日常
後書きにおまけがあります。
『オンナ クラウ。オンナ タベル』
暗闇を徘徊しながら獸はつぶやく。荒い息を吐き、涎を垂らしながらノロノロと歩くーー探す。
「おい、そこの獸」
そこに反響する獸以外の声。
『ナンダ オマエ。オレノ ジャマヲ スルナ。ジャマスルナラ、オマエモ クラウ』
自らの行動を阻害された獸の苛ついた声が響く。
「慌てるな、これはお前にとってもいい話だ」
静止の声の主である忍びの装いをした男は至って平然とした口調で答える。そこに獸に対しての恐怖を微塵も感じられない。
『ナンダト』
「この写真の少年を襲えばお前の好きな女を好きなだけ用意してやろう」
そう言って男は一枚の写真を獸に差し出した。
『ホントウニ オンナヲ ヨウイ デキルノカ』
「あぁ、好きなだけ用意してやろう。ほら」
平然と答える男が指を鳴らすと背後に色とりどりの女が姿を現す。それを見た獸の目つきが一瞬で鋭くなった。
『コノ ショウネンヲ コロセバ イインダナ』
低かった声を更に低くして確認を取る獸。
「そうだ。期待してるぞ」
「頑張って下さいね。私も応援してますから」
男の背後の女の一人が激励の言葉と共に投げキッスを送った。この時点で、女に触発された獸に少年を殺さないという選択肢はもう既に無くなっていた。
『カナラズコロス。オマエハ オンナヲ モット ヨウイシテオケ』
獸は赤い眼光により一層の狂気を孕ませ、再び暗闇を歩み進める。ある少年を求め。
『カナラズコロス、コロス、コロス……オンナ、オンナ、オンナ、オンナ』
貪欲な獸は満たされない欲を満たすが為に殺戮マシーンへと変貌する。歯車の壊れた機械の様に暴走して。
「愚かな物の怪だ。幻影にも気づかないとは」
残された男の言葉は獸に届くことは無かった。
☆☆
月曜日の朝、陽影翔太は机に突っ伏していた。土日のスパルタ稽古による筋肉痛と疲労感が襲う。因みに、今朝も素振りをさせられた。
「翔太が寝てるなんて珍しいな、なんかあったか」
聞き慣れた声に顔をあげると風見くんが机の前に立っていた。
「いや、まぁ、うん」
曖昧な返事をしてしまう。正直、色々ありすぎて何から話したらいいのか分からない。
「はぐらかすなよ…まぁいいや。それより今日の放課後ゲーセンに行かないか」
「ごめん。放課後は予定が入っているんだ。」
最初の質問の答えに難色を示す僕に深く突っ込まず、唐突な遊びのお誘い。でも、生憎、師匠とのスパルタ稽古があるので遊べない。
「そうか、じゃあまた今度誘うよ」
残念そうな顔をして自席へと戻っていく風見くんを見ると少し罪悪感が湧いてくる。本当は僕もゲームセンターに行きたいんだけど。
「ふわぁ」
意図せず欠伸が漏れる。
そして再び机に突っ伏すのだった。
☆☆
本日の午前中の授業は散々だった。
一時間目:国語
眠すぎて寝てしまった。
「陽影くーん、陽影くーん、起きてー。」
「はっはい」
「69ページの四行目から読んでね」
おっとりとした国語教師(女性)に起こされ、注意された。
ただ、これはまだまだ序の口に過ぎなかった。
二時間目:数学A
数学の時間は国語の反省を生かしお目々がぱっちりではあった。
ただ、全く内容が頭に入ってこない。
「じゃあ陽影、239x+371y=1の一つの整数解を答えろ」
「はっはい……」
数秒の沈黙。
「陽影…どうかしたか?」
「分かりません」
「おいおい、ユークリッドの互除法の話をちゃんと聞いとけよ」
結局、国語に引き続き注意されるのであった。
三時間目:コミュニケーション英語
先生の話を右から左へと流していた。そしてまた居眠りをしてしまった。
「M.r Hikage, Wake up and translate this passege into japanese!」
突然起こされ、半睡状態で黒板に書かれた英文を見る。
書かれていた内容はこれだ。
"This male chimp was so big and handsome he was by far the most popular with female keepers in the zoo."
この英文を見て陽影くんが何と答えたのかをクラスのみんなと英語の先生以外は誰も知らない。
四時間目:社会(世界史)
初めは起きていようと頑張ってたのだが、先生の声に睡眠作用でもあるのか、抵抗虚しく夢の世界に誘われた。
**
「翔太くん」
ベッドの上で妖艶な笑みを浮かべ、妙に艶かしい声で僕の名前を呼ぶ立花さん。何故か尾篠美高校の制服を着ている。
立花さんはゆっくりとベッドの方に近付いて来て、仰向けになっている僕に馬乗りになった。その間、僕は何も出来ずに状況に流されるまま。
そして、立花さんがとんでも無いことを口走る。
「私と接吻しましょ。私もう我慢できないのです」
せっ接吻!?
「ダメですよ立花さん、接吻なんて」
顔の前で手をブンブンさせ否定する。
「『立花さん』ではなく『雪音』と名前で呼んでください」
潤んだ瞳で名前を呼ぶように願いされる。そんな切なそうな顔でお願いされたら断り切れない…
それから、立花さんは自らが着ているブラウスのボタンに手をかけて、ブラウスの前面を肌蹴させた。白くて柔らかそうな生肌が露出する。
「翔太くん、私はあなたのことが好きですよ。だから」
立花さんの顔が上から下へと徐々に近づいてくる。
「ダメです雪音さん。僕たちは付き合っていませ…」
「そんなことは関係ありません」
全てを包み込むような慈愛の目で僕を捉える。尚も止まらない彼女の顔。僕は彼女のぷるっと潤んだ蠱惑的な唇から目が離せないでいた。
「ダメです。雪音さん、ゆきねさぁぁあん」
立花さんと唇が重なるや否やのところで、僕は最後の抵抗として叫んだ。
そこで視界は白くボヤけていくのだった。
**
気がつくと教室で僕一人だけがポツンと立っていた。妙に顔が熱い。
「どうしたの陽影くん?」
不思議そうな顔の世界史の教師。
「いえ、なんでもありません」
そう答えてそそくさと席に座る。あんなに卑猥な夢を見るのは三時間目のあの英文のせいだ。絶対にそうだ。
「そうですか。では、ついでに武装中立同盟結成させた人を答えてください」
意識を授業に集中させる。
武装中立同盟の結成者か……これなら分かるぞ。三時間目まで酷かった分ここでしっかり答えないと。
「チェリーナ二世です」
「エカチェリーナ二世ね」
間違った。クラスのみんなの失笑が僕の耳に届く。風見くんに至っては爆笑するのを堪えているようだった…酷い友達だ。
こんな調子で僕の今日の午前中は過ぎて行った…もう僕のメンタルが持たないよ。
そんな僕の心とは裏腹に窓の外の青い空は澄んでいた。
☆☆
やっと訪れた昼休み。風見くんと教室で昼食を取っている。、
「今日の翔太は最高に面白いな。特に三時間目の英文翻訳はやばかった」
「もう、忘れてよ」
「いやいや、あれは多分一生忘れないぜ。傑作だよ傑作」
購買で買ってきたパンを食べながら爆笑する風見くん。あの英文翻訳は本当に恥ずかしかった……いろんな意味で。
クラスの女子に至っては「今日の陽影くん、頭大丈夫?」みたいな目で見られた。そんな視線が僕の心に深く突き刺さっている。
「あっ、そうそう。こないだの公園の事件なんだけど、この近辺で不思議なことが他にも起こっているらしい」
やっと今日の僕の話題から離れてくれた。昼休み中この話題で盛り上がられるかと思っていたので一安心…かと思ったが不審な方向に会話が進んでいっている。
公園の件についてか…立花さんにも関係していそうだから、少し気になる。
「何が起きてるの?」
「最近、ここら辺で忽然と女性が姿を消すらしい」
「どう言う事?」
「そのままの意味だ。夜道を歩いていた人の話なんだが、前方を歩いていたOLが瞬きした瞬間に突然消えたらしい」
「へぇー」
思っていた話と違った。ほぼ都市伝説みたいな話じゃん。もっとこう公園の事件に直接関係する情報が欲しかった。
「その顔は信じて無いな、俺の入手した独自情報なのに」
話を信じていないのが顔に出ていたらしい。
「だって、そんな話は全国津々浦々どこにでもあるじゃん」
「翔太はまだまだオカルトの良さが分かってないな」
「いや、僕は別にオカルト系は好きでは無いから」
「これだから翔太は」
風見くんは首を横に振る仕草をしながら僕を非難する。無駄に苛つく仕草だからやめてほしい。
そんな風見くんを横目に僕は立花さんが話してくれた物の怪について思い出す。
風見くんの話との共通点は「物の怪が普通の人には見えない」と言うところだ。それでも、噂の域を越えないような…
でも、父さんに謎の治癒の力があったりするし、やっぱりそう言う存在がいてもおかしく無いのだろうか…まぁでも僕にはあまり関係ない話か。
思考を切り上げ、弁当を食べながら風見くんとの取り留めない会話に集中するのだった。
問題:239x+371y=1の(x,y)の整数解を一つ求めなさい。
陽影翔太の回答
x=1/239 y =0
先生のコメント:
整数解を答えて下さい。
陽影宗次郎の回答
x=0 y=1/371
先生のコメント:
親子ですね。
立花雪音の回答
x= −104 y=67
先生のコメント:
流石ですね。ユークリッドの互除法は慣れていないと時間が掛かるのでしっかりと練習しておきましょう。
問題:次の英文を翻訳せよ。
This male chimp was so big and handsome he was by far the most popular with female keepers in the zoo.
陽影翔太の回答
「この男のチン……」
先生のコメント:
まさか陽影君からこの様な回答が出るとは、先生も驚きです。
陽影宗次郎の回答
「この男のチン……」
先生のコメント:
あなたは本当に彼の親なのですか? 先生はあなたの息子さんの将来が心配になりました。
八柳紫乃の回答
「この男のチン……」
先生のコメント:
八柳さんは来年から三年生です。受験の事も考えてしっかりと英語も勉強しましょう……女の子がそんなはしたない事を言うんじゃありません!!
立花雪音の回答
「このオスのチンパンジーはとても大きくてハンサムだったので、動物園の女性飼育員に最も人気がありました」
先生のコメント:
模範解答通りです。素晴らしい。この英文の味噌はso that構文の「that」省略に気づく事と最上級の強調に気をつける事ですね。
…後は「chimp」が「chimpanzee」の略式に気づくことくらいでしょうか…
この調子で頑張ってください。
☆☆
後書き
バカ○ス風おまけでした。あの英文は結構考えました。面白いと思っていただければ作者冥利に尽きます。
誤字脱字、表現の誤り、作品の矛盾点等の報告も宜しくお願いします。
ではまた次の話でお会いしましょう。




