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18話:巨人盛りの衝撃

 エーギルがドアを開けると、カランカランと鈴が軽やかに鳴る。

 店内に入ると、焼ける肉料理の良い匂いがより濃厚になった。


 おお……、とクロは思わず感嘆の声をあげた。


 中は映画やゲームでよく見る、庶民の酒場そのものだった。

 エーギルの言う通り、肉料理が美味いのは間違いなさそうだ。

 久しぶりの料理にテンションが上がりすぎて、食べる時まともでいられないかもしれない。

 店の雰囲気的にテーブルマナーはあまり気にしなくても良さそうだと、クロはそっと胸を撫で下ろした。


 ここは客が自分で席を選ぶ方式らしい。

 クロは迷わず大きめのテーブル席を選んだ。料理がいくら並んでも大丈夫なように、だ。

 いっぱい食べる気満々だね、とエーギルは苦笑した。


「俺はいつもの定食、こいつには肉料理を」

 まもなく飲み物を持ってやってきた店員に、慣れた様子で注文するエーギル。

 

「とにかく大盛りだ」俺はすかさず付け加えた。

「肉料理は巨人盛りで」

「かしこまりました」


 エーギルによると、種族ごとに一食分の量が異なるため、大体の店ではその種族に応じた量を提供するそうだ。

 よって、大盛りを注文するときは、希望サイズを伝える必要がある。

 ギルドの近くにあるこの店は色々な種族が立ち入りするので、遠慮なく大盛りを注文できるのだという。

 

 「いい店じゃないか!」

 クロはエーギルの話を聞いて、この店の常連になることを決めた。まだ食べていないが、絶対美味い。

 

 俺は覚えた、これからは巨人盛りで絶対頼むぞ。

 ドラゴン盛りはないか聞いてみたが、そもそもドラゴンが人間の店に来ること自体がまずないのだそうだ。

 ドラゴンに近い外見を持つ竜人族もいるが、食事量は人とそれほど変わらないらしい。

 

「ドラゴン盛りはないのは残念だな……。そういえば、この世界ではドラゴンはどんな扱いなんだ?やっぱり悪いやつか?」

 

「うーん、良い奴も悪い奴もいるから一概に悪いやつとは言えないかな。」

 

「そうなのか?」

 

「全ての食物連鎖の上位に立つ存在だから皆まずは警戒しちゃうけど……人々に寄り添って生きるドラゴンもいるんだ」

 彼らは全てを見守り、人々に時々助言をくれるのだという。

 そういうドラゴンは神の眷属と呼ばれ、守り神のような存在として信仰する部族もいる、とエーギルは語った。


「ユース・ユーキスの解析結果が神の子ってのはそういうことなのか?」

「そうかもしれない。なんかクロが神様として信仰される姿があんまり想像できないけど……」

「ははは、俺もだ。それになんか面倒くさそうだしな」


「お待たせしました」

 店員の声がして振り向くと、そこには山のように盛られた料理が立っていた──いや、運んでいる店員が隠れてしまうほどに盛られた料理があった。大きな鉄板の上に、黄金色のタレがよく絡んだ分厚い肉が何重にも積み重ねられている。

 これが巨人盛り……!前世では絶対に見られない圧倒的なボリュームに思わず、クロは真顔になってしまった。

 

 どん!と重そうな音を立ててテーブルに置かれた。料理が立てていい音じゃねえぞ。


「ふぅ……本日の肉料理はボア肉の香草焼きです!いっぱい食べてくださいね!」

「お、おう……」

 

 ボア肉ってイノシシみたいなやつだろうか?見た感じは豚肉っぽい。

 よく知らない肉だが、これは間違いなく美味いとクロの嗅覚が告げている。

 その料理を運んできた店員は、筋骨たくましいスキンヘッドの強面男だった。

 彼の表情は仕事をやり遂げた爽やかな達成感で満ちていた。汗がキラキラと輝いている。

 意外と丁寧な手つきで、クロの前に大き目のナイフとフォークを置いてくれた。

 

 一方、エーギルの料理を運んできたのは可愛い女性店員だった。

 コトリ、と軽やかな音を立てて置かれたのは野菜料理。

 心なしか店員さんの頬が赤い気がする。心なしか背景に少女漫画のような花が見える。

 ……同じテーブルなのに、俺のと世界が違いすぎる。

 

 彼女は料理の説明をした後、そそくさと去っていった。

 彼女が戻って行ったカウンターの方を見ると、数名の女性店員がきゃあきゃあと小鳥のように騒いでいた。

 どんな会話をしているか、聞き耳を立てるまでもなく想像できる。

 この店の常連らしいエーギルは、彼女達にとってアイドルなのだろう。

 

「クロのも美味しそうだね!」

 エーギルはいつも自分のことのように色んなことを喜んでくれる。

 

「ああ……ここまで大盛りだとは思わなかったぞ。金とか大丈夫なのか?」

 クロのドラゴン的嗅覚が、エーギルはそんなに金を持っていないと告げている。

 

「大丈夫、勇者の旅費は全部経費で落ちるよ。王国が全額負担してくれているんだ」

 

 なんだと?王国直々の奢りだと思うと、目の前の肉料理がますます輝いて見えてきた。

 俺はノータイムでフォークを握った。

 

「いだだきますッッ!!!」

 

 口に入れた瞬間にあふれる肉汁がほとばしった。舌がとろけるとはまさにこのことだと、クロは思った。

 噛めば噛むほど、肉の旨みと岩塩と香草の爽やかな香りが口の中で美しく混ざり合い、最高のハーモニーを奏でていく。

 隠し味に使われた柑橘系の酸味が後味を爽やかにしつつも、肉の芳醇な旨味の余韻を邪魔しない程度になっている。

 その塩梅が見事で思わず、芸術点の高さに唸った。フォークを持つ手に思わず力に手が入る。

 初めはこの量を食い切れるかちょっぴり不安だったが、この美味しさとドラゴンの胃袋なら全く余裕だ。


 おほっ、美味い……美味すぎる……!!

 あまりにも美味しすぎて言葉を発する余裕がなかった。

 フォークが止まらない。厚い肉の一切れが一口で消えていく。


「クロ、涙が……!どうしたの!?」

 ぎょっとするエーギル。


「泣くほど美味い」

 気がつけば感激のあまり涙が溢れていた。片手で涙を拭い、フォークを握りしめる。


「エーギル、連れてきてくれてありがとう」

 クロは震える手でエーギルの手をとった。


「こちらこそ、気に入ってくれて良かった。いっぱいお食べ」

 慈悲に満ちた笑みで、クロの口周りについた汚れをナプキンで優しく拭う。

 

 口周りの汚れにも気づかないほど料理に夢中になっていた事が、クロは恥ずかしくなった。

 彼の天使のように優しい笑顔がいたたまれない。


「はぁ……何度食べても美味すぎる……幸せだ」 

 ある程度食べて少し頭が冷静になってきた。

 あんなにたくさん盛られていた肉がもう後少ししかない。クロは少し切なくなった。

 

 俺の食事代は従魔の餌代として処理されるのか?これからも安心して腹一杯食べられそうだ。


 残りの肉はあと少し。

 クロが丁寧に食べていこうと口を開けた瞬間、ドアがカランカランと軽快な音を立てて開いた。

 その来客にやや店内がざわめいたのがちょっと気になり、ドアの方をチラリと見る。

  


 ──そこにいたのは、物凄い美人だった。

 

 その人物の圧倒的な美貌とオーラに、クロは思わず息をのんだ。

 見る者を圧倒するような女王の如き美貌と佇まい。

 あれほど騒がしかった店内が、水を打ったように静まり返る。

 

 静寂の中、その人物はヒールの音を響かせてこちらに近づいてくる。高身長からくる威圧感。

 光を吸い込む淡い金色の長いポニーテールが、優雅な歩調に合わせて猫の尻尾のようにしなやかに揺れる。

 

 筋肉が程よくついた体躯や精悍な顔立ちから、ようやく男だとわかった。

 こちらを見据えるきりりと切れ上がった三白眼の瞳は、深いエメラルドグリーン色だった。

 それはまるで、森深くにある静かに光を湛えた湖を思わせる神秘的な色だった。

 

 その瞳の色に合わせたのか、品の良い深緑色のマントがとてもよく似合う。

 彼は貴族のような上等な装いで、この店にはあまり似つかわしくないように思えた。

 

 ……そんな人がなぜこんな店に来たのだろう?なんでこっちの方にくるんだ?

 

 ついその圧倒的な美貌に気を取られていたが、この男の耳が尖っている事にようやくクロは気づいた。

 エルフならこの美貌も納得だ……ん?エルフといえば……

 

「やあヨナじゃないか、どうしたんだ?」

 エーギルは呑気な声でそう言いながら立ち上がった。どうやら彼の知り合いのようだ。

 

 早速すごそうなやつが来ちゃったな、とクロは思った。

 エーギルは勇者だからたとえ王様と知り合いでも驚かない覚悟はできていたつもりだった。

 領主様とかだろうか。

 

「ギルがここにいると部下から連絡があってな……噂でドラゴンを従魔にしたと聞いたが」

 

 ギルというのは、エーギルの愛称らしい。この二人は相当仲がいいようだ。

 

 ていうか噂になるの早っ。俺そんなに目立っていたのか……。

 なんだか面倒くさそうなことになる予感を察知した俺は、素早く残りの肉を全部頬張った。

 大切に味わうつもりだったが、また注文すればいい。

 クロはフォークとナイフを置いて、水を飲み、口周りをナプキンで拭った。

 

 そのドラゴンなら俺の隣にいるよ、とにこやかに答えるエーギル。


「えーと……俺の名前はクロ。三日三晩の死闘の末にエーギルの従魔になったドラゴンだ、よろしく。」

 クロは椅子から立ち上がり、自己紹介しながら手を差し出した。

 

 ドラゴンに自己紹介されるとは思わなかったのか、ヨナが困惑した顔でエーギルを見る。

 

 この反応は何かまずかったのか? クロの背中にじんわりと変な冷や汗が滲む。

 まずい。もしかしてこっちの世界では握手とかそういう文化がなかったのか?


「クロは人化できるんだよ。すごいだろ?出会って間もないけど自慢の友達さ」

 へへ、よせやい照れちまうだろ。クロはドラゴンである証拠に少し尻尾を出して振ってみた。

 なぜかそのしっぽをエーギルが笑顔で撫でている。

 少しくすぐったかったが、悪いドラゴンじゃないアピールの一環として我慢した。

 

 「……なるほどな」ヨナがなぜか大きなため息をついた。

 それを見たエーギルがなぜか嬉しそうな顔をしていた。

 あ、なんかこの2人の関係が見えて来たぞ……振り回されているのか。


「クロ、紹介するね。こいつは幼馴染のヨナ。気難しいところがあるけどいいやつだよ!」

 エーギルはクロの事を最初にヨナに紹介できてとても嬉しいらしい。

 

「俺はラルツィレ支部の副ギルドマスター、ヨナだ。よろしく。」

 

 ヨナがクロの手を取ってくれた。とにかく握手が通じたことに一番ホッとした。

 彼はクロの自己紹介にいたく感心していたらしい。

 気高きドラゴンは握手などせぬわ!とかそんな感じのを想像していたのかもしれない。


 エーギルがヨナにこれまでのことを話した。

 事前の打ち合わせ通り、ギルドの調査依頼を受けて入ったラルツィレの森で出会い、死闘の末に従魔契約を結んだ(大嘘)……というふうに説明した。前世のことやヴァーレンベルク大樹海の件は伏せている。

 

 「近所にドラゴンがいたこと自体驚きだが、まさかそいつを従魔にしちまうとはな。全くお前は昔から予想外のことばかりしやがって……」

 ヨナは頭を抱えながらエーギルの話を聞いていた。

 いつもこんなふうにエーギルの無鉄砲さに振り回されているのだろう、とクロは思った。

 

 ──で、ギルはこれから王都に行って従魔登録をすんのか?

 ヨナはエーギルの隣で優雅にコーヒーカップを傾けながら尋ねた。

 その優美な姿から紡がれる言葉は、かなり砕けた男らしい口調だ。

 ギャップがすごくてクロは頭が追いつかない。

  

 「うん。ギルドで依頼完了報告と王都への連絡をしたら発つつもりだよ」

 エーギルは皿いっぱいのデザートを、飲み物ですと言わんばかりの速さでパクパク食べていく。

 ど、どうなってやがる……!クロもデザートを食べているが、色々気になりすぎて二人の話が頭に入らなかった。

 デザートはうまい。


 「なら王都まで一緒に行くか。ちょうど俺も王都に用があるんでな。お前らの手続きは俺がやっとくぜ」

 「えっ」

 「えっ」

 俺とエーギルの声が被った。

 

「俺は護衛を雇わなくて済むし、従魔の報告書も俺の名前で書いてやれる。ちょうどいいだろ?」

 コーヒーカップを置いてニヤリと笑うヨナ。


「それは助かるけど……ヨナは護衛なんていらないでしょ?結構強いんだから」

 拳を固めてシュッシュっとファイティングポーズをとるエーギル。

 

 デザートが載っていた皿は綺麗に空になっていた。

 ちょうど店員が空になった皿を下げに来た。

 「あ、デザートおかわりくれ!」

 クロは空になった皿を指さして言うと、店員さんはすぐにおかわりを持ってきてくれた。

 

 ヨナは、クロの食欲に驚きつつも、その無邪気な様子に少し微笑んだ。

 「お前のドラゴンはよく食べるな。冒険の旅は食費がかかるぞ」

 「うん、クロかわいいでしょ?」とエーギルは満面の笑みで返した。


 ヨナは空になったコーヒーカップを下ろした。

 「護衛中、お前らの飯も約束するし報酬も出す。これでも副ギルドマスターだから、形だけでも護衛をつけろって、ジジイも上もうるせえんだよ」

 上の連中の小言を思い出したのか、ヨナは面倒くさそうに髪を払った。

 

 多分形だけではなく妙な輩に絡まれないようにするためでは……と思ったが、クロは黙っていることにした。 

 

 あー最近なんか王都騒がしいって聞くしねぇ、とエーギルは呑気に返した。

 クロはなんだか女子高生の会話を聞いている気分になった。


 

 エルフ(副ギルドマスター)がなかまになった!

 

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