桜が満開になったら
「……これで、終わりなんだな」
「……そうですね」
エンドロールが終わる。
館内が明るくなり清掃員が作業を始めるまで、私たちは席を立とうとはしなかった。
別れ話ではない。そもそも付きあってなどいない。映画の話だ。
私が所属する映画鑑賞部の活動は、映画をみること。
もっとも、活動している部員は実質私と先輩の二人しか居ないのだが。
大学受験のため引退する先輩と映画をみるのはこれが最後だという話。
「俺が居なくなったら、お前が部長だな。新入部員獲得頑張れよ」
「それは……任せてください!!」
思いがけず大きな声が出てしまう。
先輩はちょっと驚いたように一瞬固まって、すぐにくっくっと破顔する。
その顔……少年のような笑顔、反則です先輩。
いつもなら恥ずかしくて目を逸らしてしまうけれど、最後くらい見ていたい。
でも……やっぱり恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
映画鑑賞部は、先輩と私、親友で先輩の妹でもある幽霊部員を含めて部を存続できる3人ギリギリ。新入部員を獲得できなければ廃部という状況だが、正直今はそれどころではない。
部活動という名目で先輩と妄想デート出来なくなるなんて……いつかこんな日がやってくるとわかってはいたが、いざ最後となれば現実を受け入れられず、何も出来ない情けない私。
でも……先輩が創った映画鑑賞部、私の代で潰す訳にはいかないじゃない。
大丈夫、秘策はある。今年弟が入学してくるから最悪なんとかなるのだ。ふふふ。
それよりも……と小さく息を吐く。
結局、何の進展もないままだった。わかってはいたけれど……ね。
私は見た目も地味だし、面白いことも言えないし、上手に甘えたり、男の人が喜びそうなことも出来ないしわからない。
そもそも釣り合うはずがない。
先輩は今どきの派手さはないし、一見地味だけれど、秘かに地味系女子を中心に人気があるのを知っている。
背が高くて博識でいつも穏やかで冷静。コンタクトではなく、眼鏡なのもポイントが高い。大正時代の男子学生のような古風な雰囲気があって、私のような文学少女にはたまらないのだ。
それにくらべて私ときたら、自分で文学少女とか言っちゃういたたまれない痛い女だし。
と、とにかく口数も少なくて近寄り難いけれど、時折見せる少年のような姿がえぐいギャップ角度で私の心を深く抉るのだ。
つまり先輩は最高だということ。
白状すれば私は映画が特別好きなわけではない。
身も蓋もない言い方をすれば、先輩を近くで鑑賞したいがために不純な動機で入部したのだ。
万一そんなことが先輩にバレたら間違いなく軽蔑されてしまうから、もちろんこの秘密は墓場まで持って行く覚悟は出来ている。
「……おーい、聞いてるか? って危ないっ!!」
突然手を強く引かれて我に返る。
「ふえっ!? す、すいません、ちょっと考え事していて……な、何でしょうか?」
て、手を掴まれてしまった。心音があり得ないほどうるさい。
「何でしょうかじゃないだろ? 壁に向かって突っ込んで行くから焦ったぞ?」
なんてことだ……我ながらマヌケ過ぎる……でもそんなことより、
「せ、先輩、あ、あの……手……」
ずっと握ったままだということに気付いた先輩が慌てて手を離してしまう。
馬鹿……私の馬鹿〜!!
「あ……あのさ、もし良かったら……」
「は、はい……」
「来年、あの公園の桜が満開になったらさ……」
「ふんふふ〜ん♪」
「……あんた露骨にわかりやすいわね。何かあった?」
「えへへ〜、先輩と手を繋いじゃった。アクシデントだけど」
「小学生かっ!? っていうかアクシデントなんかーい!!」
「なんだって良いの!! それより先輩最後なのになんで昨日部活来なかったの?」
まったく……あんな兄貴のどこがそんなに良いのやら。
そんなことよりも、私が気を遣って二人きりにしていることに気付いていない?
薄々気付いてはいたけれど、このままだと一生平行線だわ。
「でも、その喜びよう、それだけじゃないんでしょ? もしかして兄貴に何か言われたり?」
「え? わかる? わかっちゃう? さすが親友、心の友よ」
どうしよう……ウザかわいいんですけど。思い切りほっぺたをつねりながら頭を撫で回したいんですけど。
ちなみに兄貴の背中押したの私だから、さすがでもなんでもないんだけどね。感謝しなさいよ!!
まったく……どこからどう見てもお互いに好きなのに、一向に進展しないラブコメを学校でも家でも見せつけられる私の身にもなってほしいんですけど。
「良かったわね、ようやく兄貴と付きあうことになったんだ?」
「へ? な、ななな何言ってるのよ、せ、せせせ先輩と付きあうなんてあるわけないでしょ!!」
「……は? 告白されたんじゃないの?」
「えへへ……桜が満開になったら一緒に映画を観ようって誘われたんだ~! 部長就任のお祝いなんだって、まったく先輩ったら律儀なんだから」
「映画なんかーい!! そこはせめて花見で良いんじゃないの? 馬鹿なの兄貴なの?」
「?? 先輩は頭いいよ~? 推薦決まりそうなんでしょ?」
「……もう良いわ。とりあえずあんた今週末うちに泊まりに来なさい!! 決定だからね?」
「ふえっ!? そんな~!!」
春まで待ってたらこっちの身がもたない。っていうか、絶対に映画観て終わりになるのが目に見えている。
ふふふ、こうなったら私が強引にでもくっつけるしかないわよね。まったく……本当に世話が焼けるんだから。
先輩さん 絵/猫じゃらしさま
主人公ちゃん(作/四月咲 香月さま)