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第16話:灯火は消え、客人は去る

『……機密事項により、全てを話せないことをお許しください。』

 ユース・ユーキスの光は一度溶けるように消え、再びゆっくりと灯った。覚悟を決めて持ち上げる眼差しのごとく。

 

 『先ほどお話ししていた魂の研究、それはこの国の命運を大きく変えることになった禁断の領域への踏み込みでした。その結果、予期せぬ存在が生まれたのです。そして――』

 暗闇の中、静かに響き渡るユース・ユーキスの声。

 

 俺とエーギルは彼女の声に耳を傾けた。

 彼女の光が蝋燭のように揺らいで、俺たちの影を柔らかくなぶる。その揺れはどこか不安な気持ちにさせた。

 出口の見えない懺悔室にいるようだ。

 俺たちは皆何かの罪を抱えている──俺は唐突にそう感じた。


 ……500年前にこの地で起こった、「不測の事態」。

 それは、研究で偶然生まれた一体のホムンクルスの存在。

 その個体は、魂を喰らう者の特性を持っていたのである。

 

エーギルの長い耳がぴんと上がった。

 

「魂を喰らう者……そんなものが……まさか、それは()()と呼ばれるものでしょうか?」

 

 エーギルの声には、驚きと同時にどこか興奮気味なトーンが混じっていた。 

 エーギルは悪魔の存在をおとぎ話でしか聞いたことがなく、その実在を疑っていた。しかし、ユース・ユーキスの話を聞いて、その存在の恐ろしさを改めて認識した。

 

 『ええ……それ故厳重に管理していたのですが、脱走してしまいました。()()は、たった一夜でこの都市に住まう住民の魂を食い尽くし、外に逃亡しました。』

 その声は平坦でほとんど感情が読めない。レポートを機械的に読み上げているようだ。


 「一夜で……」

 俺は思わず顔を顰めた。恐ろしい光景が目に浮かんだ。

 魂ごと生命力を吸い取られていく無惨な光景。

 例えばドラゴンが国を滅ぼそうとするのは簡単だが、それは単なる破壊活動だ。そのため多少の取りこぼしはある。

 しかし、あの都市は取りこぼしが一切なかった。まるで骨だけが綺麗に残った魚のようだった。

 悪魔にとって、あの都市はただの皿に過ぎなかったのだ。

 

 

 「……その悪魔の行方は?どうなったのですか?」

 エーギルのその声にわずかに力がこもっていた。


 『不明です。私が生まれたのは事件後でした。私に命じられたのはこの都市の守護であり、事件の解決ではありません。』

 

「ふーん……当時、悪魔の脱走を外のやつらは知っていたのか?」


 『いいえ、おそらく何も知らないかと。ここは閉ざされた場所で、しかも魂の研究は禁忌でした。ここから大樹海の外へ出るのは困難です。外部と連絡を取れた可能性は低いでしょう。悪魔と生存者、どちらも外に出る前に死んだ可能性が高いと私はみています。』


 「仮にその悪魔が生きていたとしても、500年前だぞ。寿命で死んでる可能性もあるんじゃないか?」

 エーギルは首を横に振った。悪魔については分からないことの方が多いのだという。

 

 ……つまり、今も生きている可能性があるってことか。

 俺がそう言うと、ユース・ユーキスは頷くように深く点滅した。

 

 「話していただきありがとうございます、ユース様。あとは俺の方でできる限り悪魔の行方について調べましょう。失礼ですが、この都市の名前は?」

 

 お辞儀をするように光が深く点滅する。

 『……お礼を言うのはこちらの方ですよ、勇者様。都市名はユース・ユーキスです。』


 あなたと同じ名前だったのか、とエーギルは目を見開く。


 『ええ……私を転生させた方が、誰かが最後までこの名前を覚えていてくれるようにと。』

 

 「なるほどな。じゃあ俺たちがしっかり覚えておくぞ!ドラゴンとエルフだからな。余裕で千年語り継いでやる!」

 

 『ふふ、頼もしいですね。本当に、最後の客人があなたたちで良かった。』

 光の透明度が明らかに少しずつ高くなってきた。いよいよエネルギーが尽きようとしているだろう。

 

 『……そろそろ時間のようですね。最後にクロ様へ助言を──守るものは違いますが、あなたは私と同じ守護者です。どうかそれを忘れないでください。』

 彼女の光がひときわ強く、柔らかく輝いた。


 俺は力強く頷いた。


『お二人の旅路に光の導きがありますように……』 

 

 俺とエーギルは無言で彼女の消滅を見届けた。 

 やがて煙のような光の最後の一筋が消えると、あたりは完全な暗闇になった。


 彼女がいた空間にはもう何もない。

 ただ冷え冷えとした闇が広がるばかりだ。 

 

 思わず感傷的になって目をつぶる。

 すると、それまでに無かった瑞々しい緑の匂いが突然鼻腔をくすぐった。急に視界が明るくなり、何事かと驚いて目を開けた。風が髪を撫でるように流れ、コートの裾が軽く翻る。


「……は?」

「……え?」

 

 なんと、俺たちはあの祠の前に立っていたのだ。

 俺たちは驚いてあたりを見回した。あまりの驚きにしばらく言葉が出なかった。

 

 祠は完全に崩れていた。何も知らない人が見れば、ただの岩山だと思うだろう。

 ユース・ユーキスが都市を守るために、入り口を封鎖したに違いない。これでもう廃墟都市へ行く手段はないのだ。

 

 外は日差しに溢れ、とても穏やかな風が吹いていた。

 滞在時間は数時間にも満たないのに、長い間あの暗闇にいたような気がする。

 

 この祠も、あの廃墟都市も、ユーキス・ユーキス達の事も、全てが現実感がない。どれも夢の出来事のようだ。

 

 しかし人の姿を得た俺自身が、夢ではないことを証明している。

 


 「ユース・ユーキス、か……」

 「凄いところだったね」

 

 「……なあエーギル、お前エルフだから300年くらい生きているんだよな。今までいろんな都市や国が滅んできたんだろう?お前はそれを見てきたのか」

 

 「うーん……全部覚えているわけじゃないよ。100年かそこらで滅ぶのは案外珍しくないからね」

 

 「そうなのか?」

 

 「新しく集落や国ができたと思ったら、戦争や何やらで大体いつの間にか消えるんだ。それを全部ずっと覚えられると思うかい?花の名前を覚える方がずっといい。」

 

「エルフの感覚だ……」

 時間感覚もそうだが、花を選ぶあたり人への関心が薄いエルフらしいと思った。

 確かに、植物は100年経ってもその在り方は変わらない。

 

「……でもユース様のことはずっと忘れないと思う。クロもだろ?」

 エーギルは相棒へ悪戯っぽく微笑みかけた。


 むろんだと、頷いた。

 俺も何かと忘れっぽいが、エーギルと同じように千年経とうと忘れないだろう。


「さて人の姿にもなれるようになったことだし、お待ちかねの街に行きますか!ごはん!」

 俺はドラゴン姿に戻って翼を広げた。黒霧が混じる風になびくエーギルの銀髪が、黒翼の影に染まる。


 

 

 巨竜が飛び去ったあとには、小さな花が祠の周り一面を埋め尽くすように咲いていた。

 

 その花は白く淡い燐光を放ち、まるで雪原のようだった。

 この「シャラ」という花は、精霊が宿ると言われている。

 日当たりが悪く薄暗い大樹海で、健気に明かりを灯すその姿は、どこか()()を思い出させた。

 

 その花畑で眠っていた2匹の狼が目を覚ました。

 それぞれ赤銅色と銀色の毛並みを持つ2匹は、崩れた祠を一瞥し、空に向かって切なげに遠吠えを一つ二つあげた。

 やがてその2匹は溶けるように消えていった。


 

 上空で夕陽を浴びながら飛ぶクロとエーギルの胸には、ユース・ユーキスの言葉がずっと残り続けていた。

 2人はこの廃墟都市やあの守護者のことを決して忘れないだろう。

 エーギルは夕日に染まった大樹海をクロの背から見下ろしながらぽつりと言った。

 上からは廃墟都市が全く見えない。巧妙に隠されていたのだと再認識する。


「……それにしても、なぜこんなところに、あんな立派な都市があったんだろうね?」

 

「……さぁな。悪魔の件と一緒に調べるのも面白そうだな」



 


 ──全ては夢のように。

 ヴァーレンベルク大樹海に、梢枝が風に揺れて重たくさんざめく音だけが響き渡る。

 一際強い風が吹き渡り、樹海がまるで海のように波打つ。

 それはさながら、木々が勢いよく飛び去ったドラゴンに度肝を抜かれて次々と振り向いているようだった。


 ──失われし古代都市ユース・ユーキス。

 ヴァーレンベルク大樹海のどこかにある、謎に包まれた古代都市。

 かつて高度で華やかな文明で栄えていたが、神の怒りを買い一夜で滅んだと言われている。

 吟遊詩人や商人の間で語り継がれる古い御伽噺には、その地に棲まう可憐な花女神から都市名を授かる一節がある。


これにて旅立ち編<完>です。ここまで読んでいただきありがとうございました!

次回からは新しい章が始まります。

クロが街で美味しいものをいっぱい食べたり、新キャラと出会ったり、冒険者になったり、砂漠に行ったり。

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