夏祭りの屋台でバイトしてたら神宮寺さんに睨まれました
「松本くん、これはどういうことかしら?」
まずい、と思った。
夏祭りの屋台でバイトをしていると、偶然通りかかった神宮司さんに声をかけられたのだ。
「今日は予定があるって言っていたわよね」
そう。
先日、僕は神宮司さんに夏祭りに誘われていた。
けれども屋台で焼きそばを作るバイトがあったので断っていたのである。
まさか一人で来てるとは思わなかった。
……いや、正確には一人ではない。
彼女の背後には屈強なガードマンがたくさんいる。
神宮寺さんは日本を裏で支える大財閥の一人娘で、常日頃からたくさんの護衛を引き連れている。
当然今夜もまた大勢のガードマンを引き連れていた。
そんな神宮司さんが睨みつけるように僕を見ている。
冷や汗が止まらない。
「もしかしてこれがあなたの言っていた予定かしら?」
「は、はい……。屋台のバイトが入ってたもんで……」
生きた心地がしなかった。
大財閥の一人娘である彼女の手にかかればこんな小さな屋台、軽く吹っ飛ぶ。文字通り。
神宮寺さんの意を汲んでか、背後のガードマンたちがポキポキ拳を鳴らしている。
こっわ。
「き、近所の定食屋のおやっさんに頼まれたんだ。毎年焼きそばの屋台をやってるけど、今年は娘さんが反抗期で手伝ってくれないからバイトしてくれないかって……」
そして当のおやっさんは「お花摘みに行ってくる」と言って屋台を離れたっきり全然戻ってこない。なにやってんだろう。
「そう。近所の定食屋のおやっさんにねぇ……」
神宮寺さんは腕を組みながら不気味な笑みを浮かべた。
「松本くんは私の誘いよりも近所の定食屋のおやっさんを取ったわけね」
「いやいや、誤解だよ! 先におやっさんと約束してたからこっちを優先しただけだよ!」
そんな、近所のおやっさんのほうが立場が上とか思わないで欲しい。
「わかったわ。百歩譲ってそういうことにしといてあげる」
「う、うん、ありがと……」
なんで僕が悪いみたいになってるんだろう……。
「でもそれなら松本くんの作った焼きそば、ぜひとも食べてみないとね」
「へ?」
「せっかくの夏祭りですもの。ひとついただくわ」
そう言って、神宮司さんは「じいや!」と呼びかけた。
するとどこからともなく一人の老紳士が姿を現した。
す、すげー。
このクソ暑い中、執事の服着てるよこの人。
暑くないのかな。
「焼きそばをひとつ、買ってちょうだい」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げるじいやさん。
懐から取り出した財布から札束が見える。
「おいくらですかな?」
丁寧な口調で聞いてきたので、僕はしどろもどろになりながら答えた。
「ご、五百円になります……」
その値段に反応したのが神宮司さんだ。
「はあっ? ごひゃくえん!?」
と、素っ頓狂な声を上げた。
「たっか! 焼きそばひとつ五百円もするの!? たっか!」
「いやいや、看板に思いっきり五百円って書いてあるじゃん。屋台はいろいろと経費がかかるから高いんだよ」
とりあえずそれらしい理由を口にする。
ぶっちゃけ原価がどれくらいかは知らないけど。
「にしても、たっか! たかが焼きそばで、たっか!」
「そんなたっかたっか言わないでよ。値段決めてるの僕じゃないし……」
ああー、おやっさん、早く帰ってきてー。
「……そう、わかったわ。しょうがないわね、許してあげる」
「う、うん、ありがと……」
また許された。
「じいや!」
「は」
「払っておあげなさい」
「かしこまりました」
じいやさんはまた頭を下げると、札束がぎっしりつまった財布の中から五百円玉を取り出して僕に差し出してきた。
万札を差し出して「お釣りはけっこう」って言ってくれるものと期待したけれど、そういうことはなかった。ちょっとがっかり。
「……まいど」
僕はストックしておいた作り置きの焼きそばのパックに割り箸をつけてじいやさんに手渡す。
そしてその焼きそばは横流しで神宮司さんの手に。
「どうぞ、お嬢様」
「ええ」
同じクラスなんだから自分で買えよ、とちょっと思った。
「ふーん、これが松本くんの作った焼きそばねえ」
「あ、あんまり見ないで。恥ずかしいから」
「ちょっと紅ショウガ少なくない?」
「普通だと思うけど……」
「青のりもだいぶケチってるわね」
「そ、そうかな?」
「麺だってなんか白い部分多いし」
「そ、そう?」
「ちゃんとソース絡まってる?」
「う、うん、大丈夫……だと思う」
「ちょっと! キャベツの芯入ってるじゃない!」
「食べられる部分だよ」
「よく見たら麺もところどころ焦げてるし! なによこれー!」
「………」
うっざ!
焼きそばひとつでうっざ!
何もそこまで粗探ししなくてもいいじゃん。
おやっさんからはOKもらった焼きそばなんだから。
「い、嫌なら食べなくていいよ。お金返すから」
ちょっと不貞腐れてそう言うと、神宮司さんは「はあ?」と眉を寄せた。
「食べるに決まってるじゃない! 何を言ってるのよ! 私の誘いを断ってまで強行した松本くんの焼きそばなんだから!」
……なんか根に持ってる。
まあしょうがないか。
いつも神宮司さんはイベントごとに僕を誘ってくれてたけど、今回初めて断ったしなぁ。
高飛車な神宮司さんが寂しそうな顔をしてたのが印象的だった。
「いただきます」
神宮司さんはそう言ってその小さな口で僕の作った焼きそばをズルズルとすすった。
さすが大財閥の娘。
食べ方も上品だ。
「こ、これは!」
一口食べて神宮司さんは叫ぶ。
「焼きそばだわ! まぎれもなく焼きそばよ!」
……そりゃ焼きそばだもん。
「焼きそばがこんなにも焼きそばだなんて!」
ちょっと何言ってるのかわからない。
神宮司さんはさらに一口。
「ああ、なんてこと! 焼きそば以外の表現が思いつかないわ!」
焼きそばを食べて焼きそば以外の表現が思いついたら、それはもう焼きそばじゃないと思う。
神宮司さんは僕の作った焼きそばが気に入ったのか、ズルズルズルズルと一心不乱に口に入れていた。
「この味! この香り! 紅ショウガが少なくて、青のりがケチられてて、キャベツの芯が入ってて、ソースも均等に混ざってなくて、ところどころ焦げてるのが逆にいいわ!」
「それ褒めてるの!?」
思わずツッコんでしまった。
完全にディスってますよね!?
と思ったらじいやさんが止めた。
「ほっほっほ、ご安心なされ。お嬢様はいたくお気に召されたようでございます」
「え、そうなの?」
どこが?
「焼きそば以外の表現が思いつかないというのは、お嬢様流の最大の賛辞でございます」
「へ、へえー……」
前々から変な子だとは思ってたけど、この子かなり屈折してない?
なんだかんだ言いながら神宮司さんはあっという間に焼きそばを食べ終え、「ご馳走様」と言って空のパックを僕に手渡した。
ゴミはちゃんと持って帰って欲しいんだけど……。
神宮司さんは高級そうなハンカチーフを取り出すと、口を拭う。
「美味しかったわ。松本くんは料理も出来るのね。素敵よ」
「ど、どうも……」
美味しかったと言われるとちょっと嬉しくなる。
「あーあ、これじゃしょうがないわね。こんな屋台なんて解体して一緒に花火見ようなんて誘えないわ」
残念そうにつぶやく神宮司さん。
ち、ちょっと待って。
ってことは、僕の作った焼きそば、もし口に合わなかったら屋台が解体されるかもしれなかったんだ。
あっぶな~。
「今日のところは見逃してあげる。せいぜいたくさん売って稼ぐことね。行くわよ」
神宮司さんそう言って大勢のガードマンを引き連れて去って行った。
……こ、怖かったあ。
まさに嵐。
彼女の周りだけ空気が違ってたもんなー。
気づけば、まわりの屋台の人たちも「ホオォォーッ」とため息をついている。
怖がらせてしまってすいません。
「ふう、やっと行ってくれたか」
すると屋台の裏からおやっさんが姿を現した。
「ああ! おやっさん、どこ行ってたんスか!」
まるで見計らったかのように現れるおやっさん。
「あやうくこの屋台が潰されるところだったんですよ!?」
「いやー、お花摘んでたらちょっといろいろと、な」
「あ……」
ちょっと待って!
このオヤジ、ビール入ったカップ持ってやがる!
うわー、ありえねー!
「おやっさん、もしかしてお酒買いに行ってたんスか!?」
「おうよ。せっかくの祭りだしよ。飲みたいだろ?」
「飲みたいだろ? じゃないっスよ! 仕事中っス! ビックリっス! それに僕、未成年なんでその気持ちわからないっス!」
「わぁーった、わぁーった。そんなスッス、スッス言うなって」
僕の抗議を手で遮っておやっさんは言った。
「今日の分のバイト代は払うから、もう上がっていいぞ」
「は? なんで? まだ祭りも中盤っスよ?」
「いやいや、お前さんにいい人がいるとは思ってなかったんだよ。バイトに誘って悪かったな」
「い、いや、いい人って……」
「さっきの嬢ちゃん、お前さんのコレだろ?」
そう言って小指を上げる。
「いやいやいや! 全然違いますよ! ただのクラスメイトですよ!」
「謙遜するなって。いやー、いいねー、青春だねー、甘酸っぱいねー、ビール飲みたくなるねー」
いや、もう飲んでるじゃん……。
「いいから行ってきなって」
「でも僕がいなくなったら屋台が……」
「大丈夫、大丈夫。想像以上に売れてねえから」
「はい?」
「去年まではほら、オレの娘がやってたろ? 父親のオレが言うのもなんだが、娘は相当かわいいからな。それ目当てで客がいっぱい寄り付いてたんだわ。だから毎年忙しくってなあ」
言われてみれば、毎年おやっさんの屋台は大盛況だった。
明るくハキハキとした娘さんが一生懸命切り盛りしていたのを覚えている。
「今年は全然だ」
「う……、ごめんなさい」
「あ、別に松本くんが悪いって言ってるわけじゃねぇぞ」
言ってるよ。
完全に僕のせいだよ。
「だからここはオレ一人で大丈夫だ。さっきの嬢ちゃんとこ行ってやんな」
「でも……」
「はあ、まったく。今日びの若ぇのは真面目だなぁ。上がっていいって言ってんのによ。そんじゃ業務命令だ。今から焼きそば半額セールにするから、五百円くれたあの嬢ちゃんにもう一個渡してきやがれ」
そう言って、焼きそばを1パック手渡された。
半額セールって……なんていい加減な屋台なんだ。
僕は半ば追い出される形で屋台から締め出された。
手をシッシと振るおやっさんを背に、神宮司さんを探す。
きっとまだ近くにいるはずだ。
金魚すくい、射的、輪投げ屋の前を通り過ぎ、神社の境内付近に差し掛かると、夜空に大きな花火が広がった。
大きな音とともに歓声が巻き起こる。
と、その近くで一人(というかボディガードの人たちと)花火を見ている神宮司さんを発見した。
なんの感動もなさそうな顔で黙って打ちあがる花火を見つめている。
「神宮司さん!」
呼びかけると神宮司さんは「あ」と声を上げた。
「松本くん?」
どうしたの? と言われる前に言った。
「おやっさんが今日のバイトはもういいって……」
「屋台の?」
「うん。だからその……神宮司さんと花火でも見ようかと……」
おやっさんに無理やり追い出されたなんて言えるわけがない。
でも神宮司さんは僕の言葉に一瞬笑顔を浮かべると、いつもの表情に戻って言った。
「何よそれ。許可を出すのは私の方なんだから」
相変わらず厳しい。
「じ、じゃあ、僕と一緒に花火を見てくれませんか?」
下手に出て言うと、神宮司さんは腕を組んで頷いた。
「別にいいわよ。私の隣で見ることを許してあげる」
「あ、ありがと……」
なんでこんなに上から目線なんだろう。
でもそこが神宮寺さんらしいといえばらしいけど。
隣にちょこんと移動すると、神宮司さんは言った。
「松本くん」
「え? なに?」
「……別に」
恥ずかしそうに顔を赤らめる神宮司さん。
僕は夜空に咲く花火を見上げながら、そっと彼女と肩を寄せあった。
お読みいただきありがとうございました。