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第31話:臨時通行状

 その男は、デリッツダム王国行政院参謀長、グロッタ・フェルド──王に最も近い席にあり、国政の要と呼ばれる人物だった。

 

 「随分と警戒心の強い顔だな、ヨナ殿。別に取り立てて厄介な話ではないさ」

 グロッタは豪快に笑いながら、分厚い手で書状を差し出す。

 封蝋にはデリッツダム王国の双斧の紋章がくっきりと刻まれていた。

 

 「臨時通行状だ。これで国境を通過できる」

 

 ヨナは受け取ると、その場で封を割り、中身にざっと目を通した。

 目がわずかに細まる。

 

 「……俺が指示を出していた臨時通行状とは少し違うようだが?」

 「ほう?」

 「臨時通行状という割には、効力が立派すぎる。王都への通行だけじゃない。──これ、辺境軍管区にも優先通行の許可が出てるな。何を企んでやがる?」

 

 グロッタは肩をすくめ、涼しい顔で答えた。

 「いや?相手は光の勇者殿なのだ。これくらいの権限は当然だろう。我々としても、勇者殿が不便を感じるのは本意ではない」

 

 「……そうかい」

 ヨナは書状を軽く折りたたみ、懐にしまい込む。

 その表情からは、納得と警戒がないまぜになった複雑な色が見て取れた。

 

 その間にグロッタはクロたちに目を向け、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 「──それともう一つ、頼みがある」

 

 その一言で空気が変わった。

 グロッタは腰を下ろし、低い声で続ける。

 

 「砂漠地帯で、一人の学者が行方不明になっている。名はハリム・ザカリア……ルドバキ族の末裔で、神学研究者だ」

 

 ヨナが眉を上げる。

 「ルドバキ族、ねぇ……物騒な響きだなァ」

 

 「あそこは危険地帯ゆえ、我々の部隊では捜索に入れぬ。だが、彼は重要な研究者だ。放置すれば他国に攫われかねん」

 

 グロッタはエーギルに視線を移し、深く頭を下げた。

 「光の勇者殿、貴殿に捜索を依頼したい。報酬はこの通りだ」

 

 ヨナはすぐには答えず、腕を組んで考え込む。

 「……こいつ直々に来るってことは、ただの依頼じゃねェな」

 その呟きは、誰にも聞こえないほどの小さな声だった。

 

 「分かった。詳細は後で確認する。依頼は受けるよ」

 エーギルが頷くと、グロッタは満足げに立ち上がる。

 

 「感謝する。……では、神のご加護を」

 

 ドアが閉まると同時に、応接室に静寂が戻った。

 ヨナは椅子にもたれ、深く息を吐く。

 

 「……まったく、砂漠かよ。暑いのは苦手なんだがな」

 ぼやきながらも、口元にはどこか笑みが浮かんでいた。

 

 クロは目を輝かせて尻尾を振った。

 「砂漠!面白そうだしいいじゃねぇか!うまいもんあるかな?」

 

 ヨナがため息をつく横で、エーギルは苦笑した。

 「……あー、食いもんは期待すんな。砂しかねェぞ」

 

 「サボテンをステーキにするとうまいと聞いた」

 

 「この世界でそれを食べようとするの、クロくらいだよ。可愛いねぇ」

 砂漠でも食べる気満々のクロに、エーギルは思わずときめいた。それでこそクロだと!

 

 もっとも、この世界のサボテンは針が非常に固く、皮も厚く、食用には適さないという。

 それでもクロは気にする様子もなく「ドラゴンだし問題ないだろ」と胸を張った。

 彼には、食べようと思えばなんでも食べられるという、謎の本能的な自信があった。


 

 やがてギルド職員が資料を持って現れた。

 淹れ直された茶は香り高く、菓子皿はクロによって即座に空になった。

 

 ヨナが差し出したのは、グロッタの秘書が作成した今回の正式な依頼書だった。

 モノクルをかけた神経質そうな竜人族──ハリム・ザカリアの似顔絵が描かれている。


 乾燥した大地を思わせる薄い黄土色の鱗に、鼠色の瞳。

 爬虫類のような細長い瞳孔が鋭い印象を与える。

 似顔絵に描かれたモノクル越しの眼光は、近寄りがたい雰囲気がある。

 ──端的に言えば、目つきが悪い。

 

 「……これはAランク級の遭難者捜索依頼だな。珍しい」

 ヨナが低く呟く。

 

 「なんでただの人探しが高ランク依頼になるんだ?こいつを見つけるのがめちゃくちゃ難しいとか、裏社会に狙われてるとかか?」

 クロは依頼書の似顔絵を訝しげに睨む。

 

 「それはね、彼が行方不明になった場所が問題なんだ」

 エーギルは地図を広げ、指先で砂漠地帯を示した。

 その地図はギルドの地図らしく、いろいろな書き込みがあった。


 「ここが蒼月の砂漠。彼は遺跡調査で向かったらしいね」

 広大な砂の海に、クロは思わず唸った。

 ヴァーレンベルク大樹海の二倍はあるぞ。

 

 「蒼月の砂漠……蒼い月でも見られるのか?」

 

 クロのその疑問にヨナが答えた。

 「この砂漠はな、夜になると砂が蒼く光るんだ。だからそう呼ばれてる」

 

 クロは月光の下で青く輝く砂漠を想像して、その幻想的な風景に非常に興味をそそられた。

 砂漠地帯の部分を興味深そうに眺めるクロを、エーギルは微笑ましく思った。

 湧き上がる興味を隠しきれず、クロの尻尾がゆらゆらと軽く揺れている。

 

 「彼が行った遺跡はこの辺り……かな」

 エーギルが地図の中央近く、×印の密集する場所を指差す。

 

 「この×印は何だ?遺跡とかか?」

 「それは危険エリアの印だ。例えば盗賊の拠点や、危険な魔物の住処とかだな」


 「そんな危険なところに、一人で行ったのか……!?」

 クロは思わず声を上げた。冒険者ならまだしも、ハリムは学者だ。


 「いや、このギルドで護衛を一人雇ったらしい。B級のベテラン冒険者だ」

 帰還予定日を数日過ぎても、二人は戻らなかったのだという。

 ギルドは、彼らの身に何かがあったとみて、速やかに彼らの捜索依頼を出した。


 魔物暴走の多発地帯、危険区域、そして政治的な火種。

 捜索を急ぐ理由は山ほどある。


「……はぁ。面倒なことになりそうだな」

 ヨナは地図を畳んで、ぼそりと呟く。



 こうして、一行の次なる目的地──蒼月の砂漠──が決まった。

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