第2話:ドラゴンと勇者の出会い
エーギルはギルドで手続きを済ませると、すぐにラルツィレの街の近くにある山へ向かった。
麓の森にはそれほど強い魔物は出なかったが、どれも普段ならこんな人里近くに降りてくるような魔物ではなかった。
山で何か異変が起こっていると見た方がよさそうだ。
エーギルは山の精霊たちに最近変わったことがないか、聞いてみることにした。
エルフが決して道に迷わないのは、その地にいる精霊たちと会話ができるからだ。エルフは精霊と話せる数少ない種族である。
エーギルが精霊語で呼びかけると、まもなく精霊たちが集まってきた。
蛍のように小さな光の群れがエーギルを取り囲む。
(わ!わたしたちの声がわかる人久しぶりにきたかも!)
(最近変わったこと?)
(そういえばあのねぼすけドラゴンが最近だんだん大きくなってるね!)
(200年前は小鹿くらいだったのにね!)
(山と同じくらいにおっきくなっちゃったね!)
(でもいつも寝てるの!)
(ずっと寝てるから体の上に森ができてるの!)
(寝床に神殿みたいなのを作ったら満足しちゃったみたい!)
(ぐうたらドラゴンだね!)
(不思議なドラゴンだね!)
……本当にそんなドラゴンがいるのか?
老いたドラゴンなら100年単位で眠るのは珍しくないが、話を聞く限りまだ若いドラゴンのようだ。
しかもそいつは眠りながら、目で見てわかるほど成長しているらしい。
エーギルは少し気になったので、そのドラゴンのもとに案内してもらうことになった。
精霊たちに導かれ、精霊たちと雑談しながら山の中を進む。
(それにしてもエルフのおにいさん、珍しいね!)
(エルフの勇者!)
(エルフが来るのも珍しい!)
「はは確かに勇者は人間ばかりだから、ちょっと珍しいかもな。俺は悪いドラゴンを倒すために勇者になったんだ」
(悪いドラゴン?)
「そう、世界を滅ぼそうとしている黒竜を探しているんだ」
(そうなんだ!でもこれから会うドラゴンは悪いドラゴンじゃないよ!)
(とっても強くて大きいけど!)
(びっくりするほどぐうたら!)
「はははひどい言われようだな。逆に気になってきたぞ。」
(あの子ずっと1人で寂しそうなの!)
(エーギル、お友達になるといいよ!)
(きっと喜ぶよ!)
「友達……か。うん、考えておくよ」
精霊たちは伝承によると、万物や未来を見通す目を持っているといわれている。
そんな彼らの助言は予言めいたものが多いので、それに従うと良いことがあるのだが……
もしそれが本当なら、これから俺はドラゴンと友達になるのか……?
エーギルがドラゴンと手を取り合う自分の姿を想像するよりも先に、目の前の獣道が開けた。
(ついたよ!あれだよ!)
「ああ、ありがとう………………これはまた、でかいな………」
エーギルは開いた口が塞がらなかった。
目の前にそびえ立つ山は、よく見ると他の地面と少し様子が違っていた。
地面が木根でやたらとデコボコしていた。木の根は網のように何かを覆っている。
つまりこの山は、木が深く根を張れるような地質ではないという事だ。
──まさか、この山自体がドラゴンなのか?
この苔や根の間からのぞく黒いものはもしや……と思い、苔に触れるとモロモロと崩れていった。
そこから現れたのは間違いなくドラゴンの艶やかな黒い鱗だった。
ざわり と嫌な予感がエーギルの背筋を撫で走った。
「お前はあの黒竜なのか……?」
ここは王都から離れた辺境だ。
仮に、あの黒竜は伝説などで語られるような昔からの存在ではなく、200年ほど前に生まれた突然変異種だとする。
それがこうして山に擬態して眠り続け、誰にも見つかることなく、災厄の日まで力を蓄えていたというならば……情報がほとんどなかった事にも合点がいく。
確かに巨大だが……災厄の日に見た時と比べると小さいし、覇気もほとんどないように思える。
エーギルは目の前のドラゴンと黒竜がどうしても繋がらなかった。
逡巡していると、目の前のドラゴンが身じろぎした。
思わずエーギルは反射的に槍を構えた。
さっき触れた時に起こしてしまったか?
先ほどエーギルが触れたところがちょうどドラゴンの目元だったらしく、至近距離でドラゴンの眼がぎょろりと開いた。
それはとてもよく見覚えのある、赤い眼だった。
◇◇◇◇◇◇
───何やらくすぐったいような、眩しいような、不思議なものを感じた。
不思議なくらいに、自然と瞼がすっと開いた。
首と背中が重い。体が凝っているのかと思ったが違うようだ。
体のあちこちに土が積もり、木が生えてしまっているらしい。
背を揺さぶってふるい落とす。
俺はどのくらい眠っていたのだろうか。
「ふわああ……よく寝たな。……ん?」
昼寝から目を覚ますと、そこには槍を構えた銀髪の人間……いやエルフがいた。
俺があくびをした口を閉じると、そのエルフは後退りした。
なかなかの強者の匂いがするな。相手をしてやるのも面白そうだが……いかん、まだ眠い。
二度寝すればこいつも他の奴と同じように、そのうち勝手に死ぬだろう。
「あ、おい!?こら!ちょっと待て、寝るな!」