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17話:竜の胃袋と冒険の始まり

 クロとエーギルが、ヴァーレンベルク大樹海を出てラルツィレの街へ向かう途中のこと。

 

 クロがドラゴン姿で人里近くを飛び回ると間違いなく大騒ぎになるだろう。

 エーギルと相談して、クロは途中から人化して徒歩で向かうことになった。

 

 ドラゴン姿の時と違って、行き交う旅人たちは皆フレンドリーだった。

 自分の姿を見て驚かれたり怯えられたりするような事がない。

 本当に人化スキルを得て良かった、と心の底からクロは思った。

 

 ようやくラルツィレの街が見えてきた頃、異変は起こった。

 これは何だかまずい、とクロは足を止めた。

 微かな違和感が時間を経るごとに徐々に色濃くなり、確信へ変わった。

 身を焼くような腹の不快感にクロは顔を顰めた。

 体が鉛のように重く、吐き気がしてくる。視界がぐるぐると回り、意識が遠のきそうだった。

 「まさか、このまま死んでしまうのか?」そんな恐怖が頭をよぎった。

 ドラゴンになってから初めて経験する体調不良に、クロは戸惑いを隠せなかった。


 「クロどうしたの?」

 クロが突然足を止めたので、エーギルが不思議に思って振り返る。

 

 クロはすがるように彼の手を掴んだ。

 「体に力が入らん……っ、気持ち悪い」

 声を出す余裕もなかったことに自分でも驚く。

 不調を自覚したとたんに動悸が強まった。自分の心臓の音がやけに響いてとても耳障りだ。

 

「えっ!?大丈夫!?頭痛や熱とかはない?」

 慌てふためくエーギルに引っ張られ、半ば強引に近くの木陰に寝かされた。

 ペタペタとあちこち触られ、いろいろ聞かれながら熱を測られた。

 熱はなく、マナの流れも問題ないので魔力切れなどではないらしい。

 クロの頭上のアイマスクも、すっかり元気をなくして目を閉じている。

 

 雲ひとつない青空で草も柔らかく、なかなか悪くない寝心地だが、今はそれどころではない。

 クロにとって、ドラゴンになってから初めての体調不良だ。

 前世人間だった頃と体の勝手が違うので、何が原因か思い当たるような目安すらつけられない。

 ドラゴンの体はかなり丈夫だった。何をしても、何をされても命の危険が全くなかった。

 今までいくらか無茶をしたり、泥水を啜ったり、怪しいゲテモノや毒入りのものを食べても、常に絶好調だった。

 そんな自分が、体調を崩すなど想像もできなかった。


 エーギルにとってもドラゴンの介抱は初めてだった。

 初めて見るクロのぐったりとした姿に、エーギルは泣きそうだった。

 とりあえず治癒魔法をかけてみたのだが、まるで効果がない。

 

 「うーん……人化で力を使いすぎたとかかな?もし人状態が辛いならドラゴンにも戻っていいよ。とりあえずポーション飲んでみる?」


 エーギルが懐からポーションを取り出した瞬間、突如謎の轟音が鳴り響いた。

 轟音は、まるで地底深くから湧き上がるマグマの如く、空気を震わせた。

 それは雷鳴にも似た、深淵から聞こえてくるような不気味な音だった。

 

 何の音か分からず、すぐさま敵襲に備えて俺とエーギルは身構えたが、近辺に敵の気配はなかった。

 訳がわからずエーギルと顔を見合わせていると、また再びあの轟音がした。

 この音は……もしかすると、俺の腹からか?クロが自分の腹に触れると、やはりそこからだった。


「なるほど、空腹だったんだね」

 エーギルは警戒体勢を解くと、優しい笑顔でそっとポーションをしまった。

 代わりに1個のりんごを手渡された。

  

 「……………………すまん」

 

 クロは羞恥でそれ以上何も言えず、黙ってりんごを受け取った。

 

 どちらかと言えばあまりそれを食べる気分ではなかった。

 しかし、一口齧るとりんごの甘く爽やかな風味が呼び水となり、食べる口が止まらなかった。

 空腹は最高のスパイス──本当に長い間、これを忘れていた。

 

 クロは差し出された2個目も貪るように食べた。あっという間に10個も平らげた。

 それでもクロがまだ食べたいような表情でエーギルを見たので、一気に5個を手渡した。

 ヴァーレンベルク大樹海でたくさんとっておいて良かった、とエーギルは笑った。

 

 腹を満たすにはまだまだ足りないが、少し体が温まって楽になってきた。

 そういえばドラゴンになってから一度も飢餓感を感じたことがなかった。

 腹が鳴ったのも今日が初めてかもしれない。


 「さっきみたいに大きな音がするなら、絶対に人前でクロのお腹を空かせちゃいけないね」

 エーギルは真面目な顔で言った。


 なるほど、これがユース・ユーキスが言っていた人化スキル取得の代償か……。

 今までは鱗のおかげで餓死の心配をせず100年単位で寝ていられたが、これからはちゃんと食べないと危ないな。

 それにしても果物2つでちょびっとしか腹を満たせないなんて、相当な量が必要そうだ。

 腹の音もやばかったし、我が身のことながらドラゴンの胃袋の大きさに震える。


 クロの顔色が多少良くなったのを見て安心したのか、エーギルが俺の隣に腰を下ろした。

 

「少し休んだらラルツィレの街まで頑張って行こう!着いたら俺おすすめのお店に連れていってあげるからさ。」

 

 エーギルの笑顔が眩しく、クロは彼のことが気の毒にもなってきた。

 多分お前はこれから俺の食費に悩まされる事になるぞ。まぁそれでも食うがな!


 「……多分だけど、俺めちゃくちゃ食うぞ。これ食ってみてわかったけど、胃袋がドラゴンサイズだ」


 「大丈夫だよ。いっぱいお食べ!」

 この異世界はいろんな種族が住んでいるしね、とエーギルは言った。

 

 「確かに。いろんな種族がいるなら食事量もそれぞれ違うか。もし巨人盛りとかあれば、ぜひそっちを頼もう」

 

 

◇◇◇◇◇◇


 

 エーギルと共に門をくぐると、そこは活気あふれるラルツィレの街だった。

 初めて見る街にクロは目を輝かせた。彼の目には何もかもが鮮やかに映った。

 色とりどりの家が建ち並び、市場には様々な種類の野菜や果物が並んでいる。

 街のシンボルである大きな時計塔が、刻々と時間を刻んでいた。

 

 「おっ!光の勇者様じゃないか!サラマンダーの時はありがとうよ」

 「あ!竜殺しのエーギルだ!」

 「ドラゴンの皮が入ったらぜひうちにおろしてよ!ワイバーンの皮でもいいからさ!」

 「やっぱりこないだのはドラゴンかい?」

 「そっちの兄ちゃんは見かけない顔だねえ」

 

 クロがラルツィレの街に着いてすぐわかったのは、エーギルが竜殺しとも呼ばれていた事だ。

 行き交う人々が、エーギルのことを竜殺しと呼んでいる。


 「ははは………俺の師匠がスパルタでさ、昔色々やらされてたんだよ」

 街の人々に手を振りながら、苦笑するエーギル。

 

 修行がてら黒竜の手かがりを探し求めて世界各地をあちこち飛び回り、ドラゴン関連の討伐依頼を片っ端から受けた末についたあだ名が竜殺し。

 エーギル本人は竜殺しの称号をあまり気に入っていないので、光の勇者の方を名乗っているらしい。

 

 「200年間の勇者修行って何事だと思ったら、そういうことか。長命のエルフにしかできない修行だな」

 

 あの時戦わなくて良かったと、クロは思った。

 エーギルは、よくファンタジーで見る分かりやすく強そうな、いかにも竜殺しの大剣などというような武器を背負っていない。

 彼が背負っているのは細く流麗な槍杖一本だけだ。その分200年間も竜殺しと呼ばれ続けてきた彼の強さが伝わる。

 同時に、初めて自分と出会ったときにエーギルがさほど驚かなかったのにも納得がいった。

 俺の隣でこんなふうにポヤポヤできるのも、ある意味修羅場を潜り抜けないと身につかない強さだ。

 

「お前、すごいな……」

 ああ……竜殺し、なんて黒い少年心をくすぐる響きだろうか!

 ファンタジー作品や神話の中だけだと思っていた存在が目の前にいる。

 クロは思わずキラキラした眼差しを向けてしまう。

 

「あ、着いたよ!ここだ。」

 振り返ったエーギルがクロの顔を見てくすくすと笑う。

 クロの輝く目線の先は自分ではなく、その建物だと思ったらしい。

 

 なぜなら、そこは食欲をそそる美味しそうな匂いが漂う食堂だったからだ。なるほどね。


 「何やら美味そうな匂いがするな」

 クロはもうこの時点でよだれが止まらなかった。尻尾が期待で大きくゆっくりと揺れる。

 

 エーギルに案内されたその食堂は煉瓦造りの建物で、ドア横にナイフとフォークの絵が描かれた小さな看板がぶら下がっている。

 文字が読めなくても食堂だとわかるよう配慮された看板だ。

 店前には樽がいくつか置かれてており、その使い込まれた様子から簡易的なテーブルとして使われているのだろう。

 外壁の小さな丸窓からは香ばしく食欲をそそる匂いが漂っていた。

 

 生肉の生臭い匂いとは全く違う、調理された色々な食材とスパイスが混ざり合った色彩豊かな匂い。

 ドラゴンに生まれてからは長らく嗅いでいなかったその匂いに、クロは感動してしまう。

 熱々の肉が焼けるジューシーな香りを胸いっぱいに吸うと、クロの頭は多幸感で満ちた。

 

 この匂いを嗅げただけでも人化の術を得られて良かった。

 ああ、これは……もう絶対美味いやつだな。嗅いでいるだけでよだれがすごい。

 クロは溢れてきたよだれをさっと拭った。

 楽しみすぎて、もはやどんな料理が出てくるのか逆に想像できない。


「さっき言ってた俺おすすめのお店だよ。特に肉料理が美味いんだ」

 

「ほお、肉料理か」とクロの目がギラリと光った。クロの頭上にあるアイマスクの目もやる気に満ちていた。


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