表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕のくノ一戦姫  作者: ぽっくん
孤独のくノ一
3/26

弟子

翌朝。天気は晴れ。昨日は珍しく父さんも家に泊まっていたので、今朝は立花さん含めて三人での朝食となった。因みに、母さんも滅多に帰ってこない。父さん曰く仕事の関係らしいが。


「二日ほどお世話になりました。この恩はいずれ必ず…」


朝食も済んで場所は玄関。帰り支度の済んだ立花さんが僕に向けて気品のあるお辞儀をする。


「ほいじゃあ俺も行ってくるから」


父さんも外出の準備を整えて玄関に立つ。父さんは治ったばかりの立花さんの付き添いで着いて行くらしい。父さんが一緒なら安心…なのかな?


「行ってらっしゃい。立花さんも、いつでもいらして下さい。また、ご飯作りますから」

「はい。機会があれば、ご一緒させて頂きます」


社交辞令の様な挨拶を交わした後、立花さんと父さんが玄関の扉を開けて出ていく。扉が閉まる直前に濡羽色(ぬればいろ)の長い黒髪を靡かせ振り返った立花さんと目が合う。少しドキッとした。

昨日の彼女の微笑が鮮明に思い出される。

玄関の扉が閉まり、静寂が支配する空間に一人取り残された僕はこの二日の新鮮な出来事の余韻に浸るのだった。


☆☆


僕は現在、土曜日だというのに学校に来ている。何故かって、父さんに朝食の際に行くように言われたからだ…今はもう使われてない旧剣道場に。「行けば分かる」って言ってたけど、不安要素しかない。

僕の通う尾篠美(おしのび)高校には様々な部活がある。球技に陸上競技は勿論、文化部もレパートリーが多かった気がする。当然剣道部も存在している。それなのに、指定された場所がなぜ使われていない旧剣道場なのだろうか。


運動場で齷齪(あくせく)と練習に勤しむ部活生を横目に学校の最奥の旧剣道場を目指す。

しばらく歩くと、眼前に(さび)れた建物が現れる。外見は遠目から見ても分かるほどのボロ屋だ。何年も手入れされていな様に見える。

見るからに建て付けの悪そうな木製の扉に手をかけてあげようとするが「固っ!」と思わず声が出るくらい固かった。ちょっとやそっとの力ではびくともしない。


“ぐぎぎぎぎ”


やっとの事で動いた扉は鈍い音を立てながら開いた。意外にも旧剣道場の中は手入れが行き届いているのか、綺麗だった。それに結構な広さがあった。


「お邪魔します」


旧剣道場内には扉正面の最奥に、正座している女性が居た。それよりも、彼女の背後の壁に掛けられている額縁に「意馬心猿」と書かれてある方が気になった。そんな精神でいいのだろうか。

恐る恐る中に入ってその女性に近づいて行くと、目を瞑っていた女性が「カッ」っと目を開いたので少し驚いた。


「あっあの、僕は陽影翔太と言います。父親に言われてきました」


咄嗟に自分の自己紹介をする。


「あぁ、君が今日から私の弟子になる子か。私は八柳(やなぎ)紫乃(しの)、2年だ。師匠と呼んでくれ」


いい笑顔で自己紹介をしてくれる八柳さん。何故か僕は彼女の弟子になるらしい…自らが置かれている状況についていけない。


「あの、弟子になるとはどういうことなんですか」

「フッフッフッよくぞ聞いてくれた」


黒縁の眼鏡をクイッとしながら、奇妙な笑い声を上げる。


「お前さんの親父さんにお前を私の弟子にしてほしい頼まれたんでな。私もそろそろ弟子が欲しかったから快諾(かいだく)したってわけ」


父さん…いつの間にそんな事を。少しくらい僕に相談してくれても…


「よし、じゃ早速始めるぞー」

「ちょっと待って下さい。父親に電話しても良いですか?」

「待っとくからさっさと済ませてきなー」


八柳さんの許しを得てからそそくさと剣道場を出て、父さんに確認の電話を掛ける。


「翔太どうした。今忙しいんだが」

「どうしたもこうしたも無いよ。なんで急に八柳さんの弟子になるの?」

「あれ、翔太は何か部活をしてたっけ?」

「してないよ」

「じゃあ、問題ないな。頑張れよ/」

「ちょっと」


電話の無機質な音が僕の耳に響く。話したい事を一切話さぬまま会話が終了した。取りつく島が全くなかった。めちゃくちゃな父さんらしくもあるが。

諦めてとぼとぼと剣道場の方に戻っていく。


「おっ、終わったかー。ホレ」


剣道場内に戻ると八柳さんが木刀を僕に投げて来た。慌ててキャッチする。


「取り敢えず力量を測るぞー」

「えっいきなりですか?」


剣道なんかまともにやったことないから心の準備が出来て無い。


「大丈夫、大丈夫。手は抜くから」


僕の表情の読んだのかそんな風に八柳さんは言ってくれる。

でもなんだろうか、信用できない笑顔をしている様な…


「防具とか無いんですか?」

「無いよー」


ニコニコ顔で返される。その笑顔が怖い。それに防具がないのも心配だ、痛いのは嫌だから。


「じゃあ弟子はあっち側な」

「はっはい」


木刀を構えてから蹲踞(そんきょ)の構えをして八柳さんと相対する。目の前には「師匠」と印字された白Tシャツを着た八柳さん。黒縁の眼鏡と相まってオタクぽい印象を受ける。でも、彼女の表情にふざけの色は一切見えない。真剣そのものだ。もし身の危険を感じたら迷わず逃げよう。


「対峙中に考え事をするとは中々に余裕のある奴だな」


そんな言葉が聞こえた瞬間、目の前から八柳さんが消えた。そう認識した刹那(せつな)、僕は後方の壁に背中から叩きつけられていた。


「かはっ!」


肺の空気が押し出され息が詰まる。視界が一瞬にして真っ白くなった。受け身も取れないまま床に崩れ落ちるようにうつ伏せになり咳き込む。同時に背中から鈍い激痛が走り、情けなくも苦悶(くもん)の声を出してしまう。


「おーい、弟子ー。大丈夫かー」


しばらくした後、木刀の先端で僕の背中をツンツンしながら間延びした声で言葉をかける八柳さん。そんな彼女とはウラハラに、僕は今起きた事を全く理解する事ができなかった…。

呼吸をある程度整えてから体をを起こす。背中とお腹はまだ痛い。それでも、彼女に一言言わなければならない事を言う。


「八柳さん…手加減してくれるって言ったじゃ無いですか」


若干語気が強かったかもしれない。でも、聞いていた話と違ったので少しくらいは怒ってもいい筈だ。


「だから、寸止めにしてやっただろ。あと、『八柳さん』じゃ無くて『師匠』な」


確かに木刀が体に当たった感触が無かった。なら、木刀を振った時の風圧で僕は壁まで飛ばされたという事?……人間の力でそんな事ができるだろうか?


「やな…じゃ無くて師匠」

「なんだ?」

「師匠は木刀の風圧で人を飛ばせるんですか?」

「そうだが?」


何事もなかった様に平然と答える師匠。なるほど、師匠は人智を超えた存在だというか…この人には逆らわないようにしよう。そう素直に思った。

って、僕の感覚が麻痺してる。どう考えても木刀の風圧で人を飛ばせるなんておかしい。


「まぁ、こんな芸当が出来るのは限られた人だけだがな…私みたいな」


そうだよね。みんながみんな、木刀を振るときの風圧で人を飛ばせる様になったら世も末だよ。


「それにしても酷いですよ、師匠。風圧の攻撃を(かわ)すなんて不可能に決まってるじゃないですか」

「まぁまぁ、本気で当てられるよりマシだろ?」

「それはそうですけど…」

「多分、私が本気出したら、弟子なんか一瞬で木っ端微塵になっちゃうぞ」


さっきの技からして、師匠なら僕を木っ端微塵にできるかもしれない。怖っ!


「それよりもお前は基礎の基礎から鍛えないといけないな。反応すらできていなかったし。鍛え甲斐がありそうで楽しみだ」


ニヤニヤと嗜虐心が(にじ)み出た様な笑み浮かべる師匠。

そんな師匠の笑みとは対照的に僕の心には一抹(いちまつ)の心配が心を巣食(すぐ)うのだった。


☆☆


あれから三時間後、僕は真冬の学校の外周を延々と走らされていた。師匠と一緒に。あの後「お前は基礎体力も平均以下だから、先ずは体力作りからだな。ほいじゃあ外周五十周くらいやりますかー」と軽い調子で放たれた外周五十周という言葉が実行中である。因みに、外周一周が八百メートルあるので五十周で四十キロだ。


「ほらほら、スピードが落ちてきてるぞ」


後ろ向きで走りながら余裕の表情で前を行く師匠。


「はぁ、ちょっと、はぁ、休憩、はぁ、しませんか。はぁ」


対照的に運動をしてこなかった僕はかなり限界が近い。ノンストップで走らされて足の感覚が既に無くなりかけている。まだ半分の二十五週目なのに。


「『甘えんな』と言いたいところだが…そうだな、限界も近そうだから休憩するか」


ゼェハァ言ってノロノロと走っている僕を見兼ねたのか、遂に待ち侘びていた休憩が言い渡された。


「じゃあ、旧剣道場まで全力ダッシュで行くぞ」

「はぁ、これ以上、はぁ、ペース上げるのは、はぁ、無理ですよ」

「つべこべ言わずに走れ」


"バタン"


手にした木刀を地面に叩いてから、師匠がかなりペースを上げた。


もう無理…


内心でそう思いながらも師匠のペースに喰らい付いていく。ひたすら無心でついていく。二十五回繰り返し見た景色が流れていくが、そんなものに目もくれず、師匠の背中だけを見つめ続けた。視覚以外の四感が全て無くなった様に感じる。

不意に師匠が止まって振り返った。


あっ、やばっ


僕は勢いを殺すことが出来ず師匠



抱きついてしまった。



「うわっ」


そして、そのまま師匠を押し倒す様に倒れる。ふわりと鼻腔をくすぐる柔軟剤の香り。目と鼻の先に師匠の顔が現れ、真顔の師匠と見つめ合う構図が完成した。


「まさか弟子がここまで大胆だったとは」


この状況はかなり不味いかもしれない…急いで弁明しなければ。


「いや、これは違くて。その…」


次に続く言葉が思いつかない。


「いや、分かっている、弟子よ。私が魅力的だから襲いたくなるのも無理は無い」


そう言って、何処か得心(とくしん)した顔ででうんうんと頷く師匠。的外れも良いところだ。師匠は冗談でやっているのだと思うけど。

そんなことより、怒ってなさそうで良かった。また風圧で飛ばされたらたまらないから。


「弟子のエ○チ〜」


急に変な嬌声をあげる師匠。


空気が固まった。


見つめ合う時間だけが無駄に時間が過ぎる。


「やってみたかっただけだ。取り敢えず、退いてくれ」

「ごっごめんなさい」


急いで師匠から離れる。今さっきのことは触れない。そこで既に僕が旧剣道場の前に居る事に気づいた。


「取り敢えず、剣道場内にシャワーあるから浴びてきて。その後で、さっきなんかイラついたから飛ばす」


師匠はそう言って旧剣道場内に入って行った。僕も棒のようになった足を無理やり立たせて師匠の後を追う。


・・・


ん? 飛ばす?


☆☆


「シャワー終わったかー。ホレ」


シャワーを浴び終えて剣道場内に行くと師匠が冷えたスポーツドリンクを投げ渡してくれた。走り終わってから何も飲んで無かったのでありがたい。


「ありがとうございます」


お礼を言ってからペットボトルに口をつけて、一気に半分以上飲む。何度も飲んだことのあるスポーツドリンクなのに、ものすごく美味しく感じられた。


「それ飲み終わったら木刀の素振りやるぞー」


ニヤニヤ笑顔が止まらない師匠。


「私が」



はっ?



僕の長い一日はまだまだ続く様だ。

誤字脱字、表現の誤り等が有れば、是非報告をお願いします。


では、また次の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ