第四話 思い残すことはないのだから
コーリャ青年は、騎士らしく、紳士らしく、私をエスコートしてくれた。
コーリャ青年は山道を降りてすぐに足腰の丈夫な馬を一頭買い、私を乗せた。なぜ自分の分も含めて二頭買わないのか、そう尋ねたところ、こんな返事が返ってきた。
「ここから先も、そう道はよくありません。私が馬を引きます。それに、エレーニ様は乗馬には慣れておられないでしょうから、お一人で手綱を握らせるわけにはまいりません。危険です」
なるほど、言われてみれば道理だった。私は乗馬などしたことはない、手綱を任せられても馬を乗りこなす自信はなかった。それに、足の遅い私と荷物を馬に乗せて引いていけば、若いコーリャ青年はすんなり進める、ということだ。
「こうして馬を引くのは従騎士のころ以来でしょうか。懐かしい、先輩の騎士たちからよく叱られたものです」
「そうですか。騎士コーリャ、あなたは」
「どうかコーリャとお呼びください、エレーニ様。敬語も必要ありません、私は騎士であなたは姫ですから!」
「コーリャはロマンスがお好きなようね」
「それはもう、私は騎士ですので!」
コーリャ青年は照れ笑いをしていた。理想の騎士道に憧れる純朴な青年、何とも眩しい存在だった。彼のような好人物がこの国にいたというのに、私とは今まで出会いもしなかったのだから、運命というのは私が嫌いなようだ。それとも、人の良い青年に私のような不信心者が出会うべきではなかった、という神の思し召しなのかもしれない。
二人と一頭が、旅路を急ぐ。修道院からウラノス公の居城まで、何もなければおおよそ一週間。
その間、私はコーリャ青年から、私が知らない外の世界のことについてあれこれ聞いていた。
「ステュクス王国が主神ステュクスの住まう神殿である神域アルケ・ト・アペイロンの所有を大陸全土に認めさせ、絶対的な地位を確立してもう二十年が経ちましたが、大陸各地の戦争は収まる様子がありません。どこも戦ばかりで疲弊しています、しかし貴族たちは戦いをやめない。ステュクス王国は何度も調停していますが、その威光も俗世の欲にまみれた王侯貴族たちの言い訳を生み出すだけです。やがては痺れを切らしたステュクス王国は武力でもって大陸の統一を行うのではないか、そう見られています」
「そう……どこまでも、戦争は避けられないのね」
「おそらくは。ウラノス公国は今のところ戦争からは遠いものの、決して安穏と過ごせる保証はありません。ゆえに、大国であるステュクス王国との繋がりは何としてでも作っておきたい。そのように、ウラノス公閣下はお考えなのでしょう」
だんだんと、コーリャ青年もウラノス公を批判はしないものの、どういう人間かを分かってきたらしい。娘を差し出す親というのは、古今東西どこでも噂はよくない。
それとも、コーリャ青年は私に情が移ってきたのかもしれない。あまりよくないけど、どうせこの旅路だけの間のことだ。私は遠慮しないことにした。
「ステュクス王国のアサナシオス王子殿下は、どんな方かしら」
「噂では、とても聡明なお方だとか。ステュクス王国現国王の第二王子、しかしあの国は国王一人で国を差配する独裁を行うわけではありません。才覚ある王族が要職に就き、聖俗双方から国を支えるようです。だからこその、あの強靭かつ巨大な王国を維持できるのでしょうね。将来的にはその一角を担うお方、と見て差し支えないかと」
「とても将来有望なお方、ということは分かったわ。でも、それならなおのこと、私ごときが妃になるのは間違いのような気がしてならないわ」
「そのようなことはございません! エレーニ様はもっと自信を持ってください!」
「どうやって?」
「まずエレーニ様はお美しいです! 一目で公女殿下と察せられるほどの気品、優雅さ、そして何より知的です! それから貴族の子女にはない清楚さは本当に理想の姫君ですよ!」
「コーリャ、本当にそう思っているの?」
「ええ!」
私は冷静だった。私は。ただ、コーリャ青年は相当興奮していたようで、しばし押し黙り、今更になって恥じていた。
「申し訳ございません……」
「気にしないわ」
コーリャ青年の痴態はともかく、私たちは旅を続ける。