望み
あの日から、3日が経った。現状は何も変わっておらず、ただ雪音さんの死を待っているだけの状態。雪音さんは日を増すごとに目に見えて弱っていった。そんな現場に耐えられなくなった僕は勝手に立花家の屋敷から飛び出した。そして、近くの図書館という図書館を駆け巡り、呪いについて調べまくった。かと言って、有益な情報は一切見つからなかった。もちろん、書いてある本もあったが、呪いの紹介程度で、ちょろっと書かれているものばかりだった。結局、なんの成果もなく、夕方になるのだった。
最後に寄った図書館から出ると、強い西日が僕を照らした。そして、建物から出た先には見覚えのある女性がいた。それは、立花家の女中である榊原凛さん。
「翔太様……勝手に出歩かれますと困ります。あなたはいま、狙われる存在なのですよ…」
「すみません……でも…」
「分かっております…」
凛さんはそれ以上何も言わなかった。そして、踵を返し歩き始めた。僕はその後ろを黙って着いて行く。
だが、それは突然だった。
『やぁやぁ、こんにちは、陽影翔太くん』
どこからともなく響く声。ねっとりとした感じが耳に残る。とても不快感を覚える声だ。
「誰ですか!」
急な出来事に身構える凛さん。
『そして、さようなら』
そう響いた瞬間、前方から黒いモヤが目にも止まらぬ早さで接近してきた。咄嗟のことに体が動かない。
「させません!」
キンッと甲高い音がなり、ごろっと地面に何かが転がった。
ん? 丸太と包丁?
「姿を表しなさい!」
くないを手にした凛さんが声を荒げ、僕を庇うように立つ。
『また、いずれ会いましょう』
そう言い残した後、嫌な気配は消えていった。
「翔太様、お怪我はありませんか?」
「えっ、あっ、はい」
「では、早く戻りますよ!」
☆☆
今日はあの出来事のせいでなかなか寝付けなかった。あの後、何事もなく立花家に帰ることができた。しかし、凛さんには念を推して勝手な外出をしないように忠告された。結局、僕を狙った犯人は分からなかった。
眠れなくて、深夜にトイレに行こうと廊下を徘徊する。雪音さんの部屋の前に来た時、雪音さんの部屋の扉が少しだけ空いて、光が漏れていた。ダメだとは思いつつ、少しだけ雪音さんの様子を見たくて、覗いてしまった。そこには、雪音さん以外にもう1人いた。立花聡美さん。雪音さんのお母さん。月光に照らされ眠る娘の顔をそっと撫でていた。聡美さんの表情は分からないが、頬には一筋の光が伸びていた。口もとが微かに動き、雪音さんに語りかけている。内容は聞こえない。でも、胸が締め付けられる。自分という存在が多くの人を傷つけ、悲しませているのだという事実に。
次の日、窓の外には雪が舞い、庭の草木はほのかに雪化粧をしていた。朝起きてすぐにお父さんに呼び出された。大事な話があると。父親と面と向かって話すのは久しぶりかもしれない。
「翔太、父さんの力じゃ、くノ一の嬢ちゃんを助けることはできねぇ。だが、翔太にはくノ一の嬢ちゃんを助けることができるかもしれない」
「えっ?」
僕が雪音さんを助けられる?
「翔太、もしかしたら気づいてるのかもしれないが、お前には特殊な力がある」
衝撃的なことを口にされたが、思いのほか驚いてはいなかった。思い当たる節がないわけではなかったから。断片的に、あの日の自分自身のことを覚えている。
「翔太には生まれながら、強力な封印術の力を持っている。だがこの力は強力ゆえに忍びや物の怪のあらゆるものから狙われる。だから、俺と母さんは翔太の存在を隠し続けてきた。そして、翔太には封印の力を知らないま普通の生活を送って欲しかった」
「お父さん…」
「この巻物には、その封印術が記されている」
懐から真っ黒の巻物を取り出し、見せてくれる。
「この巻物に書かれた術は翔太にしか使えない。だが、その術がくノ一の嬢ちゃんに通用するのかは分からない。それに、翔太が封印術を使えるようになったことが広まれば、これまで以上に狙われるリスクを背負うことになる。だが、父さんは翔太の封印術に一縷の望みを掛けたいと思った」
つまり、僕がこの巻物を読んでしまえば、今までお父さんやお母さんが僕を守るためやってきた苦労が無駄になってしまうということ。そして、僕は今までのような生活ができなくなる。
「この巻物を読むかどうかは翔太次第だ。だが、約束して欲しい。もしこの巻物を読んで封印術が使えるようになったとしても、術を使うのは今回だけにして欲しい」
お父さんはいつになく真剣な眼差しだった。それに応えるように僕もお父さんの目を見つめゆっくりと答えた。
「お父さん。今までありがとう。僕、巻物読むよ」
お父さんとお母さんには申し訳ないけど、それでも僕は雪音さんを救いたい。できる限りのことはしたい。
「やっぱ、俺の息子だな」
お父さんはそう言うと巻物を僕に差し出した。
「後戻りはできないぞ」
「分かってる」
「翔太に何かあれば、必ず父さんと母さんが守ってやるから安心しろ」
「うん」
徐に巻物の紐を解く。巻物には「封印術の書 上」と記されていた。
「じゃあ、開くね」
そう言って巻物を開き、中身を見た。
その瞬間、視界が揺らぎ僕は気を失った。




