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第五十二話 反撃を

 ひまわりが咲き乱れる。夜空には満点の星がきらめき、暖かな風が吹く。川辺にはコスモスがピンク色の花弁を揺らしていた。


 季節も昼夜も無視したここでは、本来出会えないはずの存在と出会うことができる。私はそれを知っていた。背の高いひまわりの向こうから、ゆったりとしたローブ姿の白銀の髪の女性がやってきた。


 主神ステュクス。その面持ちには、少しばかり困惑の色が見えた。


 私は先手を打つ。


「主神ステュクス! お話があります!」


 ところが、ステュクスは今までの態度とはまったく違い、面倒くさそうにしていた。


「はあー……あなたには目をかけたつもりだけど、あんまり気に入ってくれてなかったみたいね」


 どうやら、先日の私とヘリオスの会話を聞いていたせいか——私が一線を引いた態度だから気に入らなかったのか——どうにも投げやりだった。不機嫌と言ってもいい。


「まあいいでしょう。何? 私の慈悲には縋らないんでしょう?」


 拗ねたステュクスに、私もさすがにかちんと来た。それほどまでに話の分からない神だったとは、私は失望を隠せない。


 だから、少し強めにこう言った。


「ええ、あなたの気まぐれに振り回されるつもりは毛頭ございません」


 恩知らず、と罵られるかもしれない。でも、私は正直に言うべきだと思った。たとえ人と神という違いはあっても、その間には誠実さがあるべきだ。気まぐれで関係を変えられては困る。


 私はぶすっとむくれているステュクスへ、問いかける。


「なぜ、ヘリオス様に加護を与えなかったのですか。サナシス様ばかり贔屓をして、なぜですか?」


 すると、ステュクスは悪気もなさそうに、とんでもないことを口にした。


「サナシスのためになるじゃない? サナシスの身代わり、本当は弟にしようかなって思ってたけど、先に生まれてくれたほうがサナシスがより安全かなって」


 それを聞いて、私は眩暈がするかと思った。どこまでもこの神はサナシスを中心に考えている、それはいいが、そのために周囲をどれほど不幸にしても何ら気にしない、それどころか不幸にしている自覚さえないのだろう。


 無邪気で、翻って見てみれば邪悪とも受け取れるような考えに、私は賛同できない。いくらサナシスが大事であっても、それは違うのだ。


「あなたは、サナシス様がどれほどヘリオス様を大切に思われているか、お分かりなのですか?」

「それは私に関係があること?」


 私に責められたことが気に入らないのか、ステュクスは声を固くしてこう主張する。


「エレーニ、勘違いしないでくれるかしら。あなたは私に物申せる立場にはありません。あなたはサナシスのためになるから私が加護を与えただけよ、ヘリオスは私が加護を与えたってしょうがないじゃない」


 ——うん、これはやり方を変えよう。


 私は、ステュクスを目上と見ることはやめた。


 相手は子供だ。聞き分けのない子供。そう思えば、諭すことこそ肝要だ。


「そのようなことはございません。いいですか? もし、サナシス様が、このことを知ればどうなりますか?」

「自分のためを思って私が手を尽くしてくれた、って喜ぶんじゃないの?」


 とんでもない考え違いだ。どうしてそうサナシスのことを理解していないのだろう、この神は。


「違います。主神ステュクス、あなたを毛嫌いするようになるかもしれません」

「え、何で?」

「もう一度申し上げます。サナシス様がどれほどヘリオス様を大切に思われているか、お分かりですか? もし主神ステュクスの思し召しによりヘリオス様が呪いを一身に引き受け、サナシス様の代わりになったと知れば……なぜそのようなことをしたのか、そう思い、あなたを恨むでしょう」

「私を恨む? サナシスが? エレーニ、どういうこと? 私はサナシスのためにやったのよ。だって、ヘリオスは」

「ヘリオス様は身代わりでも何でもありません。サナシス様の、かけがえのない大切な兄上様なのです。ひどいことをされれば、サナシス様は悲しみます」


 きわめて意外そうに、ステュクスはあんぐりと口を開けていた。そんな考えはなかったと言いたげだ、私の言い分だって半分理解しているかどうかだろう。


 その証拠に、ステュクスはまだ抵抗する。


「でも、サナシスなら分かってくれるはずよ。あの子は信心深いもの」

「だからこそ、その信心が深ければ深いほどに、絶望も深まるのです。何もかもを、信じなくなってしまうでしょう。私のように、神を信じたところで救われないのだ、とサナシス様が思ってしまえば、どうなりますか。この国は、それで立ち行くのですか」


 むぎゅ、とステュクスは口を閉ざし、頭を抱えた。それは理解できたらしい。サナシスが自分を信じなくなる、ということを想像できるのかどうかはともかく、自分を信奉する国の行く末まで左右することなのだ、と言われれば主神として少しは考えざるをえなかったのだろう。


 少しして、ステュクスは地団駄を踏む。まるで子供のようだ、とは私は言わない。


「じゃあ、どうすればいいのよ? 何でもかんでも求めたって、無制限に与えるわけじゃないわ。決まった流れはもう覆せない、たとえ私でも無理なものは無理よ」

「ヘリオス様に加護を与えることもですか?」

「それは簡単だけど、何を差し出すの?」


 差し出す。私は忘れていた、神とは祈りを聞き届ける代わりに、代償を要求するものなのだと。


「ヘリオスを呪いから守る加護、これからの人生に幸せを与える加護。それはいいわ、でも何の対価もなく、というのは筋が通らないでしょう。ましてや私を信じない人間にそんなことをするなんて、私の信徒はどう思うかしら?」


 それはもっともだった。主神ステュクスの加護を、何も差し出さずに得られるなど、都合がよすぎる。


 であれば、何かを支払わなくてはならない。何を?


 このことを知らせたくないから、サナシスやヘリオスに頼むわけにはいかない。このステュクス王国にもだ。なら、唯一知り、直接頼んでいる私が支払うしかない。


 私は、一つ思いついたことがあった。これならば、対価になるかもしれない。


「承知しました。では、私が対価を支払います」

「へえ……何を差し出すの?」


 にやにやと、ステュクスは子供じみた期待の顔を見せる。


 この神は純粋なのかもしれない。深く思慮する賢人ではなく、この世界を生んで見守るだけの母なる存在だったのだろう。


 その気まぐれや無思慮さに——私は窮鼠猫を噛むとばかりに、反撃を加えてやる。


「私が一生涯子供を産まない代わりに、ヘリオス様へ加護を与えてください」

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