第5話:ドラゴンの旅立ち
「───つまりお前は転生したらエルフだった。頑張って勇者になって仇敵のドラゴンを倒そうとしたら、実はそれが前世の親友だった……グハハハハ!いいな、そういう話は大好きだ!なんなら今から戦うか?」
気がつけばすっかり日が暮れていた。
俺はエーギルと一緒に火を囲みながら、彼が勇者になった経緯を聞いていた。
エルフの狩人から勇者になったエーギルの話は冒険譚としても面白かった。
彼の話を通じて初めて知る物事が多く、そういえば俺はこの世界をあまりよく知らないなと思った。
俺はこれまで戦うか寝てばかりで、話すことが何もなかったからな。
子ドラゴンの頃に虫を食べた話をしたらエーギルに引かれた。エーギルは今世でも虫が苦手なようだ。
前世の記憶を取り戻して初めて気づいたのだが、ドラゴンになって笑い方が変わっていた事だ。
人間とドラゴンで体の構造が違うからだろうか。
いろんな感覚が前世人間だった頃とかなり違っていて、改めて自分はドラゴンに転生したのだと実感した。
それでも笑うことができるのはやっぱりいい。
体を揺らしながら笑うクロを見て、エーギルは優しく目を細めた。
「いや、戦うのはやめておくよ。お前があの黒竜かどうか分からなくなってきたんだ」
「俺を殺したくないとかそういうやつか?俺はお前に討たれるなら別にいいぞ」
「冗談でもそういうことを言うなよ。……それもあるけど、お前を狙っている奴が気になるんだ」
「昼に襲ってきたあの下級天使か」
「そう。この世界には6柱の神様がいるっていうのはさっき話したろ」
「うむ。」
エーギルによると、神の御使と言っても天使全員が6柱すべてに使えているわけじゃないらしい。
そもそも下級天使というのは、聖職者など神に仕える者であれば使い魔に召喚できるらしい。
神界は一枚岩ではないらしく、人間たちと同じようにそれぞれ複雑な思惑や関係が絡み合っている。
なので、6柱それぞれに派閥があり、所属を示すために各派閥ごとに紋様があるのだという。
その紋様は教会のシンボルやお守りなどにも使われている。
聖痕も同様で、エーギルの右手にあるのは光を司る最高神エウリジの紋様だ。
昼に襲ってきた下級天使の紋様が土神マクフのものだったことから、俺を狙っているのは土神派の者かもしれないとのことだった。
「狙われる理由が分からん。だいたい神の名前だって今日初めて知ったんだぞ」
「だから不思議だったんだ。そもそもあの時見た黒竜とクロじゃ全然様子が違うし、お前はそんなことするやつじゃないだろう?」
「グハハハハハ!そんな俺でも気が変わるかもしれんぞぉ?」
……と火を吐きながら怖い顔をしてみせたが、エーギルにとても生暖かい目で見られたのですぐやめた。
「ゴホン!まぁそうなると俺を捕まえたがっている、というのが気になるな」
「そう、だから俺はあの災厄は仕組まれたものではないかと考えているんだ。もし災厄が人為的なものだとしたら……一番最初に犠牲になるのはクロだ。俺は世界もお前も両方守りたい」
そう言い切るエーギルの言葉には力があり、目の前にいる彼は本当に勇者なのだと感じた。
その上にエルフの美貌が上乗せされて、控えめに言ってとても格好いい。
俺がドラゴンでよかったな。もし女の子だったら間違いなくコロッと惚れてしまうところだ。
「……勇者様は忙しいねぇ。それでこれからどうするんだ?」
「世界を旅しながら黒幕について調べるつもりさ。クロも俺と一緒に来ないか?ここにいたらまた狙われるだろうし」
……旅か。考えたこともなかったな。
寝床探しであちこち飛び回った事はあるが、旅をしたことはなかった。
旅をするのもなかなか悪くないかもしれない。
俺がしばらく思案していると、エーギルがニヤリと微笑んだ。これは色々と見透かされているな。
「新しい人生をエンジョイするんだろ?寝てばかりじゃもったいないよ。一緒にいろんなとこ行って、いろんなもの見て、うまい物たくさん食べて……ついでに黒幕を殴ろう!ぐうたらするのはその後でもいいだろ?」
「おう!!!」
こうしてぐうたらドラゴンとエルフの勇者の、長い長い旅が始まったのでした。
◇◇◇◇◇◇
───内海 柊、享年27歳。死因は溺死。
親友のユキが運ばれたという知らせを受けて、病院へ向かう途中で事故に遭い、海に落ちて溺死した。
「ああ、転生するには良い夜だね」
死の間際、彼は不思議な声を聞いた。
約600歳のエルフ、エーギルにとって前世の自分の記憶……ウツミシュウの27年はとても短く、誰かの夢を見ているようだった。
前世を垣間見たエーギルの胸に強く刻まれたのは、親友を助けられなかったという強い後悔だった。
“もしあの時、彼の不調に俺が気づいていれば親友は助かったかもしれない。“
ウツミシュウは死にゆく中、せめてもと縋るように彼の来世を祈った。
このドラゴンがかつての親友だと知ったとき、純粋な喜びとは別に、運命と責任を感じた。
いま焚き火の傍で眠るドラゴンの幸せそうな寝顔を見て、人も魔物も何も関係なく、この世界をすべて守りたいとエーギルは思った。
お前を災厄になどにさせない───そのためには必ず真相を究明しなければ。