第十二話 困惑の極み
山のように連なる建物すべてがステュクス王城だと聞いて、私は本当に度肝を抜かれた。
天空に浮かぶステュクス神殿と神域アルケ・ト・アペイロンを見上げて呆気に取られ、白亜の王城の威厳に満ちた姿に気圧され、端が見えない首都の整然とした街並みを馬車で通りながら眺める。神聖なる神殿を擁する宗教国家、ともなればつまらないのだろうという予想は、見事に外れた。
「都は各国の巡礼者や商人がやってきます。彼らが不自由なく生活し、また娯楽に興じる場を提供し、主神ステュクスへの信仰を新たにするよう、配慮されております」
つまり、大陸一の都は、とても楽しい土地である、ということだ。
その華やかさに圧倒されながらも、私は真っ先にステュクス王城へと連れていかれる。修道女の服のまま、王城の中を案内されるが、行く先々すれ違う人々は必ずと言っていいほど私へ視線を寄越す。修道女が外を出歩くことはあまりないから、単純に珍しいのだろう。
やがて広い部屋に入って、そこが応接室だと聞いて私はまた驚く。ウラノス公の城の大広間ほどもある部屋に、主神ステュクスの天井画、壁一面を抜いたかのような窓、数人は座れそうなソファにぽつんと座って、金の蔦が巻きついたテーブルに差し出されたティーカップは透き通るような白磁だった。これでも質素なのかもしれない、大陸一の国家とはかくあるものだ、と私は何度圧倒されたか分からない。
私が応接室に通されてからすぐに、扉がノックされた。一瞬、返事をすべきかとためらったが、私は覚悟を決める。
「どうぞ」
声に応じて、扉は開く。
入ってきたのは——紺色の髪に明るい茶色の瞳の男性だ。白い詰襟の服に、金の装飾と房が垂れたマントを羽織っている。そして何より、はっと息を呑むような美貌だ。冷たい印象を受ける目に見下ろされ、堂々たる彼が私の目の前のソファに優雅に腰を下ろすまで、私は目を離せなかった。
彼こそが、ステュクス王国王子アサナシオス・シプニマス。間違いない、私の夫となる人物だ。
私は、挨拶しなければ、と何とか思いつき、口を開く。
「お初にお目にかかります、殿下。私、エレーニ・ガラニスと申します」
詰まらずに上手く言えた。私はアサナシオス王子を見上げる。
そのアサナシオス王子は、威風堂々たる姿勢を崩さず、端的にこう言った。
「アサナシオスだ。エレーニ」
「はい」
「風呂に入るぞ。まず身を清めろ」
アサナシオス王子は、今座ったばかりだというのに立ち上がる。
——えっ? 風呂?
「はい?」
私は困惑の極みにあった。
「聞こえなかったか? 夫婦なのだから風呂くらいともに入れるだろう。行くぞ」
アサナシオス王子は私の手を掴んで、引っ張っていく。
とんでもないことになった。




