通り、

    大僧正(だいそうじょう)はあんまり陰気(いんき)な事が嫌(きれ)ぇな人なんだ。

    陽気な事が好きなんだ。

    通夜(つや)だからって陰気なのはダメだよ、陽気にやろうじゃねえか。

    どうだい、芸者(げいしゃ)でも呼んでうわーっとどんちゃん騒ぎするっての

    は。いい考えだろ?


檀家:げ、芸者(げいしゃ)でごぜえますか…!?

   通夜(つや)の席でそんなの、聞いた事もねえ…。


初五郎:【無視して】

    それでな、大僧正(だいそうじょう)は酒は呑(の)まねえ、生臭(なまぐさ)ものは食わねえなんて、

    そんな野暮(やぼ)なお人じゃねえからな。

    終わったら何でもかんでもどんどん呑(の)み食いさせてやってくれ。

    いいかい?


檀家:は、はぁ…承知しやした。


初五郎:お、大僧正(だいそうじょう)様のお経(きょう)が終わったな。

    おうッ、ご苦労さん!


梅吉:【肩で息をしている】

   へェ…へェ…。


初五郎:なんだい大僧正(だいそうじょう)、目の色が変わってやがんな。

    大丈夫かい?

    水でも一杯もらって飲んだらどうなんだ。


檀家:大僧正(だいそうじょう)様、ありがとうごぜえました。

   えー、それで大僧正(だいそうじょう)様に、ひとつお願(ねげ)ぇがごぜぇますだ。


初五郎:あん?

    なんだい!?

    いま大僧正(だいそうじょう)様に話しかけたってダメだよ!

    心持(こころも)ちはもう空中に舞い上がっちゃってんだ。

    あのお経(きょう)でもって精(せい)も根(こん)も尽(つ)き果(は)ててんだからよ、

    俺が代わりに聞こうじゃねえか。

    あ、もしかするってぇと、祝儀(しゅうぎ)の事かい!?


檀家:いえ…そうではねえんです…。

   あの…戒名(かいみょう)をいただきとうごぜえまして…。


初五郎:……え? 何だって?


檀家:戒名(かいみょう)を、いただきとうごぜえまして…。


初五郎:かぁいみょう!?

    【膝を叩いてつぶやく】

    しまった…ッ! そこに気が付かなかった…!


    あ~、戒名(かいみょう)な…戒名(かいみょう)は……いいだろ。


檀家:えぇぇ、よくねぇでごぜえますだ!

   戒名(かいみょう)の付いてねえ仏(ほとけ)なんてねえでごぜえますから。


初五郎:いぃよぅ、今度まで貸しときな!

    息子のお前(め)ぇが死んだら一緒に付けようじゃねえか。


檀家:そうはいかねえんでごぜえまして…。

   なにぶんよろしくお願(ねげ)ぇを致します。


初五郎:参ったな…、

    あらかじめ本堂からなんか引っぺがして来るんだったかなぁ。

    おい大僧正(だいそうじょう)、何か書いたの持ってねえか?


梅吉:いや、急に何か書いたもの持ってねえかって言われたって…。


   あ。

   そうだ、今朝な、和尚(おしょう)の部屋を掃除(そうじ)したんだよ。

   そしたら文机(ふづくえ)の横になんか落(お)っこってたんでな、ひょいっと懐(ふところ)に入

   れたんだ。

   持ってきてたっけか……お、あったあった。

   これ、なんか字が書いてあるだろ。こんなもんで構わねぇかい?


初五郎:構わねぇ、字が書いてありゃなんだっていい。こっち貸しな。


    【檀家に向けて】

    安心しな!江戸の大僧正(だいそうじょう)は手回しがいいよ。

    お前(め)ぇんとこの戒名(かいみょう)、寺でちゃんと用意してお持ちしてくれた。

    渡すからありがたく受け取んな!


檀家:はあぁ左様(さよう)でごぜえますか。

   それでは頂戴(ちょうだい)をいたします、ありがとうごぜえます。

   …。

   ……。

   …なんだか、妙な形の戒名(かいみょう)でごぜえますな。

   戒名(かいみょう)なんてものは大概(たいがい)、長(なが)っ細(ぽそ)いもんでごぜえますが、

   これは真四角(ましかく)でごぜえますな。


初五郎:ああ、そりゃ新型だよ!


檀家:はぁ…新型の戒名(かいみょう)でごぜえますか。

   ありがとうごぜえます。

   なになに…、


   官許(かんきょ)、伊勢朝熊(いせあさま)、霊方(れいほう)万金丹(まんきんたん)。

   !?

   ……万金丹(まんきんたん)。

   なんだか、薬の袋みたいな戒名(かいみょう)でごぜえますなこれは。

   和尚(おしょう)様、戒名(かいみょう)というものは仏(ほとけ)の人(にん)にあったように付けるのが戒名(かいみょう)だと

   そう聞いておりやすがーー


初五郎:【↑の語尾に被せて】

   なぁに小生意気(こなまいき)な事言ってやんでぇ!

   仏(ほとけ)の人(にん)にぴったり合ってるじゃねえか!


檀家:これがでごぜえますか!?

   ならば和尚(おしょう)様にお尋(たず)ねしますけんど、頭(あたま)のこの、官許(かんきょ)てのはなんで

   ごぜえます?


初五郎:官許(かんきょ)ってのはな、いま大僧正(だいそうじょう)様が「棺(かん)」の前で「経(きょう)」を読んだじ

    ゃねえか。

    棺(かん)の前で経(きょう)を読むから棺経「かんきょ」、

    それで合ってるだろ。


檀家:はあ、「棺(かん)」の前で「経(きょう)」を読むから「かんきょ」。

   それじゃ、「いせあさま」ってぇのは何でごぜえます?


初五郎:人間、生きてるうちは威勢(いせい)がいいけど、死んじまったら浅(あさ)ましく

    なっちまうじゃねえか。

    生きてて「威勢(いせい)」が良くて、死んだら「浅(あさ)ましく」なるから

    「いせあさま」、とくらァ。


檀家:…判(はん)じ物(もん)みてえな戒名(かいみょう)でごぜえますな。

   なら、霊方(れいほう)てのはなんでごぜえます?


初五郎:れいほう?

    …。

    ……霊方(れいほう)ぐらいまけとけよ。


檀家:いやそうはいかねえでごぜえます。

   霊方(れいほう)てのはなんでごぜえますか?


初五郎:れいほうってなお前(め)ぇ……、ぁー……、


    【何かを思いついて膝を叩く】

    ! 人間てのはな、死ぬとみんな幽霊になって出てくるんだよ。


檀家:いぃえいえいえ、幽霊になって化けて出るなんてなぁ、

   えれぇ事でごぜえます!


初五郎:だからよ、出ねえようにってんで、いま大僧正(だいそうじょう)が棺(かん)の前でお経(きょう)を

    読んだ。

    お経(きょう)ってのはなんだ、方(ほう)じゃねえか。

    出てくる幽霊をお経(きょう)という方(ほう)でもって、ピタッと防いだ。

    「霊(れい)」を「方(ほう)」で防いだから、「霊方(れいほう)」じゃねえか。

    幽霊が出ないようにありがたいお経(きょう)をあげたから、

    お布施(ふせ)はどんどんはずみなさいよ、ってぇ意味もある。


梅吉:【つぶやく】

   よくもまぁ口が回るもんだよ兄弟…。


檀家:…お布施(ふせ)の催促(さいそく)まで入ってる戒名(かいみょう)でごぜえますか。

   万金(まんきん)……万金(まんきん)てのはなんでごぜえます?


初五郎:おいおいしっかりしろぃ!

    死んだ仏が万屋金兵衛(よろずやきんべえ)じゃねえか。

    「よろきん」は「まんきん」だろがよ!


檀家:はあ「よろきん」は「まんきん」かい。

   万金丹(まんきんたん)、この丹(たん)てなぁなんでごぜえます?


初五郎:人間死ぬときゃ、みぃんな喉(のど)へ痰(たん)が絡(から)むんだよ!


檀家:いやぁ、おとっつぁんは痰(たん)が絡(から)んだんではねぇでごぜえます。

   川へ落(お)っこったんで。


初五郎:…なんだって?


檀家:川へ落(お)っこったんで。


初五郎:川に? 落(お)っこった?

    それでいいじゃねえか。

    川へ落(お)っこっ丹(たん)、万金丹(まんきんたん)だ。


梅吉:【つぶやく】

   なんちゅうこじつけだよ兄弟…。


檀家:落(お)っこったん万金丹(まんきんたん)って…まるで語呂合(ごろあ)わせでねぇか。

   …ただし白湯(さゆ)にて用(もち)ゆべし…。

   なんだねこの白湯(さゆ)にて用(もち)ゆべしてな?


初五郎:だからよ、仏(ほとけ)は川で死んだんだろ?


    水にはこりごりしてんだよ。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桂歌丸

立川談志(七代目)



●用語解説


万年青:おもと。

    中国から日本の暖かい山地に自生するスズラン亜科の常緑多年草

    。日本では関東から沖縄にかけての山地、特に西日本に多く

    自生状態で生育し、観葉植物としても鉢植えで栽培される。

    古典園芸植物の一つ。


檀家:だんか。

   一定の寺院に属し、これに布施をする俗家。

   その寺のスポンサー。


かっぽれ:俗謡、俗曲にあわせておどる滑稽な踊り。



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