表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/39

第32話:『鎚星』との出会い

  ギルドでの手続きを終え、次は武器屋へ向かうことになった。

 「馬車を呼ぶほどの距離じゃねェし、店までは歩くか」


 「エーギルが目立って大変なことになるんじゃないか?」

 クロはすぐに難色を示した。

 ラルツィレならともかく、あれだけのパレードで大歓声を浴びたあとだ。

 どう考えても、エーギルに女性ファンが群がって大騒ぎになる未来しか見えない。

 

 「大丈夫だよ、ほら……」

 エーギルはそう言って、普段つけている青いマントを外した。

 そして、何事もないように軽やかに大通りへ歩き出す。

 

 「あっ、おい……!」

 慌てて追いかけようとするクロの肩を、ヨナが掴んで止めた。

 

 「まぁ見てなって」

 

 エーギルが堂々と雑踏に入っていく。しかし、誰も彼に気づかない。

 つい先ほどまで彼の名を叫んでいた人々がすぐそばを通り過ぎても、誰一人として視線を向けなかった。

 まるでエーギルという存在だけが、この街の空気に溶けてしまったかのようだった。

 

 クロはぽかんと口を開けた。

「あれ?なんでみんな気づかないんだ?」

 

 「クロはドラゴンだから感覚が鋭すぎるんだよ。だから逆に理由がわからないのかも」

 エーギルはそう言いながら、屋台で買ったばかりの肉串数本を両手に戻ってきた。

 それを自然な流れでクロに差し出す。クロも当然のように受け取り、頬張った。

 

 「むっこの肉美味いな!……それでどういうことなんだ?」

 

 「また食ってやがる……わかりやすく言うとだな、エーギルは隠蔽スキルが異様に高ェんだ。」

 

 「……それは勇者としてどうなんだ?」

 

 「ドラゴン相手にはかなり便利なんだけどね。ちょっと見てて、クロ」

 エーギルが軽く息を整えると、その姿がみるみる薄れていく──正確には、“そこにいるのにいない”。


 

 「うぉっ!?エーギルがそこにいるのに消えた……すげぇ変な感じだ」

 気配をまったく感じないとはこういうことか。

 生き物なら必ず発するはずの熱や存在感が、すっぽりと消えている。

 ドラゴンの鋭い五感をもってしても、意識を集中しなければ捉えられない。

 

 これは狩られるドラゴンにとっては脅威そのものだ。クロは思わずゾッとする。

 

 「いつ見ても見事ですね。エーギル殿の隠蔽スキルは……」

 ルーカスは感心したように呟いた。

 執事としては喉から手が出るほど欲しいスキルなのだろう。

 

 「俺としては、隠してるつもりは全然ないんだけどね。気配を消すのが癖になっちゃってるみたいだ」

 

 「ま、これでわかったろ?だからギルは、あの青マントが必需品なんだよ」

 

 あの鮮やかな青いマントを羽織ることで、エーギルはようやく人並みの存在感になる。

 あのマントはただの飾りではなかったとクロは納得する。

 ちなみに、全身黒い服を着るのも禁止されているらしい。

 雑踏に紛れてしまえば、どんな手練れでも見つけられないからだ。

 

 「ああ……街でよく聞くエーギルの英雄譚で、“神出鬼没”って言われてるのはこのせいか」

 必要な時にしか姿を現さない――そう人々に映ったのだろう。

 

 エーギルは曖昧に微笑む。何も言わないその表情が、クロには答えに思えた。

 なるほど、これなら馬車より徒歩のほうが目立たないはずだ。

 

「絶対に俺から離れるなよ?」とヨナが釘を刺す。


「大丈夫、もしはぐれても俺のほうから絶対見つけるから」

 エーギルはのんきに返した。


 

◇◇◇◇◇◇


 

 「ここがヨナん家の武器屋か……」

 堂々たる店構えだった。リネン家が営む武器屋で、エーギルの話では中央都市でも指折りの名店らしい。

 店の軒先には、武器屋を示す小看板が掲げられている。剣のマークだ。

 

 人里に来てからクロがまず教わったのが、この「店の印」だった。

 武器屋なら剣、宿屋ならランプ、食事処ならナイフとフォーク。

 異国の旅人や文字の読めない者でも、どんな店か一目で分かるように──それがこの大陸での共通法律だ。

 

 ──ちなみにクロが最初に覚えたのは、言うまでもなく食事処のマークである。

 


 店に入ると、すぐに店員が出迎えた。案内されるままに、三人は地下の重厚な扉の前に立つ。


「特別室です。ゆっくりご覧くださいませ」

 店員が頭を下げ、静かに退室した。


 壁一面が武器で埋め尽くされた壮観な空間。

 中央の長机には、幾重もの刃の痕が刻まれ、職人の国らしい迫力に満ちていた。

 当初、クロは武器をもらうつもりなどなかった。

 

 爪も牙も十分な武器だ。しかしエーギルが言った。

 「クロが強いのは知ってる。でも、人姿で爪を使うのはまずいよ。今回ヨナの護衛という名目で王都へ行くんだ。見せかけでも剣一本はあったほうがいい」


 確かにその通りだった。クロはエーギルの言葉に頷いて物色を始める。

 

 だが、どれを見てもピンと来ない。

 剣、槍、暗器、大槌……どれも悪くはないが、しっくりこない。

 「さて困ったな。どれを選べばいいのかわからん」


 

 ふと、エーギルに尋ねた。

 「エーギルはどうしてその杖槍を選んだんだ?」

 「師匠の勧めさ。一人でドラゴンを仕留めるには、効率が大事だからね」

 

 ヨナも口を挟む。

 「俺はオヤジから拳闘術を叩き込まれた。ブン殴るのが一番早ェし、手ぶらで動けるのがいい」

 

 二人の話を聞きながら、クロは自分の“強み”を考えた。

 ──それは、ドラゴンならではの圧倒的な膂力。

 

 自然と目が引き寄せられたのは、巨大な大槌だった。

 黒鉄の光沢。片側が竜爪のように鋭く、もう一方は岩を砕く鈍重さを湛えている。

 

 「それはドワーフ史に名を残す名匠トールヴァルドの作、“鎚星ついせい”だ。アダトドラド隕鉄でできていて、頑丈だが重ェぞ」

 ヨナの説明に、クロは目を輝かせた。

「面白そうだな」

 

 クロがそれを持ち上げた瞬間、重厚な鉄の音が鳴り、ヨナの目が丸くなる。

 

 全く重さを感じさせない素振りに、ヨナは驚嘆した。

「俺でも持ち上げるのに苦労したってのに……これがドラゴンの力か」

 

 「いい感じだね。とてもよく似合うよ、クロ」

 エーギルは嬉しそうに笑った。その手には、なぜか大きめのブラシが握られている。

 

 「なんだそのブラシは?」

 「ああこれ?剣磨き用らしいけど、クロの鱗磨きにもいいかなって」

 その声は、いいものを見つけた子供のような弾んだ調子だった。

 早く使ってみたくてたまらないという顔。買うのはもう確定なのだろう。

 

 「……そうか。まぁ気が向いた時に頼むな」

 クロが呆れ気味に言うと、エーギルは嬉しそうに笑った。

 


 そのとき、地下の扉が開いた。

 現れたのは、眼帯と頬の傷が印象的なドワーフ──ランドルフだった。

 「おう、それを選ぶとは見どころがあるな。鎚星ついせい、いい名だろう?」


 「俺が使っていいのか?」

 「一目で上物と見抜けた時点で、お前さんに資格はある。そいつはお前に懐いたんだ」

 ランドルフは愉快そうに笑った。

 

 そして、クロはその大槌を抱きしめるように見つめた。

 名匠が遺した奇跡の一振り。運命の出会いを感じた。

 

 「これにする」

 「だと思ったぜ」ランドルフは満足げに頷いた。

 

 「クロ。武器が決まったのならホルダーとか必要でしょ?上で採寸しよう」

 エーギルが階段を指差す。だがクロは鎚星を抱えたまま、首を横に振った。

 

 「いらん、自分の中にしまう」

 「えっ!?」

 

 クロは腹部に意識を集中させた。

 すると、その部分が幻のように揺らぎ、黒い裂け目が音もなく現れる。

 裂け目からは黒霧がふわりと溢れ、室内の空気がざわめいた。

 鎚星を近づけると、黒霧がまるで生き物のように反応し、刃を包み込む。

 そして、そのままゆっくりと裂け目の奥へ沈んでいった。

 完全に飲み込まれると、裂け目は何事もなかったかのように閉じ、黒霧も消える。

 

 エーギルが硬直した。

 「ちょ、ちょっと待ってクロ……今の、何?」

 彼は恐る恐るクロの腹を指で突く。

 

 「俺もよく分からんが、空間魔法の一種……だと思う」

 

 「空間魔法!? あんな大きいもの、体のどこに入ったの!? お腹痛くないの!?」

 

 「俺の腹の中だ。全く痛くないぞ」

 

 「えっ!?!?!?!?」

 エーギルとヨナの悲鳴が重なった。

 

 「困った、うまく説明できないな。このへんにマナを貯める倉庫みたいなのがあって、そこに保管してる」

 クロはみぞおちを指差す。

 しかし腹の重さは感じない。ただそこにあるという確かな感覚だけが残っていた。

 

 「ああ……なるほど。ドラゴンには魔力炉がある。それを応用して空間を作ったのかもしれないね」

 エーギルが納得したように頷く。

 

 「上位ドラゴンを倒すとたまに武器や宝物が出てくることがあるが…そこに仕舞われてたってことか」

 

 ランドルフは驚きに目を細め、低く唸った。

 「悪くねェな。そこにしまえば武器がお前のマナに馴染む。鎚星も化けるかもしれねェ」

 

 「なぁ、それって食いもんもしまえねェのか?お前すげェ食うだろ、食糧庫がいるぞ」

 ヨナが興味半分に尋ねる。

 

 「試してみたんだがダメだった。収納したら全部消化されてしまった。味がわからなくてもったいなかったな」

 「食べ物だと吸収されるのか。仕方がないね、食料は俺がいっぱい持つよ!」

 エーギルの声は、どこか嬉しそうだった。

 

 ──ドラゴンは太るのだろうか?

 ヨナの頭に、そんなくだらない疑問がよぎった。

 エーギルはクロに際限なく食べさせようとする。

 エーギルにとってそれは日課であり楽しみになっているのだ。

 従魔が太れば、主の管理能力を疑われる。

 しかもこいつは竜殺し。見ようによっては、クロを飼い慣らして何かを企んでいるようにも見られかねない。

 ……世間は面倒だ。

 

 ヨナは考えるのをやめ、小さくため息をついた。

 「ま、食わせるのは程々にな。太るぞ」


 「俺はドラゴンだから太らんぞ!……たぶんな」


 「ああ、それから──お前の武器代、ギルの勇者メダルを通じて王都に請求しておいたぜ」

 「えっ!?」

 「……と言いたいところだが、今回は俺の奢りだ。なに、オヤジの顔を立てると思えば安いもんだ」


 クロは目を丸くし、次の瞬間、ドラゴンとは思えぬほど嬉しそうに尻尾を振った。

 「ありがとう、ヨナ!」

 

 武器屋を出ると、クロは腹に収納した鎚星を大切そうにさすりながら、にやけた。

 「ああ、困ったな。早くこの武器を使いたくてたまらんぞ」

 

 その姿に、エーギルとヨナは思わず顔を見合わせた。

 「そんなに気に入ったの、可愛いねぇ」

 「プレゼントした甲斐があるってもんだぜ、大切にしろよ」


 二人の笑顔に、クロは少し照れくさそうに顔をそらした。

 腹の奥では、鎚星が静かに呼吸しているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ