第十四話 神託には沿っている
顔のつくりはともかく、貧相。
それがアサナシオスの、エレーニに対する第一印象だった。顔がいいだけに、逆に憐憫の情さえ起きてくる。こんな娘が、いきなり神託だからと自分の前に有無を言わさず差し出されてきた馬鹿げた現実に、アサナシオスは眩暈がしそうだった。
「かわいそうすぎるだろう……」
アサナシオスは、心の中でそうつぶやいた。口に出すのは失礼すぎるため、王族としてのプライドと常識が阻止した。
聞けば、エレーニはウラノス公国の公女であったにもかかわらず、母親が自殺した上、六歳で修道女にさせられていた。その後、十年間も人里離れた修道院で貧しく暮らし、神託があったからと呼び出され、そのままステュクス王国へ連れてこられた。
エレーニの父ウラノス公は人面獣心の鬼畜なのか? とさえアサナシオスは思った。虐待どころの話ではない、年頃の娘だというのに体は小さく、修道女のチュニックで隠れていたがまったく余分な肉がない。首筋や手首を見れば、骨と皮、どうにか見栄えのするだけの最低限の肉づき。これでは、まるで奴隷を攫ってきたかのようだ。
エレーニの姿を見て、身の上話を聞いて、アサナシオスの心に火が点いた。この娘は妻が云々という以前に、きちんと育ててやらなければならない、と。形だけでも結婚して、世話をする理由を作らなければならない。
そうと決まれば、アサナシオスの行動は早かった。ステュクス神殿にまず婚約の儀をするために向かう、という口実を作って、エレーニを風呂に入れてやることにした。正式な結婚式はまだ先だ、国を挙げての挙式となるため、半年は先の話になる。なので、書面上、誓約上の婚約を済ませておくのだ。
エレーニをさっさと脱がせて湯浴み用のチュニックを着せて、やはりアサナシオスは不憫に思った。見たとおり、エレーニの体は骨張っていた。背中を触れば、折れてしまいそうだ。腹を触れば内臓に触れているかのようだ。心苦しさをどうにか隠し、アサナシオスは大浴場へ連れていく。軋んでちぎれそうな金の長い髪を、たっぷりとシャンプーをつけてほぐし洗う。まったくもって大国の王子がすべきことではないが、アサナシオスは昔飼っていた大型犬の世話を思い出した。よく世話係と一緒に大浴場で洗ってやったものだ。本当にそれと同じ感覚で、人間、それも淑女の体を洗っているという気がまるでしない。
入浴に慣れていないエレーニに体を洗わせていたが、手間取っていたので、アサナシオスは手を貸してやる。本来ならはしたない真似をしようとは思わないが、エレーニのためだ。間違っても女性の体で触れるべきではないところはわきまえている、アサナシオスは極力気を遣いながら、何とかエレーニの体を洗い終わった。
そこまでして初めて、エレーニの顔に赤みが差した。少しは緊張もほぐれたのだろう。浴槽の湯に浸からせて、アサナシオスは自分の体をさっさと洗う。あまりエレーニを放置しておくと、のぼせて倒れていそうだ。
気が気でない。アサナシオスは素早くエレーニのもとに戻る。アサナシオスも浴槽に入り、隣に座ってエレーニを眺めた。磨けば光る美貌を持っているのだ、金の髪も青い瞳も、人よりもずっと美しくなる。その素質はあるのに、今まで放置されてきたということが、何とも馬鹿馬鹿しかった。自惚れるつもりはないが、エレーニはまさしく救い出された、という表現が正しいだろう。
さて、であれば、エレーニのために何をしてやるべきか。
まずは婚約、そして食事と睡眠をたっぷり摂らせ、十六歳の娘らしく育ててやる。その後のことは相談すればいい、何せ——神託には沿っているのだから。




