第39話:砂丘の上にて
夕日が砂の海を赤く染め上げていた。
なだらかな砂丘が幾重にも折り重なり、どこまでも続いていた。
この砂漠は本当に広い。
クロは砂丘に上に腰を下ろし、地平線の向こうへ沈む夕陽をぼんやりと眺めていた。
太陽がゆっくりと沈むのがはっきりとわかる。
風も少しずつ冷えてきて、日没まであと少しだと肌でわかる。
砂漠は日差しがおそろしく強い。
昼間は鱗が鉄板にでもなったかように熱くなってびっくりしたな。
鱗が熱くなるのはまだいいが、この暑さはさすがにドラゴンの俺でもダメだ。
体表面積的にも、人姿でいるのが一番涼しい。
日本と違って、日陰に入ればちゃんと涼しいのがいい。
空気が乾燥しているから、風が熱をもたないのだろう。
今更だが前世いた日本とはまるで違う。
向こうで日陰でも暑かったのは湿度のせいか、沈む夕陽を見ながらクロは思う。
今こうして見ている夕日さえ、日本で見ていたものよりも赤く見える気がした。
「やあクロ、もうすぐご飯ができるって」
「おお、今夜の献立はなんだ?」
クロの隣にエーギルが腰を下ろす。わずかに舞い上がった砂がさらさらと風に攫われ、砂丘の上を流れていく。
「ごめん、そこまでは聞いてなかったや……でもきっとラルツィレで食べていたものとは全く違う料理が出てくると思うよ」
エーギルは砂丘の下に張られたキャラバンのテントを見下ろしながら答えた。
「確かに嗅ぎ慣れない匂いがするな。現地の料理か……旅の醍醐味ってやつだな!楽しみだ」
エーギル達がワームの暴走から助けたあのキャラバンは、「ラーミル商団」という。
ヨナはその名前を聞いたとき、心底驚いていた。
「ラーミル商団と言やァ、あの蜃気楼のレストランをやっているところじゃねェか……!こいつは驚いたぜ」
ラーミル商団は移動の途中で、青天レストランを開くこともあるらしく、その腕は確かなものなのだとか。
行商の途中で気まぐれに開くため、ほとんど幻のような存在だ。
そんな蜃気楼のオアシスのような存在は、知る人ぞ知る人の間で「蜃気楼のレストラン」と呼ばれている。
そんなラーミル商団は、クロたちをもてなすためにレストラン用のテントを広げて夕食の準備をしていた。
「まさかあの伝説のレストランを貸切にできるとはな。ああ、金はこっちでたっぷり払っておくから心配いらねェ」
ヨナは終始上機嫌だった。
大きな絨毯が砂の上に惜しみなく重ねて敷かれ、その上に鮮やかな赤の織物のテント。
異国情緒に満ちていた。
──本来家の中に敷くはずの絨毯を、屋外で広げるなんて。
それを贅沢だと感じてしまうのは、自分が砂漠地帯に住む者ではないからだろうか。
エーギルは赤いテントを眺めながら、そう思うのだった。
思い出したようにクロが立ち上がる。
「そういえばここ、蒼月の砂漠って名前なんだろ?ほんとに夜になると砂が青く光るのか?」
「ああ……さっき俺も気になって聞いたけど、青く光るのは遺跡のある方だけらしい」
「なんだ、残念だな。まあ明日には遺跡につくだろうしいいか」
「そうだね。明日には見れるだろうしね。あ……クロ!見て、すごい!星がたくさん見えるよ!」
エーギルが立ち上がる頃には、すでに夜の帷が降ろされていた。
見上げたその先に、無数の星が満ちていた。
「おお!!!すげぇ……空いっぱいに細かい星が詰まっているみたいだ」
「森とかとは違って周りに何もないから、結構迫力があるね」
「ああ……綺麗だ。なぁエーギル、旅して良かったな!」
その言葉にエーギルはわずかに息を呑んだ。
そして、クロがそう思ってくれていることに安堵した。
怠け者のクロをあの森から連れ出したのは自分だ。
クロを満足にぐうたらさせてやれない日々が続いていることに、少なからず責任を感じていた。
本当はもっとぐうたら寝ていたかっただろうに。
無理させていないかと内心気を揉んでいた。
しかし、それは杞憂だったようだ。とても楽しんでいてくれているようだ。
(ああ、良かった──クロはこの世界を好きでいてくれているのだ。)
「うん……本当に綺麗だ。ああ……クロに出会えて本当に良かったな。」
自然と溢れた言葉だった。
エーギルは久しぶりに星を綺麗だと感じた。
クロと一緒に眺めているから、より綺麗に見えるのかもしれない。
もう少しこのまま星を眺めていたい、とエーギルが思っていたその矢先──
「そろそろメシ行こうぜ!腹減った!」
その言葉にエーギルは思わず吹き出した。
クロはなぜ笑われたのかと不思議そうに首を傾げている。
それでこそクロ。いや──そんなクロだからこそ、か。
クロと出会ったその日から、不思議と世界が輝いて見えるのだ。
「うん、そうだね。今日もいっぱいお食べ!」
──どうか君の歩く先に、惜しみない幸福がありますように。




