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第30話:門を叩く声

 「武器屋の前に、ギルドに寄っておくか」

 ヨナがそう言ってルーカスに指示を出すと、リネン邸を出た馬車は軽やかに街道を進み始めた。


 「あれ?ここがギルドなのか?……思ったより小さいな」

 目の前にあったデリッツダム支部のギルドハウスは、意外なほどこぢんまりしていた。

 ラルツィレ支部の半分ほどの規模だった。

 

 エーギルとヨナは受付へ向かった。

 その間、クロはおやつのりんごをかじりながらベンチで待つ。

 

 (たぶん、ラルツィレのは商業ギルドと冒険者ギルドが併設されていたから大きかったのかもな。)

 そう考えながらもう一口。うん、デリッツダム産のりんごはほどよい酸味でさっぱりとした味わいだ。

 プロド村産の甘いりんごも良かったが、これは酒にしたら絶対美味いな!

 齧るたびに口の中に広がる爽やかな甘みに、思わずクロの尻尾が揺れる。


 

 そんなクロの耳に、行き交うドワーフ職員たちのひそひそ声が飛び込んできた。


 「まさかラルツィレ支部の副ギルドマスターがいらっしゃるとは……こんな小さい支部に何の用だろうか」

 「世界で二番目に大きいのがラルツィレ支部なのだろう?冒険者登録数も桁違いだし、依頼も国境を越えるものばかりだと聞く」

 「ああ。ガブリエル様もただの支部長じゃない。本部の評議会に席を持っているくらいだ」


 「……ガブリエル?あの眼鏡のおっさん、そんなに偉いのか?」

 クロが首を傾げると、近くの職員がぎょっとした顔で振り返った。

 

 「おっさんって……!ガブリエル様はラルツィレ支部のギルドマスター、世界屈指の権威ですよ!本部長と直接意見を交わせる立場なんです!」


 ちょうどそのとき、奥からヨナが現れた。

 金髪が照明に映え、ざわめいていた空気が一瞬で静まり返る。

 「副ギルドマスター……!」

 

 カツン、カツン──と規則的に響く音。

 彼がただ歩むだけで、王城の謁見の間さながらの緊張感が広がる。威圧ではなく、規律を呼び覚ます存在感だった。


 クロはぽつりと呟いた。

 「……なんか女王様でも来たみたいだな」

 「ハァ……せめて王様って言え」


 エーギルは笑って肩をすくめる。

 「当然だよ。ラルツィレ支部は本部に次ぐ大拠点。その副ギルドマスターってことは、実質世界のナンバー2の窓口なんだ」

 

 「……おいおい、そんなすごい奴が幼馴染かよ」

 

 クロの呆れ混じりの声に、エーギルはくすりと笑った。

 「うん、すごく心強いでしょ?」

 

 ヨナはその言葉に誇らしげに笑みを浮かべた。


 「……あー、でも待てよ。俺はすごいドラゴンで、その主は光の勇者。さらに、世界のナンバー2の副ギルドマスター。もしかしなくても、これってとんでもないメンバーだな?」

 これでは、初めからぐうたらできるはずがない。面倒事の予感に、クロは思わず頭を抱えた。


「今さら気づいたのか?」

 ヨナが呆れ顔で返す。


 ――静かに、目立たず、のんびり。

 出発前に3人で決めたこの旅の合言葉の重みとともに、それは叶わないだろうなという予感をますます強くさせたクロだった。

 

 

 

 その後、ヨナの案内で向かったのは仮登録室だった。

 ギルドの奥まった場所にあるその部屋は、どこか薄暗かった。

 壁際には使われていない書類棚や木箱が並んでおり、埃が薄く積もっている。

 ……ここはどう見ても倉庫なのでは、とクロは思わず心の中で呟いた。

 

 人払いされているのか、室内にはギルド職員のドワーフ二人しかいない。

 

 ヨナは奥の机に歩み寄り、振り返った。

 「王都まで俺の護衛をやるだろ?列車に乗るのにも身分証が必要だ。だから、ここで従魔の仮登録をする」

 

 職員が翡翠色の大きな鏡を運んでくる。

 「これは種族判定機です。この鏡の前に立ってください」

 

 「おう!人化は解いたほうがいいのか?」

 クロが元気よく種族判定機の前に立つ。

 

 「いえ、そのままで大丈夫です。人化形態と魔力紋も登録するためのものですので……それでは始めますね」

 

 低い音を立てて種族判定機が起動した。

 やがてクロの姿を映したかと思うと、鏡面が一瞬で黒く染まり、粉々に砕け散った。

 

 「判定不能……!?」「壊れた……!」

 職員たちが絶句する。

 

 「……壊れたか。本部の方へ回せ」

 ヨナが苦い顔で指示する。

 

 「しかし登録ができないと、仮登録すら……」

 「臨時通行状なら出せるだろ?従魔用の身分証がいるんだ」

 「それですと列車には乗れませんが……よろしいのですか、ヨナ様?」

 「仕方がねェ、あとで考える。なんとかなるだろ」

 

 慌ただしく走り回る職員たちを見て、クロはポカンとしていた。

 「なぁエーギル。俺、そんなにいい男だったか?」

 

 その問いに、エーギルは真顔で頷く。冗談か本気か分からない。

 「……そいつは困ったな」クロは頭をかきながらぽつりと呟いた。


 

 

 臨時通行状の発行には少し時間がかかるということで、一行は応接室に通された。

 出されたお茶で喉を潤しながら、クロたちは雑談していた。


 「やっぱり冒険者ってのは、冒険者証があるんだろ?ランクがついたやつ」

 クロが前世で読み漁ったファンタジー作品から得た知識だ。

 

 「ああ、よく知ってるな。ちなみにお前のご主人様はSランクだ」

 ヨナは親指でエーギルを指差しながら言った。その表情はどこか誇らしげだった。


 「マジで!?さすが俺の主だな!」

 クロは自分のことのように嬉しく、誇らしい気持ちになった。

 ふふん、やはりドラゴンの主はこうでないとな! 

 

 クロに輝く目を向けられ、エーギルは苦笑した。

 光の勇者を拝命する前から「竜殺し」として知られていた彼。

 数多のドラゴンを単独で屠ってきた実績が、その評価を揺るぎないものにしていた。

 

 酒場で吟遊詩人が歌っていたのをクロは思い出した。

 勇者エーギルの人気は凄まじく、吟遊詩人たちは竜殺しの歌をこぞって謡う。

 特に勇者拝命直後のヒュドラとの戦いや、単身でドラゴンの国に乗り込み殲滅した話が人気だという。

 

 まるでおとぎ話の主人公だな、とクロは思った。

 実際この世界は、おとぎ話そのものなのだ。

 

 ドラゴンがいて、エルフがいて、妖精も魔物もいて、町中にはドワーフや獣人が行き交う。

 中世ヨーロッパを思わせる街並みには、異世界文字の看板が立ち並ぶ。

 ドワーフの鍛冶屋街では火花が舞い、金槌の音と男たちの威勢の声が響き渡る。

 レストランからは嗅いだことのない香ばしい匂いが漂い、胸が高鳴る。

 

 クロがいた前世とはまるで違う。何もかもが新鮮だった。

 ここは、剣も魔法もギルドもある世界なのだ。

 

 「そういえば、エーギルって勇者になる前は冒険者だったのか?狩人だって聞いたけど」

 

 「大型魔物を倒すのにはAランク以上の冒険者証が必要なんだよ。いわば免許証みたいなものかな。だから仕方なくね」

 

 「いやいや、お前は無くてもザクザク倒してただろ。あっという間にSランクになったのもすげェけどな……」

 

 クロが軽く首を傾げると、ヨナはニヤリと笑ってエーギルの過去を語りはじめた。

 「こいつは昔、大罪人になりかけていたのさ」

 

 その言葉にクロは目を丸くした。

 エーギルはばつが悪そうに、にへらと笑う。

 


 『ドラゴンを含む大型魔物の討伐を行う者は、Aランク以上の冒険者証が必要である。』

 修行時代のエーギル少年は、それを知らずに無免許で世界中のドラゴンを次々と討伐していた。

 

 神出鬼没に現れ、ドラゴンを屠る「謎の竜殺しエルフ少年」。

 その名は瞬く間に広まり、伝説とも怪談とも囁かれた。

 ギルド調査部ですら素性を掴めず、名前すら不明。ましてや絶滅寸前のエルフ族。

 無免許であることは明らかだった。

 

 討伐依頼を受けた冒険者が現場に着くと、そこにはすでに絶命したドラゴンと、その傍らに立つ少年の姿。

 「またあいつか……」

 憤り、感嘆、憧れ、諦め、呆れ、対抗心。冒険者たちの感情はさまざまだった。

 

 ある時、血気盛んな冒険者たちが決闘を挑んだ。

 複数人で一人の少年に挑むなど野蛮すぎると批判もあったが、リーダーは違った。

 「あの少年こそが怪物だ」

 通常は五人以上で挑むドラゴンを単騎で狩る力を持つ少年に、一対一で挑む方がよほど野蛮だと考えたのだ。

 

 ……結果は惨敗。少年は圧倒的な力で彼らを打ちのめした。

 非公式ではあるものの、この一件で彼の実力は誰の目にも明らかとなった。

 ゆえに冒険者たちは止める術なく、遠巻きに彼を見送るしかなかった。

 

 エーギルの活躍は多くの命を救ったが、同時に冒険者たちの大きな損失となった。

 ドラゴンは皮から血まで、全てが高値で取引される宝山。

 本来なら彼らの報酬と名声となるはずが、エーギルは片っ端から潰してしまったのだ。


 だが、当の本人は気にも留めず、ただドラゴンを狩り続けた。

 名誉に興味はなく、報酬も顧みない。

 彼にとってそれは修行であり、狩りであり、ただの「日課」にすぎなかった。

 

 ギルドと冒険者の損失は膨大で、ついには指名手配の話まで浮上する始末。

 その中でエーギルを守り、便宜を図ったのがヨナだった。

 

 「まさか謎の竜殺しの正体が、お前だとは思わなかったぜ」

 笑いながらエーギルを小突くヨナ。

 エーギルを指名手配から守るには、並々ならぬ苦労があったに違いない。

 その副ギルドマスターという立場の重みが、そこに垣間見えた。


 「ははは……」

 エーギルは昔の記憶を掘り返され、少し気まずそうに笑った。

 彼にとっては、黒歴史の一つなのだろう。



 その時、応接室のドアをノックする音が響いた。

 控えめながらも、妙に重々しい音だった。

 

 「入れ」

 ヨナの声に応じて扉が開く。

 

 鎚紋の入った礼服をまとった、威厳あるドワーフの男が姿を現した。

 胸元には金属細工の勲章がいくつも光り、鍛冶の国デリッツダムでも一目置かれる高官であることが一瞬で分かる。

 

 「久しいな、ヨナ殿」

 低く、落ち着いた声が響いた。

 

 ヨナの表情が一瞬で引き締まる。

 

 「……まさか、あんたが来るとはなァ」

 軽口を叩きながらも、彼の眉間には小さな皺が寄っている。

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