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レオンティエンとして~後日談的なお話し~~

前話一年半後のお話しです。

 隣接する国々と戦争はなく平和が続いた。

 数年前の探索で、この世界に探している九人は誰もいない事が分かっている。それでもこの世界に残って宮廷魔導士をやっているのは聖結晶と神聖魔力の調査の為だ。

 聖結晶は魔法を使って国内中を探して回り、ビー玉程度の大きさだが、一つだけ見つかった。

 これで研究できると喜んだのも束の間。

 騒動から一年半後、大陸中央の二つの大国が戦争を起こし、その余波で大陸が二つの勢力に割れた。中立を叫ぶ国は真っ先に狙われ、滅ぼされた。

 我が国は開戦の知らせを聞き、中立を表明した。その結果、半年と経たぬうちに近隣の周辺国は全て敵となった。

 自分も戦場に赴いた。魔法が齎す結果を考えず、敵の殲滅だけを考えて戦った。自己保身など考えている余裕はない。国が滅びては、意味がないからだ。

 後を考えぬ戦闘の結果、敵国からは『戦火の魔女』と畏怖されるようになった。魔法が使える女はどこの世界でも魔女らしく、この世界でも、同じ異名を持つ日が来るとは思わなかった。

 防衛戦は数か月も続き、いくつかの国からの襲撃はなくなった。しかし、包囲されているのと変わらない状況だった為、さる国に一ヶ所を突破されるとあっという間に国は滅ぼされた。

 後見だった魔王様も同僚も国王も、皆先に逝ってしまった。

 独り取り残された。そう、また独りになったのだ。

 自分は国が滅びる前に、最後の王命通りに独りで逃亡の旅に出た。



 開戦から三年、祖国から出国し一年が経過した。戦争は未だに続いている。

 共倒れになるまで続きそうだな、何て考えている自分は、現在とある山に建てられ、戦争の為放棄された修道院に身を潜めていた。何故この修道院なのかと言うと、ここは元妹が行く予定の修道院だった。立地上、人目につかなそうだと思いやって来たのだが、完全に放棄されている。破壊と血痕の後が有る為、何が目的かは不明だが、ここにも兵が差し向けられたのだろう。

 食糧庫の扉が破壊されていたので、食料の強奪が目的か。

 現在自分はここに身を潜めて何をやっているのかと言うと、この世界から去る為の準備だ。



 一年前。

 他国から宣戦布告を受け、二年が経とうとしていた。毎日戦場を駆けずり回っていると、今日がいつだか分らなくなる。

 何度目かの軍勢を退けた後、自分は王命で王都に呼び戻され(移動はこの世界の転移陣を使用)、昼過ぎに司祭長が待つ神殿を訪れた。

 何故今になって神殿に向かえと命が来たのか不明なまま、神殿内を無言で歩く司祭長の後に黙ってついて行くと、神殿の最奥である、神杖の貸与が行われる部屋に辿り着いた。

 冷たい石造りの部屋には窓がない。この部屋は貸与を行う以外に使わない部屋でもあった。入室と当時に司祭長が魔法で明かりを灯す。部屋の奥に祭壇があり、神杖はそこで佇むように祀られている。

 ドアを閉めると、音に気付いた司祭長が振り返り、徐に口を開いた。

「レオンティエン。これは、陛下の決定である」

 何が、とは口を挟まない。振返った司祭長の顔には、諦観が有った。

「――レオンティエン。史上最年少で宮廷魔導士になった女よ。汝を巫女とみなし、神杖を、今ここに授ける」

「!?」

 驚きで声を上げそうになったが、どうにか抑え込めた。

 司祭長は、誰かの言葉をそのまま口にした。その誰かは分かるが、この決定に口を挿むことは出来ない。

「非常に困る決定ですが、貴女なら大丈夫でしょう」

 困ったように力なく笑う司祭長は、神杖を手に取り、自分に差し出した。

「持って行きなさい。この杖はきっとあなたの力になるでしょう」

「……はい。謹んで拝受いたします」

 一歩踏み出し、両手で、神杖を受け取った。もう二度と、神杖を借り受けるやり取りは行わない。

 これが最後。この部屋に来るのも、司祭長から受け取るのも。

 いくら自分に制限時間があるとは言え、まだ続くと信じていた。だが、もう終わりなのだろう。

「道具入れと言う便利なものを持っている貴女なら、持っていても不審に思われませんね」

「そう、ですね」

 司祭長の言葉から、何故自分に神杖が託される事になったのか理由が分かった。

 つまりはこういう事だ。

 神杖を他国に渡したくないから、隠し持って移動出来る自分に預ける。頃合いを見て国を出ろと。

 司祭長は懐から一通の命令書を出した。受け取って中身を見ると、王都の魔物除けの結界の起点である六ケ所の聖結晶の回収を命じるものだった。頭をポンポンと撫でるように叩かれる。

「お行きなさい。速やかに密やかに済ませるのです」

「分かりました」

 神杖を道具入れに仕舞い、司祭長に背を向け、部屋を出た。

 振り返ったら泣いてしまいそうだった。



 それから、戦火の火が王都に迫る最中、自分はこそこそと六ケ所を回り、聖結晶を回収して回った。

 神杖と違い、結界起点の聖結晶は、大人の頭ほどの大きな石だ。壁の中に隠しているので、設置場所を知っている人間は少ない。司祭長も言っていたが、五人いる宮廷魔導士の中で自分が選ばれたのは道具入れと言う、大量収納ができる魔法具を保有しているからなのだろう。六ケ所全て回って回収し、日が大分傾いた頃、報告に王城に向かう。

 緊急時に王に謁見を申し込んで不審に思われないのは、やはり宮廷魔導士という地位のおかげか。

 勅命を受けたと言えば、簡単に王城に入れたし、謁見の申し込みも怪しまれない。

 宰相経由で王に謁見し、神殿で受け取った神杖と回収した六つの聖結晶を見せてから仕舞うと、すぐに移動となった。

 聖結晶を回収していいのかという疑問は、口に出さずとも顔に出ていたのだろう。

「民には既に告げてある。心配はいらん」

 移動中に王はそんな事を言った。

「やはり、他国の手に渡ると問題のある鉱石でしたか」

「うむ。聖結晶の真価は、魔物除けではない。魔法の強化だ」

 真価は魔法の強化。そう聞いて、何故か納得した。聖結晶の性質である『神聖魔力変換』で得られる魔力が霊力に似ていたからだ。この世界では霊力は存在しない為、知っているのは自分のみである。

 同時に、聖結晶が見つからない理由も分かった。既に掘り尽されていたのだ。ビー玉サイズとは言え良く見つかったな。

「現状で聖結晶が他国の手に渡れば、どのような殲滅魔法が開発されるか分からぬからな」

「だからと言って、魔法で殲滅戦が出来る人間に預けるのはどうかと思います」

「違いない」

 破顔一笑。自分の憂いを見透かして笑う王の目は決意と覚悟に満ちていた。

 やがて、王城の機密部屋の一つに辿り着いた。数える程度だが、補充業務で入った事のある部屋だ。

 王が両開きの扉を開けて中に入る。部屋の中央に七つ目の結界起点の聖結晶が安置されていた。中央に置かれているからか、他の六つに比べると大きさは三倍近くある。

「これで七つ目。道具入れに収めよ」

「はい」

 王と共に聖結晶に近づいて、道具入れを起動させ、収納する。

 瞬間、不可視の結界は溶けるように消えた。以後、魔物はここに近づくようになるだろう。

「余の代で、こんな事になるとはな。先が読めぬが、後顧の憂いが一つ無くなって助かったわ」

 聖結晶の事を言っているのだろう。

 確かに、他国の手に渡ると危険な代物だ。それでも、自分の手に渡ってもいいと判断したのは、十年に及ぶ付き合いの結果か。

 来た道を戻り、執務室に戻る。そこで宰相が佇むようにこちらを待っていた。

 国王の顔を見た宰相は目を細めて笑った。

「随分、すっきりとした顔をしておりますな。全て受け取らせましたか」

「うむ。全て預けた。……肩の荷が一つ無くなっただけで、ここまで気が軽くなるとは思わなかったぞ」

 王は朗らかに笑う。ここ数ヶ月間見なかっただけなのに、何年も見ていないかのように懐かしいと感じた。

 宰相は咳ばらいを一つ零し、顔を引き締めた。

「陛下。宝物庫を総ざらいした結果、少々厄介なものが残りました」

「厄介なもの?」

 報告に王は首を傾げ、たっぷり十秒後に見当がついたのか、首を元に戻した。

「ああ。魔喰いの大鎌か」

 魔喰いの大鎌。宝物庫には、収められている魔法具の点検と修繕で何度かはいった事があり、宝物庫内の魔法具も何があるかそれなりに把握していたが、大鎌の魔法具など見た事がない。

 現在、宝物庫にある防衛に使えそうな魔法武具は全て、各騎士団長、魔術師団長に貸し出している。整備する暇もなく使用しているからか、そのほとんどが損傷状態で戻って来る。その為、宝物庫はほぼ空になっていた。

 残っているという事は防衛に使えない武具なのか。首を傾げていると、宰相から説明が入った。

「魔喰の大鎌は、建国時から『魔法使用者の処刑』に使われていた大鎌だ。使用時に問題が発生するのでな。普段は封印している上に、ここ百年ちょっとは使われていないから、知るものは少ない」

 封印されていた処刑用品。使用用途を聞きちょっと口元を引き攣らせたが、一つ疑問に思った。

「魔法使用者の処刑? ギロチンは使用されなかったのですか?」

 この世界での処刑なら、ギロチンを使うのが一般的だ。鎌を使う話しは聞いた事がない。

「使用されなかった。と言うよりも、使用出来なかったと言えば意味は分かるか」

 使用できなかった。使えない理由は、『何かしらの障害』が有ったからか。障害とは何だと考え、何故『魔法使用者』の処刑の為だけに使用されていたのかと疑問を抱き、『もしかして』と言う可能性を口にする。

「……使用されていた当時は、魔力封印具が無かった、と言う事ですか」

 魔法が使える人間が犯罪者となり取り押さえられる際に、たまに攻撃魔法を乱発して暴れる奴がいる。そう言う奴は地下牢に放り込んでも魔法を使って脱獄を敢行する。その脱獄を防ぐ為に魔力封印具と呼ばれる『魔力放出を抑える魔法具』型の腕輪を犯罪者に装着させる。勿論外れるのは釈放後か獄中死後のどちらかだが。

「そうだ。魔力封印具の代わりに大鎌で処刑対象者の魔力を吸収させ、弱い攻撃魔法しか放てなくなった所を取り押さえ、鎌で斬首する。魔力封印具が開発されるまで、魔法使用者の犯罪発生率は高かった。逮捕や拘束は罪状が明確にしても難しい。まぁ、建国当初は即刻処刑だったらしく、犯罪発生率は低かったそうだが」

「魔力を吸収する様が、『魔力を喰らっている』ように見えるから、魔喰の大鎌と呼ばれる所以となった。使用されていた当時は『暴食の処刑魔鎌』とも呼ばれていたらしい」

 王と宰相の説明を簡単にすると、『魔力を吸収する鎌型の魔法具で百年前まで処刑道具に使われていた』、と言った感じか。

「魔力を吸収するのであれば、魔法の打ち合い合戦においては有効なのではありませんか?」

 処刑道具に使われていたとは言え、魔力吸収の特性は魔法の打ち合い合戦においては有効そうに見える。

「使いこなせれば有効だろうな。あの鎌は呪いを帯びているのか、機能不全なのか、触れた人間の魔力も吸収してしまう」

「成程。魔法の打ち合い合戦に持ち込んでも、敵を倒すよりも先に魔力切れで倒れてしまうのですね」

 そうだ、と王が頷く。

 ゲームとかでたまにある『装備中、一定の体力が失われ続ける代わりに強力な力を得る呪われた武器』って奴に該当するのか。普通の人間の数倍以上の魔力を誇るような奴じゃないと、持っていても意味がない所か足枷にしかならない。

「この緊急時にあの鎌が残ったか。……どうするか」

「一応、魔術師団長に使ってみるかと、確認の話しはしました」

「断られたのか」

「全く持ってその通りです」

 おいおい、あのやたらとプライドの高い魔術師団長が使用を断るって、どんだけ呪われてんだ?

 王と宰相が唸りながら話し合うも、妙案が中々出て来ないらしい。

 頭を抱え始めた二人を眺めて、思う。厄介な品が一つから二つに増えても変わらないか。魔吸収系の武器は世界によって吸収形式が変わっている上に、今の自分の腕では作れない。持っていても損はなさそうだ。

 呪いか機能不全で所持者の魔力を吸収するのなら、呪いを払うか修理すればいいし。

 考えがまとまると思い切って提案した。

「陛下、よろしければですが、魔喰の大鎌を賜りたく思います」

 国王と宰相の首が、ぐりん、と同時に動き、自分を凝視する。動作が微妙に怖かった。

「良いのか? 枷にしかならぬだろう?」

「実物を見なければ判りませんが、所持者の魔力吸収の原因が機能不全ならば、もしかしたら修繕出来るかもしれません」

「いいの!? ――ゴホン、そう言えば一般公開用の神杖も直していたな」

 王は本音をうっかり漏らすも、咳払いを一つ零して直ぐに取り繕い、数年前の事を思い出す。王の発言を聞いて宰相も思い出したらしい。

「確かに、あの司祭長がタダで直ったと、大喜びしていました」

 普通の奴なら確かに足枷だろう。しかし、自分の魔力量はかなり多いので問題はないだろう。いざとなったら解呪か修繕を試してみればいいんだし。

 それに、魔喰の大鎌が使いこなせる人間に近づく敵はあまりいないだろう。自分は聖結晶を持っているから護身と威嚇に使えるかもしれない。

 そう付け加えるとオジサン二人の目が輝き、あっさりと許可が下りた。



 その後、王と宰相と共に大急ぎで宝物庫に移動した。

 途中の通路に警備兵はいない。宝物庫内部にほとんど品が残っていないからか、盗まれても問題のない品しか残っていないからか。どちらにしろ、ここに回す人手は不要と判断したのだろう。

 やがて、重厚感のある扉――宝物庫前に辿り着いた。宰相が専用の鍵で扉を開ける。宝物庫の中は空っぽだった。全部出し切ったのか。結構あった筈なんだけど。

 立て掛ける台なども見当たらない。では一体どこに鎌があるのか? 首を傾げる。こちらに気付かず、王は奥に向かい、とある壁に手を触れた。すると、壁は音もなく横にスライドし、新たな通路の出入り口となった。

 ここには何度か来たが、こんな仕掛けは初めて見たぞ。王が触れて動いたって事は、王族でないと起動しない仕組みか。

 そんな事を考えていたら置いて行かれた。慌てて追いかけると、新たな入口の先――広さにして六畳程度だろうか? さして広いとも思えない空間に、それは安置されていた。鎖で真っ直ぐ、吊るすように置かれている。

 所々、柄に赤い紋様が入った漆黒の大鎌。先端に刺突用なのか槍のような穂先があり、全体的に大きく長い。見た目は完全に『死神用のデスサイズ』で、冗談で言われても納得できる。

 今いる三人の中で最も背の高い宰相でも百八十センチぐらいあるのだが、大鎌と言われるだけあって、宰相の頭数個分ある。この手の鎌――分類的にはサイズ――はどれほど大きくても全長二メートル半ぐらいの物しか見た事がない。元が草の刈り取りに使う農器具だから、訓練していない平民でも使いこなせる大きさと長さなのはある意味当然だろう。

 だが、目の前にある大鎌は、どう見ても全長三メートルぐらいある。つまり、柄の長さだけで三メートルもある。少し近づいての目測だが、刃の部分だけでも一メートル以上はありそうだ。

 実物を見て、魔術師団長が使用を断った理由が分かった。

 持っているだけで魔力を吸収されるのに、こんな大きい武器を持って移動なんて無理だろう。女みたいに華奢な上、六歳児一人持ち上げられない腕力では、長時間持ち続けるとか不可能だろう。

 実際に重そうだし。重量軽減の魔法かけるもしくは、魂魄認証を利用した『特定対象者が触れている間は重量が軽減される』ような機能を付けるかする事になりそうだな。

「これが、魔喰の大鎌ですか」

「そうだ」

「確かに、魔術師団長では持ち運びが厳しそうですね」

「うむ。それを理由に、彼奴は断った」

 マジか。魔力吸収が理由じゃなかったのか。と言う事は、見栄を優先したのかよ。王と宰相の言葉に口の端が引き攣るが、賜りたいと自分で言い出したのだ。怖気づいている場合ではない。

 鎌に触れる。バケツの割れ目から水が漏れるように、確かに魔力を持っていかれるが、気になる量ではない。一時間以上触っていなければと言う条件が付くが、十分許容範囲内だ。鎌を鑑定魔法で調べ――意外な結果が判明した。

「どうやら、保持者の魔力吸収は機能不全を起こした結果のようですね」

「おお。そうであったか」

 国のトップが驚いている。自分も驚いたが。

 この大鎌には魔力を溜め込む機能が付いているのだが、この溜め込む機能に異常をきたしているのか『溜め込んだ魔力が抜けていると誤認識し、接触者から強制補充し、溜め込んだ魔力量を保つ』と言う状態になっている。それでも、現在は魔力が空だ。例えるなら『底抜けのバケツに水を注ぎ続けている』ような状態か。確かに水は溜まらんだろう。

 つまり、直せば魔力の強制吸収しなくなるのだ。

 直るかも、そう伝えると喜ばれた。実にあっさりと自分の所有物となったのだ。



 鎌を道具入れに仕舞い、宝物庫から再び執務室に戻ると、宰相が大袋を差し出して来た。受け取った際に金属音がした。

「支度金だ。結構入れたぞ」

 お金だった。両手で持った重さから判断すると、相当な大金だ。自分の給料何か月分だ? 袋の口を開けて中身の確認がしたいが、流石に今やる訳にはいかない。礼を言ってから道具入れに仕舞う。時間がある時にいくらか自分の財布に移そう。

 そんな事を考えて、ふと寮の荷物はどうするかと悩んでいると、宰相から悩みを見透かしたような声がかかる。

「ここ数ヶ月、寮に戻っていないそうだな」

「はい。確かにほとんど戻っていないです」

 寮部屋の荷物は、ほとんどが衣類だ。不在時に盗まれては困るものは、普段から道具入れにいれている。

「なら、一度戻り、よく休め。部屋はこちらで用意する」

「はい、ありがとうございます」

 宰相は何故か、自分の頭をわしゃわしゃと撫でる。何故撫でるのだと考え、そう言えばこの人息子しかいなかったな。感謝の言葉を述べると宰相が離れる。入れ替わりに国王がやって来た。

「では、レオンティエンよ。寮で荷物をまとめ休息を取った後に、南の戦場に向かえ」

「南ですか?」

 元居た場所に戻れと言われると思っていたが、意外な移動先に思わず聞き返す。

 ちなみに、自分が王都に戻るまでいたのは最激戦区となった北の戦場。南は逆側だが、未だに隣国からの嫌がらせのような襲撃が続いている。こうなったのは、北は大国に統合され、南は弱小国で援助を断られない為に、他国の言いなりだから。一応我が国も援助していた。南の嫌がらせのような襲撃は、余力がないのと、恩を仇で返す真似をしたくないからだろうと宰相は語った。

 だが、自分が返事を返すよりも先に、宰相の『待った』が入った。

「陛下。南では逆に怪しまれませんか?」

「何を言う。恩を仇で返す輩には灸を据えるべきだろう」

「それよりも、隠す為に戻した方がいいのでは?」

「これ以上北には置いておけん。それに、先日南以外から、降伏勧告と共に『寄こせ』と言う書状が届いた」

「……そうでしたか」

 所々言葉が抜けた会話も宰相が嘆息を漏らした事で途切れた。

 結局どこに行くか決まらず、今日はとりあえず寮に戻って荷物整理をし、王城の客室で寝て休めと言われて、寮に送り出された。しかし、何故王城の客室の利用が決まっているのか。

 その疑問の回答は、寮に辿り着いて得られた。

 この寮に移って十年以上も経過しているからか、第二の我が家と化している。しかし、戦時下である現在、人気はない。食堂に立ち寄ったが誰もいない。奥の厨房も無人だ。厨房の食材貯蔵庫は空っぽだった。

 宰相が王城の客室を利用しろと言ったのは、『寮はほぼ閉鎖状態』になっていた事を把握していたからだ。

 厨房が無人でも、調理技能が有るので食材が有れば何か作れる。だが、食材がないのなら、荷物をまとめて速やかに王城に戻るべきだろう。

 数か月ぶりに寮内を歩き、自分の部屋に戻った。

「うわぁ」

 数か月ぶりに戻った部屋は、掃除がしたくなるほどに酷かった。酷いと言っても埃が酷いだけなんだが。家具はベッドと机と椅子とクローゼットに本棚だけだ。個人使用のカップ類は、道具入れに入っている。

 窓を開けて換気を行い、クローゼットを開ける。数着のドレスとアクセサリーが残っていた。道具入れからクローゼットを取り出す。寮部屋のものよりも三倍近く大きいが、気にせず扉を開ける。これまでに転生した世界で出奔時に『売ってお金にしよう』と思って結局売らずに残ったドレス――実に二十着近くと、合わせて持ち出したアクセサリーが収納されている。

 これ以上増えても邪魔? かと思ってしまう。悩んだ末、売る機会があるか分からないが、念の為持って行く事にした。貧乏人だから高い服が捨てられないのだ。アクセサリーは貴金属や鉱石を使っているので、魔法具の材料にもなる為持って行く。

 ちなみに、私服はすでに道具入れに入っている。この数か月間の戦闘で、『駄目になったら捨てて新しいものに着替える』と言う風に着ているのでこちらは数が少ない。どこかで買い足しておこう。

 クローゼットを仕舞って机を見る。引き出しがないタイプなので、ものは全て天板の上に置かれている、と言っても羽ペンとメモ用紙しか置いていない。メモ用紙はともかく、羽ペンは置いて行っても大丈夫だろう。一応ガラスペンを持っているし。

 最後に本棚を見る。各種魔法と魔法具の理論書が売られていたので買って読み、一時期大量に増えた為購入した棚だったが、現在空っぽだった。

 理由は、この世界の魔法の技術レベルにある。

 自分が十歳と言う年齢で宮廷魔導士になれたのも、この世界の魔法の技術が、元より保有している魔法の技術よりも下だったのだ。ぶっちゃけ学んで得られたものは少ない。

 分かりやすく言うと、バイクや自動車が当たり前の場所から新しい場所に移動したら、自転車がメインの場所に来てしまった。とでも言えばいいか。転生先が選べないので非常に残念である。

 魔法が存在するだけまだいいが、魔法が存在しない世界では自分は異質なのだ。

 運悪く遠未来の世界に転生とかすると、もう困り果てる。科学技術で再現不可能な超能力扱いとなり、政府や闇組織に狙われる日々を送る事になる。あれは疲れた。最終的に開拓惑星に空間転移で移動して、転生魔法を使って去った覚えがある。

 西暦二千年代の地球とかに転生した事があるが、大体、二十歳になる前に去ったな。

 ……昔話はここまでにしよう。

 換気に開けていた窓を閉め、部屋から出る。いつものように鍵をかけた。

 終わりはまだ先だと思っていた日々は、もう帰って来ないのだ。そう思うとなんだか寂しく感じる。

 部屋から去り、途中、食堂に寄ってテーブルの上に鍵を置く。

 屋外に出て、十年間住んでいた寮を見上げる。もう二度と、ここに帰って来る事はない。

「さよなら」

 どこの世界でも、自分の帰る場所を最終的には手放さなくてはならない。それは、帰る場所が得られない事と何が違うのか。

 頭を振って思考を切り替える。

 荷物はまとめたのだから、王城に戻ろう。

 歩くペースがいつもよりも遅いのはきっと、気のせいだろう。



 王城に戻ると王と宰相に会う事無く、客室に通された。一番忙しい二人にそう何度も会えるはずもないか。

 気を取り直し、テーブルなどを移動させて臨時の作業場を作り、魔喰の大鎌の修理を行う。

「おっも」

 大鎌を道具入れから取り出す。両手で持ってみるとやはり重かった。西洋の騎士が使うハルバード並みに重い。機能不全の修理を終えたら、重量軽減対策も行おう。

 鎌を床に置いて、作業を始めた。



 一時間後。

 大鎌の機能不全を直し、魂魄認証による重量軽減機能を何とか付け加えた。ぶっちゃけると、機能不全の修理よりも機能の追加の方が手間取った。

 手間取った原因は、元々空だった事もあり、鎌が有る程度の魔力を溜め込もうとこちらの魔力を異様に吸収したのだ。ある程度の魔力を取り込むと、吸収は止まった。以降、触っても魔力は吸収されない。

 これで、完全に直った。

 後はどこかで振り回す練習をするだけだ。

 鎌を道具入れに仕舞い、テーブルの位置を戻すと、自分はベッドにダイブした。

 想像以上に魔力を持って行かれ、大分疲労が溜まった。

 目を閉じる。少し眠れば、ある程度魔力も回復するだろう。



 ――夢を見た。

 雨が降っていた。土砂降り一歩手前程度の大雨である。

 その雨の中、自分は立ち尽くしていた。

「どうして」

 正面には墓石が有り、アーノルド・ディヴァインと名が刻まれている。

「何で、こうなるの」

 口から漏れるのは嘆きと怒り。

 ――必ず帰る。アルに会いに帰って来る。

 そう、約束した。対策も色々取ったのに、何故こうなった。

「何を嘆く? それと結ばれても、其方が求める幸福なんぞ得られぬ。何故それが分からぬのだ」

 背後から響く重い声。振返ると、そこには、やる必要のない無謀な依頼を持って来た、嘘つきがいた。

 厳めしい顔立ちをした老人は花の妖精王スオウ。

「嘆くな。其方の――」

 聞くに堪えない押し付けなど聞きたくない。言葉を遮るように、思いっ切り殴り倒した。

「な、何を」

「黙れ」

 殴られた頬に手を添え、スオウが声を上げるがこれも遮った。

「何も知らないくせに、何も聞こうとしないくせに」

 怒りを込めてスオウを睨み、胸ぐらを掴んだ。

「押し付けるしか能がない癖に、何も理解する気がない奴に、何が分かる!?」

 もう一発殴る。錐もみしながら吹き飛ぶ。

「押し付ける為に嘘を吐いて、騙して、それで、私が幸福に見えるのか!?」

「だが、不釣り合いだろう」

「そんな、理由で」

 スオウの絞り出すような言葉に怒りが沸く。再び拳を握り締めると、背後から別の声が響いて来た。

「へぇ。そんな理由で、管理化身の候補者を騙し、人間界に混乱をもたらしたのかい?」

 そこには黒髪の男が立っていた。紫色の目が、すぅっと細められる。

「恣意的に嘘をついて騙し、人間界を混乱に陥れる行為は妖精界では禁止されている。曲がりなりにも、王ならば知っている事であり、同時に侵してはならぬ禁でもある」

「オベロンよ、それは分かっている」

「そうには見えないね。彼女が妖精界から帰れなくなって、この国は混乱が生じた。その責任はスオウ、君にある」

 嫌悪のにじむ声の後、オベロンと呼ばれた男は手を叩いた。直後、虚空から複数の男が現れ、スオウを拘束した。

「他の妖精王も今件には激怒している。協力者も今頃拘束されているだろうね」

 スオウは苦い顔をする。オベロンはため息を吐くと、男達に連れて行けと命じた。スオウと男達は虚空に消える。その光景を見て、オベロン直属の部下――妖精兵だったのかと思考が回る。

 雨足が強くなってきた雨に打たれ続けて頭が冷えて来たからか、オベロンに背を向け墓に向き直った。

 しばし、墓を眺めていると、

「すまないねぇ」

 唐突に、オベロンが謝罪の言葉を口にした。

「我々妖精は、君みたいに神性を持った人間と対立したくないし、する気もない。今回はあれの独断。今代の管理化身が歴代最弱でね。君の存在を知り、後釜に据えれば楽になれるとバカを考えたらしい」

「何でそのバカの後押しを妖精王がやるの?」

「スオウは選民意識が強かった。ただの人間如きが、神の力を持つものを娶るなどあってはならん。そんな事も言っていたね。待っていれば勝手にやって来るのに何で分からないんだか」

 オベロンの回答に沈黙で返す。

 人間如き、そう言われても、アーノルドは別だと思っている。

 共に戦場を駆け、背中を預け、苦楽を共にした、大事な幼馴染にして、初めて一緒にいたいと願った男。

 自分が持つ不老性については、何度も話し合った。話し合った上で受け入れてくれた。

 いつもならば、ここで嫌われるのに。

「必ず帰る。会いに帰って来るって約束したのに」

 何故、約束は果たせずに終わったのか。

 原因は妖精界と人間界の時間差にあった。妖精界で一ヶ月は人間界で百年に相当する。故に、対策をいくつか取った。取ったのだが、全てスオウに破壊された。

 その結果、ここにやって来た時点で、人間界では百年が経過してしまった。

「どうして何だろう」

 疑問が浮かぶ。

 転生の旅をしていて、避けるのが難しいのが婚姻だった。不老性は言いふらせないので、どうにかして婚姻は避けていたが、何度かは婚姻をした事がある。でも、一緒にいたいと思った事はない。

 それを考えると、アーノルドは色んな意味で初めてだった。

「どうしてこうなった?」

 記憶を取り戻し、彼との日々を積み重ねた結果、追い求めた。

 それが原因なのだろうか。

「あたしは、求めてはいけなかったのか」

 幸福を願い、求めた結果がこれだ。

 ならば、追い求めなければ、願わなければ、こんな事を何度も経験しなくて済むのだろうか。

 つまり自分が、幸福を求めなければ――



「あ」

 目が覚めた。起き上がって周囲を見回す。

 王城の客室でベッドの上。

 窓から見える空は日が傾き赤く染まっているが、雨は降っていない。

 倒れ込むようにベッドに横になる。

「夢か……」

 思い出したくない、遠い過去の記憶。

 自分の在り方を変える契機にもなった一件。

 何故夢で見たのかと、ため息を吐く。

 憂鬱な気分になったので、ベッドから降りて、備え付けの茶器でお茶を入れる。カップに注ぐと芳醇な香りが広がる。一口飲むと渋みはほとんどなく美味しい。これ、来客用の高いお茶だな。淹れ方が上手い訳でもない自分の技量でこの味。値段を考えてしまったがすぐに忘れる。だって絶対高いだろうから。

 一杯飲み干すと、だいぶ気が楽になった。

 手を組んで軽く伸びをした後、道具入れに入っている食料の残量の確認を行う。数ヶ月持つ携帯食の残量は問題ない。生鮮食材は入っていない。可能なら、調味料や小麦粉類を買っておこう。

 買うものリストに追加していて、そう言えばと思い出す。私服も少なかったな。どこかで揃えたいが、最終手段は売り物用のドレスを自力で仕立て直すしかないだろう。

 購入予定物について考えた後、今後の予定についても考える。

 大鎌の練習はどこで行うか。ぶっつけ本番で使うのは流石に気が引ける。槍のように使えばいいだろう。一応長柄の武器だし。

 そうそう。聖結晶と神聖魔力についても調査を行わないと。神聖魔力に変換したの際に魔力ロスがあるのか、一度に最大どれぐらいの魔力量の変換が可能なのか。神聖魔力は霊力とどの程度違っているのか。魔力の強化率も調べないとだなぁ。

 調査に関してはやる事が多いな。

 紙に書き出すか悩んでいると、空腹の音が鳴った。周囲には誰もいないので、聞かれてはいない。

 軽く息を吐いてから、空腹を満たすべく職員用の食堂に向かった。



 夕食を取り、夜食用のパンをいくつか貰って道具入れに仕舞い、誰もいない騎士団用の訓練場に向かう。

 何の為に行くかって? 大鎌を振り回す練習だよ。

 槍のように振り回して幾つか分かった事がある。

 この大鎌、振り回すと普通の槍とあまり変わらない。

 自分が振り回す槍は、どれほど長くても二メートルぐらい。対してこの大鎌は、自分の身長のほぼ倍――三メートルはある。

 作った奴に問いただしたい。『もうちょい短く作れ』と一発殴りたい。

 とは言え、製作者の腕は良かったんだろう。

 この手の武器を持って戦った経験がないので、回転運動を中心に、槍のように振り回してみた。バランスがいいのか、重みを余り感じない。重量軽減の補助機能を、一時的に停止して振り回しても同様だった。過去に、何度か手にした事のある『普通に持つと重いけど、振り回すと重みを感じない』精巧な造りの武器と同じなんだろう。

 銃以外の武器を作る時って、重心をどこに置くか結構悩む。いざ振り回すと、何か微妙な感じがして何度も作り直した経験がある。

 この大鎌は、重みからハルバードを連想させたので、同じ要領で振り回すとしっくりと来た。鎌の付け根を調べると、少し弄った痕跡が残っていた。

 推測しかできないが、この鎌、元はハルバードや鎌槍のような『穂先を多機能にした槍』か『穂先を枝分かれにした槍』を鎌に作り直したんじゃないか? 

 そうでもないと『振り回してみると槍のようだ』と言った感想は出て来ないだろうし。

 この長さの槍なら『長槍』と言うカテゴリーで実在する――と言うか、騎士団でこの長さの槍を持っている奴がいた。

 刃も付け根から先端に向かっての十数センチが潰されている。これはうっかり手指を切らない為の処理だろう。

 処刑に使われていただけあって、切れ味は良い。手が滑って刃に当たったら、指など簡単に切り落とされそう。

「ふぅ……」

 鎌を振り回す手を止め、軽く息を吐く。冷たい夜気と肺の空気を入れ替えるように何度か深呼吸を繰り返す。

 夜気が心地良い。少し気を抜いていると、荒々しい足音が聞こえて来た。

 何事? と振り返ると伝令兵がやって来た。国王が呼んでいるらしい。直ぐに行くと了承すると、伝令兵は去って行った。

 道具入れに鎌を仕舞う。嫌な方向で、絶対何かあったな、これ。妙な胸騒ぎがするが、足早に移動を始めた。


 

 王の執務室に入ると、数時間前までの少し緩んでいた空気が一変していた。

 一度も見た事がない険しい顔をした王と宰相から、非常事態の情報を聞かされた。


 ――東の国との防衛戦線に異常発生。

 ――灰燼の炎魔王を良く思わない一部のものがこちらを裏切り、戦線が瓦解寸前。

 ――セードルフ公爵及び灰燼の炎魔王他百名以上が戦死。


 我が耳を疑った。

 裏切り者が出て、魔王様と公爵が戦死って。士気の面でもかなり不味くないか。何で今になって裏切り者が出た?

 いやそれよりも防衛戦線瓦解寸前が一番不味いか。

「レオンティエン。今から緊急の命を下す」

 頭に浮かんだ疑問を隅に追いやり、険しい顔をしたままの王の言葉に耳を傾ける。

「東の戦線に向かえ。戦線の陣形を変える。陣形が変わり終わる頃に、敵味方問わずに全てを殲滅せよ」

「っ、陛下!」

 命令の内容は、更に耳を疑うものだった。思わず、声を上げてしまう。

 敵味方問わずに全てを殲滅せよ。

 それは、味方を巻き添えに敵を討てと言う事。

 味方を捨て駒にするのかと、批難しかけるが、王が浮かべている顔を見て、思考が止まった。

「すまぬ。言いたい事は分かる。余を恨んでも構わん」

「いえ、申し訳ありません、陛下。拝命致します」

 命の後に続いた言葉に、即座に頭を下げて謝罪する。

 王が優先すべきは国であって、個人の思いではない。これは、王にとっても苦渋の決断なのだ。自分に王個人を批難する事は出来ない。

「構わぬ。他のものであっても同じ反応をするであろう」

 のう、と横にいる宰相に国王は声をかけた。宰相は無言で頷く。

「既に通知は行った。完遂次第、一度戻れ」

「分かりました。早急に向かいます」 

 時間がない。了承の応答を返して、執務室から出た。



 王城から自前の空間転移魔法で戦場に飛び、自国兵の斜め後ろの位置に移動して、思わず息を飲んだ。

 交戦しているが、防衛戦線は瓦解寸前と言うよりも、既に瓦解していると言うべき状態だった。

 残存の敵兵はおよそ一万程。自陣営の兵は百にも満たない。

 それでも、交戦状態なのは残っている兵が魔法を放って攻撃防御補助を行う、魔術師兵だからだ。その魔術兵達が少しずつ位置を変えて行っている。未だに陣形の変更途中と言う事か。

 奇妙だ。東の防衛戦線に敵国が、これまでに送り込んで来た兵数は、どれほど多くても五百人程度だった。なのに、今はこれまでの二十倍もの兵を差し向けられている。

 裏切りそうな奴を探しながら交戦していたのか? そうだとしても、いきなり一万近い兵を送り込むなど出来るのだろうか。それとも、戦争が始まるよりも前から探していたのだろうか。

 頭を振って思考を追い出す。疑問の解決は後で良い。今は、王命を果たすべきだ。

 視力を魔法で強化し、セードルフ公爵夫人を探す。陣形変更の指示を飛ばしながら、自身も強大な攻撃魔法を放っている、勇ましく凄艶な女性を発見した。彼女が炎魔王様の一人娘のセードルフ公爵夫人だ。

 直ぐに夫人に念話を飛ばした。

『夫人、聞こえますか。レオンティエンです』

『レオちゃん、着いたのね』

 王命を知っているのか、『何故いるのか』とは問われなかった。

 ちなみに、夫人は自分の事をレオちゃんと呼ぶ。娘が欲しかったとかで、息子嫁は全員ちゃん付けで呼んでいる。

 それはともかく。時間がないので、脱力する呼ばれ方を我慢して確認を取る。

『はい、到着しました。夫人達の姿が視認可能の位置にいます』

 正確に言うと『魔法で視力を強化して』が入るのだが、それは告げない。大事な事は『視認可能な位置にいる』事で有り『見えるところにいる』ではないのだ。

『そう、分かったわ』

 夫人の返事に、自分は無意識に首を傾げた。念話で帰って来た夫人の声音が、諦観と言うよりも何かを悟りきったものだった。

 何だろうと、疑問を抱く間は無かった。陣形の動きが止まり、全員で一斉に攻撃魔法を放ち始めた。

『夫人!?』

 ギョッとして、念話で呼びかけると、夫人の穏やかな声が聞こえて来た。

『我らは敗北に屈せず。裏切り者には死を与えよ。対価が己の命なれど、決して躊躇うな。――父の辞世の句よ。最期まで勝利にこだわっていたわ』

 困った親ねと、夫人は笑っている。だが、自分は頭の中が真っ白になり、何も返せなかった。

『レオちゃん』

『っ、はい』

 夫人の呼びかけで意識が戻る。

 深呼吸を繰り返して、心を落ち着かせ、夫人に問いかける。

『夫人、王命は御存じですね』

『ええ。聞いているわ。父の奏上でもあるしね』

 辞世の句からもしやと思ったが、推測通り魔王様の最期のお願いだったらしい。

『全員の気持ちは固まっているわ。戦場で死ぬ誉よりも、自分達では到底扱えない魔法が見れる事の方が重要みたい』

 相変わらずねと、コロコロ笑っている様はいつも通りだった。

『嫌な事を押し付けてごめんね。でもね』

 声音が変わる。それは、覚悟が決まっている意志表示の声だった。

『死ぬのなら、己の力を全て使い切ったここがいいわ』

 この戦場を死地と定めたのだろう。夫人は父である魔王様の血が濃いのか『どうせ死ぬなら戦場で』と言う武闘派でもあった。

『それにね。父や夫に追い付けなくなるのも嫌なの。時間もないから、まとめて討って頂戴』

 その言葉を最後に、念話は途切れた。

 本音を言えば、退避して欲しかった。家族の情は理解出来なくなったが、親しい人に置いて逝かれる悲しみはまだ理解出来る。

「また、置いてけぼりか」

 天を仰いで嘆息するが、夫人の言う通り、時間がないのもまた事実。

 右手を開いて天にかざし、目を閉じて滅多に行わない詠唱を始める。

 イメージするは、一切合切を灰燼に帰す炎。セードルフ公爵家への弔いの炎。仇成すものを灰にする、殲滅の炎。

 魔法が齎す結果を強くイメージし、謳うように、弔辞を読むように、想像構築で創り出す魔法を言霊に変える。

「冥界を白く、地上を黒く焦がすは、無慈悲にして公平なる力。遍くものに平等なる終焉を齎し、一切合切を無に帰す紅き焔。抗うな。全て受け入れよ。嘆く事は許さぬ。許されるは黒土に還るのみ。抗うならば、塵と果てよ」

 閉じていた目を開いて、戦場を見る。

 頭上で構築されて行く魔力の塊で、敵兵もこちらに気づいたようだ。いくつかの攻撃魔法が放物線を描いてこちらに飛んで来るが、そのほとんどが撃ち落とされて行く。

「受け入れるのならば、疾く逝け」

 撃ち落とされずに残った魔法が飛んで来た。しかし、飛距離が足りなかったのか、自分の十数メートル手前に着弾した。

 小石の礫が飛び散り、土煙が立ち上がる。

 煙が消えるのを待ってから、息を大きく吸って、締めとなる魔法名を紡いだ。

「――炎獄焦土」

 右手を正面に振り下ろし、魔法を放つ。鮮やかで巨大な赤い光が戦場を駆けぬける。道中にある全てのものを飲み込み――着弾。


 一瞬の間、戦場から全ての音が消えた。


 音も無く、炸裂した赤い光が全てを飲み込み、数多の命を消し去る。

 熱も爆風もない。ただ、静かだった。一分も経たぬ内に、光が立ち消えた。後には何も、残っていはいない。

 遠く彼方に僅かに残った敵兵は、撤退を開始している。

「……夫人、追い付けましたか?」

 いなくなったのは敵兵だけではない。味方の兵もいなくなった。

 漆黒の夜空を見上げて、追い付けなくなるのは嫌だと言った夫人に問いかける。

 答えはない。追い付けたと思いたい。

 暫しの間、放心して戦場を眺めていると、伝令兵がやって来た。

 上層部に報告が上がったのだろう。完遂次第帰還しろと言われているので、速やかに王城に帰った。


 

 王城の王の執務室に足を踏み入れると、国王と宰相以外に、各騎士団長や魔術師団長などの軍部の重鎮が勢揃いしていた。

 宰相から完遂の報告は既に上がっていると言われ、直接の報告は無くなった。これに少し安堵してしまったが責めないで欲しい。

 セードルフ公爵家は数年前まで、義理の家族候補だった人達なのだ。命令だとしても、中々割り切れない。

 敵兵の撤退開始も既に報告されており、顔を出す事以外に、ほぼやる事が無かった。

 退出しようにも宰相に待てと捉まった。仕方なく、重鎮達の会議を聞く事になった。混ざれないけどね。

 戦況の最終確認まで終えると、騎士団長の一人がポツリと呟いた。

「しかし、かの魔王も逝ってしまわれたか」

 彼にとっては独り言だったのだろうが、やはり皆、魔王様の死には少なからず衝撃が有ったのだろう。

 自然と魔王様に関する話題になった。

「うむ。我らを裏切った奴は元々野心の塊だった。唆されたのだろう」

「奏上の中身を知ると、タダでは死なん、と言う気概が見える」

「確かにな」

 ……微妙に居心地が悪い。宰相の袖を掴んでくいっと引っ張る。それだけで宰相は、こちらの顔を見なくても言いたい事が分かったらしい。咳払いを一つ零し、話題の転換を図ってくれた。

「レオンティエンよ。配置の移動は覚えておるな」

「はい。覚えていますが、南と北のどちらになりますか?」

 東の戦線に向かう前、王から南に行けと言われたが、それに待ったをかけたのが宰相である。

 結局どちらになるか決まらなかったが、ついに決まったらしい。

「明日の昼に西に向かえ。分かったな?」

 西の戦線ではなく、西に向かえですか。周囲を見ると、重鎮達は疑問を抱いていないようだ。聖結晶と密命の話しは聞いているらしい。

「はい」

 西は北ほどではないが、準激戦区となっている。その原因は、地形に有った。

 西には標高五百メートルほどの山が幾つか連なっている。この山は鉱山ではないが、珍しい薬草が数種類自生している山だ。最も、その薬草は栽培に成功しているので、山に入って採集するもの好きはいない。かなりの数の野生の肉食動物がいるので、採集して生きて戻るのも命懸けとなる。誰も餌になりたくはない。仮にいるとしたら、金に困って日銭も稼げない奴位だ。

 山が連なっているだけで激戦区になるのか? と言う疑問が生じるだろう。山を越えた先は国境線となっている湿地帯があり、その先には軍事国家が存在する。この軍事国家もこれまた厄介な国で、今戦争に乗じて、既に幾つかの国を侵略し攻め落としている。

 現在、湿地で交戦中だ。

 背後は山。足下はぬかるんでいるので危ない。

 足元を気にしながら戦わねばならんので、自然と、魔法の打ち合い合戦に発展した。

 この打ち合いも苛烈を極めた。宮廷魔導士二人が前線に立ち、魔術師団長と三人で攻撃魔法を打ちまくっている。

 隣国は魔法戦を重視している訳ではないので、これで拮抗している。

 ただし、敵国による暗殺が横行している為、戦況は微妙に怪しい。

 移動途中に間違えられて襲われたと称して、攻撃魔法をぶっ放していいかな?

「余計な事はしないように」

 宰相様はこちらの思考が読めるらしい。顔に出ていた可能性もあるが、止めなさいと、窘められた。

 このやり取りを最後に、会議は終了した。

 


 借りている王城の客室に戻り、背中から倒れるようにベッドに寝っ転がる。色々な事があり、疲れた。

 俯せになり、枕を抱きしめる。

 ……思い出すのは、公爵夫人の最期。思い出すのは精神衛生的に好くないと分かっている。だが、周囲に人がいなくなったからか思い出してしまった。望まれたとは言え、『これで本当に良かったのか』と考えてしまう。

 答えはなく、望んだ本人が満足している。しかし、望まれた自分には不満がある。

「止め止め。これ以上は不味い」

 思考を声に出して断ち切って起き上がり、ぐ~、と音が鳴った。次いで、空腹がやって来る。

「……あ、夜食パン」

 セルフシリアスブレイクを、何故やってしまうのか。額に手を当ててため息を吐いてしまう。

 やって来た空腹を満たすべく、道具入れにしまったまま食べる機会の無かった夜食パンを取り出して口に運ぶ。

 食後。備え付けの茶器でお茶を一杯入れて飲み干すと、眠気がやって来た。

 寝巻に着替えて、部屋の明かりを落としてベッドに潜り込む。

 目が覚めたら長い一日になるのだ。

 今はゆっくりと、休息を取ろう。



 夢も見ず、朝と言うには些か遅い時間に目が覚めた。

 身支度を整え、朝食を取り、荷物をまとめる。国王と宰相に最後の挨拶を交わし、王城を出て西に向かう。

 長い一日が、長い逃亡の旅が、始まった。

 


 西を経由し出国して、この世界から去る為の準備をしながら彼方此方をふらふらと彷徨い、大国の王太子に見つかって逃亡し、大鎌を使って撃退し、気付けば一年が経過していた。

 祖国はこの一年間の間に滅ぼされた――いや、聖結晶の行方を眩ます為に、王と宰相が自分の首を以て終わらせたが正しいか。

『ある程度の反抗可能な戦力を持ったまま国を潰すと、いつ反抗されるか分からないと、徹底的に潰しにかかるだろう?』

 国王はそんな事を言っていた。

 戦力が反抗不可能な状態で降伏すれば気にされないと、言いたかったらしい。(宰相談)

 確かに、意図的に国力を落とす奴はいないねと、納得はした。

 


 さて、最終確認の邪魔をされない為に放棄された修道院で無事な部屋を探して籠る。

 転生用の魔法具を宝物庫から取り出し、魔力の充填量を確認する。起動に十分な量だ。

 聖結晶の調査はほとんど進んでいないが、現状では所持したままの移動の方が難しい。

 理由? 王太子に見つかり逃亡した後、指名手配されました。まぁ、髪と瞳の色を変えるだけである程度の誤魔化しは可能だったから、逃亡自体に影響はなかった。とは言え、これ以上の逃亡は精神的に疲れる。調査の時間が取れない以上、この世界から去る事を選んだのだ。

 転生先で記憶を取り戻したのなら、時間を見つけて調査を続ける事自体は可能となる。『やらなくてはならない事』があるのは非常にありがたかった。手持ち無沙汰になると色々と考え込む癖がついてしまっているので、一時的にでも忘れられるのは非常に嬉しい。少々ワーカホリックに思えなくもないが、自分にとっては必要な事。 

 ある意味、転生先に前世の道具を持ち込める自分だからこそ、選べる選択でもある。

 所有の装備を道具入れに仕舞い、宝物庫に移す。

 食料品類は消費済みなので問題はない。

 忘れていたが、魔喰いの大鎌にも名前を付けた。この世界の古語で騎士の意味を持つ『リッデル』と命名。魔力を吸収するので今後も使う機会はあるだろう。

 外に出て深呼吸を一つ。部屋に籠ったまま起動させても良かったが、気分的に外に出たかった。空は曇天だったが。

 魔法具を両手で握って詠唱を行い、魔法具を起動させる。

 身体か軽くなり、手足の感覚が消え――意識は途切れた。

 

 

 二十数年の人生に幕を下ろす。

 さぁ、次の世界に旅立とう。

 


 Fin


ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

さっくり終わった前半と違い、後半の進みが悪く困りました。


誤字脱字報告ありがとうございます。


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[一言] 魔王と御息女のくだりにはグッと来ました
[気になる点] 防衛線は数か月も続き 防衛戦
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