修行?
月曜日放課後、学校の裏手にある山から轟音が響いていた。
「死にます。死にますししょー」
後、絶叫も響き渡っていた。
"ドン"
"メキメキメキ "
"ドーン"
幹の太さがタイヤ位ある木が根本から倒れた。もう何本目だろうか。そんなことに目もくれず、必死に山道を走り回る…死なない為に。人間は死の恐怖を感じると筋肉痛や疲労なぞ関係無く走れるみたいだ。
「ほらほら弟子ー、ちゃんと逃げないと当たるぞー」
まるで犬が玩具を見つけたような無邪気さで木刀を振り回し、僕に風圧という名の斬撃を送り続ける…満面の笑みで。意馬心猿とはまさにこの事では無いだろうか。ホントに師匠はいい性格している。
悪魔のような笑みで環境破壊活動を行う師匠…山は学校の敷地じゃ無いらしいけど、こんなにボコボコにして良いのかな?
「うわっ」
師匠の振るう木刀に意識を向けながら全速力で走り続けていると、不注意にも左足が木の根に引っかかって転んでしまった。
ヤ・バ・イ
そう思った瞬間、咄嗟に木のない右側の地面に転がる。
"ドン"
刹那、一瞬前までいた地面が抉れていた。あまりの恐怖に呼吸を忘れ、生唾を飲み込む。
「あぶねー…危うくマジで弟子に当たるところだった。すまんすまん。次は気をつける。ほら続きやるぞー」
師匠の軽すぎる謝罪の後、再び構築される「師匠の環境破壊活動と逃げ惑う僕」という構図。もう修行でもなんでも無くて、師匠の嗜虐的お遊びの生贄にされている感じがする。
ただ、これだけは言える。
『このままでは身が持たない』
と、ここで僕はある重大な事に気づく…いや、気づいてしまった。というか、なんで今まで気づかなかったのかが不思議なくらいだ。
"僕は何のために師匠と修行(?)をやらされているのだろうか"
師匠の感じからすると、剣道の大会に出る訳でも無さそうだし…
師匠は父さんに頼まれて僕を弟子にしたみたいだけど…何が目的なんだろう?
邪推がぐるぐると頭の中を回転する中、僕の頭ではとある結論が脳細胞の満場一致で出されていた。
それは
"明日から逃げよう"
暗くなるまで山の中をエンドレスで走らされ続ける中、決意を固くするのだった。
この頃の彼はまだ知らない…八柳紫乃と言う人間の恐ろしさを…
☆☆
火曜日放課後
旧剣道場には行かず、いつも通り帰宅しようとした…のだが、師匠が校門に寄りかかって平然と待っているのだった。
「よぉ〜弟子。サボって帰るのか?」
「師匠!」
驚きすぎで固まった。今の僕を客観的に見ると空いた口が塞がっていないだろう。
「そろそろ逃げ出すだろうと思ってな」
ニヤッと笑う師匠。
師匠は強いだけでなく、テレパシーの力で僕の考えも筒抜けなのか?…
「私から逃げられると思うなよ弟子。ほら行くぞー山に」
「嫌です、ししょー。嫌ですー」
僕の悲痛な叫びも虚しく、木刀を持った師匠に半ば強引に連れ去られ、裏山の中に入っていく。周囲の視線が痛い…幸い、あまり人はいないけど。
結局、今日もひぃひぃ言いながら師匠から逃げる羽目になるのだった…
水曜日放課後
今日は屋上で暫く待機してから帰る事にした。流石に昨日のような待ち伏せは無かった。一安心…だと思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
「でーーしーー」
スマホを弄りながら待機していると、何処からともなく聞こえる声。ここ最近聴き慣れた声だ。脳内に響く声に悪寒が走る。だが、まわりを見渡しても師匠の姿は見つからない…まさか本当にテレパシーが使えたりするのかな?
「でーしー」
再び呼ばれる。より大きくハッキリとした声になった…
上だ!
「うわっ」
気づいた直後に物凄い風が僕を襲う。まともに目を開けられないくらい凄まじい。
程なくして風が止んだ後、眼前に一つの人影。
「師匠!」
目の前には師匠がいた。訳が分からない。
「驚かせようと思ったけど少し飛ばしすぎたな…あはは。よし、今日もあそこに行くぞー、弟子」
そう言って何事もなかったように裏山を指刺す師匠。
今の僕の顔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると思う。
「ちょっ待ってください師匠…今どうやってここまで来たんですか?」
愕然とした状態から復活した僕の質問に師匠はニヤリと笑いこう応える
「飛んで来た」
僕の師匠はぶっ飛んでいる…色んな意味で。薄々気づいてはいたけど。
昨日に引き続き、今日も修行(?)が行われるのだった。
木曜日
実は今日が「クリスマス・イヴ」で明日が終業式だったりする。そして今日という今日は絶対に師匠に出会わない計画を実行するのだった…その名も「早退」
はっきり言って、ここ最近の授業は頭に入ってこないので、休んでも休まなくてもあまり差はない…あれ? このままで大丈夫かな僕…まぁ二学期期末テストは終わってるし学年末テストで頑張れば良いか…
二時間だけ授業を受けてから担任の先生に気分が悪い旨を伝えて学校を後にする。
先生…嘘ついてごめんなさい。
そん心の中の懺悔の言葉を飲み込んでから通学路を歩く。今日という日を満喫しよう。せっかく早退したんだし。快晴の空の下、足取り軽く家路に着く。気分は爽快だ。
…爽快だったんだ家の扉を開けるまで。
解錠して玄関の扉を開ける。
「お帰りなさい弟子、修行にする? 修行にする?
それとも…しゅ・ぎょ・う?」
家の扉の向こうには木刀を携えた師匠が嬌声で出迎える。僕は心臓が飛び出るかと思った。
「師匠!」
最近驚く度に「師匠、師匠」言ってる気がする。って今はそんな事じゃない
「なんで家にいるんですか!」
少々語気が強くなった。これくらい許して欲しい。いくら師匠でも人の家に勝手に入られるのはちょっと…
「だって合鍵持ってるからな」
「なんで!」
「親父さんが快く貸してくれたぜ」
また父さんが余計なことをしたのか。はぁ…父さんは何がしたいんだよ…
「今日はまだ午前中だからかなり修行できるな。よし、学校の裏山に行くぞー」
いつもの調子で僕を山に連れて行こうとする師匠の手を払い除ける…もう我慢の限界だ。
「嫌です師匠」
思った以上に低い声が出た。流石に雰囲気がいつもと違う事に気づいたのか立ち止まる師匠。そんな師匠に向けて僕は堰を切ったように募っていた思い事を吐き出す。
「なんなんですか。勝手に師匠の弟子にされて毎日毎日逃げないといけないんですか。お陰で授業は頭に入らないし、クラスのみんなから笑われるし、毎日筋肉痛で体が痛いし。もううんざりなんですよ」
師匠はどこか悟ったような顔で僕の話を聞いていた。
「そうか、必要以上に追い回して悪かったな。別に弟子を虐めているつもりは無かったんだ。もう無理に旧剣道場にも来なくて良い」
訥々と師匠は話す。初めからこうなる事が分かっていた様な態度がムカつく。
「それで、なんの目的で僕を弟子にしようとしてたんですか?」
努めて冷静に聞く。もっとも重要な部分で、答えによっては納得出来るかもしれないから。
「それは…」
言いあぐねる師匠…まさか初めから目的が無かったってこと?…
「無かったって事ですか」
「言えないんだ」
「えっ?」
「親父さんに言わないように言われてるんだ。すまんな弟子…駄目な師匠で。こうするしか無かったんだ。他にも方法はあったと思う…でもこれしか思いつかなかったんだ」
急に申し訳なさそうになる師匠。黒縁メガネ奥の瞳の奥は悲しげだった。
えっ、どう言うこと? 師匠の言っている意味がさっぱり分からない。
唐突な師匠の言葉に、さっきまで僕の心に巣食っていた怒りが鳴りを潜めていく。
「じゃあな弟子。ほら、これやるよ」
僕に木刀を手渡してから師匠は哀愁漂う背中を向けて帰っていった。結局、重要な部分は聞けず…
胸に残るモヤモヤがもの凄く気持ち悪い。取り敢えず父さんに詳しい話を聞くしかない…
"ブゥン"
スマホが鳴る。風見くんからだ。
__
俺も早退したぜwww
翔太もサボりだろ?
少し早いが毎年恒例のクリスマスゲーム大会をしようぜwww
俺ん家に今すぐ集合な。
 ̄ ̄
なんで風見くんまで早退してんの……まぁそんな事はどうでも良いか。
家に居ても暇だし行こう。
師匠がくれた木刀と荷物を置いて家を出る。
師匠の事は今日の夜にでも父さんに聞けば良いか…
スタスタと風見君の家に向かって歩き始める。ここ数日は色々あったからパァーッと遊ぶぞ。
☆☆
一人の少女は晴天の下を歩く。
「もう来るなよ弟子…」
その呟きは誰に届くでも無く、虚空に響いていくのみだった。
作者小話…
六月十五日が良い日らしかったのでロト6というものを初めて嗜んでみました。
宝くじ売り場にて店員さんにやりたい旨を伝えると、用紙に書いてくださいと言われたので宝くじ売り場の端の小スペースで用紙に好きな数字を書いていく。
Aと書かれた枠の中の1〜43の数字の中からひとつだけ選び塗り潰し、B〜Eの欄も同様に塗りつぶして行く。
10枚出来た。
これを持って窓口に持って行く。
「あの〜書き方が違うんですよ。Aの欄から六つ数字を選ぶんです。新しい用紙に書き直してください」
店員さんにそう言われた…ん? A〜E…
「これじゃあロト5じゃねぇか」
ここにきて当たり前のことに気づいた。
結局5個だけ真面目に考えて、後はクイックピックという機械が数字を選んでくれる機能を使った。
恥をかいただけじゃねぇか…何が良い日だよ!
以上、作者小話でした。(当たりませんでした)
☆☆
後書き
いや〜馬鹿ですね……ロト6事件
誤字脱字、表現の誤り、矛盾点等の報告もよろしくお願いします。
ではまた次の話でお会いしましょう




