第3話:俺の名前は
「あ、おい!?こら!ちょっと待て、寝るな!」
そのまま二度寝しようとしたら、エルフに止められてしまった。
面倒臭いが仕方がない。少しだけ相手をしてやるか。
「……俺に何の用だ?手短にな」
「お前は何者だ?なぜここにいる?もし人々に害を及ぼすようなら、俺は勇者としてお前を倒さなければいけない」
エルフは勇ましく槍を突き出しながら言った。槍は業物のようだが、俺が恐れるほどのものではない。
「ふむ、勇者とはなんだ?」
「…………は?」
俺の質問に、呆然とするエルフ。このエルフは見た目よりも、結構表情が豊からしい。少し面白くなってきた。
「意地悪でもなんでもなく、そのままの意味だ。俺は寝てばかりだったので世界に疎い故、教えてくれ。」
「……人々と世界を守り導くものだ。お前たちのような魔物にとってはあまり良い存在じゃないかもしれない」
「ほう」
ああ、こいつは本当にいいやつだな。表情や言葉から、優しさの本質が見える。
「お前ほどの魔物なら、勇者の存在ぐらい聞いたことがあるんじゃないか?」
「魔物どもとはあまり話したことがない」
「なんだか自分は魔物じゃないような言い方だね?」
「生まれた時から一人だったし、あいつらとは言葉も通じない。俺を見ると大抵は攻撃してくるか逃げ出す。それに大体寝ていたからな。」
「……へぇ。どうして俺たちの言葉を話せるんだ?誰かに教わったのか?」
エルフの纏う空気が少し変わった。警戒は少し弱まり、妙にキラキラした目で食いついてくる。
早く寝たいのに面倒なことになってしまった……まぁ暇つぶしにはいいか。
「俺を襲ってくる奴らのことばで学習した」
「奴ら?」
「何者かはわからないが、よく来るぞ。……そろそろ来る頃合いか。」
遠くから足音がする。奴ら独特の気配にエルフも気付いたようだ。
雨のように降ってきた矢を、翼で弾き返す。
いつもならしないが、今はこのエルフがいるからな。
「──こいつらだ。噂をすれば何とやら、だな」
白翼に純白の衣装を着た数十体の人形が、俺たちを取り囲むように立つ。
どれも同じ顔だが、それぞれ異なる武器を構えている。
「下級天使…!?なんでこんなところに!?」
エルフが驚いて声を上げる。あの人形たちは、そんな名前だったのか。
「俺は赤ん坊の頃から奴らにずっと追われてきて、この森まで来た。」
「お前何かしたのか?」
「卵から孵ったばかりの赤ん坊が何かできると思うか?」
俺がそう問うと、エルフは首を横に振った。信じてくれたようだ。
「よく分からんが、俺を捕まえたくて仕方がないらしい。
それが与えられた命令なのだとか。まぁ俺は強いから捕まらんがな!グハハハ!
──何度も、何体も、壊しても、また新しいのがくる。まったく面倒で哀れな奴らよ。」
幼かった頃はそれなりに良い運動になっていたが、成長した今では羽虫を追い払うのとあまり変わらない。
人形どもは壊れればガラクタ。食い物にもならない。
手ごたえがなく、ただ鬱陶しく、面倒だという感情しかない。
エルフへの紹介が終わったのでこいつらは用済みだ。
前脚を振り下ろし、人形を何体か壊していく。
「……ち、ちょっと待って!?俺も下級天使たちに攻撃されてるんだけど!?」
エルフは戸惑いながらも下級天使の苛烈な攻撃を、難なく槍で受け流していく。
まるで舞うような槍捌きに見惚れそうになる。
その強さならすぐに壊せるだろうに、エルフは明らかに力加減をしていた。
なぜさっさと壊さないのか。
「どういうことだ、エルフ?」
「下級天使は神の御使だから、基本的に勇者に危害を与えるようなことはしないはずなんだ。勇者は神に選ばれた者だから」
「……よくわからんが、お前こそ何かしたのか?」
「それはこっちのセリフだよ!でもこの紋様は──……」
「……待て、エルフ」大気中の魔力の大きな流れを感じて鱗がざわざわする。
上級天使どもは何か大魔法を放とうとしているらしい。
俺はこれぐらいで死なないが、こいつが耐えられるかどうかまではわからない。
「面倒だな……お前、俺の上に乗れ。俺に対して敵意を絶対に持つな、死ぬぞ。」
「え!?」
俺は戸惑うエルフを咥えて背に乗せて、下級天使どもが魔法を放つタイミングに合わせて瞼を下ろした。
察しが良い個体は気づいて止めたようだが、もう遅い。
<ユニークスキル「黄金の兜」を発動します。>
俺が目を閉じている間だけ発動する完全防御スキル「黄金の兜」。
このスキルは、俺に敵意を持つ者の攻撃をそっくりそのまま相手に反射するというものだ。
瞼を開くといつものように、下級天使たちは反射を喰らって全滅していた。
このスキルを得てから、敵の存在を切気にせずに眠れるようになったのでありがたい。
「凄い……」
背中に乗せたエルフが絶句していた。
無事なところを見ると、本当に俺への敵意を持たずにいてくれたようだ。
このスキルで誰かを守るのは初めてだったが、うまくいってよかった。
起きた時に背中に木が生えていたのを思い出して、これなら守れるかもしれないと咄嗟に閃いたのだ。
「今のは?結界というよりも、とても強力な呪詛返しのような……君は一体……」
おいおいそんな物騒な光景だったのか?
……なるほど敵意も一つの呪いと考えれば、呪詛返しと表現されたのにも納得がいく。
「俺が何者か?それはこちらが知りたいな」
「色々気になることはたくさんあるけれど……まずは守ってくれてありがとう。精霊たちのいうとおり、君は悪いやつじゃなさそうだ。」
「精霊?」
「ここに来た時、森の精霊たちに君の事を教えてもらったのさ。俺はエーギル。君は?」
エーギルと名乗ったエルフは俺の背から降りて、俺の前に立つ。
夜明け前の空を思わせる鮮やかな青いマントが軽やかに翻る。
俺はその時初めて、エーギルの眼が金色であることに気づいた。
そういえば俺の名前、まだ無かったな。
ドラゴンは種族名だし……自分の前脚を眺めながら考えた。
「……クロだ。クロでいい。」
「クロ……不思議な響きだけど、いい名前だね。改めてよろしく、クロ」
「ああ。こちらこそよろしく、エーギル。……ところでお前の右手が何やら光っているように見えるのだが」
さっきからエーギルの右手に不思議な気配があった。
そういえば俺はこの気配に起こされた気がする。
「え?なんだろう、聖痕が反応しているのかな?」
エーギルが手袋を外した瞬間、眩い光が溢れた。