第二十三話 こんな訳の分からない話
コーリャ青年を含む旧ウラノス公国騎士団の一団が、ステュクス王国までの道のりを三分の一ほど進んだころ。
ステュクス王国王城では、なぜかウラノス公国からステュクス王国へやってくる騎士二百人余りについて、その処遇をどうするか検討が始まっていた。すでに騎士たちからは早馬がやってきていて、ステュクス王国側も彼らの訴えるところの事情は把握しているのだが、そのウラノス公国を出奔してきた事情というものが何とも馬鹿馬鹿しく、事実であるかどうか、騎士たちが正気であるかどうかを確かめなければならない。一応、旧ウラノス公国騎士団の騎士たちのステュクス王国領での滞在は認め、国民の不安を煽らないためにもなるべくゆっくり王都まで来るように、と通達は出されている。
その話がサナシスのところへ上がってきたのは、エレーニがステュクス王国へやってきてから一週間も経っていない夕方のことだった。
「……その、こんな訳の分からない話を、まだ新しい環境に慣れないエレーニの耳に入れるのは、やめておこう」
「そうですね。もっと事情の詳細が判明してから、エレーニ様にご相談するか否かを判断すべきかと」
そんなイオエルの相槌もあって、とりあえずウラノス公国を出奔してきた騎士たちのことは、まだエレーニは知らない。関わってすらいない。
だが、それが功を奏した。
カイルス宮殿の舞踏会は明日だ。すでにウラノス公国から公女ポリーナは出立して、やっとカイルス宮殿に到着したところだ。ウラノス公は突如配下の騎士たちが出奔してしまったことで、慌てて公女ポリーナに付ける護衛の兵士たちを国中からかき集め、何とか体裁を保った。
エレーニはウラノス公国の出来事も、カイルス宮殿の舞踏会のことも知らない。口利きができるほどサナシスと親しくなっているわけでも、ステュクス王国で地位を確立しているわけでもない。
ただ、それはエレーニの周辺にいる人間だけが知ることで——エレーニ本人を直接知らず、神託で王子の妻となった乙女という存在だけを把握している、耳の早い支配者層の王侯貴族はそうは見ない。
彼らはこう言うだろう。
「なぜエレーニ姫は、祖国ウラノス公国に手を差し伸べることをしないのか? アサナシオス王子も何もしていない。これは、何か意味があることなのでは? 今、ウラノス公国に関わることは、避けたほうがいいのではないか?」
つまり、カイルス宮殿で行われる舞踏会では、現状はポリーナにとってばっちりと悪影響を及ぼすことになる。
もしポリーナが賢ければ、これらを推測してエレーニを逆恨みしただろうが、残念ながら彼女はそこまで賢くはないし、情報も人脈もない。ウラノス公も似たようなものだ。カイルス宮殿の舞踏会にばかり目が行って、エレーニのことはまるで頭から抜け落ちていた。
そして、カイルス宮殿で舞踏会が始まる。ちょうどそのころ、ステュクス王国王城にいるエレーニは、またしても度肝を抜かれていた。




