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第1話:目覚め


──災厄。それは世界の滅び。

 大昔の古い伝承でよく聞くそれが、まさか自分が生きている内に訪れることになるなんて。

 

 太陽は暗雲に覆われ、空は赤黒く濁り、見渡す限りの焦土。

 薄暗いのでかろうじてまだ日は暮れていないようだ。風を遮るものがないからか、砂埃と煤が混じった焦げ臭い風がたえず吹き荒ぶ。所々焼けた木の内側に赤いものがちらちらとのぞいている。

 

 どう見ても地獄のような、絶望的な光景だった。

 これが伝承に聞く災厄か、とどこか他人事のように思う自分がいた。

 五感で感じ取る全てに自分以外の生命の気配が驚くほど全く感じられず、死の大地と化してしまっていた。

 

 本能が警鐘をけたたましく鳴らす、ここにいてはいけないと。


 ……でもどこに行けば? 

 ここは今朝まで俺たちが住む、森深くにあるエルフたちが住まう村だった。

 俺の立っている所がちょうど村の入り口あたりだ。


 狩りの途中で異変を感じ、急いで駆けつけた俺は、あまりの変わりように膝から崩れ落ちた。

 

 俺たちの村をとり囲む森は、濃厚なマナに満ちていて、精霊たちの囁き声が絶えず聞こえる美しい森だった。


 その森や村があった場所一帯どころか、その先にあった山も丸ごと消失し、地平線が見えるほど広範囲で焦土になっていた。

 あたりのマナが枯渇し、不気味なほど静まり返っている。

 あの山の近くには確か人間の国があったはずだが、影も形も無くなっている。

 

 

 いったいどんな存在がこの災厄をもたらしたのか……


 何か巨大なモノが近づいている……それを察知した瞬間、大地を震わすほどの大咆哮が響き渡り、あたりが一瞬で夜のように暗くなった。

 それはまるで、太陽までもが怯えて身を隠してしまうほどに、世界そのものがその存在を恐れているようだった。


 空を見上げると、赤黒く濁った空を埋め尽くすほどの巨大な黒竜がいた。

 あたり一面を夜にするほど洪大な影からある程度の予想はしていたが、その大きさに思わず息を呑んだ。


 黒竜の赤い目が不気味に輝く。

 次の瞬間、世界が光に包まれた。



<対象者の死亡を察知しました。ユニークスキル「時間回帰」発動!300年前に戻ります。>


 

──俺の「記憶」はここで途切れた。


 次に目を覚ますと、空は嘘のように青かった。

 

 さっきのは神の声だろうか?

 300年前といえば……青年だったはずの自分の肉体が、少年のものに戻っていた。

 傍には見覚えのある木剣があった。

 まだ真新しい木剣に下手な字で彫られた自分の名前。

 木剣に手を伸ばした瞬間、父に教わりながら名前を彫ったときのことがよみがえった。


 俺は信じられない気持ちでその木剣を抱えて、村の方向へ走った。


 湖が陽光を受けてきらきらと眩しく煌めいていた。

 耳をくすぐる精霊たちの囁き声も、美しい森も、むせ返るようなマナも、俺たちの村も、両親も、あの山も、すべてあの頃のままだった。

  

 俺はエーギル。

 自分は最高神エウリジの加護を持って生まれたのだと、両親から聞かされていた。

 右手にある聖痕がその証拠らしい。


 神の加護──神に選ばれた者だけがもつ特別なスキル「ユニークスキル」。



 長老はしわだらけの手で、エーギルの聖痕がある右手を恭しく祈るように包んだ。

「光神の聖痕とは……千年生きてきて初めて見た。加護を授かる条件はそれぞれ異なるが、最高神エウリジとなるとそれこそ古い伝承で聞くようなものだ。おそらくお前には何か“役目“があるのやも知れぬ……」


 

 当時はどんな加護か分からず現実感に乏しく、ただ頷く事しかできなかったのを覚えている。

 しかし一度死んで300年前に戻った今、エーギルはこの「時間回帰」こそが神の加護なのだと理解した。

 

 ならば、俺が賜った「役目」は──今から300年後に現れるあの災厄、黒竜を倒すことなのだろう。


 エーギルは勇者になることを決意した。


 そして200年後、彼は「光の勇者」を拝命する。

  

  

 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 光の勇者、エーギルは行き詰まっていた。

 

 世界中を歩き回ってあらゆる文献を読み漁っても、色々な人から話を聞いても、ドラゴン討伐依頼を片っ端から受けても、あの黒竜に関する情報が全くない。

 黒竜に関する話はあるにはあるが、生態や大きさからして別個体の話と思われる。


 ……となると考えられるのは突然変異か、極秘裏に封印されていた魔物か、誰かが召喚したかか。

 もし回帰前、当時村の外に出ていれば何かしら情報を得られたかもしれない。

 しかし当時の俺はしがない狩人エルフで、村の外に出ることは滅多になかった。そもそもエルフという種族自体、外界に興味がない者が多い。自分も例に漏れずその一人だった。


 

 あまりにも黒竜の情報がなさすぎる。エーギルはため息をついた。

 あれは夢を見ていたのではないか……?いっそ全部投げ捨てて里帰りしてしまおうかとも思ったが、いろいろ面倒なのでやめた。今から改めて注意して情報を集めていけば、何か手かがりを掴めるかもしれない。

  

 エーギルは風に吹かれ、眼前に広がるラルツィレの街並みを見て目を細めた。

 その赤煉瓦に彩られた素朴ながらも美しい街並みは、周囲の緑と調和し、長く続いた人々の営みと温かみを感じさせる。市場の元気なかけ声や子供達がはしゃぐ声が耳に入ってきた。

 

 エーギルは前向きに考えることにした。

 何もせず最悪の結末を迎えるより、災厄の日までやれる事をした方がいいよな。

 何事もなく平和ならばそれに越したことはない。 

 せっかく勇者になったんだ。たとえ黒竜が現れなくても、この世界を守るために光の勇者としてできることをしていこう。


 そう、この世界を絶対に守ると神に誓ったのだから。


     

 黒竜の情報収集のために立ち寄ったこのラルツィレの街だが、最近山から降りてくる魔物が増えていて困っているらしい。

 最近の不作で魔物が山から降りてくることは珍しくないが、魔物の様子からして原因は別にありそうな気がするとのこと。

 もし不作が原因ならば、飢えで食べ物を漁ったり畑を荒らすことが多い。しかし最近降りてくる魔物は、飢えているわけでもなく、何かに怯えているような雰囲気なのだそうだ。


 エーギルの経験則から言うと、そういったケースは強力な魔物が他所から移ってきたことが原因である事が多い。

 特に食物連鎖の頂点にいて移動範囲がかなり広い魔物──例えばドラゴンがやってきたとか。

 

 エーギルは早急にギルドに向かい、原因調査と魔物討伐を引き受けることにした。

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