第13話:ユース・ユーキスというモノ
通路は真っ暗だった。
かろうじて見えるのは、通路の床や壁を埋め尽くすおびただしい数の木根だけだった。
俺は夜目がきくほうだが、どういうわけかこの暗闇の中では何も見渡せない。
暗闇の中、顔を上げると向こうに何かが光るものがあった。
その方向へ自然と足が動く。
俺たちは光に誘われるように一本道を黙々と歩いた。
どのくらい歩いただろうか。
アリとシスは光の中心を指差しながら言った。
「あれがユースさまだよ」
木根が鞠のように編み込まれた鳥籠に、青白い光が閉じ込められている。
「あれがユース・ユーキス…」
人の大きさほどあるその鳥籠の中にいたのは、まばゆい光を放つ「六面体」の何かだった。
予想外の姿に言葉に詰まる。これは生き物では……ないのか?
鳥籠の中にある六面体はガラスのような質感だが、そこから放たれる光はたえずゆらめいていた。
その不規則なゆらめきは、蝋燭の炎にも、水面の光にも、似ていた。どこか心音のようにも見える。
心音があり呼吸する生き物が持つぬくもり──生命感──があった。
俺はどうすればいいのかわからず、エーギルと顔を見合わせた。
すると、鳥籠から不思議な声が響いてきた。
『ようこそ、光の勇者エーギル様とクロ様。久方ぶりの客人よ。私はユース・ユーキス。この街の守護を任されております。アリとシスから、あなたの勇気と強さのお話を聞かせていただきました。感謝しております。』
「し、喋った!?」
「それ、クロが言う?喋るドラゴンなんてクロ以外見たことないよ」
『あのゴーレムを遣わしたのは私です。まさかすぐに壊されてしまうとは思いませんでした。強度には自信があったのですが……クロ様はお強いのですね。』
「そ、その節は大変失礼いたしました……」
「俺の従魔がすみませんでした……俺からもしっかり言っておきますので」
二人で頭を下げると、ユース・ユーキスの感情を表すように、鳥籠の光が楽しげにさざめいた。
怒って……はいないようだ。
生命体なのか非生命体なのか、ますますわからなくなってくる。
ユース・ユーキスが放つ青白い光をじっと見ていると、不思議と懐かしく安らいだ気持ちになる。
いつの間にか周囲を取り囲む木の根は消え、あたりは漆黒の闇へ変わっていた。
すぐ隣にいたはずのアリとシスの姿はなかった。
おそらくこれはユース・ユーキスの力によるものだろう。
この空間には俺とエーギルと、ユース・ユーキスの3人だけになっていた。
ユース・ユーキスを人と数えていいかどうかは疑問だが……。
『お気になさらず。こちらこそあなたたちを驚かせてしまったようですみません。……こうして見ると、あなたは本当に変わったドラゴンですね。──少し見せていただいても?』
──見せる?何を見せるというのだろう?まさか俺を解剖したいとかそういう意味なのか?
隣にいたエーギルも表情がやや強張った。俺と同じことを考えたようだ。
『いえ、そういう意味ではないのです……私という存在について、少し説明が必要ですね。』
ユース・ユーキスは少し申し訳なさそうにゆるやかに点滅した。
そこに人はいないのに、不思議なことに、光の加減でそこに人がいるような心地にさせられる。
だれかが思案しながらゆっくりとこちらを振り返り、こちらを見つめて話そうとする一連の仕草や表情まで見えるようだ……。
『──私は見ての通り生命体ではありません。』
隣のエーギルが息を呑む。この世界ではユース・ユーキスの存在はそれほど異質な存在なのだろう。
『かつて私は自我なきモノ──テンセイセキと呼ばれる物でした。』
「テンセイセキ?」
俺は咄嗟にエーギルの方を見た。エーギルは聞いたこともないと首を横に振った。
「転生石とは、生殖を行わない種族が種族維持のため転生に使うモノでした。
ここでいう転生は、老いた個体の体を一度分解し、若く新たな体に再構築することを指します。』
ユース・ユーキスが放つ光がやや遠くなる。
その木陰のような儚い輝きは、何か思い出に浸ったり昔を思い出そうとする人の雰囲気にひどく似ている。
生命体ではない、と無機物のユース・ユーキス自身が断言したのがかえってその違和感を強めていた。
そのアンバランスさに俺は少し戸惑った。
生命とは何か──ふいに胸中にそんな問いが生まれ、俺の心を強く揺さぶる。
『……500年前、ここは生命の研究を行う研究施設でした。主に魂の研究をしていました。その研究過程で不測の事態が発生し、この都市は壊滅しました。』
「だからあんなに綺麗なままだったんだな」
俺は納得した。とにかく通常では考えられないような形で滅んだのだ。
『……ええ。被害を免れて生き残ったある魔術師が、この都市を守るため、研究に使われていた転生石そのものをこの都市の守護者へ転生させたのです。その時に守護者ユース・ユーキスとしての自我を得ました。そのため、それ以前の記憶はありません。』
「ええと……つまり、転生石そのものがあなただと?」
『はい。その認識で間違いありません。ただ転生石としての力は、私が守護者になった時にほとんど失われてしまいました。しかし、一部の力は守護者に必要なスキルとして残されております。それが“解析”です。』
どんなスキルなんだ?と俺が聞くと、青い光は思案するようにゆらめく。
『そうですね……鑑定スキルの強化版みたいなものです。例えば、先ほどエーギル様がクロ様のことを従魔とおっしゃいましたね?ですが、お二人はまだ従魔契約を結んでいないようです。』
俺とエーギルは思わず目を見開いた。
『許可さえ頂ければ、神の目のごとく全てを見通すことができます。エーギル様が持つユニークスキルのように、特別なスキルです。』
エーギルの耳がピクリと動いた。
「なぜそれを知っている?いや、それも“解析”によるものなのか……」
ユース・ユーキスの光は頷くように瞬く。
『はい。その“解析”でクロ様のことを、より詳しく見てみたいのです。』
ユース・ユーキスの光からゆっくりと揺らぎが消えた。
それは、俺をじっと見つめる瞳のようでもあり、深く首を垂れる騎士のようでもあった。