第一話 運命は回りはじめる
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大陸の南西に、小さなウラノス公国という国家がある。
その辺鄙な国の、さらに辺境の地に、修道院があった。周囲を山と森と誰も開拓しない平地に囲まれ、自然豊かと言えば聞こえはいいが、実際には厳しい修行のため男子禁制を掲げ、人里離れた土地に建てられた修道院だ。いや、だった。
もはや、修道院は屋根も崩れ、礼拝堂は太陽の光の下にある。椅子は朽ち、窓ガラスはくすむか割れ、周辺に人家がないため寄進もない。ウラノス公国が名目上管理しているはずだが、放置されているも同然だ。
そこに、一人の少女がいた。先年、指導してくれていた老修道女がこの世を去り、一人で修道院を切り盛りしている。
エレーニ・ガラニスという十六歳の少女は、金色の髪に母譲りの青い瞳を持っていた。顔立ちも田舎にこもっているにはもったいないほど整っており、修道女の被る野暮ったい黒のヴェールやチュニックからは少女の隠しきれない高貴さが表れている。修道女とは思えないがもしやどこかの貴族の令嬢か、そう問われれば、エレーニはこう返す。
「はい。私はウラノス公の娘、エレーニ・ウラノ・ガラニスと申します。ガラニスの姓のとおり、母は隣国ガラニシアの王女でした。とはいえ、自ら命を絶った母の罪を償うべく、こうして神に仕える身となりました」
エレーニは、それ以上は語らない。大陸の宗教において禁忌とされる自殺を選んだ母の不名誉、そしてその娘として父から謹慎ともいうべき修道院送りにされたこと——それらは、もはやエレーニにとって、とっくの昔に嘆き切ったことだからだ。
ただ一人、辺境の修道院で誰にも顧みられずに生涯を終える。その覚悟はとうにできていた。誰にも頼れない現実を知っていた。懐かしむ過去は忘れ、謳歌するはずだった未来をも失い、ただ生きている。
そんな少女の、ほんの数奇な運命が、回りはじめる。
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