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第37話:行くぞ、砂まみれども!

 徐々に大きくなる不穏な地響き。

 ワーム達が思い出したように騒ぎはじめた。

 「──え、これがお前達が暴れていた原因?」


 「魔力反応多数!遺跡の方角だ!」

 ヨナの鋭い声が響く。


 キャラバン一行は慌ててエーギル達の後ろへ下がった。

 

 

 地平線の彼方で巻き上がる砂煙と波打つ黒いもの。

 それは、地を詰め尽くすほどの蠍の大軍だった。


 「あれはアカルナの群れだ……赤砂の蠍!」

 「あ、あんなにたくさん!?」

 キャラバン一行から次々と絶望的な悲鳴が上がる。

 


 「おい、そのアカルナってのはうまいのか?」

 クロはキャラバンの一人に呑気に尋ねた。

 ちゃんと人を選んでいる──そう、メンバーで最もいかにもグルメそうな男に!

 

 「え!?唐揚げにすれば美味しいですが……猛毒ですよ!?」

 

 クロはにやりと笑い、拳を鳴らす。

 「なるほど……どうやら、食い放題はこれからだな!」


 

 クロは隣のワームに早速、共闘──いや、大食い対決を持ちかけた。

 「おい聞いたか、蠍はうまいらしいぞ!一緒に昼飯どうだ?」


 エーギル達の前に砂の壁が立ち上がる。

 それは、さきほど助けたワームの大群だった。

 

 「決まりだな!じゃあ行くぞ、砂まみれども!」

 ワーム達の咆哮とともに、クロは翼を広げた。



 クロが空高く飛翔し、ワーム達は砂中へ潜る。

 

「手始めに一口!──いただきます!」

 太陽を背負ったクロの影が、蠍の大群のど真ん中に落ちた。

 砂の海が爆ぜて波打つ。


 やがて砂の海から飛び出したクロは、口いっぱいにアカルナを頬張っていた。

「おお!これは……エビだ!エビ!」


 それを信じられない顔で見る、ヨナとキャラバン一行。

 エーギルは、蠍の踊り食いを楽しむ自分の従魔をにこにこと見守っていた。



 「噛めば噛むほど甘辛い辛味が来るぞ……エビチリ味だ!なるほどこれが毒か!こいつはいいな!」

 クロがはしゃぐ下で、乱れたアカルナの大群をワーム達が迎え撃つ。


 ワーム達もしっかりご馳走を頬張っているのか、波立つ砂の海が蠍達を次々と飲み込んでいく。 


 

 ドラゴンの咆哮と共に、絶え間なく揺れる大地。

 翼を広げて暴れ回る巨大な邪竜、そして、生きた砂のうねりとともに立ち昇る巨大な砂嵐。

 何も知らない者が見れば、この世の終わりの光景だと思うだろう。


 

 「本当にすごいな……人間にはできない戦い方だよ」

 「何つーか……あっちは戦ってる感じがしねェな。食堂にいるみてェだ」

 

 包囲網から溢れたアカルナ達は、ヨナとエーギルが少しずつ着実に仕留めている。

 クロとワーム達が共闘しているあちらとはスピードどころか、スケール自体がまるで違う。

 

 アカルナはそれなりに大きな蠍魔物で、数も非常に多い。

 大魔法使いがいない限り、人の手ではどうしても一気に撃破するのは難しい。

 それでも被害ゼロで片手間に討伐できるのは、光の勇者と副ギルドマスターの実力ゆえだった。



「よっしゃおかわりだ!ワーム!」

 クロは上機嫌でブレスを放つ。

 ワーム達が踊るように回旋し、巨大な砂の柱が立つ。


 掃除機で吸い上げられていくように、砂嵐の中でアカルナが宙に乱舞した。

 クロは翼を羽ばたかせながら、それらを次々と頬張っていく。


 「そろそろ味変もしたいな」

 クロはそう言って、黒いドラゴンブレスを砂嵐へ吹き込む。

 黒炎混じりの砂嵐──火加減はバッチリだ。

 ほどよくローストされたアカルナが、クロの口の中へ吸い込まれていく。


 肌をチリチリと焦がすような熱気と、クロとワームの歓声にヨナは呆れた。


 「もうめちゃくちゃだぜ……」

 「クロが本当に楽しそうでよかったよ!」

 エーギルは嬉しそうにクロを見守っている。

 

 さすがにアカルナも退却を決めたのか、ほとんどキャラバン側に来なくなっていた。

 

 アカルナの大群を半分以上平らげたところで、貪欲なクロの目がとらえたのは、巨大なアカルナ。

 この大群のボスらしい。ちょうど逃げようとしていたところだった。

 

 「おっと、でかい奴がいるな!うはー伊勢海老にしか見えん!ワームども!あれをよこせ、もらう!」

 クロの声に応えるように、ワーム達は地中に潜る。

 大きな地響きとともに、大蠍を下から突き上げて宙に放った。



 雷混じりの砂嵐の中で浮き上がった巨大な蠍の影に、一行はざわめく。

「まさか……伝説の大蠍王ヴァルク=スコルピア……!?」

「あんなゴミのようにたやすく……!」


 

 約300年間、人々を震え上がらせた伝説の怪物ヴァルク=スコルピア。

 その自慢のハサミを振るう暇もなく、砂嵐に巻き上げられ、ドラゴンブレスでローストされ──ふた口でクロの腹に収まった。

 

 「んん……美味い!引き締まってプリップリの身が最高だ!この蠍味噌が濃厚で美味い!殻もカリッとしていて、いいアクセントになってるな。焼いて正解だったな……ああ幸せだ」


 砂漠の海の上で、黒い巨竜はうっとりとため息をついた。その腹は膨れていないものの、満足げに尻尾がゆったりと揺れている。その度に上に乗った砂が、艶やかな黒鱗の上をさらさらと撫でるようにすべり落ちる。

 


 ──あれほど地平線を埋め尽くしていた蠍の大群は、半分以下に減っていた。

 逃げて行く蠍たちをクロ達はあえて追わなかった。

 食べ尽くして絶滅してしまったら、もう食べられなくなってしまうからだ。



 「ふぅ……ごちそうさまでした!ワーム達、ありがとよ!」

 クロはすっかりご機嫌だった。



 その背後で周囲に転がるアカルナの甲殻を見渡しながら、えびす顔でエーギル達にお礼を言うキャラバン隊のリーダー。

 

 「光の勇者様、危ないところを助けていただき本当にありがとうございます!ワームに襲われた時はどうなることかと思いましたが……思わぬ臨時収入ですよ!!」

 アカルナの甲殻は工芸品から武器までと、使い道に困らない。

 少し離れたところでは、ワームたちがキャラバン隊の甲殻集めを手伝っていた。



 ひと段落したところで、人間サイドも昼食に入ることになった。

 メインディッシュはもちろん、アカルナ揚げである。

 それを聞いたクロはドラゴン姿から人姿にチェンジした。

 

 「はぁ!?あれだけ食ってまだ食うのか!?」

 「それはそれ、これはこれ!別腹だ!」

 「ははは、平和だなあ」


 キャラバンテントの中で、熱々のアカルナ揚げを幸せそうに頬張るクロ。

 「うめえ……!揚げると身の甘みが強くなるんだな。エビフライだな」


 中央の皿にはフルーツが盛られていた。

 揚げ物の後の口をさっぱりさせてくれる、組み合わせだ。

 エーギルは揚げ物があまり得意ではないのか、フルーツばかりに手を伸ばしている。

 

 「そういえば、あのアカルナの大群は暴走していなかったね。動きが理性的だった」

 エーギルが思い出したように呟いた。

 

 「ああ。もし暴走していたなら引き返さねェしな……やっぱり遺跡で何かあったか」

 考えながらヨナは頷く。


 

 「ワームたちの話によると、蠍どもは何かから逃げてきたらしいぞ。その原因がそろそろ来る頃じゃないか?」

 クロは風で揺れるテントの天井を見上げながら言った。

 

 「……なるほどね。クロはここでゆっくり休んでてよ」

 何かを感じ取ったのか、エーギルは静かに立ち上がった。


 「おう、言われなくてもそうするつもりだぜ。これ貰うぞ」

 そう言って、クロはエーギルの皿を当然のように取る。

 

 「え?まさかまた何か来るんですか?」

 「ちょっともうこれ以上は勘弁してほしいすね……」

 二人の会話にざわめくキャラバン一行。

 しかし、光の勇者とその従魔がいるという安心感からか、腰を上げる者はいなかった。


 「ははは、まさかドラゴンが来るとか?」

 「この砂漠のドラゴンって確か、赤鱗だろ?」

 「かなり奥地にいるはずだぜ?こんなところに来るわけ……」


 その瞬間一際強い風が吹いたのか、キャラバンのテントの布が大きく揺れる。

 全員が反射的に天井を見上げる。

 「なんだ……?」

 

 

 外から見張りの大声が上がった。もはや悲鳴に近い。

 「せ……赤鱗だ!! ドラゴンが来たぞ!!」


 直後、地の底から突き上げるような咆哮が響いた。砂が小刻みに跳ね、空気が震える。

 この地上でこれほどの咆哮を放てる存在は、ドラゴン以外にいない。

 その場にいる全員が、外にいる存在を悟った。


 「ほ、本当にドラゴンが来るとは……!!」

 蒼白になって立ち上がるキャラバンのリーダーを、ヨナが制した。

 「慌てんな、大丈夫だ。それより一番いいワインはいくらだ?」


 「ヨナ殿、こんな時に何を……!」

 「ここには光の勇者エーギルがいるんだ。こんな演し物、なかなか観れねェぞ?」

 ヨナはそう言って、妖艶に笑う。


 

 

 「さて──お昼をご馳走になったお礼だ。エキシビションといこうか」

 エーギルはテントから抜け出すと、軽やかに杖槍を取り出した。

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