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第五話 我慢しなくてはならない

 ウラノス公の居城は、丘の岩場の中心にある。古代の神々に人々が祈りを捧げていた土地に、後からやってきた初代ウラノス公が城を作ったのだという。


 それから三百年の時は過ぎ、街はそれなりに広がり、古都の様相を呈している。何分平野の少ない土地柄、人々は身を寄せ合って、狭い土地に暮らさなくてはならない。改修に改修を重ね、古い都は維持されてきた。


 コーリャ青年に先導され、私はすんなりとウラノス公の居城に入る。遠い昔に暮らしていたお城は、今も何も変わらないけど、歓迎してくれているというわけでもない。定期的に任地が替わる騎士たちはともかく、定住する使用人たちは私を憶えている。母が死に、見限られた公女という私の地位を、未だに知っているのだ。その視線は、若干ながらも侮蔑を含んでいる。


 やはり来なければよかった、と私は後悔しきりだった。いくつもの侮蔑の視線を浴びるのは、人里離れた土地にずっと暮らしてきた私にとっては、つらい。分かっていたことではあっても、自然と心は萎れる。


 コーリャ青年は私を馬から下ろし、荷物を従者に預けて城の通用口まで私を見送る。


「エレーニ様をお守りできて、幸運でした。騎士としてこの上ない誉れです」


 どこまでも真面目に、コーリャ青年は使命を果たしたことを喜んでいる。


 その意気を削ぐまい。私は礼を言う。


「ありがとう、コーリャ。いつかまたどこかで会えたら、姫として責務を果たすわ」

「そのお言葉だけで十分です。決して、ご無理はなさらぬよう」


 騎士として、コーリャ青年は仕事を成し遂げた。いずれ報いたい気持ちはある、さてどうなるか。


 私は、待っていた使用人に案内されて、もはや記憶も朧げになった城の中を歩く。ウラノス公のもとへ連れていかれるのはいい、もう諦めた。未だに修道女の服を着たままだけど、罪に問われるわけでもない。どうせなら、すぐにステュクス王国へ行けと命じられれば気が楽だ。


 もう、期待はしない。あの男を父とも呼ばない。私の家族はもういなくなったのだ。


 城の上階、恭しく開け放たれた扉の向こうに、ウラノス公がいた。執務机に肘を置き、ふんぞり返って椅子に座るさまは、見ていてあまり気持ちのいいものではない。とうに四十を過ぎて太り、樽のような腹を抱えていた。


「エレーニ、久しぶりだな」

「ごきげんよう、公におかれましてはお変わりなく」

「ふん、こまっしゃくれたことを言うようになったものだ」


 なぜだか、ウラノス公は機嫌が悪い。私に会うことすらも嫌なのだろう。なら手紙か伝言で済ませてくれればいいのに、私は心の中で非難する。


「聞いているだろうが、お前にはステュクス王国のアサナシオス王子との縁談が舞い込んでいる。断る選択肢はない、準備は済ませてあるからステュクス王国の使者とともにすぐにここを発て」

「分かりました。そのように」

「せいぜい粗相のないようにしろ。何なら、部屋に引きこもっているだけでもいい。どうせお前に王子の正式な妻としての役割など求められてはいない、神託にかこつけて世間を誤魔化すためのただのお飾りだ。ステュクス王国の事情は知らんが、自惚れるなよ」


 ウラノス公はそう念押しして、私は無言を貫く。肯定するのも癪だし、否定すると口答えと見做される。聞き流すことが一番なのだ。お淑やかな乙女として振る舞っていればいい、それが私に求められる役目で、それ以外のことはやる必要もやる気もない。まだ心の中では悔やむ気持ちがあるけど、折り合いをつけていかなければ。


 ウラノス公は私を一瞥して、罵倒と嫌味を口にする。


「辛気臭い娘になったものだ。姉のポリーナとは大違いだ、あの女の血はこれだから」


 私は黙ったままだった。何かを言ったところで、ウラノス公の機嫌を損ね、さらなる罵倒を引き出すだけだ。我慢しなくてはならない、母を悪し様に言われても。指先に力がこもっても、抑える。


「もういい。ああ、ポリーナが会いたがっていたな。お前に会ったことがなかったから、どんな妹なのかを見ておきたいんだそうだ。あとで会っておけ」

「分かりました」


 同じウラノス公の娘、会ったこともない私の異母姉に、優しさや気遣いを期待などできはしないが、会えと言われたのなら、会わなくてはならない。


 私は暗澹とした気持ちのまま、辞去した。

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