第六話 堪える
城の客間の一つに通され、私はステュクス王国の使者が迎えにくるまでそこに待機しているように、と言い付けられた。
いつ迎えにくるかまでは聞いていない。できるだけ早く来てほしいけど、どうだろう。私は今か今かと待ち——突如部屋の扉が開け放たれたことで、不意を突かれた。
「あら、あなたがエレーニ? ふぅん、初めまして。私、ポリーナよ。あなたの姉に当たりますわ」
数人のメイドを引き連れ、いかにも貴族の娘、という風貌の女性が現れた。華やかなレースに彩られた長いラベンダーのドレスを纏い、金の髪は乱れ一つなく結い上げられ、金銀の髪留めやイヤリング、首飾りが光る。ろくに貴金属に触れたことのない私にはろくに価値は分からないけど、高級そうである、ということは確かだ。残念ながら、顔の作りは悪くないのに、肌は荒れに荒れて化粧で隠せないほどだった。
私の異母姉に当たるポリーナは、胸を張り、自信満々だった。おおよそ、この世に生まれてから自分の思いどおりにいかなかったことはないのだろう。ウラノス公にも愛され、だからこその贅沢を許されてきたに違いない。
正直に言って、羨みや妬みはない。こんなに高慢さを体現するような人間になるくらいなら、私は修道院に押し込められて正解だったかのようにすら思った。
私は胸のメダルに手を当て、一礼をする。貴族式の礼ではないのは、私がまだ修道女だからだ。
「お初にお目にかかります、ポリーナ様」
「姉と呼ばないあたり、嫌味ったらしさが見え透いていましてよ」
「申し訳ございません、そのようなつもりは」
「かまいませんことよ。私も、あなたを妹だなんて思うつもりはございませんもの」
えらく、ポリーナは喧嘩腰だった。対抗しても仕方がない、私は抗弁しない。
ポリーナはじろじろと私を舐めるように見回して、眉をひそめた。
「それにしても……貧相な。修道女? その喪服じみた衣装、何とかしなさいな」
「そうしたいのはやまやまですが、私はこれ以外の服を持っておりません」
「まあ。嫁入りする淑女たる者、情けない話ですわね。お父様の顔に泥を塗る気かしら?」
分かっているくせに、ポリーナはくすくすと笑う。
私の境遇を知らない、ということはないはずだ。少なくとも、自分より贅沢をしているとは思っていないだろう。なのにそんなことを言うということは、当てつけの嫌味以外何物でもない。
私は堪える。黙っていれば、そのうち帰るだろう。下手に暴れられて、ウラノス公に告げ口でもされれば嫌味が十倍にも二十倍にもなるだけだ。
しかし、ポリーナの口は閉じる気配がない。
「それとも、ステュクス王国なら、その衣装のほうが喜ばれるとでも思っているのかしらね。神に仕える身でございますと言ったほうが、受けはいいでしょう。あら、よく考えているものね。感心しますわ」
ポリーナは一人でにんまりと、満足げに笑う。言い返されないと分かっているのだ。思いつくことを、思いつくままに言えることは、さぞかし快感なのだろう。後ろのメイドたちも、主人の上機嫌さに釣られて、自分たちも同じように私を見下して悦に浸っている。こういうおもちゃなのだ。彼女たちにとっては、私はいじって遊ぶために与えられたおもちゃ。何と下卑た話だろう。世俗というのは、本当に下らない。人間というのは、本当に醜い。
ポリーナの悦は、最高潮に達する。
「何にせよ、あなたの帰る家はもうありません。貴族として生まれながらその責務も果たせないのですから、その身分にふさわしく楽しみも何もない土地で一生を終えればよろしいのですわ。どうせステュクス王国の王子なら、正妻以外いくらでも女性を囲うことはできるでしょうし……あらまあ、かわいそうね。閨にさえ呼ばれないでしょうに妻を名乗らせられるなんて」
ポリーナの高笑いが響く。
私は、プツッと来た。